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<東京怪談ノベル(シングル)>


オス! 影中道場その二

「まずはお前に問おう。戦闘における『経験』とはなんだと思う?」
 影の中に作られた建物。更にその中にある道場で黒・冥月は目の前に居る少年、小太郎に尋ねた。
 小太郎は多少も考える素振りもなく、即答する。
「そりゃもちろん、レベルアップのための重要な数値だろ」
「このアホゲーム脳が。ちゃんと答えろ」
「そうだなぁ……例えば、自分の技の練磨、とか?」
「それもあるだろうな。相手の居ない自主トレーニングで技を磨こうとすれば限界が低い。実践で得られる物は大きいだろう」
 冥月の肯定的な意見を受け、小太郎は一人で笑顔を浮かべた。
「だが、最も重要なのはそこではない」
 次の瞬間に正当で無いことを言われて肩を落としたのは言うまでもなし。
「前回、私はお前に『実践経験が足りない』と言っただろう。そしてその特訓でお前は負けた。敗因はなんだと思う? それが今の問いの答えに繋がるだろう」
「……敗因……。やっぱ絶対的な力の差じゃね?」
「お前は与えられたヒントを全て生かすという行動が出来ないのか? 戦闘における『経験』がイコール力の差ではあるまい」
「うっ、確かに」
 冥月に言われた小太郎はそのまま深く悩み、ウンウン唸って考えこんでしまった。
 なんだか、まずは頭のトレーニングからだろうか、などと考えを変えてしまいそうな冥月だったが、それはきっと彼の中学校が育ててくれるだろう。
「……そうだな。ヒントを与えても良い」
「え、ホントか!?」
「ただし、その場合は勝負に勝った時の『イイコト』は無しだ。ふふ、さぁ、どうする?」
 試すような笑顔の冥月に、小太郎は顔を真っ赤にして答える。
「い、イイコトなんか要るかよ! ヒント! ヒントの方が大事だ」
「おや、案外悩まないな。中学生のクセに不健全な」
「この方が健全だろうが!」
 一生懸命否定する小太郎がなんだか可哀想に思えてきたので、冥月は少し笑いながらヒントを与えることにした。

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 前回のように、道場の床に描かれた直径一メートルほどの円の中に冥月が立つ。
「さて、そうだな……。小太郎、お前は相手がどう出るかわからない時、すぐに敵の間合いを離れられる距離で軽い様子見のような攻撃を放つ事が多いな」
「え? そうかな?」
「ああ、お前とも幾度か手合わせをしたが、特殊な条件をつけた試合の場合、お前は大体軽いジャブか、浅い突きからかかる事が多い」
 小太郎は自分の行動を思い返してみるが、全くそんな記憶はない。無意識の内の行動なのだ。
「まぁ、私達の世界は一期一会、同じ敵とは生涯で二度と会う事は滅多にないが、私とお前はそうではあるまい。この様な何度も対する相手の場合、経験はとても勝利に貢献する」
「……その心は?」
「それはお前が答えるべき答えだ」
 冥月は影を操り、小太郎の頭を小突く。
「相手の拳は一撃必殺だと思え。全て捌くつもりで対峙しろ。相手の手の内を考えろ。これが最大のヒントだな」
「相手の手の内……」
 冥月の言葉を繰り返して呟き、再び深く考える。
 相手が初対面だったとしても、武装が似ていれば大体型は予想がつくはず。そうでなくても少し打ち合えばチラリとでも相手の手の内は見えよう。
 だが、似た武装を装備した仮想敵と対していなければ相手の手の内は予想が難い。打ち合うにしても危険が大きいのだ。
 つまり、ここにも以前に敵と戦った事があると言う経験が役に立つのだ。
 そう。相手の手の内を予測するのである。
「予測……そうか! 先読み!」
「気付いたか。そうだ、予測。それが大事だ」
 以前、将棋を差した時も小太郎は相手の受けを気にせずに自由に駒を進めていた。先読みのスキルが無さ過ぎるのである。
 相手の動きが全てわかる将棋であっても何も考えずに特攻するのだ。実戦で相手の行動を予測するなんて事をするわけが無い。
 そんな節があっても、幾つか修羅場を潜った小太郎が一命を取り留めているのは全て先天的なセンスだけでカバーしているのだ。むしろ、そのセンスがあったために予測をせずに突っ走る行動をとる事が多いのかもしれない。
 一応、中学生らしくない戦闘力は持ち合わせているゆえの欠点だろう。
「それを踏まえた上で、さぁ、かかって来い」
「お、オス!」
 円の中で手招きする冥月に、小太郎は飛びかかっていった。

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 だがしかし、完膚なきまでに受け流されるのだが。
「痛てて……くそぅ、何でだ!? 何で一撃も当たらない!?」
「一概にお前が弱いんだろう」
「う、うるせぇ!」
 弱いと言っても主に頭が、だが。
「お前は自分が有利だと思っているだろう。それは事実ではあるが、私もそれを把握している。このペナルティは誰にも明確だからな。だが、だったとしたら私はそれなりの戦い方をすると思わないか?」
 明確に視覚化された円。厳然と宣言された負け条件。これはこの場に誰か他の人が居てもその全員が把握できるだろう。
「自分の状況を把握し、相手にとってどれだけ有利か、どれだけ不利かを考えて行動する。相手が有利ならどう動くか、不利ならどう動くか。それを考えろと言ったのに……まぁ、お前は単純だから仕方ないのかもしれないが」
「な、なんだと! 誰が単純か!」
「すぐに熱くなる。冷静さを欠いては勝てないぞ」
「……っう」
 冥月に指摘されて、小太郎は口篭もる。
「良く言うだろう。相手を知り、己を知れば、百戦危うからず。それを実践しろと言うんだ」
「確かに、良く聞く言葉だな。……だったら俺にだって!」
 言うは易し、行うは難し、とも良く言ったものである。

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 当然の如く、それからの攻防も一方的に投げ飛ばされる小太郎。
「うあー……勝てねー……」
 冥月に投げ飛ばされたままの状態で呟く。
「どうした? もう終わりか?」
「いいや、まだまだ!」
 冥月の言葉に反応して飛び起きる小太郎。だが頭は今までより幾分冷静だ。
 言われたのは経験を積む事、そして相手の手の内を予測する事。
 それを頭の中で何度も反復し、ゆっくり深呼吸した後、目の前の冥月を見据える。
 冷静さを保ちながら確かに気迫を擁する少年。小太郎のそんな姿に、冥月は満足そうに笑った。
 その笑みを見たか見ないか、小太郎は一つ息を吐き、いつもの様に低く構える。
 今日、幾度目かの攻防が訪れる。

 一つ一つの攻防はたった一撃で決まる。
 冥月が小太郎の攻撃を受け流すか、それとも小太郎が冥月に触れるか、円の外に出すか。
 全てほぼ一撃で勝負が決まる。
 つまり、先程冥月が言ったように一撃必殺の状況なのだ。
 それまでの打ち合いは相手の出方を窺い、決定的な一打を撃つ為の予備動作。
 相手の隙を作るなり、防御を崩すなりして、自分の拳を当てる為の準備を整える場。
 冥月が気にするべきは、小太郎が放ってくるだろう気合の篭った一撃だけ。
 そう思っていたのだが、今回の小太郎はちょっと違う。
 まるで逆に冥月の捌きを試すかのように拳を放ち、弾かれる拳一つ一つに頷いている様にも見える。
 手加減をして、わかり易めの防御パターンをわざと組んでいる冥月だが、どうやらここに来て初めて小太郎の予測が当たっているらしい。
 まるで演舞のような攻防。パシンパシンと小気味良い音が道場の中に響く。
 その内、冥月でさえ小太郎に捌かされているような錯覚に陥り、この心地よい攻防に半ば魅せられていた。
 それに気付いた瞬間、小太郎の目の色が変わる。
 冥月の見せた決定的な隙を見つけていたのだ。
 意外なまでに完璧な小太郎の読み。それが冥月に隙を作らせたのだ。
 だがしかし、冥月ほどの腕があればその隙を強引に埋めるのは楽。そしてそんな行動は無意識の内に行ってしまうのである。
 そう、全力で。
 小太郎が放った右拳を易々と弾き飛ばし、空いた鳩尾に冥月の掌底が深く深く突き刺さる。
 完全に殺った。冥月がそれを確信したと同時に、しまった、と後悔の念も沸いた。
 完全に不完全な小太郎の回避。間違いなく掌底はクリーンヒットである。
 冥月がそれを確信し、殺した手応えを感じたと言う事は、まず間違いないのだろう。
 宙を舞う小太郎の小柄な体。受身のうの字も見せない着地は全く動きが感じられない。
 だが待てよ。いつぞや、知り合いの女の子に気絶と見せかけて不意打ちを食らった覚えがある。
 まさかこの小僧までそんな手を使ってくるのでは? 同じ手に二度も引っかかっていては情けない。
 そう思って数十秒、冥月はピクリとも動かない小太郎を眺めていたのだが、自分の感触に疑いを持つわけも無い。
「……どうやら殺ってしまった様だな」
 冥月は色々な感情を溜め息に乗せて吐き出し、自分の足で円を出た。
 そして小太郎に近付き、とりあえず脈を確認。脈無し。死亡確定である。
「まさかこんな小僧に本気を出してしまうとは、我ながら情けない」
 もう一度溜め息をつき、冥月は影を操って小太郎の心臓を直にマッサージし始めた。
 体内に光は無い。影だけの空間である。切開なんてしなくても直接心臓マッサージをするなんて事は造作も無い。
 そしてマッサージの片手間に、冥月は小太郎の傍らに膝をつき、小太郎の顎をあげ鼻をつまむ。
「お前は気にするかもしれないが、人命救助の場合はノーカンと相場が決まっている。言い訳をするつもりではないが、気にするなよ」
 そして人工呼吸という建前で、二人の唇が重なった。

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「……あれ?」
 道場で小太郎が目を覚ます。
 傍らでは冥月が本を読んでいた。小太郎が目覚めたのに気付き、優しく微笑みかけてきた。
「おぅ、調子はどうだ?」
「なんか、体中がダルい。俺、寝てたのか?」
「まぁ、寝てたと言えば寝ていたな」
 永眠をしかけたわけだが。
「気絶か……。カッコワリぃな」
「恰好を気にすることは無い。それに、最後の動きはかなり良かった。どちらかと言うとカッコ良かったんじゃないか」
「え? そ、そうか」
 一丁前に照れる小太郎。だがまだ眠気眼である。
 冥月の言葉に嘘は無い。一番最後の動きは冥月が思わず本気を出してしまうほど良い動きだった。
 あの人工呼吸もその褒美とすれば良いのだが、彼の場合、そうとも思えない気がしたので冥月は黙っておくことにした。
「さぁ、汗を流して来い。私が背中を流してやろう」
「い、良いよ! 一人で入れるって!」
「そう言うな。今日のご褒美だ。イイコトとまでは行かないがな」
 ご褒美、と言うか殺人未遂の侘びでもある。

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 精一杯の妥協案として、小太郎は水着を着て、冥月は服を来て袖をまくった状態での入浴となった。因みに冥月は後で入るらしい。
 小太郎は椅子に腰掛け、冥月に背中を洗われながら居心地悪そうに前を見ていた。
「なぁ、師匠。もう良いって。なんか師匠に背中洗われてるとむず痒くて仕方ないんだが」
「なんだ、女性に背中を流してもらって嬉しくないのか?」
「嬉しいかって聞かれたらそりゃ嬉しいけど……」
 なんとも落ち着かないのだ。いつもは手の届かない雲の上の存在のような冥月に、まさか背中を洗ってもらえるなどとは露も思わなかったのである。
「それともアレか。洗い方が悪いか? なんなら胸に泡をつけてだな……」
「いや、良いです! 黙ってますからヤメテ!」
「ふふ、冗談だ。服を汚すわけにもいくまい。ほら、流すぞ」
 桶に入れたお湯で小太郎の背中の泡を流し、冥月は背中目掛けて平手を打った。
「痛って!」
「季節外れの紅葉だ。当分消えそうに無いな」
 クスクス笑って、冥月は浴場を出ようと戸に手をかける。
 湯船に余計な物を入れてはいけない、と言うルールに則り、小太郎も湯船に入るときは水着を脱ぐ事になっている。
 その際、師匠が居るのはダメ、ゼッタイ! と小太郎が頑として聞かないので、冥月が追い出される形になったのだ。
「あ、そうだ小太郎」
「な、なな、なんだよ」
 水着を脱ぎかけていた小太郎は慌てて手を止めて冥月に振り返る。
「お前、ファーストキスはまだか?」
「はぁ? なんだよ、やぶからぼうに」
「良いから、答えろ」
「……一応、した事はあるよ」
 なんと意外。これには冥月も一瞬呆けた。
 だが、それならばあの人工呼吸も気にすることはあるまい。
「なんなんだよ? 今の質問の意図がわからん」
「気にするな。もう済ませてあるならその方が好都合だ」
 小太郎にとっては意味深なセリフを残し、冥月は浴場を後にした。

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 だが、誰としたのだろうか?
 某眠り姫とは未遂に終わったし、誰か知らない人と……?
 何となく気になるような気にならないような謎を残して、今回の特訓は幕を閉じた。