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雪花の刻
はらはらと
降り積もる雪は花のようで
舞い落ちる花は雪のようで
雪のように 花のように
積もりゆく想いを抱きながら、人も神も刻を重ねる。
どうか今年も――……
■ 序 ■
梵鐘の音が鳴り響く。
年の終わりの冴え冴えとした空気の中で、冬の神はとある屋敷の縁側に腰を下ろし、注がれた酒を手にしていた。
向かいに座るのは屋敷の主。綜月漣である。
円座を敷いているとはいえ、腰を下ろしていると、そこから体の芯までもが凍ってくるような寒さだ。
漣はそのあまりの寒さに屋内へ入ろうかと、ちらと冬の神へ視線を向けたのだが、流石に冬を司る者だけあって彼が寒さを感じているようには見えなかった。
漣はかすかに苦笑すると、冬の神へと言葉を紡ぐ。
「今年も終わりですねぇ。刻が流れるのは常の事ですが、この日ばかりは不思議と時間というものに一線が引かれているような気分になりますよ」
「……そういうものか? 私はよくわからぬが」
首を傾げて返してくる冬の神に、漣は他愛ない返事をする。
「貴方は常に冬に身を置いていらっしゃいますからねぇ。尤も、長く時を過ごす僕も他の方々とは些か価値観が異なるのでしょうが」
漣の言葉に束の間思案げな表情を見せていた冬の神は、やがて、つと顔を上げた。その表情には穏やかな笑顔が見える。
「……一つ面白い事を思いついた」
「なんでしょう?」
「人間にとって、時というものがそれ程に価値をもつものならば、我々四季神が最も愛した時間の狭間を人間に見せてみたいと思うのだが、どうか?」
それは唐突な話だった。漣は思わず目を大きく見開いて冬の神をみる。が、それも束の間。
「それも良いかもしれませんねぇ。彼等がそれを望むのであれば、時間を遡ってみるのも中々に面白い。皆さんが戻られたら、新年を祝いましょうか。それまでに馳走を用意しておきましょう」
漣は普段どおりののほほんとした表情に戻ると、冬王の言葉に頷いて、ゆっくりと夜空を見上げた。
■ 境界 ■
「箪笥を開けたら別世界」
そんな物語を、子供の頃に読んだ記憶がある。
けれどそれはあくまで物語中の出来事で、実際は箪笥を開けても洋服が詰まっているだけだ。それと同様に、玄関を開けたら家の中へ入る事が出来るのも、常識として当然の事である。だがその常識が通用しない家が、ここに在った。
「冬王様がおいでになっているんですよ。お知り合いと聞いておりますので、宜しければ年越しを僕の家でご一緒しませんか?」
そんな誘いを受けて嘉神真輝が綜月漣の自宅へと出かけたのは、あと数刻で新年を迎えるという時分だった。
今頃はどこの家も一家揃ってテレビを囲み、年越し蕎麦でも食べているのだろう。駅通りを逸れた道はひっそりと静まり返っている。そんな中、一定の間隔を置いて光を放つ外灯を頼りに、真輝は冬王に渡す為に用意した押し花箱を抱えながら歩いていた。
久々に冬王に会える事も嬉しかったが、時間を割いて作った押し花を早く手渡したいという思いが、真輝の中にはあった。他の季節は兎も角、冬ともなると野に咲く花は極端に少なくなる。花の盛りを見ることの出来ない冬王が押し花を見たら、一体どんな反応を示すだろうか。
そんな楽しい想像を巡らしながら漸く漣の自宅へ辿り着くと、真輝は呼び鈴を鳴らすべく手を伸ばした。
だが。
何気なく玄関へ視線を向けると、引き戸には鍵が掛けられておらず、僅かだが扉が開かれている。
「なんつー物騒な。ちゃんと鍵かけとけよ」
いくらのほほんとした性格でも、今のご時世、玄関を開け放したままというのは流石に危険だ。真輝は独り言を呟きながらも、一応呼び鈴を鳴らすと、ゆっくりと引き戸を開けた。
「おーい漣、玄関開いてる…………ぞ?」
中を覗き込むのと同時に、妙に冷々とした風が傍らを吹き抜けて行く。
不審に思って視線を上げると、真輝は眼前に広がる光景に驚いて、思わず銜えていた煙草をポロリと落とした。
そこには、いつもの上がり框もなければ中庭や客間へ繋がる廊下も無い。あるのは、数多の樹木に囲まれた、舗装されていない山道だった。既に草葉は散り落ちて雪が木々を覆っている。その雪の重みで枝は長く孤を描くように枝垂れ、山道に真白のトンネルを作っていた。
真輝は何事が起こったのか解らずに、今自分が歩いてきた方を振り返る。するとどうだろう。つい先ほどまで存在していたはずの石畳の小道や竹薮は忽然と姿を消し、雪の積もった木々や柴が周囲を取り囲んで、帰り道を塞いでいるのだ。
気が付けば、先ほどまで目の前にあった漣の自宅玄関も、自ら手にしていた押し花箱も無く、真輝は冬の山に唯一人取り残されていた。
「……えーと? とりあえず落ち着け自分」
真輝は思わず腕を組んで考え込む。
似たような事は以前にも何度かあった。一度目は冬と春が入れ替わる折。それに続いて夏も秋も、自分の意志とはまるで関係なく、その季節の神が住む世界に飛ばされたのだ。それを考えると、容易に結論が導き出される。
「っつーかまた強制移動か!?」
『漣の自宅で冬王とご対面』というシチュエーションを当たり前のように想像していた為、思わぬ不意をつかれた。
だがよくよく考えてみれば、いとも簡単に人を煙に巻く漣が傍らに居るのだ。冬王と漣の戯れで、今回もどこぞにすっ飛ばされたと考えれば、今のこの状況も大いに納得が行く。
「……いい加減、イキナリ強制移動も慣れた気はするが、たまにはまともに会えねーのかよ、オイ」
真輝は深い溜息を零しながら煙草を銜え、火をつけるべくコートのポケットに手を入れた。が、ライターが無い。何処を探しても無い。
ここへ来るまで、煙草を銜えてはいたが火をつける事はしなかった。となると、考えられる事はただ一つ。
うっかりすっかりライターを自宅に置き忘れたのだ。
真輝は半ば逆ギレをして大声で言葉を放った。
「あ”ーったく! どーせその内戻れるだろうし、潔く楽しむに限るわな!」
恐らくここは冬王の居る世界なのだろう。その内本人が現れるか、誰かが迎えに来るに決まっている。
真輝がそんな不確かな期待を抱いた、その時。
「こちらの方から声が聞こえたの。きっとお父様よ!」
背後にある柴の向こうから声が届いて、真輝は反射的に後ろを振り返った。すると、目の前にある柴が風も無いのに大きな音を立てて揺れ動き、突然何かが真輝に飛びついてきた。
「お帰りなさいお父様!!」
「どわっ!!?」
いきなりの事にぎょっとして、真輝は半目の瞳を大きく見開くと、自分に飛びついてきたモノを凝視する。見ればそれは、色鮮やかな和服を身に纏った女の子だった。
「今年は早くお戻りなのねお父様! お母様もお待ちよ?」
こちらを見る事もせずにぎゅっと抱きしめて来る子供に、真輝はどう反応していいか解らず唖然とする。が、とにかく人違いである事は確かだ。
「人違いだオイ! 俺はまだ子持ちじゃねーぞ!?」
事実だが、他にも何か言いようがあるだろ自分、と心中で自ら突っ込みを入れ、真輝は自分に抱きついている子供を引き剥がそうとした。子供の方も、言葉と声色に違和感を感じたのか、抱きついたまま真輝を見上げると、ぽかんとした表情で紺碧の瞳を瞬かせた。
「…………どなた?」
「そりゃこっちの台詞だ!! しかも何なんだここは。太秦か?」
真輝は子供の姿をまじまじと眺めると、思わずそんな言葉を呟いた。
子供は現代和装とは明らかに異なる服を身に付けていたのだ。濃袴に紅梅色の袙を重ね、長い黒髪は腰を過ぎた辺りで切りそろえられている。まるで時代劇に出てくる子供そのものだ。
まさか大晦日にすっ飛ばされた場所が「実は太秦でした♪」なんてオチじゃねーだろーな、と真輝が周囲を確認すべく顔を上げると、不意に目の前を一匹の黒蝶が横切った。
「……なんでこんな真冬に蝶?」
不思議に思って真輝が蝶を目で追うと、それは風に身を任せるようにゆっくりと子供の傍らまで舞い降りて、二、三度羽を震わせた。
「ごめんなさい花芽(かが)。違ったみたい……」
子供が蝶を見上げながら、しゅんとしたように呟く。すると、蝶は燐光のような青白い光を放ちながら、ふわりとその身を人の形へと変幻させた。
「ですから王ではないと申し上げたでしょう?」
「だって冬に宇治へいらっしゃる方はお父様だけって、お母様が……」
「全く、困った姫様ですこと」
言って子供に笑顔を向けると、蝶から人へと形を変えた女は、子供を守るように己の後ろへと引き寄せ、険しい顔つきで真輝へと向き直った。
「お下がりなさい。悪鬼の分際で姫様に近づくとはいい度胸ですこと」
それまで二人の様子を呆然と眺めていた真輝ではあったが、相手の高飛車な物言いに思わずムッとする。
「誰が悪鬼だ! 人間だっつーの。そこのガキが突然俺に抱きついてきたんだよ」
「そのような奇妙な格好をしている者が、普通の人間であるはずがないでしょう!」
「そういうお前こそ、さっきまで昆虫だったじゃねーか!」
売り言葉に買い言葉。
今度は「昆虫」と言われた花芽が、ぴくりと眉を動かした。
「言葉を慎みなさい! 私は冬王様の眷属。王のご妻子をお守りする為に遣わされた者ですよ!?」
固まった。
沈黙が三人の間に流れ、真輝の脳裏に走馬灯のように色々な事が過ぎって行く。
目の前の昆虫女は、今「冬王のご妻子」と言わなかったか?
真輝は告げられた言葉を頭の中で反芻しながら、花芽と、花芽の後ろから顔だけを覗かせてこちらを見つめている子供とを交互に眺めると、
「……あいつ妻子持ち!!?」
そんな、素っ頓狂な声を上げたのだった。
■ 冬の姫君 ■
「花芽が無礼な事を申し上げたそうで、本当に申し訳ございませんでした」
真輝が冬王の娘に伴われて、山の麓に建てられた屋敷の一室へ通されると、そこに座していた一人の女性から、いきなり深々と頭を下げられた。
やや離れた場所で控えている花芽を見ると、真輝とは視線を合わせず、不満そうに瞳を伏せている。どうやら目の前の女性に事の仔細を話して諌められたようだ。
真輝は女性の正面に座ると、明るい笑顔を向けた。
「や、別に気にしてねーし。むしろそんなご大層に頭下げられても俺が困る」
俺も「昆虫」とか言っちまって悪かったな、と真輝が素直に詫びると、花芽は驚いたように顔を上げ、
「いえ、私もつい……」
申し訳ございません、と真輝へ頭を下げた。
漫才のような遣り取りをして、ここまで過剰な謝罪をされたのは初めてだ、と真輝は思わず苦笑する。
すると、それまで真輝の傍らに座って静かに三人を見ていた冬王の娘が、痺れを切らしたように話し始めた。
「あのね、お母様。真輝様はお父様のお知り合いなのですって」
「ええ。先ほど花芽から聞きました」
言いながら、目の前の女性はゆっくりと頭を上げると、一度娘を見た後で真輝へと視線を移し、ふわりと柔らかく微笑んだ。
紫の薄様を着こなし、長い髪をそのまま真っ直ぐにおろしている。一見華奢で儚げに見えるが、その口調や態度から、どこか芯のしっかりした女性のようにも思えた。真輝は「これが冬王の妻子か」と、目の前の女性と自分の隣にちょこんと座っている娘とを眺め、
「……なんつーか、太秦も真っ青だな」
そんな独り言を呟いた。
どうやら冬王の住む世界へ移動したのではなく、現代から過去へと時代を飛んだらしい。
年の終わりに随分と凝った悪戯をやらかしてくれたもんだと、真輝は冬王と漣を思い出して軽い溜息を漏らす。そんな真輝を、冬王の娘は好奇心に満ち溢れた瞳で、じっと見つめていた。
「……なんだ?」
目が合うと、娘は真輝へと笑顔を向ける。
「不思議な衣を召していらっしゃるのね」
「ん、ああ。俺はこの時代の人間じゃねーからな」
「じだい?」
真輝の言葉を理解できないのだろう。娘は首を傾げている。平安という時代を多少なりとも知っている自分とは異なり、過去に居る者が未来を知る事はありえない。真輝はわかり易いように言葉を変えた。
「今よりずっと後……千二百年くらいか? 俺はそんくらい後に生まれたんだ」
だから俺の服装は、自分が今住んでいる場所のものだと真輝が告げると、娘は頬を紅潮させながら僅かに身を乗り出した。
「まぁ。では千二百年も時を経ると、真輝様のように綺麗な瞳の色を持つ方が沢山いらっしゃるのね!」
「は? 何でイキナリ目の話になるんだ?」
「だって先程からずっと思っていたの。若草のお色。真輝様の瞳は春の緑の色ね。とっても綺麗」
何の屈託もなく笑顔を見せる娘に、真輝は思わず面食らった。
「や、俺のは単に血筋っつーか生まれつきっつーか……」
この時代でも、海外に行けば緑の瞳を持つ人間の一人や二人居るだろう。天然なのか、お世辞なのか。恐らくは前者なのだろうが、こうも素直に褒められると、やはり照れが出てしまう。真輝はぽんぽんと娘の頭を軽く撫でて、瞳に凪いだ色を浮かべた。
「冬王の子供っつー事は、あんた達も神様なんだろ? その内色んな人間を見られると思うぞ」
だが、何気なく真輝が告げた言葉に、花芽と冬王の妻が顔を見合わせる。困ったように微笑む妻のかわりに、花芽がさりげなく口を挟んだ。
「奥様は人間でございます。姫様も……人としてお育ちですので、王とは別の生を歩まれましょう」
「人間?……ちょっと待て。それって冬しか冬王に会えないって事にならんか?」
驚いて真輝が娘へ視線を落とすと、娘はきょとんとした表情で真輝を見上げている。
この二人は、冬にしか身を置くことの出来ない冬王を待って、こんな山奥でひっそりと暮らしているのだろうか。冬王にせよ妻子にせよ、互いに一年のうちのほんの僅かな間しか逢えないのは、酷く寂しい事のように思えた。
真輝は「季節労働者の様だと思ってしまった俺を許せ冬王」と独り言を零しながら、再び娘の頭を撫でた。それを見て、妻が娘へと声をかける。
「……姫、お母様のお願いを聞いてくれますか?」
娘を呼び寄せると、妻は自分の傍近くまで来た娘の耳元で小さく二言三言呟いた。途端に娘の瞳の色がぱっと輝く。
何を話しているんだ? と真輝が疑問に思っていると、娘は一度くるりと真輝の方へ向き直って、
「少しお待ちになってね」
楽しそうに満面の笑みを浮かべて、足早に奥へとさがって行った。
*
娘が居なくなった後、束の間の沈黙が流れた。
会話が途切れると、途端に周囲は静寂に包まれる。
音が無い――それだけで、何故だかとても緩やかに時間が流れているように思えて、真輝は心が安らぐのを感じた。
やがてその沈黙を破って、冬王の妻は手にしていた檜扇をパラリと開くと、真輝へ問いかける。
「あの方は、真輝様のおられる地でも、健やかにお過ごしですか?」
冬王の事を聞いているのだろう。真輝は笑顔で頷いた。
「ああ、春になる少し前に会ったんだが……その時は元気そうだったな」
真輝の言葉に、妻は安堵したのか微かな吐息を零す。
「そう……お元気でいらっしゃるのね」
「朧王に怒られてたけどな」
いきなり突風を巻き起こして、「少しは力を加減しろ!」と怒鳴られていた冬王を思い出して、真輝は笑う。冬の神というわりに、いささか天然が入っているのかもしれない。
そんな真輝の様子を見ると、妻は口元を綻ばせた。
「朧王様も相変わらずですのね」
「……朧王の事も知ってんのか?」
「ええ。季節が巡るたび、四季神の皆様が毎日のようにおいで下さいますから」
春の朧、夏の蔓、秋には露月が。冬王の妻子に危険がないよう、寂しくないようにと、遊びにやってくる。そんな光景を思い浮かべながら、ふと真輝は首を傾げた。
「……なぁ」
「なんでしょう?」
「つくね……じゃない。冬王とどうやって出会ったんだ? 野暮じゃなきゃ聞いてみたいんだが」
天然の冬王と、神では無く人間である目の前の女性が、一体どのようにして出会ったのか、真輝には不思議だった。第一、この時代の女性と言うものは、部屋の奥深くに閉じこもって、滅多に外へ出る事が無いはずだ。
花芽は不躾なその質問に、思わず眉をひそめて真輝をいさめようとした。だが、妻はそれを扇で制すると、口元を隠してふふと楽しそうに微笑んだ。
「わたくしが、あの方に声をかけましたの」
「は? あんたから?」
「ええ」
真輝は、出会いがナンパだとは思いもよらず、ポカンとした表情を浮かべた。
「冬に生まれた所為でしょうか。わたくし、子供の頃からとても冬という季節が好きでしたの」
妻は脇息にもたれ掛りながら、御簾の開かれた先にある庭へと視線を向ける。
庭先は降り積もった雪で覆われていた。時折、枝に置かれた雪がその重量に耐え切れず地へ落ちて、小さな節煙を立てる。そこに月光が反射して青々と輝くのを、妻はただ静かに眺めていた。
「夜に、女房の目を掠めては端近へ出て外を眺めておりましたら、いつの頃からか一羽の鷹が庭木で羽を休めていることに気がついて、毎日のようにその鷹に独り言を零していました……いつでしたか、『降り積もる雪が輝くさまは花のよう』と申し上げたら、突然人のお姿に変わられて、声も出ないほど驚きました」
まさか冬の神が鷹に身をやつしていらっしゃるとは思いもよりませんでしたもの。と懐かしそうな表情で真輝へ告げる。
「人じゃないと解ってて好きになったんか」
その問いに、少しの後悔も見せずに微笑む妻を見て、真輝は驚いた。
神のもとへ嫁し、子を成して、人里離れた地で冬王を待ち続けていられるだけの器量を、この女性は持っているのだ。
「……なんつーか、すげーなあんた」
感心したように溜息を零す真輝に、妻が少しだけ近づいて問いかける。
「わたくしも、一つお尋ねしてよろしいですか?」
「あ? ああ、別に構わんけど」
「……あの方は、わたくし達が居なくなった後も、人を……人間を慈しんでいらっしゃいますか?」
その問いに、真輝はふと真顔になった。
千二百年後、冬王は生きていても、今自分の目の前にいる妻と子供は、この世には居ない。人の死を見続けなければならない者が、それでも尚人間を慈しんでいるかどうかなど、真輝には知る由もない。
だが――
「本人に聞いた訳じゃない。だからこれは俺の憶測だが……少なくとも嫌いではないと思うぞ。でなきゃ俺をここへすっ飛ばして楽しんだり、わざわざ『つくね』やら『ワイン』やらを俺に持ってきたりしないだろーし」
真輝は冬王の妻を安心させる為に、笑顔を浮かべた。
と、その時だった。
「はい、真輝様に贈り物」
そんな言葉とともに、ふわりと何かが真輝の首にかけられた。
何事かと真輝が己の首下を見ると、そこには色鮮やかな紅葉で作られた首飾りがある。後ろを振り返ると、冬王の子供が満面の笑みを浮かべてその場に佇んでいた。
「本当はお父様にと思って秋にお母様と作ったの。でも折角真輝様がいらして下さったのですもの。差し上げましょうってお母様とお話ししたの」
「いいのかよ。冬王にやるもんなんだろ?」
「大丈夫。お父様には沢山お花を差し上げるの。押し花をお見せするから、この首飾りは真輝様が大事になさってね」
お約束よ、と言いながら娘が真輝の顔を覗き込む。
雪に閉ざされ、足を運ぶ者も少ない場所であるはずなのに、ここに住む人間はとても暖かい。
真輝は娘に頷くと「大事にするからな」と、頭を撫でながら微笑んだ。
■ 雪花の刻 ■
除夜の鐘の音が、年の終わりを告げる。
低く、深く。静謐な夜の世界へと波紋のように響き渡って行く。
その音に真輝がふと我に返ると、それまで目の前に座っていた冬王の妻子も、山深い地に建てられた屋敷も、全てが姿を消していた。かわりに、見覚えのある縁側とその向こうに広がる中庭が、真輝の視界に入り込む。
どうやら漣の自宅の居間に座っているようだ。
現代に帰ってきたのか? と真輝が惚けた頭でぼんやり周囲を見渡していると、誰かから声をかけられた。
「ああ、戻ってきましたねぇ。いかがでしたか? 時間旅行は」
見れば漣が柱に凭れて縁側に座っている。
真輝は漣ののほほんとした口調を耳にすると、一気に脱力して溜息を零した。
「いかがでしたか、じゃねーよ。頼むから今度はちゃんと行き先を知らせてくれ」
悪鬼扱いされたんだぜ? 下手すりゃ投獄もんだ。と先ほど己の身に起きた事を思い出し、真輝は漣をねめつける。
だが、漣はそんな真輝の視線をさらりとかわして立ち上がると、至極楽しそうに微笑んで手招きをした。
「もうすぐ年が明けますよ。酒と肴を用意して来ますから、少しこちらで待っていて下さいな」
言って奥へと入っていく漣を見送ると、縁側へ向かうべく真輝は立ち上がった。するとその反動で、真輝の首元から何かが崩れて地に落ちた。先ほど冬王の娘からもらった首飾りが、見る間に色褪せて無へと還ってゆく。
突然の事に驚いて真輝が首元に手を伸ばそうとすると、いつの間にか自分の手の平には押し花箱が握られていた。
「……どうなってんだ?」
「その首飾りは、あちらで手に入れたものだろう?」
低く穏やかな声が縁側から届けられる。真輝はその声の主を見つけると、瞳を見開いて名を呼んだ。
「つくね!」
「……久しいな、真輝」
「久しいなじゃねーよ! ったく。もっとマトモな会い方できねーのか?」
「年の終わりは特別だと漣が言っていた。私には良くわからないが……特別であるならば何か興のある事をと思いついた」
興のある事でタイムスリップを思いつく冬王の思考回路が良く解らない。
真輝は冬王の前に座ると、何気なく視線を中庭へ向けた。いつの間に降りだしたのだろう。雪がうっすらと中庭を白く染めている。その雪の白さに、真輝は先ほどまでの事を思い出す。
「あんたの妻子に会ったぞ……昔のつくねには会えんかったが」
「……冬に飛んだのか」
「ああ。娘に首飾りを貰ったんだが、崩れちまった」
「命あるものはいつか必ず散り行く……そういうものだ」
時を遡って手に入れたものだ。現代へ戻れば既にそれの寿命は尽きている事になる。
冬王が暗にそれを告げると、真輝は頷いて手にしていた箱を冬王に押し付けた。
「ほれ!」
冬王は、何事かと微かに驚きながら、受け取った箱を開ける。中には夏と秋に咲き誇っていた大量の草花が、和紙に漉きこまれて美しい状態のまま入れられていた。
「散り行くものがあれば生まれてくるものもある。形は消えちまっても、忘れる事さえしなければ、それは心の中でずっと行き続ける。俺はそう思うぜ」
冬王はそれに返すことをせず、ただ無言で手にした押し花を見つめていた。
その様子に、一瞬嬉しくないのだろうかと心配した真輝だったが、すぐに違うと解った。
きっと昔を思い出しているのだろう。押し花を見る冬王の瞳は、優しさに満ち溢れている。
「露月が『束の間だけでも誰かと出会えて嬉しく思うか、別れを悲しんで出会う事を恐れるか』と言ってたが、俺はお前達に会えて悪かないぜ?」
来年は春の分も渡せるから、楽しみにしてろよ! と真輝は冬王を眺めながら楽しそうな笑顔を見せた。
*
漣が盆に徳利と御銚子を乗せて現れたのは、暫く経ってからの事だった。
「おせーよ、漣! 年明けちまうぞ?」
真輝は漣が漸く姿を現したのを見ると、思わず身を乗り出して催促をする。が、ここでのんびりマイペースを崩す漣でもない。
「お待たせしてすみませんねぇ。寒いので熱燗にしていたんですよ」
漣の言葉を聞いて、ふと真輝は首を傾げた。
「っつーかこの寒いのに何で縁側に居るんだよ」
「私は別に寒くはない」
「そりゃお前が冬の神だからだろーが!」
諸悪の根源は貴様か! と真輝は冬王に食って掛かる。だが、冬王は真輝のそれをひらりとかわすと、子供のような笑顔を浮かべた。
「寒いと思うから寒いのだ。修行が足りん」
「うるせーよ! 寒いもんは寒いんだ!」
「ははは、真輝君は相変わらず元気ですねぇ……ああ、お二人とも、そろそろ年が明けますよ」
漣の言葉に、真輝と冬王が居住まいを正す。
一つの年が終わり、また新しい一年がやってくる。
そうして少しづつ、全ての生きる者達は歳を重ねてゆく。
願わくば、今年も良い一年でありますよう――……
<了>
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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2007★┗━┛
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【2227/嘉神・真輝(かがみ・まさき)/男性/24歳/神聖都学園高等部教師(家庭科)】
*
【NPC/冬王(つくばね)/男性体/年齢不詳/四季神】
【NPC/綜月・漣(そうげつ・れん)/男性/25歳/幽霊画家・時間放浪者】
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■ ライター通信 ■
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明けましておめでとう御座います。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
……と申し上げるには時期を逸してしまいました。申し訳ございません。
そしてこの度は『雪花の刻』をご発注下さいましてありがとう御座いました。少しでもお気に召して頂ければ幸いです。
嘉神・真輝 様
いつもお世話になっております。冬への御投入&冬王に押し花を下さいまして本当に有難うございました♪
冬王の娘はきっと真輝さんに懐くだろうな。でも絶対に花芽とは喧嘩するだろうな(笑)と、思いながら書き進めておりました。そしてプレイングを思い切りアレンジしてしまって申し訳ございません(><)。少しでも真輝様らしさを出せていたら嬉しいです!
そしてまたご縁がございましたら、どうぞよろしくお願いいたしますね(^-^)
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