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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


呪われた三下
「……おはようございまぁす」
 なぜだかいつもよりも3割増に陰気な様子で、三下忠雄が編集部へと入ってくる。
 そのあまりの陰気さに、思わず碇麗香は顔を上げた。
「どうしたの? さんしたくん。死相が出てるわよ」
「し、死相……!」
 麗香の言葉に過敏に反応し、三下はがたがたと震えだす。
 いったい何事かと、麗香は目をしばたたかせた。
「三下さん、どうしたんですか?」
 らちがあかないと思ったのか、近くにいた編集部員が三下に向かって訊ねる。
「実は……僕、呪われちゃったみたいなんです!」
「……は?」
 ぽつりぽつりと三下が言うことには、昨日、取材からの帰り道、たまたま道でぶつかった女性に「呪ってやるぅぅぅ」と恐ろしい声で言われたのだという。
 そのときは気味の悪い人だと思っていただけだったのだが、そのあと、帰宅するまでにどぶに落ちるわ水はかけられるわで大変だったらしい。
「もしかしたら、このままじゃ、本当に殺されるかも……どうしたらいいんでしょう」
「それは私が聞きたいわよ」
 どうしろと言うのだ、と麗香はため息をついた。

「あら、呪いですって?」
 と、唐突に声がした。
 見れば、客用のソファにちょこんとかけた金髪の少女が、三下をじっと見つめている。
 こんな美少女に見つめられるなどというのははじめての経験で、三下はぱちぱちと目をしばたたかせた。
「ああ、ごめんなさい、申し遅れましたわ。はじめまして。わたくし、サーカス団の花形スター、アレーヌ・ルシフェルと申します」
「アレーヌさん……ですか」
 どうして突然声をかけられたのかがよく飲み込めず、三下はぽかんと答えた。
 客用のソファに座っているところからして、来客であるのはわかるのだが――それがなぜ、こうして自分に声をかけてくるのだろう。しかもどういうわけか高飛車な様子で。
 ぼんやりとそんなことを考えながらも、三下は黙ったままでいた。
「うふふ、わたくしなりの“やり方”で、呪いをといて差し上げましてよ?」
「は、はあ……」
「さあ、こちらへいらして。そしてまずはこれを」
 と、渡されたのは、編集部に備え付けてある分厚い辞書が数冊。
 なんのことなのかわからずにいると、アレーヌは嬉々とした様子で懐からナイフを数本取り出してみせる。
「こ、これで何を!」
 警戒し、三下は思わず辞書の後ろに隠れるようなかっこうになった。
「ふふ」
 しゅ、とアレーヌが手を一閃させる。
 頬をなにかがかすめる感触がした。
「え!?」
 あわてて触ると、頬が濡れている。見れば、どうやら血が出ているようだ。
「な、なにをするんですか!」
 あわてて振り返れば、ドアにナイフが深々と突き刺さっている。
 あれが自分に当たったら、と考えるだけでぞっとした。
「大丈夫でしてよ。これで呪いは解けるはずですわ」
 三下はじりじりと後ずさる。
 だがその分、アレーヌは距離を縮めてくる。
「か、カンベンしてください……!」
「覚悟なさぁいっ!」
 三下は逃げようとしたが、それよりも早く、アレーヌがナイフを放った。
「きゃあああああ」
 悲鳴を上げてへたりこむ。
 ヘタに逃げてしまったため、ナイフはまっすぐに三下めがけて飛んできている。
「おやおや……これは危ない」
 当たるかと思ったその瞬間、白い篭手がそれをはじいた。
「あ……」
 顔を上げるとそこには、パティ・ガントレットが、涼しげな顔でたたずんでいた。
 盲人用の白い杖をつき、目を閉じたままであるというのに、まるで見えているかのように、パティの篭手はしっかりとナイフと三下との間に入っている。
「あ、ありがとうございます……」
 三下はあっけに取られながらも、なんとか礼は述べた。
「あら、あなた、なかなかやるじゃない?」
 なんとなく面白くなかったのか、アレーヌが鼻を鳴らす。
「それほどでもございません……荒事には、慣れておりますから」
 パティは静かに返す。
「ところで三下さま、なにやら呪われてしまったとか。わたくしでよければ、手助けさせていただきますよ」
「まあ! わたくしが呪いを解いて差し上げようと思いましたのに!」
「ふふ、まあわたくしはあくまで手助けさせていただくだけの話でございますから……さて、ここでは少々、他の方の迷惑にもなりますでしょう。どこか場所を移しませんか?」
「それもそうね……そうしましょう」
 三下をなかば無視して、パティとアレーヌが話をまとめてしまう。
 なにか言おうかとも思ったが、そんな気力もなく、三下はそのままふたりに任せてしまうことにした。

   *

 そして、麗香の許可を得て、3人はアトラス編集部から少し離れたところにある、めったに人の来ない小さな会議室へと来ていた。
 アトラス編集部では会議、というほどのだいそれたものはほとんどないので、ここは普段は使われていない。
「ですが、三下さま、いったいどのような状況だったのでしょう? 呪われた、などとは……よもや、気のせいではありますまいね?」
「気のせいだったら、どれだけ気楽か……もう、ありえないような状況でまで災いがふりかかってくるんですよ! もう、どうしたらいいのか……」
「なるほど……」
「あら、それなら話は簡単ですわ! まずはその、呪いをかけた本人を探すのが先ですわね。わたくしに考えがございますの」
「か、考えですか?」
 三下はどこかおびえた様子で言った。
 先ほどのナイフ投げが、ちょっとしたトラウマになっている。
「ええ、わたくしのサーカス団にとても嗅覚のすぐれたドーベルマンがおりますの」
「ドーベルマン、ですか……」
 なにかいやな予感を感じつつ、三下はパティに視線を送る。
 だがパティは気づいていないのか、それともあえて受け流しているのか、黙ったままでいる。
「さあ、行きますわよー!」
 アレーヌはそんな三下の内心を知ってか知らずか、先にたってずんずんと行ってしまう。
「あ、その、待ってくださいよぉ……」
 ついていくのも、そのまま放っておくのも、どちらにしても不安で、三下は情けない声を出した。
「よいではありませんか」
 そこで、やっと、パティが口を開いた。
「本当に呪いならば、記事の種にもなります。碇編集長殿をあっと言わせてみては?」
「大丈夫だと思います……?」
「わたくしもついております。ささ、まいりましょう」
 パティに急かされるように、三下はアレーヌのあとを追いかけた。

   *

「さあ、呪いをかけた女性を探し出しますのよ!」
 ドーベルマンに向かって、アレーヌが高らかに命じる。
 ドーベルマンはぐるぐるとうなりをあげていたが、やがて、まっすぐと三下の方へと向かってきた。
「わ、ちょっと……ぉ!」
 そしてうなり声をあげて、かぷり、と足にかじりつく。
「あら、大変ですわ!」
 予想外のできごとなのか、アレーヌが目を丸くする。
「ぎゃああああ、早く、早く止めてくださいいいいい!」
 じたばたと暴れながら三下は叫んだ。
 だが、暴れれば暴れるほど、ドーベルマンの牙は深く食い込んでいく。
「そうは言っても……わたくしもまさか、こんなことになるとは思っていませんでしたもの。その子は猛獣使いの言うことしか、聞きませんし……」
「ぇ、そんな……! いたっ、やめて……、そ、その猛獣使いの人は今どこに……ぎゃー!」
「どこにいるのかしら。わたくし、こっそりと連れ出してまいりましたからよくわかりませんの」
「えええええええっ!」
「……仕方ありませんね」
 ふう、と息を吐いて、パティがそっとドーベルマンに触れた。
 そのとたん、きゃうんっ、と鳴いて、ドーベルマンはおとなしくなってしまう。
「なかなかやりますわね」
 なぜか対抗心をもやしているのか、アレーヌがつんつんとした口調で言う。
「それほどでもございませんよ」
 パティはさらりと受け流した。
「さて、それではどうしましょうか。まずは現場に来たのはいいものの……」
「そうですわねえ……」
 ドーベルマンが頼りにならない以上、どうしたらいいのかわからない。
 噛まれた足をさすりつつ、三下は涙目になってふたりを見た。
 ――と、ふと、遠くの電柱の影から、“何か”がこちらをうかがっている。
 よくよく見てみると、黒い服をきた女のようだ。どこかで見覚えがある。
「あああっ!」
 思い出して、三下は声を上げた。
 そう、あの女だ。三下に呪いをかけた、気味の悪い女!
「どうかされましたの?」
「あそこに……呪いをかけた女が……!」
 三下は女を指差した。
 まだ気づいていないのか、女は逃げる様子もなく、こちらを見つめている。
「さあ、行きなさいっ!」
 アレーヌがドーベルマンに向かって叫ぶ。
 ドーベルマンはおびえた様子で、女の方へと走り出した。
 だが、女に近づいて、くらいつこうとするものの、どういうわけか、女はうまくかわしてしまうようだ。
 そうしてみていると、すすす、とすべるように女が近づいてきた。
「おや……あなた、この世のものではありませんね?」
 パティが静かに言った。
 女はすうっと立ち止まると、答えずに、くくく、と笑う。
「え、この世のものじゃないって……まさか、ゆうれ……」
「いえ、そういうわけではございません」
「それじゃ、この人はいったい……」
「そう、なんと言いましょうか――怨念の凝り固まったもの、とでも言うべきでしょうか」
「怨念……よくわかりませんわね」
 アレーヌが首をかしげる。
「まあ、どちらにしても、あまりいいものではないようですね……」
 すうっ、とゆっくりとパティが目を開けた。
 アイスブルーの瞳が、じっと、射るような眼差しを女へと向ける。
「ぐ……」
 女がうめいた。
 そして、くず折れたかと思うと、その姿はとけるように消えてしまう。
 それを見届けてから、パティはまた、目を閉じる。そして額を押さえつつ、三下の方を向いて、言った。
「あれは、四散いたしました。もう……呪いに悩まされることはありませんでしょう」
「え?」
 言われて立ち上がってみる。
 確かに、身体が軽い。なんだか憑き物が取れたような、そんな気分だ。
「ただ、三下さまには申し訳ないのですが……このことを記事にされるのは少々、さわりがございますので、ご遠慮いただけませんでしょうか」
「ええっ、そんな……あんまりスクープが取れないと、クビになっちゃいますよ……!」
 やんわりと言ったパティに、三下がすがりつく。
 道端で、女性に向かってすがりついている三下は、どうにも情けない。
「もし、会社をクビになられたら、クラウンとして雇って差し上げてもよろしくてよ♪  それなりの根性がお有りでしたらの話ですが…おーっほっほっほ……!」
 そこにアレーヌの高笑いまで混じって、ある種異様な空気がうまれていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6813 / アレーヌ・ルシフェル / 女 / 17 / サーカスの団員】
【4538 / パティ・ガントレット / 女 / 28 / 魔人マフィアの頭目】