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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


初詣を一緒に


 藤井・蘭(ふじい らん)は、ぱたぱたと小走りで歩いていた。本当ならば、気が急いているから走って目的地まで行きたいところだ。しかし、今蘭が着ている袴がそれを許さない。着慣れぬ袴は、否応なしに蘭の足に絡みつき、躓かせようとするのだ。何度か走ろうと試み、それが困難であることをかみ締めた蘭は、仕方なく小走りで歩くという選択肢を選んだのである。
 そうして目的地である神社入り口まで近づくと、目の前に煌びやかな色彩が飛び込んできた。振袖を着た、水鏡・雪彼(みかみ せつか)である。
「蘭ちゃーん!」
 雪彼は蘭を見つけ、ひらひらと手を振った。蘭もそれに答えるように手をぶんぶんと振り、できる限りのスピードで雪彼の元へと向かう。
「雪彼ちゃん、あけましておめでとーなのー」
 にっこりと笑いながら、蘭がいう。雪彼もにっこりと笑い返す。
「蘭ちゃんも、あけましておめでとー」
 二人は「えへへ」と笑いあった後、互いの衣装を見る。
「雪彼ちゃん、きれいなのー」
「ありがとー。でもね、蘭ちゃんもすてき」
「ありがとうなのー」
 そう言いあった後、蘭はきょろきょろとあたりを見回す。雪彼が「どうしたの?」とたずねると、きょろきょろとしながら蘭が答える。
「キャサリンちゃんは、まだなの?」
「蘭ちゃんが言っていた、茸ちゃんね」
「そうなの。赤い傘の、これくらいの茸さんなのー」
 これくらい、の所で、蘭は30センチくらいの背丈を指し示す。蘭の探すキャサリンなる茸は、まさにそれくらいの大きさだ。
「雪彼、来てからずーっと見てるけど、キャサリンちゃんみたいな茸は見てないかな」
「じゃあ、遅れてるのかもしれないの」
「早く来ればいいね」
「来ればいいの」
 神社に向かってくる人は、年明けだけあって結構な数がいる。親子連れ、恋人同士、友達連れ……。そういったさまざまな人たちの中に、茸というものはいない。人の影に隠れているのかもしれないと、時折低い視線から見てみるものの、やっぱり茸はいない。
「迷っているのかな?」
 雪彼がそういった瞬間、向こうのほうから「うわ」という声が上がった。何事かとそちらを見ると、その「うわ」という驚きの声は蘭と雪彼が待ち合わせをしている場所に向かって、一直線に続いていた。
 間違いなく、何か「うわ」と驚くものが向かってきている。
「雪彼ちゃん、何かが来てるの」
「うん、来てる。何かな?」
「面白いのならいいのー」
 二人はほのぼのと会話を交わす。特に「逃げよう」とか「ここから立ち去ろう」だとか、そういう意見は出ないようだ。
 そうして、いよいよその「うわ」がやって来る。
「キャサリンちゃん!」
「うわあ、かわいいー」
 やってきた「うわ」なものを見、二人はぱたぱたと駆け寄った。互いに袴と振袖であるため、やっぱり小走りで歩くという状態だが。
 やってきたのは、赤い傘を持つ茸、キャサリンであった。体には振袖よろしく、椿柄の布がきれいに巻かれている。
「こんにちは、キャサリンちゃんね?」
 雪彼が話しかけると、キャサリンは体を前に「ぐに」と倒す。頷いているようだ。
「キャサリンちゃんもかわいいのー」
「本当、かわいいー」
 蘭と雪彼が交互にほめる。キャサリンはぐにぐにと体を横に振り、照れているようなしぐさをする。
「それじゃあ、お参りにれっつごーなのー」
「れっつごー!」
 ぐにっ。
 こうして、二人と一茸は神社の境内へと向かっていく。
 その光景を見ていた「うわ」と叫んだ人々は、夢でも見たのかも知れぬと目をごしごしとこすった。否、夢だったのだと自分に言い聞かせていた。
 一富士二鷹三茄子、とはいうけれど、茸は出てこなかったはずだ、だなんて呟きながら。


 神社の境内に入る際、キャサリンが参拝客に踏まれてはいけないということで、蘭と雪彼が交互にキャサリンを抱いていくことになった。そのため、キャサリンはぬいぐるみとありがたく勘違いされることとなり、再び「うわ」という声が上がることはなかった。
 参拝客がたくさんいる中、二人ははぐれないようにぎゅっと手を握り合う。時折「蘭ちゃん、大丈夫?」「大丈夫なのー」と、声を掛け合い、相手の確認をするのも忘れない。
 無事に参拝する場所までたどり着き、それぞれお賽銭を入れてガラガラと鈴を鳴らす。小さな声で、願い事を口にするのも忘れない。
 参拝が終わり、横におみくじを引くところを発見し、二人でそちらに向かう。
「おみくじ、大吉が出るといいなー」
 がらがらとおみくじの番号が書かれた棒をかき回しながら、雪彼が言う。蘭も同じようにがらがらとかき回しながら、こっくりと頷く。
「やっぱり、大吉がいいのー」
 えい、と気合を知れて棒を出す。それぞれの棒に書かれた番号の御籤を、引き出しの中から見つけて一枚取る。
「あ! 雪彼、大吉ー」
 きゃっきゃっと、雪彼は「大吉」という文字を見てはしゃぐ。
「僕、中吉なの。微妙なの」
 むーと蘭がおみくじとにらめっこする。雪彼は「大丈夫よ、蘭ちゃん」と言ってにっこりと笑う。
「中吉だって、すごくいいって聞いたもん」
「そうなのー?」
「うん」
 こっくりと頷く雪彼に、蘭は感心したように「すごくいいのー」といいながら、中吉のおみくじを見つめた。
「そういえば、キャサリンちゃんはおみくじひかないの?」
 雪彼が、抱いているキャサリンに向かってたずねる。キャサリンは、ぐにっと小首をかしげるような仕草をした。
「おみくじ、ひいてみるのー」
 蘭はそう言い、おみくじの筒を渡す。キャサリンは傘でそれを受け取り、器用に回してから地面に転がす。
 番号のついた棒を確認し、雪彼と蘭はそろって番号の御籤を一枚とった。
「あ」
「わあ」
 出たのは、哀愁漂う「凶」だ。
 キャサリンはそれを確認し、がっくりとうなだれた。
「キャサリンちゃん、かわいそうなのー」
「かわいそうー」
 二人に交互に言われ、なでなでと傘をなでられる。が、それでもキャサリンはがっくりとしたままだ。
 蘭と雪彼は、キャサリンの引いた「凶」のおみくじをじっくり読む。もしかしたら、何かいいことが書いてあるかもしれない。すると、蘭が「あ」と声を上げる。
「キャサリンちゃん、大丈夫なのー。今年は家族運がすごくいいのー」
「本当だわ。家族との相性は、ばっちりなんだって。良かったね!」
 キャサリンはゆっくりと傘を上げる。ほらほら、といわれて蘭と雪彼に指し示されたところには、確かに「家族運は良好」と書いてある。
「それに、ここに結びつければ悪いことなんて神様がなんとかしてくれちゃうんだから」
「そうなの。神様が助けてくれるのー」
 二人はそう言い、おみくじを所定の場所にくくりつける。キャサリンもそこでようやく、気持ちが浮上したようだ。
「見てみて。たこ焼き屋さんがあるのー」
「あっちには、ワタアメ屋さんがあるー」
 お参りとおみくじを済ませると、ずっと気になっていたいい匂いが気になり始めた。ほぼ同時に言ってしまった為、蘭と雪彼は思わず笑いあう。
「蘭ちゃん、たこ焼き屋さん見つけるの早過ぎよー」
「雪彼ちゃんも、早かったのー」
 笑いあう二人の間で、ぴょんぴょんとキャサリンが跳ねる。どっちも同じくらいだ、と言っているかのようだ。
「それじゃあ、まずたこ焼きを食べよー」
 雪彼が言うと、蘭はこっくりと頷く。
「次は、ワタアメなのー」
 そう言いながらも、目は他に何かおいしそうな露店がないかどうかの確認になっている。他にもリンゴ飴やたい焼きといった定番のものから、お餅や甘酒といったお正月らしいものまである。
「じゃあ、レッツゴー」
 蘭と雪彼がぐっとこぶしを上にしたとたん、キャサリンがぴょんぴょんとはねた。
「どうしたの? キャサリンちゃん」
「何かあったのー?」
 雪彼と蘭が覗き込むようにしてたずねると、キャサリンはぴょんぴょんと飛びながら神社の売店に行き、体に巻いていた椿柄の布の中からお金を取り出し、何かを購入する。売店の巫女さんたちは不思議そうにキャサリンを見、それでもお金を出して買おうとするから客だろう、と怪訝そうに売っていた。
 しばらくし、キャサリンが二人のところに戻ってきた。そうして、買ってきたものをそれぞれに手渡す。
 蘭には緑色の、雪彼には薄紅色のお守りだ。
「これ、雪彼たちにくれるの?」
 雪彼がたずねると、キャサリンはぐにっと頷いた。雪彼はにっこりと笑い「ありがとー!」と礼を言う。
「ありがとうなのー! 大事にするの」
「雪彼も!」
 嬉しそうにお守りを握り締める二人を見、キャサリンは照れたようにもじもじとした。おそらくは、初詣につれてきてくれたお礼なのだろう。それぞれ「安全祈願」としか書かれていないあたり、一番ポピュラーなものを選んできたらしい。
「それじゃあ、今度こそレッツゴーなの」
「レッツゴー!」
 ぐにっ。
 二人と一茸が気合を入れ、露店へと向かい始めた。もっとも、キャサリンは食べたりできないので、ただついていくだけだ。それでも、嬉しそうな二人を見たり、さまざまな店を見るのは楽しい。
「あ、そうだ。雪彼ちゃん、キャサリンちゃん。今年もよろしくなのー」
 ふと、向かう途中で蘭がにっこりと笑いながらそう言った。
「うん。よろしくねー」
 ぐにぐに。
 お決まりの挨拶も済ませ、二人と一茸はにっこりと笑いあう。今年もまた、こうして一緒に楽しい時間をすごせるような気がしてならない。
 何しろ、初詣に一緒に来たのだから。これから始まる一年だって、ずっと一緒に楽しく過ごせるに違いない。
 そうしていると、ふわり、とソースの匂いがしてきた。そちらを見ると、赤いたこの絵が描かれた看板がある。
「蘭ちゃん、たこ焼き屋さんを発見ー」
「本当なのー」
 ぐに。
 ソースの香ばしい匂いに誘われ、二人と一茸はぱたぱたとそちらに向かい始めた。
 着慣れぬ着物のため、やっぱり小走りで。


<始まりを一緒に過ごし・了>