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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


どれにしましょう?



「ねえ、ちょっと」
 松も取れ、世間から正月気分は徐々に薄れていく。
 寒さもいっそう厳しくなっていく今日この頃、とある雑貨屋の店員である私は、休憩に入ろうとしたところで先輩に呼び止められた。
(ちなみにウチのお店は、中高生をターゲットにした、お手ごろ価格のアクセサリを中心に扱ってます。機会があったらぜひいらしてね。落ち着いた内装だから、彼氏と一緒に来ても大丈夫!)

「はい、何か。……ひょっとして、在庫の数が合いませんでした?」
「ああ、ううん、そうじゃなくてね」
 私が不安になったのを敏感に察知したのだろう、先輩は違う違う、と笑いながら手を振って見せた。
「大したことじゃないんだけど。……今、本社に報告する日誌をまとめてたのね。それで、ここのとこ」

 先輩が指差したのは、クリスマスより1週間ほど前の日付の箇所だった。確かに記入者の欄には私の名前が書いてある。
「あ、はい。確かにこの日の日誌は私が書きましたが」
「ここに書いてあるお客さんのことなんだけど」
「……ああ、この男の子のことですか」

 日誌には、その日の売り上げなどの他、印象に残ったことやお客さんとのやりとりを書き込む欄がある。先輩はそこの、とある男子高校生について書いた箇所を指していた。
「はい、そこも私が書きました」
「うん。今読んでたんだけど……なんだかすごく素敵なお客さんだったみたいだから。直接話を聞かせてもらおうかなって」


 彼のことは今でもよく覚えている。
 そう、クリスマスの直前に訪れた彼は、傍から見ていてもとても幸せそうで、私まで何か大切なプレゼントをもらったような気持ちになったのだ。


   ***


「すみませーん!」
 クリスマス前のあの日。
 近くの高校の学生服をまとった彼が、このお店に飛び込んできたのは、夕方というにはまだ少し早い頃だった。

 授業を終えた中高校生たちがうちのお店にやってくるのは、もうちょっとあとの時間。だからお店には私の他に誰もいなかった。
 振り向き、わたしはいらっしゃいませ、なんて言いながら、内心は少し驚いていた。
 ひとつに、彼の頬が真っ赤に上気していたこと。
 鼻の頭までを赤くした彼は、荒い息をなだめるのに必死な様子だった。寒い中、学校からここまでずっと走ってきたのだろうか。
 もうひとつは、私の勤めるこのお店は、女性向けアクセサリ中心の雑貨屋だ。つまり、男の子がたった一人で訪れることはあまりない。

「す……すみません、あの」
「あ、はい、いらっしゃいませ。……あの、何か、お急ぎですか?」
 ずいぶんと慌てている様子の彼に、私はとりあえずにっこりと笑って見せる。
そうすると彼は、つられるようにあははと笑った。
「す、すみません……そうじゃなくて。俺、こういう店に慣れてないから、ちょっと」
 短く刈った銀色の髪をぐしゃぐしゃとかき回しながら、彼は照れたようにはにかんだ。

 このお店に入ることは、一介の男子高校生である彼にとって、とてつもなく勇気がいることだっただろう。
 私がこうして対面している最中にもきょろきょろと周りを見回して、他に誰もいないことを見て取るとあからさまにほっと息をついてみせる。
(ああなるほど、他の子が来る前に店に来ようと、それで走ってきたのね)
 

「いえいえ。わからないことがありましたらなんでもお尋ね下さい。ところで、今日はどのようなものをお求めですか?」
 彼女へのプレゼントですか? なんて私が笑ってみせたら、案の定、彼はまた顔をわずかに赤くした。
「ま、まあ……そんなとこ、かな」
 視線は斜め方向に泳いでいて、それでいてなぜか彼は胸を張る。
 強がってみせるところが、ほほえましくもうらやましい。
(きっとカワイイ彼女さんなのね)
「ご希望の品はありますか? どんなものが欲しい、とか」
「ああ、それなんですけど!」
 私が話を振ると、彼はがぜん身を乗り出してきた。

「あいつ、手を大事にしてるんですよ。だから、最初手袋とかどうかな、とか思ったんですけど。それとか、手芸とか手先を使うことが好きなやつなんで……ええと、そういうのってあります?」
「そうですね……まず手袋はこちらですね。それから手芸がお好きなんでしたら……こちらの陶器の指ぬきとかいかがでしょう?」
 私が棚から取り出したのは、手首のところにモヘアのついた女性用の赤い手袋と、小さくうさぎが掘り込まれた白い指ぬき。
 ガラスケースの前に並べてみせると、彼は小さく「かわいいな」とつぶやく。

「他にもいろいろありますよ。……そうですね、これからの季節は寒いですから、風邪をひかないように膝掛けなんかはいかがでしょう?」
「膝掛けかぁ。俺、あのちくちくするのが苦手なんですけど」
「これは100%天然素材ですから、肌触り滑らかです。ちくちくする素材は使ってませんのでご安心ください」
「ああ、寒い季節にはこういうのいいよなぁ……あ、ついでにいいですか? 温かいものを飲む機会も増えるだろうから、マグカップとかもいいんじゃないかな、って俺思ってて」
「よろしいですね。いくつか奥から出してきましょうか。色のご希望は?」
「え? うーん……あいつ色白だから、赤いカップなんか持ったら、きっと可愛いことうけあい……いやいや」
「かしこまりました。じゃあ、白を中心にいくつかお持ちしますね」

 私が品を取りにバックヤードへと足を向けた時、後ろから彼の呟きがちらりと聞こえた。
「あいつに重いもの持たせるのはまずいから、やっぱ軽いのがいいよな……でも風邪を引かせるわけにもいかないし、だったら膝掛けとかの方が……」
 笑みこぼれそうになるのをこらえつつ、私は裏へと急ぐ。



 手を大事にしていて、白が似合う、彼の「彼女さん」。
彼があんなに風邪を心配するぐらいだから、少し体が弱かったりするのかしら。
(……なんとなく、イメージ沸いてきたかも)
 きっとお似合いの二人なんだろうな。 
 

  ***


「うーん……」
 私が進めた小物をずらり並べ、かれこれ30分、彼は悩んでいる。
 そうこうしているうちに、店内にも他のお客様が増えてきた。すらりとした体躯と目立つ容貌をした彼は、それだけで周囲の女子高生たちの噂の的になっているのだけれど、悩んでいる彼はそれにまったく気づいていない様子だった。
(それが嫌で、きっと早く来たんでしょうに)

 だけど悩む彼を邪魔しちゃいけない気がして、私もさりげなく棚の整理などをしながら、彼の様子を見守っていた。
 と、「店員さん」と彼が顔を上げる。
「こうしてみると、小物ばっかなんだけどさ。……プレゼントのお返しとしては、あんまりパッとしないかな?」
「お返しですか?」
「そうなんだ。あいつさ、俺に手作りのクマをくれたんだよ。クマのぬいぐるみ。大したもんだよなぁ」
 テディベアかな? と私は思った。
 そうだとしたら、それは確かに「大した」プレゼントだ。1昼夜で作れる代物じゃないはずだし。

「手作りだから、この世界にたった一つのクマだろ? しかも俺のためにわざわざ作ってくれた、とびきり特別なクマでさ。すっげーかわいいんだよそれが」
「それじゃあ、世界一のクマさんですね」
「そうそう、それそれ!」
 私が返すと、まさに意を得たりといった様子で私の手をがっしりと握ってみせる。

 ……と思ったら、すぐに表情を曇らせ、私の手を握ったままへなへなと肩を落とした。
「だからさ。何を贈れば、あいつの気持ちに応えられるのか、俺自信がなくて。
こんな風に、いいなと思うものはいくつでも思いつくんだけど。……かと言って、俺手作りで上等なものを贈れるほど、器用じゃないし」
 そこまで言ってから、「あ、別にここの店の品がよくないって言ってるわけじゃなくて!」と彼は首を振る。

「あのクマをあいつがくれたとき、俺本当に嬉しかったんだ。だから俺も、お前に喜んでもらいたいんだって、ちゃんと伝えたいんだけど……ん? あれ、俺なに言ってんだか、ああもう。情けないなぁ俺」
 彼はがしがしと頭をかいた。そして私は思わず微笑む。
 これほど、彼に真剣に思われてる彼女さんって、本当にどんな人だろう。


「プレゼントというのは、ようは『気持ち』だと思いますよ」
 口を開くと、彼はまじまじと私を見つめた。
「確かに、お客様がお選びになったのは小物ばかりですが、このどれをお贈りになっても、きっとお相手の方は嬉しく思われると思います」
「……そうかな?」
 不安そうに彼は尋ねる。
「ええ」
 私がうなずいて見せると、彼もまたうなずき返した。
「なんか……その、あいつが安心出来るものを贈りたいなって思ってたんだ。大切な人に贈り物するのって、そういうものを贈るのが一番いいと思って」
「そうそう、その気持ちこそが、なによりの贈り物ですよ」
「よし、細かいものばかりだって気後れせずに、そういうものを贈ってみるか!」
 うん、とこぶしを軽く握った彼は、そして「あいつ、どんな顔するかな?」と嬉しそうに笑った。


  ***


「……それでそれで? その子、何を買ってったわけ?」
 私が言葉を切ったところで、先輩は我慢できないといった表情で先を促した。
 私は「まあまあ」なんて適当に促しながら、お弁当のたまごやきをほおばる。
「ほら、先輩も早くお昼食べちゃわないと。休憩時間終わりますよ?」
「分かってるわよ。だから、その続きは? 結局何買ってたの?」
 質問の内容がほぼ、店長としての責務より、興味本位になっている。
 私は内心肩をすくめつつ、そのことには気づかないふりをしてあげた。
「その彼、全部買っていきましたよ」
「えー、全部?! 男前ねぇ、高校生でしょう? お小遣いもそうないでしょうに」
「そうなんですよ。問題があったとしたらその点ただひとつ……」


 彼が高校生だったということ。
 迷い迷った末、「これ、全部買います」と決心したまではよかったんだけど。


「その時は所持金が足りなかったんですよ。だから手袋だけお買い上げになりました」
「そうなんだ……へー、高校生にはつらい世の中ねぇ」
「でも、やっぱりどれもプレゼントしてあげたいからって。だから取り置きをお願いされたんですよ。で、今日品物を取りにこられるんです」
「へー、ホントに?」
「……ああこれこれ。これがその男の子の引き取り伝票です」

 私が手に取ったその伝票には『羽角悠宇』との名前。それが彼の名前だった。
 噂をすればなんとやら、店の方から「すみませーん」という、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
 対応のために、私は立ち上がった。続いて先輩もそそくさと立ち上がったのには、少しだけ笑ってしまう。
(さ、お仕事再開、ね)


 取り置きしておいた品々を視界の端で確認しながら、私は彼の「かわいい彼女さん」が今日は見られるんじゃないか、なんて、先輩を笑えないようなことを考えていた。



   ***



「悠宇くん、今日は何を見せてくれるの?」
 手を引く傍らの日和に笑いかけて見せながら、悠宇はにやりと笑ってみせる。
「ま、それは着いてからの内緒ってやつだ。楽しみにしてろよー? ……ま、あれだ。この前のクリスマスじゃ大したもの用意できなかったからさ、そのおわびっつーか」
「もう、悠宇くん。だからね、私はあれだけでも嬉しかったんだってば」
「いーや、たったあれだけじゃ俺の気がすまないんだよ。いいか、今日こそはお前をすっげー喜ばしてやるから! まぁ見てろって」


 手をつないだまま二人は北風が吹きすさぶ道を歩く。
 ふとしたタイミングで二人は目が合い、笑いあう。
「悠宇くん」「なんだ日和?」「……なんでもない」
 そんな会話を交わしながら。

 そしてとある店の前で二人は立ち止まった。
「あ、ここだここ!」
「……ふふ、このショーウィンドウのテーブルクロスかわいい」
「中にあるのはもっとかわいいんだぜ。……って、何ガラでもないこと言ってんだ、俺」

 まあいいや、と誰に言うでもなく悠宇はつぶやき、そして「すみませーん」と店内に向かって叫んだ。