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<PCあけましておめでとうノベル・2007>


ニッポンのお正月 〜雪花石膏〜

「もう今年も終わり、か。はやいものね」
 感慨深げに、レティシアは呟いた。
 大きめのソファーにそのたおやかな肢体を沈み込ませるにして。

 心地よく暖められた部屋。
 だけれど、窓の向こうに見える中庭では。
 秋の残滓を残すようなほんの少しの木々の葉。
 窓にも打ちつける冷たそうな風が、一枚、また一枚とさらにそれらを落としていく。
 敷き詰められるように広がる枯れ葉たちが、短い秋の終わりを告げていた。
「起伏のない毎日を過ごしていると、四季の移り変わりって気づかないものよねえ」
 物憂げな調子の言葉に乗って。
 吐息の形に、窓が白く染まる。

「起伏がないとは……そんなことはないかと思いますがね」
 いつの間にか、ソファーの背後には黒いシルエットが。
 影ではない。全身黒尽くめなのだ。
 仄暗い部屋の、淡い光の中で。
 薄暗がりに溶け込むような、その姿。
 久々津館の住人の一人、鴉だった。
「じゃあ、なんでかしらね。どうも年々、時の流れに疎くなっていくような気がするのは」
 そんな、レティシアの問いに。
 鴉は、分かっているでしょうと言わんばかりに、ゆっくりと両手を広げた。
「時の流れは、命の流れだからですよ。死に至る病。でもだからこそ、一瞬一瞬が大事になる」
 首を振りながら。
「そうではない私たちには、日々が希薄になるってことか。相変わらず、芝居掛かった物言いが好きね、鴉は」

「初日の出でも、見に行こうかしら。知り合いや、よくここに来てくれてる人も誘って。炬にも見せてあげたいわ。私たちのように、感覚を失っていくんじゃなくて。あの子には、一つ一つ、感じて欲しいから」

 そんなやり取りがあってから、数日後。
 大晦日の、その夜。
「こんばんはーっ」
 よく響く澄んだ声が、玄関から続くホールの中に染み込む。
 声と同じように澄んだ、しん、と冷え切った空気が揺れた。
 幼い顔立ち。華奢な身体。それらから出ているとは思えない、美しく、力を持った声。
 艶やかな金髪をツインテールにして。
 その持ち主――アリス・ルシファールは小首をかしげた。
「ちょっと早かったかな? んー、アンジェラに見てきてもらうにも、勝手に歩きまわるのもなあ」
 ホールの奥を覗き込むようにしながら、独り言をつぶやく。
 その隣には背の高い女性が付き従っている。しかし、会話をしているというわけではない。
 ぱっと見は姉妹のように見えるが、実は――彼女は、アリスの制御する駆動体――人ではないもの――だった。普段は、『無口な姉』として連れ歩いているので、姉妹というのはあながち間違いというわけでもないのだが。
 それにしても、どうすべきか。迷う。そもそも勝手に歩き回ったところで、この久々津館、外から見るよりもかなり広いことは、大掃除を手伝ったときに十二分に体験した。それこそ本当に迷ってしまうかもしれない。
 と。
 靴音がする。ささやかな音。けれどもそれは静まり返ったホールの中、確かに聴こえる。そして、近づいてくる。
 ゆっくりと現われる人影。やがて薄明かりに照らされて見えてくるのは、知った姿だった。
「こんばんは。お待たせ、して、申し訳、ありません」
 淡々とした、抑揚の無い声。しっとりとした黒髪。声と合わせるかのように、表情のない、大人びた顔立ち。アンジェラほどではないが、女性としては背の高いほうだ。何から何まで、アリスとは好対照。もちろんどちらも美人だが、好みが分かれるところだろう。
「炬さん、お久しぶりです! ちょっと早かったですか? ごめんなさい」
 そう声をかける。その女性の名は、炬(かがり)。アリスも既に顔なじみの、久々津館の住人の一人だ。主に館の雑用と、人形博物館の受付などをしている。
「問題、ないです。レティシアが、こちらに、と。どうぞ」
 同じく久々津館の住人、レティシア・リュプリケに言われて出迎えに来てくれたらしい。すぐに出かけるわけではないのだろう。確かに初日の出を拝むどころか、まだ年が変わるその瞬間までも数時間はある。ここへ来るまでにすっかり身体も冷えてしまったし、暖かい部屋で休憩できるなら大歓迎だった。
 先導されるままに廊下を進む。やはり、かなり広い。
 角を曲がり、またさらに少し歩いた。
 唐突に炬が立ち止まる。
「こちら、です」
 右手の扉を引きあけて、アリスを促す。いかにも古びた洋館のもの、というような木製の、重そうな扉。
 近づくと、暖かな空気が流れ出てきた。漂う熱気が、冷えた身体には堪らない。暖炉でもあるのだろうか。急いで中へ入る。
「こんばんはー……と。あ……れ?」
 入ると同時に、もう一度改めて挨拶した。ただ、その後の言葉が続かない。
 ゆらゆらと燃える暖炉に、柔らかいソファー。そんなものを想像していた。
 けれどそこに広がっていたのは、そんな想像を吹き飛ばす光景だった。戸惑う。
 アリスが立つ場所こそフローリングとなっているが。そこには靴が並んでいた。そして、膝ほどの高さに、床。
 その床には、畳が敷き詰められていた。十畳ほどだろうか、さほど大きくないその部屋の中心にはコタツが置いてある。奥には石油ストーブ。その上に置かれた薬缶からは、湯気が噴出し、周囲を白く曇らせていた。
 壁際に置かれた小さめのテレビから、歌が流れてくる。今年街中でよく流れていたポップスだった。画面では、歌手が踊っている。まだ日本に来て最初の年末を迎えるアリスにはピンとこないが、それは大晦日恒例の歌番組だった。
「いらっしゃーい、アリスちゃん。お久しぶりね〜。まあ、まだ出るにも早いから、コタツでも入って。ミカンあるわよ、ミカン」
 コタツに入り、首だけをこちらに向けてレティシアが言う。いつもよりも間延びした声。すっかりくつろぎきっている。こたつの上の籠に盛られているミカンを一つ手に取り、差し出してくる。
 それでも、アリスは動かなかった。もう一つ、思わず硬直するほど不思議な光景が目の前にあったのだ。
「ん、何突っ立ってるの? ほら、身体も冷えちゃってるでしょ、そこあいてるから」
 立ったまま動こうとしないアリスを、レティシアが急かす。
 言われて、戸惑いながらも、ようやくアリスは遠慮がちにコタツに入った。
 その途端、正面、コタツの反対側にいる人物と眼が合う。レティシアではない。彼女は左手の隣にいる。
 それこそが、アリスを戸惑わせていたその原因だった。
 黒尽くめ。礼服に、黒い帽子を目深に被り。同じく真っ黒な薄手袋をつけたまま、ミカンを剥いている。
 鴉――レティシアや炬と同じく、久々津館の住人。
 確かに、ブロンド輝くレティシアもこの部屋の光景にあっているとは言えないが――コートを着たままでコタツでミカンを剥く、黒尽くめの男。
 ――どこから突っ込んだらいいのか。
「え、っと……暑くないんですか?」
 堪えきれずに、最も気になるところを口に出してしまう。
「ああ、この格好ですか。ええ、大丈夫ですよ、お気になさらずに。それよりもミカン、甘いですよ」
 即座の回答。言いながら、ミカンを食む。薄い、しかし嫌らしさは感じない笑み。その顔には汗の一つも浮いていない。涼やかなものである。確かに暑くはなさそうだが、見てる方に汗が出てきそうだ。
 仕方なしにミカンを剥いて、口にする。
 ほっとする甘酸っぱさが広がる。
「日本のお正月、初めてなんでしょ? こういうまったりなのももいいかなーって、和室に少し手を入れてみたのよ。炬にも、こういう日本のお正月、ってのを体験させてみたかったし。なかなかでしょ、ニッポンの年末年始ってのも」
 呟くような、レティシアの言葉。この部屋は、今日のために準備されたらしい。
「ありがとう、ございます」
 率直に、嬉しかった。

 順調に、予定調和な展開で歌番組が進み、フィナーレを迎えた頃。
「でき、あがり、ました」
 そう言いながら、炬が部屋に入ってきた。そういえば炬は、いつのまにかいなくなっていた。
 その両手には、トレイが乗せられている。
 暖かい湯気が漂う。丼がその上に載っていた。
「年越し蕎麦よ。心配しないで、炬の料理の腕前はなかなかのものだから。さ、食べましょ」
 丼を配り終わると、コタツを囲むように炬も座った。
 出汁の匂いが鼻をくすぐる。言われてみれば、小腹は空いてきている。
 けれど。さっき、ミカンも食べたばかりだし。
「まあ、この時間に食べるのはね……美容には良くないけど。一年に一度のことだし。儀式みたいなもんだしね、美味しいわよ〜」
 甘い誘惑。蕎麦をすする音が耳ではなく、胃に響くように感じる。
 我慢できたのは、ほんの一瞬だった。
 心地よい静けさの中、蕎麦をすする音がもう一つ、増える。

 除夜の鐘の音が、テレビから流れ出はじめていた。その音はささやかに。
 そして、ほどなく。
「あけまして、おめでとうございます」
 アリスから、最初に口を開く。
「あけまして、おめでとー」「あけ、まして、おめでとう、ございます」「明けましておめでとうございます、今年も是非ご贔屓に」
 それぞれの面々から、それぞれの気持ちのこもった挨拶。
「人形たちにも挨拶にいくけど、来る? アリスちゃん」
 そう言って、レティシアは立ち上がる。断る理由もなかった。興味もある。
 意志を持つ人形、普通の人形。色んな人形に挨拶をする。少しの手入れもしてやる。手伝わなくてもいいとレティシアは言ったけれど、そういったことをするのも何か楽しかった。大掃除のときのことも思い出す。
 そうしている間に、いつのまにか夜も更けていた。
「そろそろ時間ですね、では、行きましょう、みなさん」
 ちょうど玄関ホールにもどったとき、鴉が口を開いた。その一言で、アリスも本題を思い出す。
 初日の出。
 それを、見に行くのだ。

 深夜の住宅街を歩く。それでも、人通りはそれなりにあった。皆アリスたちと同じように初日の出を見に行くのだろう。振袖姿も見える。アリス自身は、着膨れしない程度で格好。防寒もしっかりしているすっきりとしたコートを羽織っていた。お気に入りの服ではあったが、こんな時くらい和装でも良かったかもしれない。そんなことをちらりと思う。
 昨晩から時折振っていた雪が、ちらほらと残っている。吐く息が白い。冬らしい寒さ。
 そのまま固まって歩く。先導するのはやはりレティシアだ。
 道はやがて住宅街を抜け、登り道に差し掛かる。
 ――あ。
 この道は、覚えがあった。
 周囲は木々に包まれてきて。
 やっぱり、そうだ。
 もう、だいぶ前の話だけれど。そのときも、レティシアに導かれて通った。
 あの、野桜。忘れられない光景。若葉混じりに咲く、純白の花。
 緑の木々は今は雪化粧を纏い、緑ではなく、白いトンネルになっていた。
 と、頬に冷たいものが当たる。
 白い――花びら?
 強烈な既視感。頬に手を触れた。しかし、何かを感じる間もなくそれは消えてしまう。花びらではない。それは、雪の欠片だった。
 見上げると。
 野桜も、一面、うっすらと雪に覆われていた。白い枝が、天に向かって網を放つかのように広がる。
 吐息が漏れる。視界が同じ白の靄に染まる。
「ちょうどいいわね、そろそろよ」
 レティシアがそう呟く。
 やがて。
 野桜の向こう、広がる町並みの地平線から。
 矢を射るように、光が差してくる。それが野桜の白い枝にあたって、深い陰影を形作る。
 光と、野桜の木と、雪とが作り出す、幾何学的な、それでいて幻想的な影絵。
 深い影を湛えたそれは、少しずつ光を増してきて。影が小さく、それでいてより濃くなっていく。太陽が昇ってくる。
 時折、雪が一片、舞い落ちる。それは天からではなく、野桜から降ってきたもの。
 もう一度、見上げると。
 元旦の陽の光を受けて――雪の薄化粧は、きらきらと輝いていた。
 その様は、珊瑚のようで。純白の珊瑚。
「季節、で、こんなにも、風景とは、違うものなんですね」
 炬が呟く。レティシアが、大きく頷いた。
 アリスの身体の内側から、こみ上げるように、歌が流れ出てきた。
 とてもとても、自然に。
 最初は小さく。だんだんと、大きく。アンジェラも、呼応するように謳い始める。
 清冽で、けれども柔らかさを失わない声。それは、希望の歌。
 これから始まる一年に、光がありますように。
 そんな思いを込めて、謳う。

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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【6047/アリス・ルシファール/女性/13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】

【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
【NPC/鴉/男性/30歳/よろず人形相談・承ります】

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■         ライター通信          ■
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 お久しぶりです、伊吹護です。注文、ありがとうございました。
 少し新年というには遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
 本年も宜しくお願いします。
 そんな思いも込めて前半は軽めに、後半は情景描写を中心にしてみました。
 いかがでしたでしょうか。
 今年はできればストーリー性の強いものもやっていきたいなと考えています。
 それでは。