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<東京怪談ノベル(シングル)>


新年を前にして
●あと何日もなく
 クリスマスも過ぎ、2006年の残りの日も片手で数えられるようになっていた。
「もう今年も僅かなのよねえ……」
 外を歩きながらしみじみとシュライン・エマはつぶやく。今年も事件は色々とあり、瞬く間に過ぎていったような気がしないでもなかった。
(つい昨日くらいまで、クリスマスって言っていたような気もするのにね)
 実際問題、クリスマス当日でもう年が明けるまで1週間しかないのだ。過ぎ去ってしまえば、あとはもうあっという間である。
 シュラインの提げている袋の中には、私物や雑用品、それから様々な掃除グッズが入っていた。今はまさに大掃除時期、ピークといってよいだろう。そのためのグッズが手頃に出ていることもあって、自宅のみならず草間興信所で揃えておいてもよいかなと思って、あれこれと見繕ってきたという訳だ。事務所の主である草間武彦が使わなくとも、自分やその他の者が誰かしら使うことにはなるのだから。
「そういえば事務所の大掃除ってまだよね」
 ふと思い、口に出してみるシュライン。少なくとも自分は手をつけた記憶はないし、とっくに終わったという話も聞いていない。ならばまだ行われていないと考えるのが妥当だというものだ。
 そんな時であった。シュラインの進行方向、視界の先に草間の姿があったのは。草間はシュラインには気付かず、自動販売機で煙草を買おうとしている所だった。
「武彦さん!」
 驚き、駆け出すシュライン。その気配に気付いたのだろう、買った煙草を取ろうと屈みかけた草間もシュラインの方に振り向いて、軽く驚いたような表情を見せた。
「シュライン……何やってんだ、お前こんな所で?」
「それはこっちの台詞よ。あーあー、もう。事務所にストックしてあるのにー」
 自動販売機の取り出し口をちらりと見て、シュラインが草間へ言った。
「え、そうだったのか?」
「そうよ。机の右側の下の引き出し、奥。入れてあったでしょう?」
「…………」
 黙り込み、視線を外す草間。これはあれだ、見てないな。
「こんな風にちょこちょこ買うから余計な出費が増えるのよー」
 むーっと怒ったような表情を見せ、シュラインがぶんぶんと頭を振った。ちりも積もれば山となる。昨今高くなっている煙草など、その代表のようなものだ。こういったものが、ボディーブローのように事務所の財政を圧迫してゆくのである。
「す、すまん」
 怒った様子のシュラインにたじろぐ草間。するとシュラインはぴたっと頭を振るのを止め、じーっと草間の顔を見た。
「反省してる?」
「……反省する」
「じゃあ武彦さん、こっち持って」
 と言って、一番大きな袋を手渡すシュライン。
「あ?」
 怪訝な表情を見せながらも、とりあえず袋を受け取ってしまう草間。
「はい、物持ちゲット」
 シュラインはくすくすと笑って、さっさと歩き出した。それを見てようやく草間ははっとする。
「あ、シュラインお前……さっきのはわざとか! わざとだったんだな!!」
 やられたという表情を浮かべ、草間は急いでシュラインの後を追い始めた。草間とシュライン、どうやら今回はシュラインの方が上手であったようである。

●こんな時間も、大切だから
「……事務所に向かってるんだよな」
 一緒に歩きながら、何故か草間が確認するようにシュラインへ言った。
「事務所でしょう? やだ武彦さん、まさか道を忘れたんじゃ……」
 冗談ぽくシュラインが言い返す。
「そんな訳あるか」
「冗談よ。でも……」
 思案顔になるシュライン。
(何だか事務所に帰りたくないみたい)
 どうも草間の態度は事務所に戻りたくないように感じられる。そもそも、さっき会った自動販売機の場所からしておかしい。事務所にもっと近い所にも煙草の自動販売機はあったはずなのに、どうしてわざわざ遠い場所を選んでやってきたのか。ひょっとしたら売り切れだったのでこっちへ来ただけかもしれないけれど、やっぱり気になる。
「ね、武彦さん」
「何だ」
「どうしてあそこに居たの?」
 シュラインは単刀直入に草間に聞いてみた。ここはやはり本人に直接尋ねるべきだろう。
「……あー……」
 何やら話しにくそうな草間。しかし、ややあって理由を口にした。
「大掃除がな……始まったんだ。でー……逃げてきたというか、追い出されたというか」
「あー、大掃除ね……」
 シュラインは深く納得した。それでは確かに最中は事務所に居られないだろうし、戻った所で邪魔になるだけだろうし。
「ということは、徹底的にやってるのね……」
「ああ。普段以上にな……」
 シュラインと草間の脳裏に、恐らくは同じ光景が流れていたことだろう。
「だから遠回りしていいか?」
 そう草間がシュラインへ尋ねた。
「仕方ないわねえ」
 しょうがない、といった態度を見せるシュライン。けれども内心、ちょこっと嬉しかったりもする。こうしてのんびり2人で歩いているなんて、ずいぶん久し振りのことだったからだ。遠回りすれば、そんな時間が少しでも延びる訳で。
 そして他愛ないお喋りをしながら、遠回りの道を歩いてゆく2人。
「武彦さん、今年はお年玉どうするの。何袋くらい用意する予定かしら?」
「そうだな……確実にまず2つだよな。で、まあ10人くらいは正月から来ることを想定して……」
 言いながら指折り数える草間。
「ひとまず20くらい用意しておいた方がいいみたいね」
 草間の話を聞いて、そう結論付けるシュライン。
「ああ、ぽち袋の用意を頼む」
「それなんだけど……」
 と、シュラインは自分の提げている袋に手を突っ込み、がさごそと動かして何やら取り出した。
「これで作ってみようかしらって」
 そう言ってシュラインが見せたのは、私物として買ってきた千代紙であった。
「折り紙を応用して作ろうかなって思ってたの。箱にしてみたり、中心で開閉するようなのとか。変わり種で楽しい物?」
「いいんじゃないか。見た目にも面白そうだ」
 うんうんと頷く草間。
「あとね、お雑煮なんだけど……武彦さんは今年のベースは何がいいと思う?」
「そうだな……。別にお前の作りやすい奴でいいぞ? どんなのでも、お前の作った雑煮に変わりないんだからな」
「白味噌仕立てで、あんこ入りのお餅でも?」
「……あんこはやめよう。だったら俺はまだまだ残ってる米を炊いて、塩かけただけでも食うぞ」
 米は先日の鍋の後、大量に残った食材の一部である。日本酒やおつまみなどもまだあるので、正月の酒はそれで十分賄えるはずだ。
「あら、本当にあるのよ」
「本当にあっても、俺には味が想像出来ないんだ」
 草間はそう言ってすねたような表情を見せる。その顔が何だか叱られて納得いっていない子供みたいだったので、シュラインはつい噴き出してしまった。
「何がおかしいんだよ」
「ふふっ、なーいしょ」
 と言って、シュラインが悪戯っぽくウィンクをした。
「たく……」
 ぼりぼりと頭を掻く草間。もうそろそろ、事務所の見えてくる頃であった――。

【了】