コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


激走! 開運招福初夢レース二〇〇七!

〜 スターティンググリッド 〜

 気がつくと、真っ白な部屋にいた。
 床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。

(…………?)

 真っ白な世界の中に、一人ぼっち。
 月見里・煌(やまなし・きら)は、この不思議な状況が理解できず、ただただきょとんとした顔でその場に座っていた。
 
 すると、突然どこからともなく声が響いてきた。
「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」

 言っている意味はよくわからないが、とりあえず声がするということは、誰かはいるらしい。
 とりあえず壁の側まで行って、壁をぺちぺちと叩いてみるが、特に反応はなかった。

 そうこうしているうちに、突然声が沈黙し……やがて、目の前にある壁が突然消え去った。
 かわりに、視界に飛び込んできたのは、今までに見たこともないような色とりどりの景色と、所狭しと置かれたいろいろな珍しい物体。
 赤ん坊の煌にとっては、これらの全てが興味の対象である。

「ぁ〜!」
 喜びの声を上げると、さっそく手近な「面白そうなもの」の方へと向かう煌。

 ホッピングのバネをいじってみたり、倒れたままの一輪車のタイヤを回してみたり。
 緑色の大きなウサギとにらめっこしたり、羽根の生えたカエルが頬を膨らませるのを見て笑ったり。

 ……そうして、どれくらい遊んだだろうか?

 よく「赤ん坊は寝るのが仕事」などと言われるが、それは煌とて例外ではない。
 たくさん遊んで眠くなってきた煌は、少し前に見つけた手押し車を近くに置いたまま、「暖かそうなふかふかの何か」に寄りかかるようにして、そのまま眠ってしまったのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 101人赤ちゃん 〜

「……ぅ〜……?」

 煌が目を覚ますと、そこはたくさんの不思議な植物が生い茂るジャングルの中だった。

 ことことと音を立てながら、目の前の手押し車がひとりでに進んでいく。
 煌の乗った「ソリとゆりかごの合いの子」のような何かは、その手押し車に引っ張られていた。

「ん〜」

 煌が起きあがると、突然その「何か」の側面が開く。
 そこから煌が降りると、「何か」は手押し車に吸い込まれるように消えてしまった。

 その様子に煌はひとしきり首をかしげ、試しに手押し車をこんこんと叩いてみたりもしたが、一向にあの「何か」が出てくる様子はない。
 煌はすぐにその「何か」のことは忘れて、手押し車を押しながら先へ先へと進んでいった。





 やがて、煌は七色に輝く大きな湖にたどり着いた。 
 その不思議な湖が気になって、その縁まで行くと、身を乗り出して湖面を覗き込む。
 輝く水面に、きょとんとした顔の煌が映った。

 と。
 その「煌」が、突然水の中から手を伸ばして、湖の縁を掴むと、水の外へと這い上がってきた。
 じっと見つめる煌の前で、もう一人の煌はすっかり水から上がると、きょとんとした顔で煌の方を見つめ返してきた。

「ぅ〜……きら?」
 煌が尋ねる。
「きらは、きらなの〜」
 煌が答える。
「きらも、きらなの〜」
 煌も答える。

 二人の煌は、もう一度きょとんとした表情で首をかしげ……やがて、二人揃って湖を覗き込んだ。
 湖面に、二人の煌の姿が映る。
 その二人が、また湖から這い上がってきて――。





 そんなこんなで。
 この現象を面白がった「煌たち」によって、あっという間に湖の周りは煌だらけになってしまった。
 面白がるだけで特に不審にも思わず。
 本物の煌も、後から出てきた煌も、特に他の煌たちに対して敵対心を持つようなこともなく。
 ただただ増えては、それを面白がって笑う、というよくわからない状態になってきている。

 そこに、たまたま一人の男が通りかかった。
 ちょうど年の頃なら二十歳過ぎくらいの、ガタイのいい青年である。
 彼は湖の周りに無数の赤ん坊の姿を認め、この予想外の現象に思わず驚きの声を上げる。
 その声で、煌たちが彼の存在に気づき……。
「ぱぁぱ?」
「ぱぁぱ! ぱぁぱ〜!」
 一斉に、彼の所へと殺到する。

「や、ちょ、待てっ、人違い、人違いだって!!」
 その叫びも空しく、青年の姿は無数の煌の波に呑まれ、すぐに見えなくなった。





 それから、どれくらい経ったのだろう?
 不意に、煌たちのうちの一人が、こんなことを言い出した。
「きら、おうちかえりゅの〜」
 湖の方に向かい始めた煌の後に、他の煌たちも続く。
「きらも〜」
「きらも〜」

 かくして、無数の煌たちは次々と湖へと帰っていき、後には本物の煌と、もみくちゃにされて地面に突っ伏したままの青年のみが残された。

「ばいばい」
 煌はもう一度湖面を覗き込んで、水面に映った自分の影に一度手を振ると、手押し車を押しながら湖を後にしたのだった。





 ちなみに、その後湖の周りで愚痴をこぼし合う青年の大群が目撃されたとか、されなかったとか。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 なんでもバクバク 〜

 湖を後にした煌は、手押し車を押しながら川に沿って歩いていた。

「あ、ちょうちょ〜……?」
 銀色の金属光沢を放つ蝶のような何かが、蝶というより空飛ぶ円盤みたいな飛び方で飛び回っている。
 その不思議な何かに煌の意識はすっかり奪われてしまっており、一言で言えば、煌は全然前を見ていなかった。

 手押し車が「柔らかい何か」にぶつかる感触で、煌はふと我に返った。
 目の前を見ると、大きな黒と白の動物が気だるげに何かを食べている。

 バクである。

 たちまち、煌の興味はへんてこな蝶からこちらのバクへと移った。
 けれども、バクはそんな煌を一度ちらりと見ただけで、さして興味もなさそうに何かを食べ続けている。
「ぅ〜、なにたびぇてりゅの〜」
 バクの顔をのぞき込み、その口元ものぞき込んでみたが、それが何かはわからなかった。





 ちょうどその頃。
「……何よ、これ」
 その上空で、シュライン・エマは驚きの声を上げていた。

「川下から脅威が迫っている」

 川上にいた茄子たちから聞いた噂。
 その時点では、今度は芋でも出てきたのだろうか、くらいにしか思っていなかったが、実際に彼女が目にしたものは、そんな生やさしいものではなかった。

 川の両岸に、無数のバクの群れが見える。
 そして、そのバクの周辺は、全てが虫食い状態になっていた。
 文字通り「全てが」である。

「降りてみましょう」
 シュラインの言葉に、鷹が一声鳴いて高度を下げ始めた。





 鷹が降り立ち、その背からシュラインが降りてきても、バクたちはさしたる興味を示すでもなく、ただただ食事を続けていた。
 一見草を食べているようにも見えるが、彼らが食べているのは草ではなく「夢」の空間そのものである。
 その証拠に、彼らが「食べ終わった」と思える場所には、地面はおろか、物理的な意味での「穴」すら残ってはいなかった。

「確かに、これは脅威ね……と言っても、どうしてあげたらいいのか、私にはさっぱりわからないし」
 この予期せぬ難問に考え込むシュライン。

 と、彼女の視界の片隅にいたバクの横で、何か水色のものが動いた。
 怪訝に思ってシュラインが近づいてみると、一人の赤ん坊がバクのお腹に寄りかかるようにして立っていた。

「……赤ちゃん?」
 これまた、シュラインにとっては全く予期せぬ事態である。
(この子はこっちの世界の子なのかしら? それとも……?)
 そんなことを考えながら、とりあえず声をかけてみる。
「ねえ、キミはどこから来たの?」
 すると、その赤ん坊はすっかり反応のないバクよりも、シュラインの方に興味を示し始めた。
「きらは〜、あっちから〜きちゃの〜」
 そう言いながら、川上の方に目線をやる赤ん坊――おそらく、「きら」というのが彼の名前らしい。
「ちょ〜ちょがね、ちょ〜ちょがね〜」
「蝶々?」
 言われてみると、「見方によっては蝶々に見えなくもない」何かが、時折あちこちをおかしな飛び方で飛んでいる。
 おそらく、この子はそれを追いかけてこっちまで来てしまったのだろう。

 ともあれ、この子を一人で置いていくわけにもいくまい。
「えーと……一人でお家帰れる? それとも私が送っていきましょうか?」
 尋ねるシュラインに、「きら」はきょとんとした顔で首をかしげた。
「迷子みたいね。こういう場合、どうしたらいいのかしら」
 まさかこんな所に迷子センターなどないだろう――が、ないとも言い切れないのがこの空間である。
 シュラインがどうしたものかと悩んでいると、そこへまた別の人物が姿を現した。
 日焼けした、やや大柄な若い男だ。
 と、その男の姿を見るなり、煌が傍らの手押し車を掴んで、そっちに向かって歩いていく。
「ぱぁぱ〜♪」
「……『ぱぁぱ』……パパ?」
 少し違うような気がしつつも、成り行きを見守るシュライン。
 すると、男はにっこり笑って「きら」を抱き上げた。

(後は、あの人に任せても大丈夫そうね)
 シュラインは一度安堵の息をつくと、二人に一度手を振ってから、鷹に乗って次の場所へと向かったのだった。





「なんだ、パパって俺のことか? よしよし、かわいいやつだな」
 ひょいと煌を抱き上げながら、その男――ロドリゲス大宮は嬉しそうに笑った。
 普通は見覚えのない赤ん坊に「パパ」などと呼ばれたらまずは否定するものだが、彼はそうする代わりに、「夢の中なんだから、こういうこともあるよな」と、あっさり目の前の煌を受け入れてしまったのである。
 さらに、少し離れたところから手を振っている女性――シュラインの姿を見て、彼の勘違いはますますとんでもない方向へと爆走を始めた。
「そうか、俺は将来あんな美人の奥さんと、こんな可愛い息子をもつことになるのか……!」

 そのとんでもない妄想に、さすがのバクもため息をついたとか、つかなかったとか――。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 記憶と予測とその他いろいろ 〜

「あ、あんな所に休憩所がある」
 鷹の背中に乗って、上空から地上の様子を見ていた平代真子(たいら・よまこ)は、ある小さな建物を見つけて声を上げた。
 それを聞いて、鷹がその辺りを目標に高度を下げ始める。
「あら、あなたも休みたかったの? あたしもお腹が空いてきたし、ちょうどよかったわね」
 その言葉に一声答えつつ、鷹は休憩所の10m前方くらいに綺麗に着陸した。
 鷹を待機していた係員に預け、代真子はさっそく食事にすべくテーブルの方へと向かう。
「お腹も空いたし、とりあえずメニュー上から順に持ってきて!」
「あいよ!」
 落ち着いて考えればわりとムチャな頼み方であるが、実際それくらい普通に食べてしまうんだから仕方がない。
 そんな彼女の注文に、休憩所の人たちも一切動じることなく普通に応じる。
「慣れてるのかしら?」
 その原因が彼女自身であることを、代真子はまだ思い出せていなかった。





 そして、代真子が何皿かの料理を平らげた頃。
 どこかで見覚えのある男が、手押し車を押しながら歩いている可愛らしい赤ん坊を連れて姿を見せた。
「俺にもなんか食わせてくれよ。あと、この子にミルクあったらそれも頼むわ」
「あいよ!」
 赤ん坊のミルクまで常備してあるとは、なかなか準備のいい休憩所である。
 代真子がそんなことを考えていると、男がこちらに気づいて声をかけてきた。
「あー……代真子ちゃんだっけか? 久しぶり」
 久しぶり、ということは、やはりこの男とはどこかで会っているようなのだが。
「えーと、誰だっけ?」
 正直に答える代真子に、男ががっくりとテーブルに突っ伏し、その様子に赤ん坊が笑う。
「……いきなりキツいな。ロドリゲス大宮だよ、去年もこのレースで会ったじゃねえか」
「去年? 去年あたしこれ参加してたっけ?」
 テーブルへのスライディング、二回目。そして赤ん坊がまた笑う。
「その辺から記憶混乱してるのか?
 去年は代真子がブービーで、俺が最下位だったろ」
 そう言われてみれば、はっきりとまでは思い出せないが、そんな気がしてこないこともない。
「そういえば、そんなことがあったような気もするわね」
 そう答えてから、代真子はついでにこう尋ねてみた。
「で、その子はあなたの子供?」
 すると、大宮は複雑な笑みを浮かべた。
「最初は俺の未来の息子かと思ったんだが、こいつは『月見里煌』っていうみたいで、苗字があわねえんだ」
 これは、何やら複雑な事情がありそうで――面白い。
「結婚した時に苗字が変わった可能性は?」
「婿養子か?
 確かに宝のついでにどこぞのお嬢様を手に入れるってのも悪くはないんだけど……そうなると、あの人がその『月見里さん』なのかな?」
「あの人って?」
「俺がこいつと出会った時に、綺麗な人がこっちに手を振っててな。
 あれが俺の未来の奥さんか、と思ったんだが……今にして思うと、ちょっと日本人離れした感じだったような気もするんだよな」
 どうも、聞けば聞くほど「全部まとめて単なる勘違い」の様な気もしてくるが、そこはあえて指摘しないのが優しさというものである。
「ふーん」
 とりあえず曖昧に話を打ち切ったところに、次の料理とミルクが運ばれてきた。
「お待たせ。あんたの分の料理はその子にミルクを飲ませ終わってからの方がいいだろ」
「それもそうだな」
 そんな休憩所の係員のうまい対応に感心しつつ、代真子は食事を続けた。





 それから、さらに何皿か食べ終えた後。
「……しかし、よく食うな」
 煌にミルクを飲ませ終わり、とうに自分の食事も終えた大宮が呆れたような顔をする。
「そう? あたしはこれくらい普通だけど」
 代真子が平然とそう答えると、彼は苦笑しながらこう続けた。
「せっかくだしまた一緒に行くか? って言おうと思ったんだけど、さすがに待ってられないんで、俺らはそろそろ行くわ」
「そうね。そもそも、今回あたし空路だし」
 だいぶ間を空けての、三回目のスライディング。
 ちなみに、今回煌は「乳母車型に変形した手押し車」の中ですやすやと眠っているので、代真子以外に笑う者はいない。

「……ったく、先に言え、そういうことは。それじゃな」
 乳母車を押しながら、去っていく大宮。
 そんな彼の後ろ姿を見ながら、代真子はぽつりとこう呟いた。

「いろいろ貧乏くじを引くタイプの人なんだろうな、あの人」





 なお、代真子が休憩所を後にしたのは、さらに十数皿ほどの料理を平らげ、休憩所のメニューをしっかり完全制覇した後であった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 それは漆黒の旋風のごとく 〜

 シュラインがゴールのある富士山の山頂にたどり着いた時には、すでに十人以上の参加者がそこに来ていた。

「……あら?」

 そう。
「来ていた」が、まだ「そこにいる」ということは、つまり「ゴールできていない」ということである。
 どうやら、今年も一筋縄ではいかないらしい。
 そんなことを考えていると、去年も見かけた「STAFF」の腕章を着けた黒衣の男の姿が目に入った。

「あけましておめでとう。今年もご苦労様」
「これはご丁寧に。こちらこそ、今年もご参加ありがとうございます」
 年始の挨拶をした後で、さっそく彼に質問してみる。
「……それで、今年のゴールはどうなってるの?」
 すると、彼は奥の方を指してこう言った。
「十五分に一回ですから、もうすぐ来ますよ」
 彼の指した先にあったのは、数百メートルほどの直線の道路と、その両端にあるトンネル。
「来るって、一体何が」
 シュラインがそこまで行った時、突然大地が揺れた。

「来るぞ!」
「今度こそ!」

 参加者たちが、一斉にその道路の方へと向かう。

 そして。

 地響きとともに、一方のトンネルから巨大なイノシシが弾丸のごとき速さで駆けだしてきた。
 そのイノシシに、参加者たちが一斉に群がっていくが……あるものは触ることすらできず、またあるものは景気よく吹っ飛ばされてどこかへ飛んでいく。
 あっという間に、イノシシは道路を駆け抜け、反対側のトンネルに姿を消してしまった。

「……何、あれ?」
「今年のゴールですよ。あのイノシシが背中に背負っているゲートを、『後ろ側から』くぐった時点で、ゴールとみなされます」

 つまり、あのイノシシの速さを上回るスピードと正確にゲートをくぐれるコントロールテクニック、もしくはそれを補って余りある知略が要求されるということか。

「ちなみにイノシシの速さは周回ごとに少しずつ遅くなっています。そのことと、前回までの経験を生かしてどうにかしてもらおう、と。まあそういうことです」
「そういうことです、と言われても……」

 これは、やはり何人かゴールして、ハードルが下がるのを待つより他ないだろう。
 そう思って、シュラインはとりあえずしばらくの間静観することにした。





 そうこうしているうちに、だんだんと遅れていた参加者たちまで追いついてきてしまい、とうとう二十人の参加者全員がこの山頂に集結してしまった。
 もちろん、その中には代真子や煌の姿もある。

 その間に、多くの挑戦者が様々な珍策・奇策を繰り出していたが、未だゴール出来る気配は全くなく。
 そろそろ、挑戦するものもいなくなりかけていた、そんなある時のことだった。

「あ、ちょ〜ちょ〜」
 先ほどと同じような蝶(?)を見つけた煌が、手押し車を押しながらふらふらと歩いていく。
 運の悪いことに、大宮はその直前のチャレンジで無謀にもイノシシに挑んで失敗しており、必死に修正案を考えていたところで、煌の方には目が行っていない。
 その間に煌は蝶を追いかけて道路に出てしまい――そこへ、あの地響きが聞こえてきた。

「煌ちゃんが!」
 終点のトンネル付近に煌の姿を見つけ、誰かが叫ぶ。
 その声に、シュラインや代真子、大宮を含めた数人の選手たちが煌を助けるべくそちらへ急いだが、どう考えても間に合う距離ではなかった。

 何が起きているのかわからず、きょとんとした顔をする煌。
 その煌の所へ、あの巨大なイノシシが迫り――。





 次の瞬間、手押し車が中央から開き、そこから閃光が走った。
 その超極太レーザーの直撃に、巨大イノシシは目を回してその場に倒れ――ゴールのゲートもまた、その力に負けて塵となったのだった。





「煌ちゃん! 大丈夫!?」
「煌! 無事だったか!?」
「無事だったか、じゃないわよ! あなたが煌ちゃんから目を離すから!」
 多くの選手たちが煌の方へ、そして残った一部の選手たちがイノシシの方へと駆け寄る。
 かくして、煌の危機は去った……のだが、むしろ問題はこの後だった。

「困りましたね……ゴールしない限り、この夢からは覚めないシステムになっているのですが」
 黒衣の男のその言葉に、一同が硬直する。
 ゴールしようにも、ゴールは先ほどの一撃で吹き飛んでしまった。

「……ひょっとして……このまま?」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そして奇跡は起こる 〜

「まさかと思うけど、一生このままなんてことはないわよね?」
 代真子がおそるおそるそう尋ねてみると、黒衣の男はにこやかにこう答えた。
「もちろん、そんなことはありません」
 その言葉に、誰もがほっとしたような表情を浮かべる。

 ――が、それも次の言葉ですぐに凍りつく。
「来年のレースでゴールすれば、その時点で目が覚めますから」
「って、それまでずっとこのままなの!?」
「まあ、どこかでゆっくりしていていただくより他ないですね」

 どうやら、このままでは来年までここから脱出できないらしい。
 参加者たちの多くの視線が煌に向き――それから、当然のごとく大宮の方に向く。

「言っておくが、煌は悪くないぞ?」
 不穏な空気を察してか、大宮はそう言ったが――それが逆効果であったことはもちろん言うまでもない。
「そうだな、その子は悪くない」
「悪いのは、その子から目を離した方だよな」
「さあ、どう責任をとってくれるんだ?」
「え、ちょ、おい、待てって!」

 と。
 その様子を見ていた煌が、急にぱたぱたと手を振りだした。
「ごぉぅ〜」
「ん? 何、どうしたの?」
 不思議に思って見つめる代真子たちの前で、手を振る煌の前方に何かが姿を現す。

 それは――先ほどのイノシシの背中に乗っていたのと、寸分変わらないゴールゲートだった。





「これは……?」
「ごぉぅ〜」
「ゴール、って言ってるみたいね」
 呆気にとられている他の面々にかわって、シュラインが黒衣の男にこう尋ねる。
「このゴールだけど、使えそうかしら?」
「さあ、どうでしょう。ちょっと調べてみますか」
 そう答えて、男はゲートに入り――反対側からは出てこず、少しの間の後で、入ったのと同じ方から戻ってきた。
「信じられませんが、正常に機能しています」
 それから、一言こうつけ加える。
「とはいえ……ここで全員で先を争って、また事故が起きても困りますし。
 今回はきわめてイレギュラーなケースとして、特に順位を決めない方向にしたいのですが、それでよろしいでしょうか?」
 もちろん、一度は危うく夢の世界に閉じこめられた参加者たちにとって、ここから無事脱出できること以上の喜びはない。
 一同は全員おとなしく彼の指示に従い、一人ずつ粛々とゲートをくぐって元の世界へと帰っていったのだった。

「本日は、当レースに御参加下さいまして、誠にありがとうございました。
 本年が皆様にとって良い年となりますように……」 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 その後 〜

「…………?」
 目を覚まして、煌はきょろきょろと辺りを見回した。
 なんだかよくわからないが、ずいぶんいろいろと面白いことがあった気がする。

 そんなことを思い出しながら寝返りをうとうとした煌は、なにか柔らかいものにぶつかった。

 煌にとって、突然玩具が増えているのはもはや珍しいことでもなんでもなかったので、さして彼は気にしなかったが――その大きなイノシシのぬいぐるみは、まぎれもなく、彼が夢の中から持ち帰ったものだった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 4528 /  月見里・煌   / 男性 /  1 / 赤ん坊
 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 4241 /  平・代真子   / 女性 / 17 / 高校生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
 また、このたびは完成の方が大変遅くなってしまい、誠に申し訳ございませんでした。

 さて、このレースも今回で四度目ということで。
 相変わらずいろいろとムチャをしてみましたが、いかがでしたでしょうか?

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で七つのパートで構成されております。
 そのうち、五番目と六番目を除く各パートについては複数パターンがありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(月見里煌様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 赤ちゃんということでしたので、無邪気な様子を前面に出してみたのですが、いかがでしたでしょうか?
 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。