コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


凧は、大空を飛ぶために

□Opening
『て言うかァ、絶対に嫌、絶対飛ばない』
 それは、そんな感じの事を喚き、機嫌を損ねたように黙り込んだ。しかし、本当に機嫌を損ねて良いのは自分では無いのか? と草間・武彦は若干イラついた。が、依頼人の手前、怒鳴る事もできずにおとなしくお茶をすする。
「かぁー、情けない! ワシとした事が、何でこんな凧をこさえちまったんだっ」
 そう、凧。
 武彦の目の前に鎮座するのは、猛々しい歌舞伎者が描かれた、日本古来より伝承されてきた凧と、それを抱えた老人だ。
 その、猛々しいはずの凧が、どうしても飛ばないと駄々をこねて困る。
 凧職人の老人は、ほとほと困りはてて草間興信所を訪れてきた。
「えっと、でも、凧の事は凧職人が一番良く分かると思うんだが」
 武彦は、なるたけ駄々をこねている凧を見ないようにしながら、老人に語りかける。
「それがよう、ワシは、ぎゃるっつうの? それが、分からん」
「は? ギャル?」
 老人の言葉に、耳を疑いたくなる武彦。
 そこへ、また、あの奇妙な声が聞こえてきた。
『そうよう、やっぱりぃ、あたしってばこんなダサい格好じゃいやなわけ、お化粧もなんか変だし、服だってもっとギャルっぽいのが良いのよん』
 ああ、嫌な予感がしてきた。
 武彦は、ぼんやり、そんな感じがした。
「な、頼む、こいつを立派なぎゃるにしてやってくれ!」
『折角空を飛ぶんだもんね、お洒落、したいじゃない?』
 そうして、凧用の塗料を差し出す職人と、きゃははとうんざりするような声を上げる凧。
「多少の装飾はかまわんよ、ワシが後で調整するからな」
 と、凧を押し付けて清々したのか、凧職人は明るく武彦の肩を叩いた。
 武彦は、自身の身のほどもあるような大凧をぼんやり眺め、協力してくれそうな人材を激しく求めていた。

■01
 あ、言葉が止まった。
 応接室で、依頼主を目の前に、ついに武彦の言葉が尽きたのだ。困惑、いや、ほとほと困り果てているが、きっと必死にクールを気取ろうと顔を引きつらせるだろうか。ちょっと可愛いかも、と、シュライン・エマは目を細めた。
 とは言え、これ以上彼一人を放っておくのも忍びなく、ため息一つで立ち上がった。
 応接室を覗くと、がっくりと肩を落した武彦の背が見える。
 そのまま足を進め、依頼主にぺこりと頭を下げてから、武彦に耳打ちした。
「聞き込みとかで、こう言う感じのコと接する時もあるんだから、これを機にどんなお洒落や会話をしてるか知っておくのも良いんじゃない? 武彦さん」
「いや、凧に聞き込みなんか、一生しないね、俺は誓うぞ」
 これは、相当拗ねている。
 シュラインの言葉に、武彦は口を尖らせた。
 そう言う話じゃないと、武彦の鼻を少しだけはたき、軽く睨みつけた。武彦は、シュラインを恨めしそうに見上げたが、敵わぬと分かったのか鼻をさすりぶつぶつといじけ出した。その様子に、微笑みながら今度は背中を撫でる。
「と、言うか、のっちゃった方が精神的に楽よ、きっと」
 ね? と、リズム良く言葉にした。
 それだけで、何だか楽しい気持ちになるではないか。シュラインは、そうして、猛々しい歌舞伎者が描かれた凧と向き合った。

□03
『ちょっとぉ、早くしてもらえるぅ? あたしぃ、待つのきらーい』
 シュライン・エマ、黒・冥月、そして何だか顔面を押さえ込んでいる武彦を前に、凧は拗ねていた。その声に、げんなりしたように冥月が顔をしかめる。そして、勢い良く凧職人に向き直り、かなり真剣な眼差しで詰め寄った。
「ご老人、凧は作り直せ。材料費は出してやる」
 かなり、と言うか、彼女は本気だ。
「い、いやぁ、その、ワシは作った凧を壊すなど……」
 職人は、冥月の勢いに飲まれ、あわあわと両手を振った。それでも、やはりどのような凧であっても、自身の作品を壊すなどはできない模様。そんな職人の様子に冥月は、彼の手の中にある凧を、奪い取った。
 そして、両腕に力を込め、引き裂こうと構える。
『ちょ、ちょっとぉ、痛い痛い痛い、何すんのよぉ』
「まてー、一応待てっ」
「そうね、まがいなりにも、一応は依頼主なんだから……」
 その時、凧は悲鳴を上げ、武彦は焦ったように冥月の腕を掴み、シュラインがなだめるように優しく手のひらを凧にかけた。
 ああ、ここで勢いに任せて引き裂いてしまいたい。
 しかし、こうまで止められてはしかたが無い。冥月は、くっと悔しさを噛締め、凧を手放した。
「は、何がギャルだ」
 そして、凧を一瞥すると、くるりと壁に向き直りすたすたと歩き出した。どうやら、ギャル凧への飾り付けに対する、静かな抵抗のようだ。いや、自分は手伝わないぞと言う簡単な意志表示でもある。
「そうだよな、俺ら男にはよく判らんよな」
 その隣へ煙草をくわえながら武彦が歩いてきた。どうやら、彼も、ギャル風などには全く役に立ちそうに無いと判断したらしい。
 しかし、そのさらりとした台詞、許しがたし。
 冥月は拳を握り締め、
「私は、女だっ」
 武彦の顎へ突き当てる。
「……ぐ、は……」
 その、見事な突き技に、武彦は崩れ落ちた。
「うーん、ファッション誌を見ながらのほうが良さそうね、武彦さん」
 シュラインは、そんな二人のやり取りの間に方針を決めたのか、ぱたぱたと応接室と自分の机を往復して雑誌を用意した。
「て言うか、フォロー無し?」
 武彦は、しくしくと泣きながら顎を押さえシュラインに助けを求めたが、シュラインは、にこにことどの雑誌が良いかしらと雑誌を並べただけだった。

□04
 凧の主張を検討する。
「なるほど、女の子のメイクとか、したいって事で良いのかしら?」
『そうなのぉ、もぅ、見てよこれ、この白い顔に赤いラインなんてありえないって感じ、お願いするわぁ』
 シュラインの言葉に、我が意を得たりとばかりに凧が喋り始めた。
 とにかく、歌舞伎風のメイクは、気に入らない様子だ。それ以上に、こだわりもあるようで、シュラインは用意したファッション誌をぱらぱらとめくり始めた。凧にも見えるように、雑誌を立たせて方向性を検討する。
「ネイルアートもしちゃいましょう」
『ネイルアート、良いわねぇ、やっぱ、ラメでびしばし光った方が良いかしら』
「そうね、ビーズも、この際どう? トップコートも欠かさず、ね、光が当たると綺麗よ」
 雑誌のネイルアートに関するページを見ながら、二人……、いや、一人と一つは話し合う。どうやら凧は、ラメのような光物に期待を示した模様。その様子をちらちらと見ながら、冥月がぶつぶつと呟いた。
「は、そんなチャラチャラした格好が良いのか? だいたい、歌舞伎凧のクセに、そのしゃべり方は何だ」
 腕を組み、絶対に自分は手伝わないと言う構え。
「全く、何がギャルだ、あんな道端で横柄な態度をひけらかしているような連中の、一体どこが良いんだ? 衣装も理解しがたいな、あんな短いスカートや流行物に流されるなんて考えられん」
『んもぅ、ギャルは女の憧れよぅ、貴方だって、きっと分かる日が来るわよぉ』
 雑誌に夢中になっていた凧だが、冥月の言葉にねっとりとした口調で反論した。その言葉に、思わず身を乗り出して冥月は叫んだ。
「だ、誰がっ、分かってたまるか」
 しかし、その焦り様は、かえって怪しい。
 シュラインは、可笑しそうに微笑んで、冥月を見た。
「もしかして、女の子っぽい女の子に憧れがある?」
「な、な、な」
 思わぬ指摘に、一歩引き下がってしまった。シュラインの、暖かな笑顔に、全てを見透かされたような気がしてむず痒い。冥月は、慌てて両手をピンと伸ばし、それから右腕を少し前に構えを取る。
 決して図星では無い。
 決して図星では無い。
 決して図星では無いっ。
 それから、優雅に腕を振りぬき、その拳で武彦を捕らえた。
「そそそ、そんなわけ無い」
 ぶんと風を切る音。
「そんなわけ無いぞっ」
 少し頬を赤らめ、たたみ掛けるように右左と拳を突き出し武彦を沈める。
「ちょ、……、ぐ、は」
 気が付けば、武彦は息も絶え絶えに、崩れ落ちていた。何故、俺に……。彼の声にならない呟きは、さて、誰に届いたのだろうか。
『なぁにぃ? 照れ隠し? マジ照れぇ?』
「あら、思わぬ可愛い面を見ちゃったわね」
 シュラインと凧は、雑誌をめくる手を止め、頬の赤い冥月を見た。
「か、可愛いって、こ、これでもっ」
「これでも?」
 冥月は、叫び、シュラインはその続きを促す。
――これでも、好きな男の前では、可愛い女なんだ
 しかし、その一言をぐっと堪える。
 とにかく、これ以上の失態は、誰にも見せない。冥月のくるくる変る表情に、シュラインと凧は不思議そうに、顔を見合わせた。

■05
「さて、それじゃはじめましょうか」
 何はともあれ、作業を始めなければ終わりは来ない。ある程度の希望は、汲み取れたと思う。シュラインは、雑誌を横に置き凧に微笑みかけた。
『じゃあ、お願いねぇ、あーん、楽しみ』
 凧の方は、嬉しいのだろうか、声も弾み化粧を待ちわびているようだった。
 まずは、面の大半を占める顔の化粧だろう。依頼人である職人から受け取った塗料を筆にしみ込ませる。自分に施す化粧とはまた違った感覚だけれど、大きな分なんとかなりそうだった。
「まず、アイラインね……眉毛もバッチリ描いて……」
 隈取のような化粧を隠し、すっとアイラインを引く。それだけで、ぱっと瞳が際立ったようだ。太く重みのあった眉は、瞳の形に合わせ綺麗に山形カーブを描く。先を細く整えるように描くと、垢抜けた眉になった。
『あぁーん、コレよ、コレ』
 手鏡で見せてやると、凧は興奮したようにばさばさと揺れた。どうやら、お気に召したようだ。シュラインは、続けて唇の作業に入った。
「唇は、そうね、可愛い部分を殺さずほんのりと行きましょう」
 元々おちょぼ口なのだ。それに少し紅を足し、色気を出す。その一つ一つが嬉しいのか、凧は瞳を輝かせてシュラインの筆さばきに魅入っていた……、多分。
 画面に描かれた片方の手。その爪にネイルアートをしている時には、興奮のあまり凧が震え出した。シュラインは苦笑いをしながら、それでも懸命に凧の装飾に励む。雑誌から、凧の希望を聞きその通りに装飾を施して行く。きらきらと光るラメ。貼り付けるビーズ。その上から、仕上げにトップコートを塗った。
「尾は、どうしようか? 色は……、そうね、このページ携帯のカラーバリエーションから好きなのを選んでみる?」
 ネイル部分が乾く間にと、シュラインが次に手をかけたのは、凧の尾だった。持ち上げると、上品な紙でできている。肌触りも滑らかで、色も良くノリそうだった。
『あ、あたしぃ、ゴージャスにゴールドが良いわ』
 しばらく自分の顔に魅入っていた凧が、シュラインにそう答えた。雑誌のページをめくり、携帯電話の広告ページを開く。最近の携帯電話は本当にバリエーションが豊富だ。そこから、いくつかゴールドのものを指差し、光具合などを相談する。
 そんな色が凧の染料にあるのかといえば、あった。
 きちんと用意されていた。
 シュラインは、丁寧に尾の部分を塗っていく。凧の尾は、見る見るうちにゴージャスなゴールドに様変わりした。
 それから、仕上げは服装。
 雑誌を見ながら、今冬はファー物が多いと相談する。その中でも、とりわけ大きなファーのサンプルを選び、きちんと書き足した。丁度、派手目の着物の上に書いたので、きらきらのファー付きコートのような装いに見える。
『きゃん、素敵じゃない?』
 凧は、幸せいっぱい夢いっぱいの声を上げた。
「ふふ、良かった」
 まだ、凧の染料が乾くまで少し間がある。シュラインは、ギャル風になった凧を見ながら、今度は凧糸にまで細工をはじめた。

□Ending
「本当に、私が上げて良いのね?」
 ギャル凧を手に、シュラインは嬉しそうにほほ笑んだ。折角の凧、空を飛ばなければ意味が無い。一行は、近くの空き地へ来ていた。
「殆どお前が作業したじゃないか、飛ばしてやれよ」
 武彦は、そう言って煙草に火をつけた。実際、その殆どの作業をシュラインは一人でこなした。凧職人も、彼女になら任せられると、凧を手渡したのだ。
「ちなみに、私にはこれがあるしな」
 冥月は、部屋の隅で作った自作の凧を持ってきていた。その凧は、黒一色で饅頭に箸が突き刺さったような、若干可哀想なイノシシの絵。
 びゅうと風が吹く。
 少し走るだけで、凧は風に乗った。
『んもぅ〜、頑張って飛んじゃうんだから〜、皆ぁ、あたしの美しい姿を見てぇ〜』
 きらきらと輝くギャル凧の声。どんどん高く遠く飛んで行く。
「いや、あんな上空だと見えないよな?」
 ぼそりと呟く武彦を、シュラインは肘で小突いた。
「しっ、本人は、ご機嫌なんだから」
 シュラインの手元の凧糸は、綺麗。白、水色、黄緑、美しいグラデーションに染め上がった凧糸には、所々ラメが入っている。それが、光に反射してきらきらと輝いていた。凧はもう遥か上空、凧糸の輝きは、空に散りばめられたスパンコールのようだった。
『ぎゃーっ、何この化け物っ、しっしっ』
 突然、凧の奇声。
 見上げると、冥月の手元からも、凧がぐんぐんと上がって行く。
「一つだけ飛ばすよりいいだろう」
 ニヤリと笑うその顔に、武彦がぼそりと呟く。
「つうか、すんごい喧嘩しそうなんだけど」
 その言葉に、否定の返事は無い。
『ちょっとぉ〜、しつこい男は嫌われるんだからぁ〜』
 ギャル凧の声がこだまする。
 澄み切った青空に、二つの凧はいつまでも追いかけっこをしていた。
<End>


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 明けましておめでとうございました。この度は、ノベルへのご参加有難うございます。ライターのかぎです。皆様、本年もどうぞよろしくお願いします。
 年明け最初のノベルと言う事で、凧上げでした。いかがでしたでしょうか。
 □部分が集合描写、■部分が個別描写になっております。

■シュライン・エマ様
 いつもご参加有難うございます。シュライン様と草間氏の関係って、どんな風なんだろう? いつも、ちょっぴり気になる二人を描写させて頂いています。少しでも楽しんで頂ければ良いのですが。
 凧の要望も、聞き入れていただき有難うございます。無事、大空を飛ぶ事ができました。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。