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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


〜晴れ舞台〜

 それは、彼にとってはあまりにも突然すぎて、理解しがたいものだった。

「は?」
「聞こえなかったか?」
「いえ、あまりに唐突だったんで‥‥すいません。もう一度お願い出来ますか?」
「ああ。だから、来週する新春大会な、アレ、お前出ろ」

 寝耳に水だ。練習中に突然声を掛けられた和泉 大和は、いまだに信じられないのかスクワットを途中でピタッと止めて固まっている。
 その姿があまりに面白かったのだろう。前置き無しで大会出場を教えに来た先輩は、吹き出しそうになるのを我慢するように顔を歪めて大和の肩に手を置いた。

「まぁ、そんなに固まるなよ。別にそんなに気張るような大会じゃない」
「それは‥‥‥数合わせって事ですか?」
「お前な、新年の初試合だぞ?数合わせにしか使えないような奴を出すわけがないだろう。ウチのジムの恥になる」

 つまり、お世辞でも何でもなく、大和は実力で選ばれたらしい。
 ますます訳が分からない。先輩から持ちかけられた『若手タッグ戦』には、確かに年齢制限がかかっているから大和も出場出来る。だがその制限内でも、十分に出場出来る先輩達は何人もいたのだ。
 その先輩達をさしおいて自分がノコノコ出て行っていいのだろうか?戦績的には十分らしいのだが、それでもデビュー一年弱の自分が、そんな大きな大会に‥‥‥
 そんな大和の心中を読んだのか、先輩はニヤッとした笑いを浮かべていた。

「安心しろ大和。そんなに固くなるような事じゃない。ぶっちゃけて言うとな、向こうさんもお前と似たように新人君を投入してくるのさ」
「え?‥‥あ、まさか」
「そのまさかだ。この大会はな、見ている側から見れば新年初めての大公式戦の一つだが、俺たちにとっては新人同士の見せ合いみたいなものだ。新人に将来のライバルになるような相手を見せて、俺たちは、『俺のジムにはこんな強い奴が入ってきたんだぞ。いいだろー!』って感じで得意顔をする、まぁ、毎年恒例の自慢大会だな」

 ‥‥‥聞いてしまった。なんだかこう、聞いては行けないものを聞いてしまったような感覚だった。
 先ほどまでの緊張感はあっさりと引いてしまった。まるで満ち潮が引いていくように‥‥‥いや、スピード的には甲羅に引っ込む亀の首である。
 大和は緊張で溜まっていた空気を吐き出すと、先輩に苦笑しながら返事をした。

「分かりました。では、来週までに準備を整えておきます」
「ああ。ちなみに負けたら、その日の打ち上げはお前持ちな」
「最後にとんでもないことを言わんで下さい!」

 大和の稼ぎでそんなことをすれば、間違いなく破産である。もちろん先輩も本気で言っているわけではないだろうが、新たに無駄な緊張感が生まれてしまった。
 ‥‥‥不思議と大会に対する緊張感はなくなっていたので、大和は先輩に大して感謝するべきか不満を上げるべきか、非常に迷ってしまったのであった。



〜和泉家〜

「‥‥と言うことは、私もその大会に行くのか!?」
「そうなるな。先輩達は綾香に会いたがってたみたいだし、俺の試合に来てくれないのか?」
「い、いや!私は行くぞ!絶対に行くぞ!!」

 食事を食卓に運んでいた御崎 綾香は、うわずった声で声を上げる。正直手元まで微かに震えており、これ以上刺激を加えたら大事故に発展しそうだ。

「分かった。分かったから、とりあえずそれを置いた方が良い」

 逆に冷静な大和が綾香を諭す。試合に臨むのは大和だというのに、綾香は大和以上に取り乱していた。

「ああ。分かった。うん、置こう。しかしどうしようか。あの大会は、確か毎年テレビでやっていただろう?いや、毎年この時期は実家が忙しいからテレビなんてほとんど見ていないのだが、あんな大きな大会に大和が‥‥まだ心の準備が出来てない!」
「‥‥‥‥心の準備って」

 どうしてか、今まで大和が見たこともない程の取り乱しようである。学生時代の同級生が今の綾香を見たらどう思うだろうか?ファンが増えるか離れるか‥‥‥‥増える方に一票入れる。実際に投票を行ったら面白そうだが、大和は自分の婚約者を見せ物にするような嗜好は持っていない。
 なにやら皿を持ったままで右往左往を開始する綾香。綾香のような美人が取り乱している姿は可愛らしいと言えばそうなのだが、残念ながら、このままではその美人が野菜炒めで汚れることになりかねない。

「どうしよう。こんな食事で良かっただろうか?もっと肉を増やして‥‥‥それだと他の栄養が‥‥そうだ、大和のコスチュームを縫っておかないと!あと大会に着ていく私の服も‥‥ダメだ、神社の手手伝いもあるし、こうなったら巫女衣装で行くしか‥‥」
「待て待て待て待て‥‥とりあえず落ち着け綾香」

 あたふたする綾香の体を抱きしめ、まず体の震えを止めてやる。それから軽く頭を撫でてやると、不思議と綾香は大人しくなるのである。これは大和にとって、取り乱した綾香を落ち着かせるワザの一つとなっていた。

「大丈夫だって。大会なら、今までだってあっただろ?」
「そうだけど‥‥‥こんなに大きな大会は‥‥」

 確かに、先輩は気安く言っていたが、新春の公式戦が注目されていないはずがない。
 それに若手の見せ合いと言ったって、つまりは今年からの有力者を見せると言うことだ。使えない者は大きな試合になど出させて貰えないだろうから、今回のことも大抜擢だろう。ちなみに大和とタッグを組んで試合に挑むのは去年にこの大会に出場した先輩である。大和と同期で入って者達は、まだ戦績的に見て出すわけにはいかないらしい。
 つまりはジムの代表に実質的に選ばれてしまったのだ。綾香が取り乱すのも当然と言えば当然か‥‥
 そして何より、大会が行われるのは後楽園ホールである。格闘技ファンでない者にとっては、それこそテレビ以外では見るような機会もないであろう。
 大和は綾香の緊張をどうやってほぐそうかを考える。あんまり根を詰めすぎると、綾香は暴走して「過ぎ足るわ〜‥‥」の状況を作り出しかねない。もし控え室に巫女服の綾香が現れたら、先輩方がどんな反応をするか‥‥‥
 被害を受けるのは大和である。

「俺は、この試合を特別扱いする気はない。これもあくまで試合の一つだ。まだ最初の一歩目ぐらいのハードルだって。だからそんなに気負うようなことはない。これからは、こんな事が山のように待ってるんだからな」

 それだけ言うと、大和は綾香の手から皿を奪って食卓に置く。
 綾香はと言うと、大和の落ち着きが伝染したのか、大和の言葉を自分に言い聞かせているのか、だんだんとその目に普段の綾香が戻っていく‥‥‥

「そうだな‥‥‥うん。そうだ。大和の言うとおり、いつも通りに応援するのが私の役目だな」
「そう言うこと。じゃ、ご飯にしようか。明日からは、本番に向けての特訓だし」
「ああ。そうだ、大和」
「どうした?まだなにか?」
「ああ。神社の仕事もあるし、やはり控え室には巫女装束で行くことになると思うんだが、良いんだろうか?」

 綾香が冷静になっても、大和の運命は変わりそうになかった‥‥‥





〜大会当日〜

 大会当日の後楽園ホールは、当然のように満席だった。
 とにかくごった返す人、人、人の群。入場時の流れは川と言うより土石流。または雪崩か‥‥‥やはりファンは、この試合を見なければ新年を迎えられないらしい。

「す、すごい人ですね」

 コーナーに控えている大和は、先輩達に囲まれながら、今までの数十倍を行く観客数に圧倒されていた。
 今の今まで、ここまで人に注目されたことなどなかった。それに緊張を覚えたわけではなかったが、それでも自分が戦っているところをこれだけの人々が見に来ているのだという事実に、大和は心臓を鷲掴みにされているかのような心地になる。
 さらに加えれば‥‥‥

「おいおい、こんなのにびびるなよ。俺たちにとってはな、どっちかって言うとこの万人の観客よりも一人の巫女の方が怖い」
「見ないで下さい」
「ほら、お前の背後に」
「見せないで下さい」
「本人は見られたがってると思うぞ?良くできた子だから、あえてお前に声を掛けないのかもしれないが‥‥別に良いじゃないか、巫女さん可愛いぞ?」
「下心満載の目で見るのはやめて下さいね。先輩」

 ジュルリとヨダレを拭き取る先輩を睨み付けて威嚇する。大和が目下気にしているのは、本当に巫女衣装で現れた綾香が、試合開始前の大和を間近で見るために最前列の席に座っている。事前に大和は「私服で来るのが一番だ」と伝えていたのだが、それでも巫女衣装で来たようだ。
 ジムリーダーが綾香に連絡を取り、最前列のチケットと引き替えに巫女装束で来ることを要請したのだが、大和が知ることはない。

「大丈夫だって。俺たちはそこまで若くもない。‥‥‥それより大和、お前本当に大丈夫か?」
「いえ、ちょっと緊張しただけです」
「はは。大丈夫だよ。リングに上がったら、体が勝手に戦う体勢に入ってくれる。気楽に行けや」

 タッグを組む先輩はそう言い、大和の背中をバンバンと叩いた。
 ヒリヒリと痛む背中を撫でながら、大和はそっと背後を振り返って綾香の様子を窺ってみる。

(向こうも緊張しているな。昨日までは元気だったんだが‥‥‥)

 綾香は席に座りながら、ソワソワと腕時計と大和を交互に見る。そろそろ出番が近いというのを分かっているのだろう。一週間前程ではないにしろ緊張した面持ちで大和に視線を向けてきた。

(大丈夫だ。いつも通りだから)

 そう言い聞かせるように小さく手を振る。そうすると、綾香も手を振り返してきた。

『皆様お待たせいたしました!!これより新春の『若手タッグマッチ』2007を開始いたします!!』
「さ!大和、出番だぞ」

 割れるような歓声が上がる中、先輩と相手のタッグが立ち上がる。
 大和は背中に綾香の視線を感じながら立ち上がり、そして振り返った。

(大丈夫だ。いつも通り‥‥“勝ってくる”から!)

 大和の心が伝わったのかは分からない。しかし綾香は、その大和を見て確実に笑顔になった‥‥‥




〜試合〜

 カーン!
 試合のゴングが鳴り響く。その途端、大和は腹部に猛烈なボディーブローを受けていた。

「っ!」

 息が詰まって声も出ない。だがそんな大和にも容赦することなく、続いて首に勢いを付けた腕が迫り、あっという間に大和の体を吹っ飛ばした。ラリアットを受けた衝撃は強く、大和の意識を絶とうとする。

(なるほど、今までの大会と違って“本当に強い”のが出場しているみたいだな‥‥)

 だが“攻撃されても決して避けない”が売りのプロレスラーが、秒殺されて良いわけがない。大和はすぐに立ち上がり、どろどろに溶け込もうとする意識を強引に繋ぎ合わせて敵を見据える。が、大和にラリアットを入れた敵を見据えた瞬間、背後から組み付かれた。

「あ!?」

 これはタッグマッチ。一人が動きを封じて、もう一人が追い打ちを掛けるというのは基本戦術である。大和にラリアットを放った選手は、楽しそうな笑みを浮かべて大和に駆け寄り、その胴に猛烈なドロップキックを放ってきた。

「‥‥!」

 息が出来なければ声も出ない。本当に痛いときには悲鳴すら出ないのである。
 しかしまだ二発。大舞台を任されておいて、ここで寝ているわけにはいかない。たったこれだけで寝るようでは、自分を信頼してくれたジムの人たちにも、見守ってくれている綾香にも合わせる顔がないではないか‥‥!

(た、立たないと‥‥)

 大和の体が、立ち上がろうと体を起こす。だがそこに、さらに相手の追い打ちが‥‥‥

「俺を忘れんじゃねぇ!!ってか無視すんな!!」

 集中攻撃されている大和を助けに、先輩が割って入ってくる。追い打ちを掛けようとした選手の脇腹にキックを入れ、体勢を崩したところにチョップを入れて突き崩した。

「立てるか大和!」
「‥‥はい!」
「よっしゃ!それじゃあ、やり返してやれ!!」

 先輩に攻撃されていたフラフラの相手選手。先輩はその相手を掴むと、ようやく立ち上がった大和に向け、力一杯放り出した。
 大和はガクガクになっている足を懸命に動かし、ほんの一メートル程の距離を、まるで飛ぶようにして跳びだした。

「くらえっ!!」

 大和は左腕を振り上げると、勢いよく、全くの減速無しで、振り抜くようにして相手の顔面にラリアットを食らわせた。擦れ違い様に攻撃という痛烈な痛みは、正直一般人では想像も付かない程の威力がある。ましてや大和はもと力士。体重を乗せての攻撃力は、熟練ののレスラー達を大差はないのである。
 元々フラフラだったからだろう。大和も相手も、衝撃で両方が吹っ飛び、大和はギリギリで倒れないように踏ん張った。
 対する相手選手は、当然ながらもマットに倒れ込んでいる。

(ははっ‥‥危ない)

 今までにない程のダメージを受けている大和は、もう一人の相手を視界に収めながらすぐに体の調子を見ていた。首に受けたラリアットとドロップキックは効いていたが、それでもまだまだ戦える。呼吸さえ整えれば、痛みに慣れているレスラーたる者、多少のダメージは‥‥‥

「‥‥‥あれ?」

 大和が、倒れた選手を見て小さく声を上げる。他の選手も同様だ。大和の先輩も、相手の相方も、ジムの皆も、そして観客達も、皆が倒れた選手に注目している。
 審判がすぐに倒れた選手に近づいて首や顔色を確認すると、リングの外に向けて手を振った。数秒経つと、リングの外から医者らしき人物が現れて選手を診る。

「おいおい。嘘だろ?」

 誰かがそう言うが、それは嘘ではなかった。




 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥その選手はピクリとも動くこともなく、担架で運ばれていったのだった‥‥‥





〜その後・宴会会場〜

 シュポンッ!ポンッ!ポポンッ!
 宴会会場のあちこちでビールやシャンパンの類が開けられていく。さりげに綾香と大和が開けているのがジュースなのはご愛敬だが、あえて今日は誰も突っ込む者はいなかった。
 何しろ今日、この宴会の主役は‥‥

「あ〜もう!巫女さん最高ッス!!」
「そっちじゃないだろが!!」

 速攻で酔った一人が綾香に抱きつこうとするが、それはさらに速攻で近寄ったジムメンバー全員からの総攻撃で阻止される。よく見ると大和も混じっているのを確認して、綾香は苦笑していた。

「いや〜、まさか大和が一発KOを出すとはね。俺の攻撃の後とはいえ、それでもすごいぜ」
「あっちのジムは荒れてたな〜。客は満足してるのと不完全燃焼なのとで分かれてたみたいだけど」
「いいじゃん。その後の主力の戦いで盛り上がったんだからさ!!」

 見なして口々に今日の大和の戦いを評している。
 あの後、大和のKO勝ちは波乱を呼んだ。何しろ、開始してから数分で一人を退場させてしまう怪力である。タフネスが売りのプロレスラーを、一発であの世送りにする恐怖の新人‥‥‥等と、明日のスポーツ新聞には載るかもしれない。いや、相手は死んでないけど。

「最初にボロボロにされてたときには、もうダメかと思ったが」
「むっ。綾香、婚約者を信じられないのか?」
「一方的にやられてたぞ?」
「あれぐらいじゃ負けないって」
「足下フラフラしてた」
「武者震いだ」
「先輩に『大丈夫か!』って聞かれたとき、二秒ぐらい返事が遅れてた」
「‥‥‥‥‥すいません。結構ピンチでした」

 何処まで見てるんだ、この人は。
 我が婚約者ながら、実に良い観察眼を持っている。と言うか緊張していたのは試合の前だけで、しっかり試合中は目を離さずに見続けていたらしい。
 自分が危なかったということをあっさり見破られた大和は、拗ねるようにしてジュースをグラスに注ぎ‥‥

「それじゃあ、私たちも乾杯だ」
「‥‥ああ」
「大和の晴れ舞台の成功に‥‥」





 乾杯!





〜おまけ〜

「ああ!二人してイチャイチャしてますぜ皆の衆!!」
「んなにぃ!けしからん!けしからんぞぉぉ!!」
「オラオラ!飲まんかい若いの!」
「独身で悪いかーー!」
「結局こうなるのか‥‥‥!?」

 大和達は包囲された。あっという間に酒をがぶ飲みし、酔いに酔いまくった先輩達に包囲され‥‥‥
 その後、どうなったのかは、その日に酔わなかった綾香以外に知る者はいない‥‥‥






☆☆参加キャラクター☆☆
5123 和泉 大和
5124 御崎 綾香

☆☆WT通信☆☆
 すっっっごくおひさしぶりです。メビオス零です。
 最近あまり活動出来てないので、全然顔を出せていません。すいませんです。
 今回のお話はどうでしたでしょうか?ちょっと最近ガス欠気味なので、どうなのやら‥‥プロレスのことも、もうちょっと調べておかないとなぁ。そう言えばテレビでまともに見るようなことも滅多にない(汗
 最近は体力不足なので、この辺で。短い後書きですいません。最近ネタ切れなんですw
 では、今回のご発注、真にありがとうございました。また頑張らせていただきますので、見捨てずに、これからもよろしくお願いします(・_・)(._.)w