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夜に走る影 繋ぐ紅の糸
この場所は、とひとつ思い当たり草間武彦はしまった、と舌打ちをする。
夜、コンビニ帰り。
近道しようと足を踏み入れた公園に思い当たることがあり立ち止まるが、いまさら引き返すのも面倒くさい。
新聞やテレビで最近取り上げられていること。
この場所、この公園付近では最近若い女性が連続して失踪する事件が多発しているのだった。
武彦は男なので、まぁ失踪するようなことはないを思われるが、それでもその現場に居合わせたりということがないともいえない。
なぜなら怪奇探偵だから。
さっさと通り抜けようと急ぎ足。
こつこつと足音が静かな公園に響く。
もう少しで、公園は終わる。ほっと一息。
だが、そうはいかないもので。
がさがさっと近くの茂みが揺れた。
なんだ、と身構えたと同時に。
「おっさんどけー！」
怒鳴り声とともに勢い良く、盛大に茂みから飛び出してくる黒い影と男。
「のわぁっ！！」
驚かずにはいられない。武彦は身をそらせつつそれを避け、そして反射的に、何故か一緒に追いかけ始めてしまう。
「おっさん邪魔してくれて、あと少しのところだったんだぞ！ そして何故ついてくる！」
「は、反射的にだ……」
自分でも良く分からないけれどもとりあえず走る。
なんだかそうしなくちゃいけないような気がしなくもない。
出会ってしまったから。
男の名前は菊理野友衛。
走りながら軽く自己紹介というのはちょっとつらい。
「もういい、手伝え！ あの影を追い詰める！」
「なんで俺が……」
「成り行きだろう手伝え！ そっち、左に回れ！ 俺は右から！」
「……はいはい」
二人で走り回ること十五分、影を行き止まりへと追い詰める。
公園の隅っこ、で男二人影に詰め寄る。
「よ、ようやく追い詰め……」
「なんか無駄な動きが多かったよな……」
「すべて計算された動きだ」
もちろん計算された動きは一切なく、直感重視で走り回っただけなのだけれども。
じりじりと影に迫る二人。
タイミングを計って今だ、と飛び掛ろうとした時。
ふつ、と影の一点が敗れてつるんと皮がむけるように崩れる。
「！？」
「な、なんだ！？」
そしてその中から黒髪が一筋白い女性がゆらりと立ち上がる。
彼女の傍には、気絶したままの女性たちが。その人数は、あの人型であった影の見た目から想像できないほど、多い。
「あ、蒼依！！ 無事で……」
良かったと傍に近寄る友衛の足が、止まる。
顔を上げた、友衛が蒼依と呼んだ彼女の表情が、笑顔なのだけれども。
笑顔なのだけれども……背後には幻の雷光が落ちるのが見える。
武彦もそれを垣間見て、一歩後ずさった。
「友衛、私、言ったわよね？」
にっこり。
「いや……その……」
にっこりで、迫る。
「女性を狙うのなら私が囮になればいいって、なのに、何で貴方は私の前に立って影から守ろうとしたのかしら？」
「そっそれは……危ないだろ！？」
たじたじする友衛。武彦は力関係を悟る。
「……馬鹿、だから猪馬鹿なのよ」
「いっ……いいいいいい！！！」
蒼依は友衛の頬を思いっきりつねって引っ張る。
溜息交じりで少しむすっと不機嫌な表情。
「大丈夫だからするに決まってるでしょ……」
と、つねる手そのままに反対の手……蒼依の指先から伸びる紅い糸は影であったものの中に続いていた。
それを引っ張って手繰り寄せていく蒼依。
その紅い糸の先にはぴこぴこ動く符が一枚。
暴れて、まるで糸から逃れようとしているようだった。
「これが核だったみたいね。暗闇の中だったから探すのに少し手間取ったわ」
やっと蒼依は友衛の頬から手を放し、武彦に向き直る。
「すいません、うちの馬鹿がご迷惑をお掛けして……」
ぺこっと礼儀正しく頭を下げる蒼依に、武彦もつられてぺこり。
「な、俺への態度と違うぞ！？」
「それはそうでしょう、初対面の方にいきなり手伝わすなんて……一人じゃ結局ダメだったのね」
「う……」
「本当にすみません」
「あ、蒼依が頭を二度も下げて……！」
「友衛も下げなさい」
ぐいっと頭押さえつけられ友衛も一緒に頭を下げる。
「いや……俺も成り行きみたいな感じで付き合ってただけだしな……」
武彦は苦笑しつつ、言う。
「そうなんですか？ でも手伝ってくださったことに変わりはないですから……あ、まだちゃんと名乗っていませんでしたね……私は菊理路蒼依です」
「ご丁寧に。俺は草間武彦だ……菊理路って……あれ、そっちは」
「そっちってなんだ、俺は菊理野だ」
「幼なじみなんです、幼なじみ」
蒼依はころころ笑いつつ軽くそう言うが、隣の友衛はちょっとばかり複雑そうだ。
幼なじみとは、対等な関係ではないのかと思うわけで。
「ところで……そのぴょこぴょこしてるのはどうするんだ？ 放っておくわけにもいかないだろう」
と、武彦は符を指差す。
「どうしようかしら……私じゃ……括るので精一杯だったのよ」
「それなら俺が……どうにかしよう」
「できるのか？」
今まで走り回っていた姿しか見ていない武彦は素直に疑問を口にする。
「大丈夫だ」
友衛は符を拾い上げ、自らの持つ符で、その符を押さえ込む。
「ああ見えて、私よりも強いんですよ、一応」
「ほーう」
「一応じゃなくてちゃんと強いんだっ！」
武彦の関心するような声色に友衛は怒鳴り返すような声色で答え、そして蒼依から冷たい視線を受ける。
きっとあとで、また何か言われるだろうなと本能が、悟る。
「これは、後でしっかり処理しておく……一件落着だ」
「まだよ。救出した皆をこのまま放置、というわけにはいかないでしょ」
「あ……」
しばし流れる沈黙。
「匿名で通報が妥当か」
「……そうね、友衛」
「はいはいはい、しとけばいいんだろう……」
と、それを武彦は止める。
「待て、今ここでしたらすぐにやってきて俺たちが犯人扱いかもしれない。ここから離れてからのほうがよくないか」
そう言われると、確かにそうである。
と、ぼうっと光が遠くで見え、さらに足音。
「人……？ なんでこんな時間に……」
「……もしかして、事件がおきているから見回りか……？」
その可能性は高い。
三人は、視線を合わせる。
ここは、この場からいなくなるのが一番だろう。
足音させず、そっと離れる。細心の注意を払って。
「友衛が余計な事しなければもっと早く終わってたかもしれないわね……」
ぽつ、と蒼依が呟いた言葉に、もちろん反応する友衛。
そのあいた口を武彦は静かにしろと塞ぐ。
「見つかるだろうが！！」
と、言いつつもまたその声は大きい。
「！！ 誰だ！？」
そしてしっかりと見つかる三人。懐中電灯らしき光がこちらを探してやってくる。
「……逃げましょう」
その言葉に異存などなく、三人は真夜中の公園を走るのだった。
ファーストコンタクトは、闇夜の中で。
これからもきっとまた続いていく関係が生まれた日。
＜END＞
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