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雪舞う屋根の上の歓談
あやかし荘でクリスマスが行われ、終わった時間の事。
大鎌の翁は、本来の宿主から抜け出し、投影体に入り込んだ。本来契約者の中からは出られないはずだったのだが、様々な何らかの影響か、彼も単独で行動できるようになったようだ。
「クリスマスのう……。内容がいろいろと変わってしまったが、ま、よいか。」
もっとも、この投影体(アバターもしくはアスペクト)は、短期間活動型で、エルハンドのソレのように永久存続はできない。人間と同じように睡眠に等しい休憩が必要になる。
「さて、あの剣客も来ているようじゃしな。」
翁は着流し姿に和モノの外套を羽織って、雪降る街に入っていった。
静香とエルハンドは雪舞う夜空を眺めて話し合っている。
「茜が、ですね。こうこう。」
茜のこの数ヶ月の話をしている静香に、エルハンドは微笑みながら聴いていた。
「そうか、茜も成長したのか。」
「しかし、わたくしとしては、親元を離れる娘です。」
ため息をつく静香に、苦笑するエルハンドだった。
「おまえは長年もそういうことを繰り返してきた。契約者の喜怒哀楽そして死の悲しみを知っている。何度も体験しているだろうが、ソレは大切なことだとお前は解っているだろう。」
「ええ、でも、私は寂しいです。」
「そうなのか? どうも私は隠し事をしているような気がするが。茜は私に何か言いたそうだったが?」
「あ、そ、それは! えっと! その!」
エルハンドが何か含んだ言い方をしたとき、静香は慌てて首と手を振ってはあたふたしている。
何かある、とエルハンドは思った。
茜は、何か不満をエルハンドに報告したかったようだ。しかし、その疑問は一気に氷解する。
あやかし荘の門に、見知った人物が少し年を重ねた姿が見えたのだ。気配で、エルハンドはその本質を理解する。
「なるほど。」
微笑むエルハンドに静香は顔を俯かせていた。顎の先まで真っ赤になっているのが解るし、周りの木々のざわめきが、慌てて静かになっていることも、物語っている。
「私から先に元を離れてしまったが、少し寂しいな。」
「もう。エルハンド様は!」
彼女は拗ねた。
そして、門にいた人影は、屋根の方が騒がしいので、身軽にそこまで上り、
「この姿ではお初じゃな。異界の神・エルハンドよ。そして、静香。」
「ああ、“初めましてが”いいな。大鎌の翁。」
「翁様。お久しゅうぶりです。」
お互い挨拶をする。
エルハンドは、翁と静香を見比べて、妙な納得をしたため、翁は苦笑し、静香はまた顔を赤らめるのである。少しだけ、静香がエルハンドをにらんでいたのは言うまでもない。
「と、言うことは、馴れ初めは今年の2月頃と言うことか? 能力吸収の悪魔を封印する時か?」
「そういう事じゃな。」
と、エルハンドが翁に尋ね、翁が答えた。
そのあと、エルハンドは空を見て。
「では、二人でゆっくり楽しむがいい。邪魔者は失礼するよ。」
と、マントを翻し、その場から消えた。
「エルハンド様! もう! そういうことでは……。 っきゃ!」
消えた姿に文句を言おうとした静香を引っ張って、抱きしめたのは翁であった。
「翁様?」
「なに、今宵はもう誰もいない。儂らだけじゃ。エルハンドは気を利かせてくれたのじゃよ。」
と、翁は静香の膝枕に顔を埋める。
「だ、だから、えっと。そのなんて言いますか。」
「どうした? 歯切れが悪い。」
「翁様は、解っておられません……。」
翁の顔を手で押しのけ、拗ねる静香。
「む? まさかおぬし?」
怪訝か顔をする翁だが、
「あの方はわたくしにとって、兄のような方。もう少しお話がしたかった。」
「むむ、ソレは悪いことをした。」
「……。」
翁は自分の鈍感さを恥じた。
エルハンドも解っていないか、あえてそうしたのか、彼の本心は解らない。
こうして拗ねている静香がいとおしく感じる。
この気持ちを持ったのはいつのことだろうか。久しぶりのような気もするし、昨日のような気もするのだ。おそらく、彼女にとってエルハンドという存在が大きかったのではないだろうか?
しかし、彼は……。
「では、儂が呼びにもどるかとするか。」
翁が立ち上がろうとすると、今度は静香が彼の手を掴む。
「む?」
手が捕まれる。
そこにはいつもと全く違った、静香の表情があった。
困った迷子の子犬のような。そんな感じを思う。
孤独を感じていた、のは、彼女もまた同じ。
「エルハンド様とはまた話ができます。しばらく此処に滞在できるとか何とか……でも、」
でも?
それはなに?
「あなたのその“投影体”には限界がおありでしょう? だ、だから、その、時間がって事で……。」
と、静香は、そう、顔を真っ赤に染めながら答えた。
「……。」
「あの、一緒にいてほしいのは、あなたなのです。」
と、俯いて黙った。
こんな静香は初めて見た。と翁は思った。
「エルハンドがうらやましいのう。おぬしがそんな顔をするとは。」
「え? その……。」
「でも、今は感謝しておる。儂のその本音をぶつけてくれるのが。」
「……翁様。」
「おぬしは、茜の世話や様々な事をして気が張って、疲れているだろう。たまにはわしに甘えてもいいのじゃよ?」
「……。」
翁は優しく、静香を抱きしめて、彼女の胸に顔を埋めさせる。
「長い時間、孤独と戦っていたのは儂だけではない。おぬしもなのだから。
「翁様。ありがとうございます。」
静香の、今までの焦りや慌てた感じが消え、木々の囁きも落ち着いてきた。
そして、静寂。
雪の舞い散る音も聞こえそうな静寂。
「静香?」
「……くぅ。」
静香は本当に眠ってしまったようだ。
精霊でもある彼女が風邪を引くと言うことはないだろうが、“人間としての動き”として、翁は彼女に外套をかけてあげた。
彼女の寝顔がとても美しかった。
「よほどつかれていたのじゃな。せめて今日ぐらいは。」
そう、今日ぐらいは、彼女にも休日を。
心の休みを。
翁はそう思った。
酒を注ぎ、子守歌のように、翁は静香にこの数ヶ月に起こったことを話し始めるのであった。
夢の中で聴いていると信じて。
彼女は小一時間眠っていた。
気がつけば翁の横抱きの姿になっていたので、驚き真っ赤になっている。
「わ、わたくし!」
「いや、よい。儂も思わずよいモノを見た。」
「……。」
目の前には、静香が兄慕う男が居る。
「甘えられたか?」
「エルハンド様。もう……。」
「では、今からは兄妹仲良く、じゃな?」
「もう、二人とも。」
翁はエルハンドに静香を渡す。
静香は飛べばいいものをそのままなすがままであった。
エルハンドに受け渡されたときに、人のように立ち上がる。
「では、良いお年をの。」
翁はそういうと闇夜の中に消えていった。
「はい、良いお年を。」
精霊と神が、そういって一時しか居られない姿の翁を見送った。
この日が過ぎれば、年の瀬の準備。
いつも繰り返している事。
しかし、今は忘れることのできない、事になった。
END
■登場人物■
【6877 大鎌の・翁 999 男 世界樹の意識】
【NPC エルハンド・ダークライツ】
【NPC 静香】
■ライター通信■
こんばんは、滝照直樹です。
ある意味続編で、あやかし荘のクリスマスの番外編として、時間軸の調整はさせて頂きました。
静香の百面相はいかがでしたでしょうか。
また、どこかで……。
滝照直樹
20070118
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