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<東京怪談・PCゲームノベル>


激走! 開運招福初夢レース二〇〇七!

〜 スターティンググリッド 〜

 気がつくと、真っ白な部屋にいた。
 床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。

(やっぱり、今年もこの夢みたいね)

 シュライン・エマは、すでに三年前から毎年「この夢」を見ている。
 そんな彼女にとって、今年もこの夢を見ることは、すでに予想の範囲内であった。

「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」
 いつもと同じ声、いつもと同じ内容のアナウンス。
 よく聞いてみれば、去年ゴールの前にいた黒衣の男にちょっと声が似ている気もする。
「ルールは簡単。誰よりも早く富士山の山頂にたどり着くことができれば優勝です。
 そこに到達するまでのルート、手段等は全て自由。ライバルへの妨害もOKとします」
 もちろん、ルールの把握も万全だ。
 もっとも、シュラインはそこまで勝ちにこだわっていないので、他者の妨害などははなから考えてもいなかったが。

「それでは、いよいよスタートとなります。
 今から十秒後に周囲の壁が消滅いたしますので、参加者の皆様はそれを合図にスタートして下さい」
 その言葉を最後に、声は沈黙し……それからぴったり十秒後、予告通りに、周囲の壁が突然消え去った。
 かわりに視界に飛び込んできたのは、ローラースケートやスポーツカー、モーターボートに小型飛行機などの様々な乗り物(?)と、馬、カバ、ラクダや巨大カタツムリなどの動物、そして乱雑に置かれた妨害用と思しき様々な物体。
 そして遠くに目をやると、明らかにヤバそうなジャングルやら、七色に輝く湖やら、さかさまに浮かんでいる浮遊城などの不思議ゾーンの向こう側に、銭湯の壁にでも描かれているような、ド派手な「富士山」がそびえ立っていたのであった……。

「ここも一年ぶりとなると、なんだか懐かしい気さえするわね」
 今年も二十人前後の参加者がいるようだが、おそらくその中でもこんな感想を抱くのはシュラインくらいのものだろう。
 そんなことを考えながら、いつものように「相棒」の鷹を探すべく、鳥などが集まっているエリアへと足を運ぼうとする。

 と。
 上空から、羽音とともに懐かしい鳴き声が聞こえてきた。
 足を止めたシュラインの目の前に、その鳴き声の主が――もちろん、いつものあの鷹である――降りてくる。
「あら、迎えに来てくれたのね。ありがとう」
 シュラインがそう声をかけると、鷹も嬉しそうに一声鳴いた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 複雑な関係 〜

 シュラインは、毎年のように鷹の背中に乗って、ゆっくりとあちこちを回っていた。

 途中で、これまでのレースで知り合ったこの世界の住人たちを見つけては、様子を確認しがてら軽く挨拶をしていく。
 ジャングルで巨大バナナを狩っていたいつぞやのゴリラや、戌年が終わったせいか平地の方に移設された百一体の狛犬軍団。
 唯一鳥人間の船だけは「外洋に出ている」とのことで見あたらなかったが、それ以外はおおむねどこも平和そうである。

(後は……係員さんは多分今年もゴールでしょうし、あの茄子たちくらいかしらね)
 そんなことを考えながら、シュラインは進路を彼らがいると思われる川の方へととった。





 一方その頃。
 平代真子(たいら・よまこ)もまた、別の鷹に乗って上空を飛んでいた。
 特にどこかへ寄り道することもなく、ゴールに向かって進んでいる彼女はさぞかし先を行っている……かと思いきや、実は全然そんなことはなかった。

 普通に考えれば、ハチャメチャなものが大量にある地上を突っ切るより、空を飛んだ方が安全で速いに決まっている。
 当然そう考えるものが多いことを見越して、このレースでは毎回上空にも様々なトラップ(?)が配置されているのである。
 例えば、空飛ぶ虎であったり、空飛ぶミツバヤツメであったり。
 後者などは、実際代真子も昨年遭遇しているはずなのだが、レースのこと自体思い出せない彼女にそのことが思い出せるはずもない。

 そのせいか、彼女はすっかり無警戒に空路を行き……気づいた時には、すっかり周囲を囲まれていた。
 ――空飛ぶ巨大クラゲに。





「あら?」
 どこからか聞こえてきた別の鷹の鳴き声に、突然シュラインの乗っていた鷹が進路を変えた。
「ひょっとして、仲間が呼んでるの?」
 その問いかけを肯定するように一声鳴いて、鷹がさらにスピードを上げる。
 やがて、前方に巨大な空飛ぶクラゲに囲まれて右往左往している鷹と、その上に乗っている女性の姿が見えてくる。
「助けたいのね?」
 再び、肯定の返事。
 とはいえ、あれだけのクラゲを一体どうしたらいいものか?
 シュラインが対策を思いつくより早く、突然鷹が急上昇を始める。
 そして、そのままクラゲの上方に出ると、触手のない傘の方を向けているクラゲを狙って突っ込み、そのちょうど中心近くを突いた。
 空気の抜けるような情けない音を立てて、クラゲが落ちていく。
 それを数回繰り返すことで、シュラインたちは無事に中の一人と一羽を救出することに成功したのだった。





「おかげで助かったわ」
 礼を言う代真子に、シュラインは笑ってこう答えた。
「お礼ならこの子たちに言って。どうも、この子がそっちの子を助けたかったみたいだから」

 が。
 肝心の二羽の鷹の方はというと、どうも様子がおかしい。
 お互いに会話するように鳴き声を交わしているのだが、イメージ的にはお礼を言っているとか、談笑しているとかより、どうも喧嘩しているような感じに近い。
 やがて、二羽の鷹はお互いに勝手に進路を左右別々にとり、喧嘩別れのような形で別れた。

 代真子たちの姿が見えなくなってしまうと、シュラインは試しにこう聞いてみた。
「えーと……さっきの相手は、ひょっとしてライバルか何か?」
 返ってきた返事は、肯定しているようでも、そうでないようでもあった――。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 旅立ちの時 〜

 目の前に広がる光景に、シュラインは我が目を疑った。

 三年前は、なぜか謎の大木になっていた茄子から、茄子の牛が孵った。
 二年前は、茄子はなぜか並木になって、綺麗な花を咲かせていた。
 そして去年は、まるで人間のように動き回り、いつのまにやら国まで作っていた。

 と、サンプルがこれしかないのでわからないが、これだけ見ると「活動周期」と「非活動周期」を交互に繰り返しているようにも思える。
 だから、ひょっとしたら今年は非活動周期なのかもしれない。
 その可能性までは、念頭に置いていたのだが――。

 昨年茄子の国があった場所の中心付近には、卵を地面に突き刺したような形の巨大な紫色の物体が一つ鎮座しており、その周囲には、かつてそれと同じものがあったのではないかと思われる跡が無数に残っていた。
 胡瓜の国があった方もほとんど似たような状態で、そちらに至っては、真ん中に何かが残っている、ということさえない。
 さすがに、これはシュラインの予想を遙かに超えていた。

「これは……何なのかしら?」
 とりあえず、真ん中に残った「紫の卵」の近くに降りて、「卵」に手を触れてみる。
 その感触は、卵の殻とも少し違って――むしろ、何か人工的な感じを受けるものだった。

 すると、その時。
 機械的な音とともに、突然その物体の側面に出入り口が開き、中から茄子が顔を出した。
 ひょっとすると、これは彼らの住居か何かなのだろうか?
 不思議に思いつつも、とりあえず茄子と再会できたことを喜ぶシュライン。

 やがて、中から続々と茄子たちが姿を現し――最後に、何やら大きな機械のようなものが運ばれてきた。
 その機械についている無数のボタンのうちの一つを、最後に出てきた茄子が押す。
『ア』
 声、もしくはそのように聞こえる音が、機械から発せられる。
「……『ア』?」
 首をかしげるシュラインの前で、茄子たちは一生懸命機械を操作し、数分かけて、ようやっとこれだけのことを伝えてきた。

『アナタニ、アエテ、ヨカッタ』





 茄子たちの話(?)を聞くのは、なかなかに忍耐力のいることだった。
 わざわざ人間に自分たちの意志を伝えられるようにとこんな機械まで作った努力は認めるのだが、操作に習熟していないのか、一音一音の入力に結構な時間がかかる上、間違えるといちいち律儀に訂正を入れるので、なかなか話が前に進まないのである。
 最後までどうにか話を聞いてあげられたのは、まさに「親バカ状態」のシュラインだからこそ、であろう。

 ともあれ、そんな彼らの話の内容を簡潔に要約すると、こんな感じになる。

 川下から脅威が迫っているので、我々はこの地を離れることにした。
 この紫色の物体は、一言で言うと都市をそのまま移動可能にしたものであり、周囲にあるクレーターは、他の都市がすでに移動していった跡である。
 我々もすでに移動の準備自体は整っていたが、もしかしたら今年もあなたが来るのではないかと思い、一言お礼を言いたくて、出発を遅らせて待っていた。
 我々はこれからこの世界のどこかへ旅立つ。
 ひょっとしたらもう会えなくなるかもしれないが、あなたのことは忘れない。





「そうだったの……ありがとう、わざわざ待っていてくれて」
 巣立っていく子供を見送るような複雑な気持ちで、シュラインは彼らにそう告げた。

『ありがとう、さようなら。
 危ないから、少し下がっていて』

 その言葉を最後に、彼らは機械を中へと運び込み、名残惜しそうに戻っていく。
 そして最後の茄子が中に入ると、すっと出入り口が閉じ、やがてエンジン音のような音が聞こえてきた。

 ほどなく、紫色の物体はさながらロケットのように打ち上がり。
 茄子と同じ鮮やかな紫色の煙をたなびかせながら、どこかへと飛び去っていったのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 なんでもバクバク 〜

 湖を後にした月見里・煌(やまなし・きら)は、手押し車を押しながら川に沿って歩いていた。

「あ、ちょうちょ〜……?」
 銀色の金属光沢を放つ蝶のような何かが、蝶というより空飛ぶ円盤みたいな飛び方で飛び回っている。
 その不思議な何かに煌の意識はすっかり奪われてしまっており、一言で言えば、煌は全然前を見ていなかった。

 手押し車が「柔らかい何か」にぶつかる感触で、煌はふと我に返った。
 目の前を見ると、大きな黒と白の動物が気だるげに何かを食べている。

 バクである。

 たちまち、煌の興味はへんてこな蝶からこちらのバクへと移った。
 けれども、バクはそんな煌を一度ちらりと見ただけで、さして興味もなさそうに何かを食べ続けている。
「ぅ〜、なにたびぇてりゅの〜」
 バクの顔をのぞき込み、その口元ものぞき込んでみたが、それが何かはわからなかった。





 ちょうどその頃。
「……何よ、これ」
 その上空で、シュラインは驚きの声を上げていた。

「川下から脅威が迫っている」

 川上にいた茄子たちから聞いた噂。
 その時点では、今度は芋でも出てきたのだろうか、くらいにしか思っていなかったが、実際に彼女が目にしたものは、そんな生やさしいものではなかった。

 川の両岸に、無数のバクの群れが見える。
 そして、そのバクの周辺は、全てが虫食い状態になっていた。
 文字通り「全てが」である。

「降りてみましょう」
 シュラインの言葉に、鷹が一声鳴いて高度を下げ始めた。





 鷹が降り立ち、その背からシュラインが降りてきても、バクたちはさしたる興味を示すでもなく、ただただ食事を続けていた。
 一見草を食べているようにも見えるが、彼らが食べているのは草ではなく「夢」の空間そのものである。
 その証拠に、彼らが「食べ終わった」と思える場所には、地面はおろか、物理的な意味での「穴」すら残ってはいなかった。

「確かに、これは脅威ね……と言っても、どうしてあげたらいいのか、私にはさっぱりわからないし」
 この予期せぬ難問に考え込むシュライン。

 と、彼女の視界の片隅にいたバクの横で、何か水色のものが動いた。
 怪訝に思ってシュラインが近づいてみると、一人の赤ん坊がバクのお腹に寄りかかるようにして立っていた。

「……赤ちゃん?」
 これまた、シュラインにとっては全く予期せぬ事態である。
(この子はこっちの世界の子なのかしら? それとも……?)
 そんなことを考えながら、とりあえず声をかけてみる。
「ねえ、キミはどこから来たの?」
 すると、その赤ん坊はすっかり反応のないバクよりも、シュラインの方に興味を示し始めた。
「きらは〜、あっちから〜きちゃの〜」
 そう言いながら、川上の方に目線をやる赤ん坊――おそらく、「きら」というのが彼の名前らしい。
「ちょ〜ちょがね、ちょ〜ちょがね〜」
「蝶々?」
 言われてみると、「見方によっては蝶々に見えなくもない」何かが、時折あちこちをおかしな飛び方で飛んでいる。
 おそらく、この子はそれを追いかけてこっちまで来てしまったのだろう。

 ともあれ、この子を一人で置いていくわけにもいくまい。
「えーと……一人でお家帰れる? それとも私が送っていきましょうか?」
 尋ねるシュラインに、「きら」はきょとんとした顔で首をかしげた。
「迷子みたいね。こういう場合、どうしたらいいのかしら」
 まさかこんな所に迷子センターなどないだろう――が、ないとも言い切れないのがこの空間である。
 シュラインがどうしたものかと悩んでいると、そこへまた別の人物が姿を現した。
 日焼けした、やや大柄な若い男だ。
 と、その男の姿を見るなり、煌が傍らの手押し車を掴んで、そっちに向かって歩いていく。
「ぱぁぱ〜♪」
「……『ぱぁぱ』……パパ?」
 少し違うような気がしつつも、成り行きを見守るシュライン。
 すると、男はにっこり笑って「きら」を抱き上げた。

(後は、あの人に任せても大丈夫そうね)
 シュラインは一度安堵の息をつくと、二人に一度手を振ってから、鷹に乗って次の場所へと向かったのだった。





「なんだ、パパって俺のことか? よしよし、かわいいやつだな」
 ひょいと煌を抱き上げながら、その男――ロドリゲス大宮は嬉しそうに笑った。
 普通は見覚えのない赤ん坊に「パパ」などと呼ばれたらまずは否定するものだが、彼はそうする代わりに、「夢の中なんだから、こういうこともあるよな」と、あっさり目の前の煌を受け入れてしまったのである。
 さらに、少し離れたところから手を振っている女性――シュラインの姿を見て、彼の勘違いはますますとんでもない方向へと爆走を始めた。
「そうか、俺は将来あんな美人の奥さんと、こんな可愛い息子をもつことになるのか……!」

 そのとんでもない妄想に、さすがのバクもため息をついたとか、つかなかったとか――。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 それは漆黒の旋風のごとく 〜

 シュラインがゴールのある富士山の山頂にたどり着いた時には、すでに十人以上の参加者がそこに来ていた。

「……あら?」

 そう。
「来ていた」が、まだ「そこにいる」ということは、つまり「ゴールできていない」ということである。
 どうやら、今年も一筋縄ではいかないらしい。
 そんなことを考えていると、去年も見かけた「STAFF」の腕章を着けた黒衣の男の姿が目に入った。

「あけましておめでとう。今年もご苦労様」
「これはご丁寧に。こちらこそ、今年もご参加ありがとうございます」
 年始の挨拶をした後で、さっそく彼に質問してみる。
「……それで、今年のゴールはどうなってるの?」
 すると、彼は奥の方を指してこう言った。
「十五分に一回ですから、もうすぐ来ますよ」
 彼の指した先にあったのは、数百メートルほどの直線の道路と、その両端にあるトンネル。
「来るって、一体何が」
 シュラインがそこまで行った時、突然大地が揺れた。

「来るぞ!」
「今度こそ!」

 参加者たちが、一斉にその道路の方へと向かう。

 そして。

 地響きとともに、一方のトンネルから巨大なイノシシが弾丸のごとき速さで駆けだしてきた。
 そのイノシシに、参加者たちが一斉に群がっていくが……あるものは触ることすらできず、またあるものは景気よく吹っ飛ばされてどこかへ飛んでいく。
 あっという間に、イノシシは道路を駆け抜け、反対側のトンネルに姿を消してしまった。

「……何、あれ?」
「今年のゴールですよ。あのイノシシが背中に背負っているゲートを、『後ろ側から』くぐった時点で、ゴールとみなされます」

 つまり、あのイノシシの速さを上回るスピードと正確にゲートをくぐれるコントロールテクニック、もしくはそれを補って余りある知略が要求されるということか。

「ちなみにイノシシの速さは周回ごとに少しずつ遅くなっています。そのことと、前回までの経験を生かしてどうにかしてもらおう、と。まあそういうことです」
「そういうことです、と言われても……」

 これは、やはり何人かゴールして、ハードルが下がるのを待つより他ないだろう。
 そう思って、シュラインはとりあえずしばらくの間静観することにした。





 そうこうしているうちに、だんだんと遅れていた参加者たちまで追いついてきてしまい、とうとう二十人の参加者全員がこの山頂に集結してしまった。
 もちろん、その中には代真子や煌の姿もある。

 その間に、多くの挑戦者が様々な珍策・奇策を繰り出していたが、未だゴール出来る気配は全くなく。
 そろそろ、挑戦するものもいなくなりかけていた、そんなある時のことだった。

「あ、ちょ〜ちょ〜」
 先ほどと同じような蝶(?)を見つけた煌が、手押し車を押しながらふらふらと歩いていく。
 運の悪いことに、大宮はその直前のチャレンジで無謀にもイノシシに挑んで失敗しており、必死に修正案を考えていたところで、煌の方には目が行っていない。
 その間に煌は蝶を追いかけて道路に出てしまい――そこへ、あの地響きが聞こえてきた。

「煌ちゃんが!」
 終点のトンネル付近に煌の姿を見つけ、誰かが叫ぶ。
 その声に、シュラインや代真子、大宮を含めた数人の選手たちが煌を助けるべくそちらへ急いだが、どう考えても間に合う距離ではなかった。

 何が起きているのかわからず、きょとんとした顔をする煌。
 その煌の所へ、あの巨大なイノシシが迫り――。





 次の瞬間、手押し車が中央から開き、そこから閃光が走った。
 その超極太レーザーの直撃に、巨大イノシシは目を回してその場に倒れ――ゴールのゲートもまた、その力に負けて塵となったのだった。





「煌ちゃん! 大丈夫!?」
「煌! 無事だったか!?」
「無事だったか、じゃないわよ! あなたが煌ちゃんから目を離すから!」
 多くの選手たちが煌の方へ、そして残った一部の選手たちがイノシシの方へと駆け寄る。
 かくして、煌の危機は去った……のだが、むしろ問題はこの後だった。

「困りましたね……ゴールしない限り、この夢からは覚めないシステムになっているのですが」
 黒衣の男のその言葉に、一同が硬直する。
 ゴールしようにも、ゴールは先ほどの一撃で吹き飛んでしまった。

「……ひょっとして……このまま?」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そして奇跡は起こる 〜

「まさかと思うけど、一生このままなんてことはないわよね?」
 代真子がおそるおそるそう尋ねてみると、黒衣の男はにこやかにこう答えた。
「もちろん、そんなことはありません」
 その言葉に、誰もがほっとしたような表情を浮かべる。

 ――が、それも次の言葉ですぐに凍りつく。
「来年のレースでゴールすれば、その時点で目が覚めますから」
「って、それまでずっとこのままなの!?」
「まあ、どこかでゆっくりしていていただくより他ないですね」

 どうやら、このままでは来年までここから脱出できないらしい。
 参加者たちの多くの視線が煌に向き――それから、当然のごとく大宮の方に向く。

「言っておくが、煌は悪くないぞ?」
 不穏な空気を察してか、大宮はそう言ったが――それが逆効果であったことはもちろん言うまでもない。
「そうだな、その子は悪くない」
「悪いのは、その子から目を離した方だよな」
「さあ、どう責任をとってくれるんだ?」
「え、ちょ、おい、待てって!」

 と。
 その様子を見ていた煌が、急にぱたぱたと手を振りだした。
「ごぉぅ〜」
「ん? 何、どうしたの?」
 不思議に思って見つめる代真子たちの前で、手を振る煌の前方に何かが姿を現す。

 それは――先ほどのイノシシの背中に乗っていたのと、寸分変わらないゴールゲートだった。





「これは……?」
「ごぉぅ〜」
「ゴール、って言ってるみたいね」
 呆気にとられている他の面々にかわって、シュラインが黒衣の男にこう尋ねる。
「このゴールだけど、使えそうかしら?」
「さあ、どうでしょう。ちょっと調べてみますか」
 そう答えて、男はゲートに入り――反対側からは出てこず、少しの間の後で、入ったのと同じ方から戻ってきた。
「信じられませんが、正常に機能しています」
 それから、一言こうつけ加える。
「とはいえ……ここで全員で先を争って、また事故が起きても困りますし。
 今回はきわめてイレギュラーなケースとして、特に順位を決めない方向にしたいのですが、それでよろしいでしょうか?」
 もちろん、一度は危うく夢の世界に閉じこめられた参加者たちにとって、ここから無事脱出できること以上の喜びはない。
 一同は全員おとなしく彼の指示に従い、一人ずつ粛々とゲートをくぐって元の世界へと帰っていったのだった。

「本日は、当レースに御参加下さいまして、誠にありがとうございました。
 本年が皆様にとって良い年となりますように……」 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 その後 〜

 そして……シュラインは、夢から覚めた。

 目を覚ました後で、変わったことが一つだけあった。
 テーブルの上に、何やら紫色の箱が置かれていたのである。
「今年は何かしら?」
 シュラインが中を開けてみると、中からは色とりどりの野菜が描かれた飾り皿が出てきた。
「きっと、あの子たちがくれたのね」
 その図柄の中にちゃんと茄子が含まれているのを見つけて、シュラインは旅立っていった彼らのことを思ったのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 4528 /  月見里・煌   / 男性 /  1 / 赤ん坊
 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 4241 /  平・代真子   / 女性 / 17 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
 また、このたびは完成の方が大変遅くなってしまい、誠に申し訳ございませんでした。

 さて、このレースも今回で四度目ということで。
 相変わらずいろいろとムチャをしてみましたが、いかがでしたでしょうか?

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で七つのパートで構成されております。
 そのうち、五番目と六番目を除く各パートについては複数パターンがありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(シュライン・エマ様)
 四年続けてのご参加ありがとうございました。
 今回も、いろんな意味で予想の斜め方向にかっ飛んだ展開になったのではないかと思うのですが、いかがでしたでしょうか? 
 どの場面でも、「今度はそうきたか!」と思っていただければ幸いです。
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。