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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


著者探し



1.
 愛書家(それが自称であれ他称であれ)というやつには、どうにも困った性格の人間が多い。
 いや、そういう性格の人間だからこそそんな呼ばれ方をするようになるのかもしれない。
 とにかく、その日草間の事務所に訪れた灰原という男は間違いなくそれの典型で、本のことになると見境がなくなってしまい、周囲への迷惑などというものは一切頭から消え去ってしまうようだ。
 そうでなければ、古本屋で手に入れた、手がかりになりそうなものがほとんどない(当然、聞いたこともない)本の作者を探してくれなどということを頼みにわざわざ興信所まで訪れたりはしないだろう。
 しかも、その本がまるで隠されたように置いてあったというのがいっそう草間の気に食わない。
 どうせまた、ろくでもない裏があるんだろう──最近富に持ちかけられることが多くなった所謂怪奇だのなんだのといった類の裏が。
 勿論、そんなことを思っている草間の渋い顔になど灰原は気付いていない。
 灰原の頭にあるのは自分が見つけた著者への想いだけだ。
 承知されるまでは梃子でも動かないという気配むき出しの灰原に辟易しながら草間が「あのな」と尚も苦情を言おうとしたときだった。

「捜索は基本の仕事でしょ?」

 武彦さんたら、ヤル気を出して? と、ぽんぽんと肩を叩いて草間と灰原の話を聞いていたシュラインが口を挟んだ。
「だって、お前こんな仕事──」
 渋い顔のままの草間の様子に肩を竦めてからシュラインは灰原のほうを見た。
「その本、見せてもらっても構わないかしら?」
「え? あ、はい。どうぞ……」
 汚さないでくださいよ? とわざわざ釘を刺してから灰原は抱えていた本をシュラインに手渡した。
 ありがとうとにこりと笑って礼を言ってから、シュラインは本を念入りに(けれど、扱いには細心の注意を払って)調べていった。
「この本は、その古本屋のどういう場所に置いてあったのかしら」
 調べながらそう尋ねたのは、その位置によっては、大人の視点からすると隠されていたように思えただけで、子供の目には止まりやすい場所に置かれていたのかもしれないという可能性があったからだ。
 しかし、シュラインの問いに対する灰原の答えを聞く限り、どうやらそれではないらしい。
「そうですね……はしごを使ってようやく手が届く一番上の、ボクが触るまでもう何年も誰もそこに触っていないんじゃないかなっていうくらい埃が積もってる場所でしたよ」
「……なんでそんな本棚までわざわざ見るんだよ」
 草間は灰原のその言葉に思わず呆れたような声を漏らした。
 頭に浮かんでいた可能性をひとつ消して、シュラインはまた本に目を通す。
 サイズは文庫版。ページ数としては100あるかないかという非常に薄いもの。
 それでも手作業ではなく、一応製本会社には依頼したものらしい。
 紙の状態から察するに、十年は前に作られたものだろう。
 字体は一般的に使われているもので、手がかりとしては使えそうにない。
 奥付、なし。
 発行年数の記載、なし。
 印刷所名、なし。
 著者名──当然なし。
 見事と言いたいほど手がかりを掴むための情報がこの本にはなかった。
 それを確認してから、肝心の本の内容──唯一にしてもっとも多くを語ってくれる情報源を確認する。
 私小説風と灰原は言ったが、日記と呼べるほどプライベートなことは書かれていない。
 しかし、草間が危惧していたような怪奇的なものに遭遇するような、世を呪うだとか冒涜的な表現が含まれているといった、そういった類のものは一見するだけでは書かれてはいなかった。
「灰原さん、この本しばらくお借りできる?」
「え?」
 シュラインの言葉に、灰原が露骨に嫌そうな顔をした。
 自分から依頼しておいたくせに、これだから愛書家っていうやつはと草間はその反応にまた呆れた。
「内容をきちんと確認したいの。明日にはお返しするわ。勿論、大切に扱うことは約束するから」
 その言葉に、ようやく灰原は「はぁ」と渋々承諾の返事をした。
「じゃあ、明日この本をお返しするわね。あぁ、返す場所はあなたがこの本を買ったっていうお店の近くで如何かしら」
 その言葉にも灰原は同意し、購入した店の最寄り駅を告げると「本当に、本当にお願いしますよ?」と嫌になるほど頼み込んでようやく事務所を後にした。
「……本好きも、あそこまでいくとちぃとヤバいんじゃないか?」
 草間の言葉に、シュラインはくすりと笑った。


2.
 本を読む傍ら、シュラインは自分の知りうる限りの印刷会社及び出版関係者にこの本についての問い合わせをすることも忘れなかった。
 が、返事はどれも芳しいものがない。
 印刷所で当たりがなかったということは、その会社はもう潰れてしまっている可能性が高い。
 かなりマニアックな書籍も扱っているデータベースを検索してもそれらしいもののヒットはなし。
 もっとも、この辺りのことはあの灰原だってやってみたことではあるのだろうけれど。
「ここまで隠れたがっているのに、こうして形にしたのは何故かしらね」
 目を通している本に向かって尋ねるようにシュラインはそう呟いたが、勿論それに返答などあるわけがない。
 形にするということには、多かれ少なかれ理由が必ず存在するものだ。
 それが、非常に個人的なものであれなんであれ、何かを形として作り出すにはそれだけの理由がなければなしえない。
 穿った見方をすれば著書に関する情報を一切載せなかったこと、それ自体も作った当人としては自己アピールのつもりだったのかもしれないが、もしそうだとしたらそれは失敗に終わっている。
 灰原が惹かれたらしい本の内容は、平たくいえばファンタジーになるのだろうか。
 最後には皆が幸せに。表向きはそんなハッピーエンドで終わっているはずの物語なのに、何故かその終わりの後、書かれていない部分に物悲しいものが漂っているような余韻を残す。
 ──ハッピーエンドで終わるだけの人生なんてない。
 著者はそう、暗に言っているような気がした。
 もっとも、このメッセージに気付かない読者(というものがあの灰原以外に何人いるかは不明だが)のほうがおそらく多いのではないだろうか。
 文章力としては、シュラインが読んでも時折感心するような表現技法が使われていたり、読むものの「ナニか」を動かすものを感じないわけではなかった。
 しかし、同時に書いたものが「ナニか」を必死で隠している、隠したいという意思も感じた。
 アナグラムでも組み込まれているのかと思ったが、流石にそれは考えすぎのようだ。
 有名な作家が需要などを考えずに書いたもの、という可能性も視野に入れていたのだが、それでも文体というものはそうそう隠しきれるものでもないし完全に変えられるものでもない。
 誰かを彷彿とさせるような箇所がないわけでもなかったが、全体的に見るとやはり一般的に作家として認知されているものの隠れた作、というものではなさそうだ。

 ──もしかすると、著者は一人ではないのかもしれない。

 ふと、そんな考えがシュラインの頭を過ぎったのは、読み進めていくうちに微かに感じたチグハグさからかもしれない。
 ストーリー自体に破綻はない。だが、ところどころで書き方が、本当に僅かにだが違う部分がある。
 例えばそれは、『あう』という漢字をある箇所では『会う』としているのに別の箇所では『逢う』を使用しているという、そんな本当に些細なことではあるのだが、一人でひとつの話を書いた場合こういう漢字の違いはあまり生れない。
 複数の作家による合作。その内のひとりが出すことを頑なに拒んだため、こういう形をとった。
 可能性としてはゼロではないだろう。
「あんたの顔、少しだけ見えたのかしら?」
 本は勿論黙ったままだ。


3.
 待ち合わせた駅にはすでに灰原の姿があった。
 その手にはシュラインに渡したものとは違う本が一冊。
 どうも、本を持っていないと落ち着けない性格らしい。
「そのお店は何処に?」
「あっちです、あの商店街の」
 商店街、と灰原は言ったが、はたしてこれは商店街と呼べるものなのだろうか。
 人の姿など一切見当たらず、薄汚れた看板と、封のされた元はおもちゃ屋か何かだったらしい痕跡がいっそ痛々しいような店が目に止まる。いや、店だとわかるのはまだ良いほうかもしれない。
 昼間だというのに、一歩足を踏み入れた途端、周囲の空気が澱んだような気がした。
「なんだって、こんな場所に来たの?」
 流石のシュラインも少々呆れてそう聞くと、灰原は少し考えながら口を開く。
「電車に乗って、この駅が近付いたときに、なにか感じたんです」
 本好きの勘みたいなものですと説明されても、どうも納得がいく気がしない。
 これはもしかすると、何かに呼ばれたのかもしれない。
「あんた、たまにこういう経験、あるでしょ」
「え? あぁ、はい。本に呼ばれることはありますよ」
 あっさりと自分が言ったことの奇怪さにも気付かないまま、灰原は「こっちです」とシュラインを先導した。

 よくもまぁ、潰れずにやっているものだとシュラインは店を見て感心するように息を吐いた。
 いや、経営としてはやっていけているとは思えない。
 だが、こうして『店』としての形を保っていけるだけの何かはあるのだろう。
 寂れた店、という形容詞さえも上出来なほうに見えるほど、その古本屋は古びていて、人の気配もなく、また周囲もその店同様に──生気がなかった。
 軋んだ戸を開けると古本特有のかび臭さが鼻についた。
 最近の大手チェーン店にしか馴染みのない者には耐えられないような、けれど古書を愛するものにとっては非常に馴染み深く心地好い匂いだ。
 うずたかく積まれた本がいまにもシュラインたちを押し潰そうとしているような圧迫感を感じながら奥へと進んでいくと、本の中に埋もれているようにして人影が見えた。
「──いらっしゃい」
 陰気な声だった。
 少なくとも客商売をするのには向いていない、むしろ、入ってこられて迷惑だという響きが感じられるような低い声で、その男は言った。
「あぁ、アンタ、この前あの本を買っていった人だね」
 そんな印象とは裏腹に、どうやら主らしい男は灰原の姿を認めてそう言った。
「彼があの本にいたく感激したそうで、できれば作者を知りたいと私どもに依頼してきたんです」
 そう言ってから、シュラインは自分の身分を男に説明した。
「作者なんぞ、知ってどうにかなるものかね」
 男は何処か不機嫌そうにそう尋ねた。
「作品に感動したものは、それを作った人がどういう人物かを知りたがる。そういうものじゃないかしら」
「知らんでも良いこともあるだろう」
「本当に知られたくないのなら、ヒトは自分以外の人の目に止まるようなものは作らないわ」
 シュラインの言葉に、男は低く唸った。
「儂は、イヤだと言うた」
「でも、他の人は出したい、見てもらいたいと言ったのね?」
 いまの言葉から察すると、やはりあれは合作、そしてこの店主もあの本に関わっているということなのだろうか。
 だが、そんなシュラインの言葉に、男は笑った。
「他のヒト? ヒトなど誰もおらん。ここには、誰も」
 男は尚も笑っていた。
「そうさな、見てもらいたいと言っていたのはナンだったかな、あれはおもちゃ屋に売れ残った人形だったか、それとも額縁屋の絵だったか」
 男の笑い声が辺りに響く、いや、違う。
(笑っているのは──この本たちだ)
 シュラインがそう気付いたとき、周囲から笑い声が聞こえた。いや、泣き声か。
 笑っているとも、泣いているともつかない声たちがシュラインたちを取り囲む。
「儂は良かったのさ。一度は人の目に触れたものだからな──売り払われようとも、一度その用を果たしたのだから、儂は良かった。だが、あいつらは、あの人形たちは、絵たちはそれを果たせなかった。それが悔しいと、悲しいと、あんまり煩く泣くもんだから、儂は──そうさ、儂だけがまだその余力があった──本を作った。形にしてやればあいつらの気も少しは紛れるだろうとな」
 けれど、と、男は──いや、本か──は唸った。
「儂は見られたくはなかった。あいつらはいまだに人を楽しませたがっていたから、楽しませるような話を書いた。だが、本当の儂らはどうだ。楽しませる? 誰を? 誰もいないこの場所で、いったい誰を楽しませるというんだ」
 楽しませるために、喜ばせるために、作られ、生まれたはずなのに、それを果たせないまま街ごと捨てられたものたちが、それでもなお楽しませるモノを作ろうとした。それがあの本か。
「儂は、イヤだったのさ」
 他のモノたちが楽しませようとするものを作れと強要するのに反して、この本たちは嫌気がさしていた。
 時折僅かに文体が、使用漢字が違ったのは、いろいろな本が混ざったから。
 それがあのチグハグさの正体か。
「でも、あんたたちは、見られたわ」
 シュラインが笑い声に負けない燐とした声で叫んだ。
 笑い声が、一瞬止まった。
「あんただって、ほんとは見られたかったのよ」
 嫌だ嫌だと捻くれた振りをしながら、けれど見られたかったのだ。読まれたかったのだ。
 いくらまた、すぐに捨てられようと、売り払われようと、また読んでもらいたかったのだ。
「この人は素晴らしいと言った。あんたたちが捻くれいじけて作ったその本を、中身を、素晴らしいと評したわ。それでもまだ、あんたは作ったことをイヤだと言うの?」
 本たちは黙っていた。
「楽しんで、もらえたのよ。あんたたちは」
 周囲が、静かになった。
「まさか、一度売った本を返してくれとは言わないでしょうね。まぁ、言ったところでこの人は絶対に承知しないでしょうけどね」
 だって、とシュラインは灰原を一度見てから言い放った。
「この人は、筋金入りのマニアなんだから」
 尚も、しばらく無言が続いた。
「どうしたの、返事をなさいよ」
「……アンタも、読んだのか」
 ようやく、声がした。
「えぇ」
「どう、だった」
 まるで愛想を伺っている子供のような物言いにシュラインは少し笑ってから口を開いた。
「おもしろかったわよ、とても」
 おぅ、と声がした。
 おぅ、おぅ、と本たちが泣いていた。
「残して、おいてくれ」
 その本を、という意味だろう言葉にシュラインは灰原を見た。
 灰原は、何度も真摯に頷いていた。
 それにまた、おぅ、と本が答えて、そして──
 シュラインと灰原だけが、朽ちた店の残骸の中に立っていた。
「イヤだって言ってたくせに、いままでずっと意地で残ってたのね」
 シュラインがそう呟いたのを聞いたのかどうかは不明だが、灰原が「あの」とシュラインに声をかけた。
「なに?」
「いえ、その……筋金のマニアって、ヒドくないですか?」
「だって、事実でしょ?」
 その言葉に灰原は「はぁ」と曖昧な返事をした。
 そんな灰原を見ながら、シュラインは草間にこの結果を報告したらどれだけ渋い顔をするだろうと考えていた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間 武彦
NPC / 灰原純

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様。
この度は、当依頼にご参加くださいまして誠にありがとうございます。
「怪談」に相応しいものにしようと心掛けたのですが、お気に召していただければ幸いです。
エマ様のキャラクタとして合致しない言動がないと良いのですがとそれが少々不安です。
また、ご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝