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<東京怪談ノベル(シングル)>


初任務! 痴漢を捕まえろ

「……痴漢容疑で逮捕します」
「誰がだ」
 突然目の前に現れた少女に、黒・冥月は痴漢容疑で逮捕されかけ、逆にデコピンをかましてやった。
 少女はあうあう言いながらデコをおさえ、その場にうずくまった。
 突然何事か、と思った冥月だが、よくよく少女を見るとその姿には見覚えがあった。
「あれ、もしかしてお前……ユリか?」
「……? どうして私の名を?」
 そう言って顔を上げた少女は確かに、以前助けた覚えのあるユリと言う少女だった。
 冥月の顔を確認したユリも、その姿に見覚えがあった様で、小さく口をあけて『……あ』と声を漏らした。
「……お、お久しぶりです、冥月さん」
「いや、こちらこそ……って、そんな挨拶は横に置いておけ。何でお前がここに?」
「……あ、この度晴れてIO2のエージェントになる事が出来まして、今日が私の一人での初任務になります。訓練を兼ねた簡単な物ですが」
 そう言ってユリはペコリと頭を下げた。
 一応ちゃんとした挨拶が出来る辺り、どこぞの小僧とは一線を画すようだ。
「ほぅ、エージェントに。そりゃ良かったな。おめでとう」
「……ありがとうございます。あと、痴漢に間違ってしまって済みませんでした」
「いやいや、それは良いが……その痴漢を捕まえるのがお前の任務なのか?」
 冥月に尋ねられて、ユリはコクリと頷いた。
「……この辺りで多く目撃、遭遇情報があり、恐らくここら一帯を中心として活動しているのでしょう。犯行は婦女子に自分の裸を見せ、その後に異能を使って対象の下着を盗み、そのまま遁走するらしいです。外見的特徴としては黒いコート、長髪のカツラで女装をしていると言う情報が……」
「それで私と間違えるって事は、私が女装をしていると思ったと?」
「……」
 無言で目を逸らすユリにもう一発デコピンをお見舞いしてやった。

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「……それで、冥月さんはどうしてここへ?」
 今、冥月とユリが居る場所は人気も無く、人通りもあまり無い路地。
 地面には色々と雑多に物が置かれて通り辛く、更に陰気でジメジメして気持ち悪い。
「これから興信所によるので、近道にな。ユリはわからんかも知れんが、この路地は結構色々なところへ行くのに便利な近道になるんだ。多分、その痴漢とやらに襲われる連中もその事を知っている女性なんだろうな。日が暮れかかると近道を使いたがる連中で、この路地も俄かに人気が出る」
 と言っても然程多いわけではないのだが。
 知る人ぞ知る、秘密の近道なのだろう。
「……と言う事は、犯人もそれぐらいの時間帯にならないと出てこないのでしょうか?」
「多分な。なにか気まぐれでも起こさなければ、こんな日が高い時間には……」
 日が高い。
 言って見れば、今は昼間。
 冥月も昼食後のお茶でも飲みに行こうかと某興信所を目指していたぐらいなのだが、確か今日は平日でなかったろうか?
「ユリ、お前学校はどうした?」
「……IO2の仕事があるのでお休みする事にしました。卒業するのに問題ない程度の学力があるから大丈夫だろう、とIO2の偉い人が言っていたので」
「ああ、そうか……」
 学力があるのは良い事だが、学校をサボると言うのは人としてどうなのだろう?
 などと、色々思うところはあるが、今のところ深く突っ込まない様にしよう。機会があればまたいずれ。
「まぁ、それよりも、時間があるなら興信所についてくるか? ここは寒いだろう?」
 風がビュンビュン吹くこの路地は、多分実際の気温よりも体感温度はかなり低い。
 注意しないと気付かないが、ユリの身体も小刻みに震えている。多分、寒いのだろう。
 だがしかし、冥月の提案にユリは首を横に振った。
「……いいえ。万が一と言う事もあります。私は犯人がここに来た時に迅速に捕獲できる様、ここで見張っています。冥月さんはお気になさらず、興信所へ行ってください。無事犯人を捕まえられたら美味しいお茶をおごってくださいね」
 ふむ、『なにか気まぐれでも起こさなければ……』の件が余計だったか。ユリはその事を懸念してこの場に残るつもりらしい。
 どうやら真面目に頑固なところがあるらしい。もしや、誰かさんに毒されでもしたのだろうか。
 だがまぁ、以前会った時よりは社交性は随分と出来あがってきている。
 以前ならば『お茶をおごって』なんて絶対に言わなかっただろう。
「……では、私は仕事に戻ります。近々、興信所の方々にも挨拶に行きますので、よろしくお伝え下さい」
 そう言ってユリは冥月に背を向けるが、冥月は小さく笑ってユリの頭を撫でる。
「まぁ待て。その任務、私も見届けよう」
「……え? ですが……」
「いや良いんだ。興信所に行くのも大した用事ではない。暇潰しなら久々に会ったお前との方が有意義に過ごせるだろう」
「……ですが、この任務は私一人でやり遂げなければなりません。訓練ですし、仕事ですし……」
 そこで言葉を濁らせるユリをみて、冥月は一つ思い当たる。
「誰かに成長した自分を見てもらいたいか?」
「……」
 寒さで紅くなった頬をもう少し染め、俯いてしまったユリを見て、やはり冥月は笑う。
「健気だな、お前は。大丈夫だよ。私は手は出さない。IO2エージェント、ユリの仕事振りを見せてもらうだけさ」
「……は、はい」
 自分の心が見透かされているような気分になったユリは、多少自棄になって冥月の同行を了承した。

***********************************

 それから数分ほどしただろうか。
「そうだ、ユリ。写真は届いたか?」
 ユリの頭上から冥月の声。写真と言うのは以前デジカメで撮った小僧の特訓記録である。
「……はい。見ました。あの人も頑張っているみたいで」
 冥月の顎下からユリの声。どうやら無事に着いているらしい。思い出し笑でもしているのだろうか、ユリの口元が少し持ち上がった。
 今、二人の状態を形容するならばトーテムポール? 冥月の羽織るコートの中にユリが入り、中段ぐらいのボタンを開けてユリが顔を出している状態だ。
 こうすればユリも少しは寒くないだろう、と冥月が提案したスタイルだが、傍から見れば随分と異様である。
 だが本人たちはほのぼのホクホク。心身の温かさを同時に得られるベタースタイルなのだ。
「実はアレはほんの一部でな。まだもう少し見せてないのがあるんだ」
 そう言って冥月はユリに両手を出させ、その上に影を作ってデジカメを落とす。
「その中に入ってるから、自由に見ると良い。少しは時間つぶしになるだろう」
「……ありがとうございます」
 デジカメを渡されたユリはイソイソとデジカメを操作し、中に入っている画像を閲覧し始めた。
 その可愛げのある姿に頬を緩まされ、冥月はユリを抱く腕に少し力をこめた。

 ……のも束の間だった。
「あ」
 冥月が声を漏らす。全く予想してなかった展開なのだ。
 ユリの見ているデジカメのディスプレイは、冥月の視点からでも十分良く見える。
 それ故、ユリが寒さが原因でない小刻みの震えを起こしているのに気がつき、一筋の冷や汗をたらしたのだ。
「……これはなんですか」
 抑揚のない、平坦な質問の声だった。
 それが今まで穏やかに会話を交わしていたユリの声であるのに気付くのに、冥月は数秒を要したと言う。
 デジカメのディスプレイに映し出されたのは、いつぞや、冥月が小僧に特訓をつけてやった時の画像だった。
 それまでなら健全に汗を流している少年の姿が映し出されていたはずなのに、今、そこにある画は間違いなく冥月の体に、女性的な部分に手が触れている少年の画。
 冥月自身はあんな小僧に触られたからって、別にどうって事ない。微塵も気にしないのだ。この写真を撮ったのも冥月本人だ。気にしているわけがない。
 だがしかし、それを見た少女は確かに変調している。
 表情に色が少ない少女は……どうやら怒っている? 呆れているのか?
「ああ、えっと……それはだな、ユリ。何と言うか、別にアイツも故意にやってるわけではなくてだな?」
「……次の画像も似たようなモノですが」
 しくじった。画像を消すのを忘れていたのだ。
 多分、それから数十、もしかしたら百に近い枚数で小僧をからかうために撮ったオモシロ写真が入っているだろう。
 例えばそうだなぁ……いつぞや小僧にすら内緒で撮った添い寝シーンやら、いつぞや偶然にも起きてしまったが面白かった為に記念に撮った人工呼吸写真など。
「……次も、次も、次も……」
 次の画像へ、を選択する指が止まらない。そして画像が変わる度にユリから感じるオーラが黒く淀んでいく。
「ストップストップストップ! もう良いだろう? デジカメを返してもらうぞ」
「……ですが、まだ痴漢が通りかかる時間まで随分とあります。暇潰しは必要です」
 冥月が強引にデジカメを影の中に引っ張り込もうとするが、そんな術を妨害するのはユリの十八番。
 魔力吸収空間が展開され、冥月が思うように能力を発動できない。
 最終手段として、冥月が力づくでユリの手からデジカメを引っぺがし、やっとの思いで奪い取ったのだった。
「アレは本当に、アイツが故意でやったわけではない。何と言うかその……事故……そう、事故だったんだよ」
「……その割りには、その事故写真が良く撮れていたようですが? まるで事故が起こる事を予知していた様に」
「興信所には激写のプロが出入りしてるんだ! これくらいの事故ならすぐさまカメラを構え、その瞬間を収める事なんて赤子の手に十字固めを決める様に容易いんだ!」
 珍しく大慌てで言いつくろう冥月。激写のプロなんて興信所にいるわけ……ないとも言い難いが冥月は今のところ会ったことはない。
 そんな苦肉の言い訳に、ユリは一応納得してくれたのか、それ以上言及することはなかった。
 代わりに一言、
「……あの人はやはり、年上が良いのでしょうか」
 零した一言は、大慌てのすぐ後の冥月の耳に届かなかった。

***********************************

「……こうですか?」
「違う違う」
 しばらくした後、ユリの精神も大分安定した頃に、話題は気配の消し方に移っていた。
 最初、ユリが冥月の前に姿を現した時の気配の消し方が全くなってなかった、ということで冥月のレクチャーが始まっているのである。
「気配を消す時は相手の感覚の外に出るんだ。絶対に相手に知覚されない外の領域に、自分の存在を移動させるんだよ」
「……わかりません」
 正直に降参するユリ。
 そんなユリを見て冥月は溜め息をついた。どうやらこの娘に教え甲斐はあまり無さそうである。
「まぁ一応見ておけ。こうやるんだ」
 一言置いた後、冥月は適当なレベルで気配を消してみる。
 それを見てユリは、もちろん幻覚ではあるが、冥月の身体が透け、向こうの建物が見える様な気がした。
 冥月の存在が薄くなった様に錯覚し、瞬き一つでもしたら見失ってしまう様だ。
「こうだ。わかったか?」
「……え、あ、はぁ……」
 曖昧な返事を返すユリ。どうやら気配を消すには向いて無さそうである。
「まぁ、その辺についてはIO2にも詳しいヤツがいるだろう。そいつに聞くと言い」
「……そうします」
 と、冥月の気配断ち教室が終わる頃には、そろそろこの路地にも人が多くなる時間帯だった。
 だが、どうやら痴漢の噂が立っているらしい。今日は人通りがヤケに少ない、と言うか誰一人通らない。
「ふむ、これなら私達以外にこの路地にいる人間がその痴漢で間違い無さそうだな」
「……そうですね。すぐに捜索に移りましょう」
 と言うわけで、痴漢捕獲作戦が実行される。

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 作戦内容は簡単である。
 どう考えても、これから未来のあるユリに男の裸を見せて変なトラウマを植え付けるのは好ましくない。
 と言う事で、最初はユリも渋ったが、冥月が協力して囮になる事になった。
「ばぁ〜!!」
 そしてすぐ釣れた。
 冥月の目の前に現れた男は、冥月の目の前でコートを全開にして見せたのであるが……
「貧相」
「ひ、ヒドイ!?」
 冥月の一言の感想に一刀両断された。
 だが、そこで挫ける痴漢ではなく、涙目になりながらも異能を発動。
 冥月のブラジャーを何とも見事に盗んで見せたのである。
 その手に握られた漆黒の布切れ。それは痴漢にとって大切な宝物の一つになる予定だったのだろう。
「……現行犯逮捕です」
 だがしかし、突然走った電撃により、その場で気絶してしまったのだった。
 原因は痴漢のすぐ後ろに立っていたユリの持っているスタンガン。
 どう考えても実戦向きではないユリの能力では、素手での犯人捕獲は難しいのでIO2が持たせた武装がスタンガンである。
 スイッチ一つで子供でも電撃が起こせる便利な道具だ。今回の犯人程度の相手ならば十分過ぎる武装である。
 因みに、痴漢に冥月の下着を盗ませたのも作戦の内。
 異能を使わなければ普通の警察の範疇の事件だ。IO2が出張るのはあくまで異能が不正に使われた事件のみなのである。
 それ故、相手に異能を使わせて、現行犯逮捕するのが一番手っ取り早い、と言う事でこの作戦が採用されたわけだ。
 更に因みに、まだ幼い体型のユリではブラジャーをつけていないので盗ることは出来ず、パンツを盗られる羽目になり、それは何となくヤバイだろう、と言う事で冥月の囮作戦が採用されたのもあるらしい。
 完全に余談だ。

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 何となく色々な意味でギリギリの攻防を繰り広げた痴漢捕獲作戦はこうして無事、幕を閉じた。
「じゃあ、今度の休みに興信所に顔を出すんだな?」
「……はい。その日は私もお休みなので、一度、興信所に挨拶に行きます。こないだのちゃんとしたお礼もまだですし」
「そうか。それは、アイツも喜ぶだろうな」
 痴漢を影で完全にグルグル巻きにした後、ユリは冥月に盗られたブラジャーを手渡した。
 だが、その譲渡の際、ユリの手が少し止まり、そのブラジャーに険しい視線を送っていた事に、冥月は気付いていた。
「お前にもまだ未来がある。きっとアイツが放って置けないような良い女になれるさ」
「……そうなれると良いです……いえ、なって見せます」
 戦う女は強いのである。