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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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刀の見る夢
1.
その日泰山府君がその店を訪れたことにさしたる理由はなかったのだが、後に考えてみればおそらくなにかに呼ばれたのかもしれない。
「蓮殿、久し振りだな」
相変わらず何処までが商品で何処までが趣味で集めて(いや、集まってだろうか)いるのかわからぬものたちの中から店主の姿を認めてそう声をかけると、蓮は「あぁ、ちょうど良いところに来たね」と笑ってみせた。
「何をしておるのだ?」
「あんたみたいのを待ってたんだ」
どうやらまた、妙なものがこの店に『やってきた』らしい。
「我が興味を示すようなものか」
「ちょっとした知り合いから、あるものを預かってね」
蓮はそう言いながら店内の隅に置いてあったものを持ってきて、泰山府君に見せた。
それは、一振りの刀だった。
「ほぅ、刀か」
「曰くつきの、ね」
泰山府君自身も刀の残留思念が人の姿を得た存在だ。ならば、それに呼ばれたのは必然ということなのだろうか。
かなり古いが名のある匠が作ったというほどのものでもないらしい。
作られたのはおそらく江戸か、それよりももう少し前といったところだろう。
そして曰くとやら(もっとも、この店ではそれがないものを探せというほうが困難だが)の説明を求めると、その刀を使っていた者、斬られた者が夢の中に現れるのだという。
「使っていたんだろう者が勝負を挑んでくることもあれば、斬られた者がすすり泣くこともあるという具合らしくてね」
面白い、と泰山府君は思った。
「その刀、我に譲ってはもらえぬか」
勝負を挑んでくる者がいるというのなら、是非とも一戦交えてみたい。
泰山府君のその申し出に、蓮のほうに異存があるはずもないはずだが、あっさり承諾するかと思っていたところ「その前に」と妙なことを尋ねてきた。
「あんた、覗き見されるのは平気かい?」
「そのようなこと、趣味が良いとは思えんな」
泰山府君の言葉に蓮も同感だねと言ってから話を続ける。
「こいつを持って行くっていうことは、その趣味が良いとは思えないことをする奴があんたとこの刀の夢を見学しに来るってことになるんだけど、構わないかい?」
どうやら、この刀を蓮に預けた者の目的というのはそれらしい。
「あんたの邪魔はしないさ。そいつはただ、愉快なものを見たいだけなんだからね」
「邪魔をしないというのなら、構わぬ」
そう答えると、今度こそ蓮はその刀を泰山府君に手渡した。
「それじゃあ良い夢を」
店を出ていく泰山府君に向かって、蓮は笑いながら手を振っていた。
2.
夜、泰山府君は刀を傍らに置いて目を閉じると、じっと待った。
その前に鞘から抜いて見た刀の刃は、いまでも十分人を斬れるだけの鋭さを持っていた。
──だいぶ、血を吸っているな。
刃を見てすぐ泰山府君はそれに気付いた。
斬られた者の数は両手では足りそうにない。
なるほど、それだけの血を吸えば様々な思いがこの身に宿ったとしてもおかしくはないだろう。
しかし、斬られた者たちの嘆きを聞くためにこの刀を預かったわけではない。
使った側、斬った側に用があるのだ。
──死した後も戦いを挑むとは、いまだ戦いに未練があるのか、それとも刀が己を使った者を覚えてその姿を取っているだけなのか。
ふとそんな考えが頭を過ぎったが、どちらでも構わぬことだと泰山府君は思った。
目を閉じて、どれほどの時が経過しただろう。
しんと、周囲の音が一瞬消えた。
同時に、泰山府君の周りに先程まではなかった気配が現れる。
──来たな。
閉じていた緑の目をすっと開く。
いつの間にか、周囲の風景が変わっていた。
夜、しかし月も出ていないのに周囲の様子が見え、纏わりつくような厭な紅色の霧が辺りを覆っている。
何処かの川岸だろうか。柳の木が一本見え、河らしいものも見えるがその水の色も濁った紅をしていて流れも止まっている。
そして、『それ』が泰山府君のほうへと近付いてきた。
月代の手入れもろくにできておらず髷もきちんと結えてはいない、ぼろのような着物を身に纏った男がひとりいた。
おそらくは、食い扶持を失った浪人といったところか。
浪人の手には、泰山府君が蓮から譲り受けた刀が握られている。
と、そのときになって泰山府君は傍らから刀が消えていたことに気付いたが、考えてみればそれは当然のことだった。
これは刀の中で、その刀が見せる夢なのだ。
ならば現れる相手は刀によって命を断たれたものか、刀を使った者。
そして使った者のほうであるならば、その刀を握っているのは当然だ。
「待っていたぞ」
浪人に向かって、泰山府君はそう声をかけた。
その言葉に、浪人は暗い目を泰山府君に向けて口を開く。
「そなたが、今宵の相手か」
言いながら、浪人はゆっくりと刀を抜いた。
「貴様、名は」
「無名」
それ以上、浪人は泰山府君と言葉を交わす気はないようだった。
命の獲り合いに、無駄な話など不要ということらしい。
その態度は、泰山府君の気に入った。
泰山府君も赤兎馬を構える。
浪人の構えに隙はなく、人を斬ることにも躊躇いがない様子だった。
かなり、使うな。
そうわかった。
面白い。
心の中でそう呟いてから口を開く。
「いざ、尋常に勝負!」
その言葉に端を発して、斬りかかったのはほぼ同時だった。
3.
刃と刃がぶつかったとき、微かに火花が飛んだ。
ぎぃんと鈍い音が耳に届く。
泰山府君は武術だけではなく聖獣の力も使うことができる。
しかし、相手が刀で戦う以上、こちらもそれに応じなければならない。
そうでなくては──面白くない。
「はっ」
短く声を発して刀を振るう。浪人は、紙一重でそれをかわす。
いや、最小限の動きでかわしているのだ。
かわしながら、浪人は的確に急所や相手の動きを鈍らせる箇所を狙って刀を振るってくる。
それも、必要以上に大きくは振るわず、無論突くなどということはしない。
無駄な動きというものが、浪人にはほとんどなかった。
随分と戦い慣れているようだ。
空気を切り裂く音と同時に、泰山府君の頬を刀が掠めた。
泰山府君も武術にはかなり秀でている。
お互いに紙一重にかわし、攻撃を繰り出すことが数度続いた。
「貴様、なかなかやるな」
「……そなたもな」
その言葉に、浪人が答えた。
その口元には笑みがある。
「そなたのような相手を、待っていた」
言っている間も、攻撃の手は一向に緩めていない。
何度も刀と泰山府君の青龍刀がぶつかっては、鈍い火花が周囲に飛ぶ。
泰山府君の口元にも笑みが浮かぶ。
「それでこそ、我の相手に相応しいというものよ。早く決着をつけようぞ!」
気合をこめたその言葉に、応と浪人も答えて刀が振り下ろされる。
「決着を、そなたは望むか」
「無論。勝敗のない戦いになんの意味があろうか」
「確かに、そうだ」
戦いながら、徐々に浪人はその風貌を変えていった。
いや、姿は変わっていない。だが、その身に纏う空気が変わっていった。
人の身でありながら、もはや人ではないそれは、生きている間に斬った人の業か、それとも死んでもなお人を斬り続けたためか。
浪人はいつの間にか、人でありながら鬼のような形相に──けれどその顔には笑みを浮かべて泰山府君に向かってくる。
「何度こうして、戦ってきたか」
ふたりの戦いは、まるで剣舞のように、けれどそれは互いに命を賭けているからこそ見たものを震えさせながらも魅せるもので。
「何人、斬ったか」
鬼の気を纏った浪人の太刀筋は、ますます鋭さを増していく。
「しかし、満たぬ」
泰山府君の刀が浪人の袖を、浪人の刀が泰山府君の足の肌を薄く裂く。
「幾度戦っても、満ちぬ」
がッと刀を刀が合わさり、距離が縮まる。
そこへ浪人が初めて刀ではなく、腹を狙って蹴りを入れてきた。
「ぐッ」
いつの間にか、浪人が刀以外の攻撃などしてくるはずがないと何故か思っていた(思わされたのだろう)泰山府君は不意の攻撃に数歩下がり、体勢を僅かに崩した。
「応」
そこへ浪人は大きく刀を振り下ろす。
泰山府君は、地を蹴りその振りを避け、大きく動いたせいで、浪人が今度は微かによろめいた。
その隙を、泰山府君が見逃すはずもない。
「満たぬのは、相応しい者と戦わなかった貴様の所為よ」
己よりも弱い者と戦ったところで、斬ったところで何の喜びがそこにあろうか。
血に酔いたいだけならそれでもよかろう。
しかし、真に満ちたいのなら、そう望んでいたのなら。
「貴様は、己より強き者にのみ挑めば良かったのだ」
それならば、勝とうと、破れようと、満ちたのではないのか。
その言葉と同時に、浪人の肩を泰山府君の刀が斬り裂いた。
──浅い。
斬った手ごたえに泰山府君はそう感じた。
案の定、浪人はまだ立っている。
だが、その姿は先程よりは弱っているように見えた。
泰山府君の太刀を受けた肩からは血が流れている。
「……強き者か」
浪人は、笑っていた。
先程まで漂っていた鬼気は、もはや失われていた。
その代わり、長く失われていた『剣客』としての気が、浪人に満ちていた。
満ちている。
泰山府君との戦いを楽しみ、剣客として喜んでいる。
「そなたような者に、もっと早く会いたかったものだ」
そうすれば、
「つまらぬ相手と何度も戦わずにすんだものを」
くくっ、と浪人は笑い、刀を構え直した。
「……決着を、つけようぞ」
先の泰山府君の言葉を借りてから、浪人は刀を正眼に構えた。
「応!」
泰山府君もそれに答える。
構えたまま、しばし、ふたりの動きが止まった。
どちらも互いの目を、動きを、空気を感じていた。
浪人の目は澄んでいる。満ちている。
だからこそ、まったく気を抜けぬ。
そして、
「はッ」
どちらともなく短く息が吐き出され、ふたりの影が、躍った。
鬼気を纏ったときよりも浪人の剣の鋭さは数段増しており、泰山府君は頬に熱いものを感じた。
しかし同時に、先程よりも深く、浪人の胴を斬った感覚が刀に走る。
「──見事」
そう、浪人は呟いて、どう、と身体が地に崩れた。
その顔は満足そうな笑みを浮かべているが、泰山府君は苦い顔をして浪人に近付き見下ろした。
「貴様、手を抜いたな」
先程の剣は、泰山府君の喉を切れていたはずだ。
しかし、浪人はそうしなかった。
「まさか」
浪人はその言葉に笑った。
「手など、抜かぬ」
そんな礼を欠いたこと、俺が、するかよ。
「見損なっては、困るぞ」
浪人の言葉に偽りは感じられなかった。
ならば、切られたと、負けたとあの一瞬僅かにでも感じたのは、泰山府君が相手の剣気に僅かとはいえ気圧されたからなのか。
「この我が手こずるとは……貴様のような強き者と、また一戦交えたいぞ」
泰山府君の言葉に、浪人は血を流している口でくくと笑った。
「俺は、御免だ」
俺はもう、満ちた。
戦いたいのなら、別の者を探せ。
「貴様よりも強き者、まだこの刀にはいるか」
「俺は、知らぬ」
浪人はもはや虫の息だ。
「名を、聞こう」
今度は、浪人は己の名を──誰も知る者などいない名を名乗り、そして、すぅとその姿が消えた。
4.
ぱちぱちぱち、という拍手が聞こえ、泰山府君が振り返った先には、黒尽くめの男がいた。
聞かずとも、この男が蓮の言っていた者だということはすぐにわかった。
「他人の夢を覗き見るとは、趣味の悪い奴よの」
嫌味をこめてそう言っても、男は気を悪くした風でもなく、むしろ愉快そうににやりと笑った。
「よく言われるがね、一度始めるとこの趣味以上に楽しいことがなかなか見つからないもので」
そこで男はようやく黒川という名を名乗った。
「我等の一戦、楽しめたか?」
やはり嫌味を含んだままの泰山府君の言葉にも、黒川は人を食ったような笑みを浮かべたまま「勿論だ」と答えた。
「命を賭けた真剣勝負。存分に楽しませていただいた」
黒川を楽しませるために戦っていたわけではない泰山府君にとっては、その感想に何の感慨も抱かなかった。
「この刀、後ほど貴様に返す。どこに届ければ良いのだ?」
「キミがそれを受け取った店に戻しておいてくれれば良い。僕に直に返したいと言うのなら、行き付けの店があるからそちらに来てくれ。場所は蓮が知っている」
良いものを見せてもらったお礼に、一杯くらいなら奢るよと、何処までも人を食った態度を崩さずに黒川はそう言った。
「では、今回はありがとう。縁があったときにはまた邪魔をする」
「貴様になど二度と覗かせぬ」
きっぱりとした泰山府君の言葉を最後まで聞かず、黒川は暗闇の中に溶けていった。
気付けば泰山府君は、元の部屋に戻っていた。
当の刀は自分の傍らに、何もなかったかのように戻っている。
す、とあの浪人に切り裂かれた頬に触れてみるが、傷はおろか血の一滴も流れていない。
それが、所詮は刀の見せるただの夢だったからなのか、泰山府君が勝負に勝ち、生きて戻って来れたためなのか確かめる術はない。
いや、確かめる術はあると泰山府君は思い直した。
もう一度この刀の夢に付き合い、今度は負けてみれば良い。
しかし、先の浪人以上の相手に巡り会えるかはわからない上に、わざと負ける気にもなるわけがない。
仮に、真剣勝負の末に負けていたら己の身がどうなっていたのか、興味がないわけではない。
しかし、もはや泰山府君は刀に興味をなくしていた。
勝負は、ついたのだから。
「良い、勝負であった」
貴様もそうだったのだろうと、泰山府君は刀に向かってそう呟いた。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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3415 / 泰山府君・― / 女性 / 999歳 / 退魔宝刀守護神
NPC / 碧摩・蓮
NPC / 黒川夢人
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■ ライター通信 ■
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泰山府君様
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
戦い、そして辛勝とのことでしたので、精一杯戦闘シーンを重点的に書かせていただきましたが、ご満足いただけましたでしょうか。
またご縁がありましたときは、よろしくお願いいたします。
蒼井敬 拝
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