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激走! 開運招福初夢レース二〇〇七!
〜 スターティンググリッド 〜
気がつくと、真っ白な部屋にいた。
床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。
(ん〜……どっかで見たことあるような、ないような?)
その不思議な光景に、平代真子(たいら・よまこ)は首をかしげた。
実際には、彼女がここに来るのはすでに三年連続三度目なのだが、あれからいろいろあったせいか、そのことはすっかり彼女の記憶から抜け落ちてしまっていたのである。
(なんだか奇妙な既視感があるんだけど、気のせい?)
そんなことを考えていると、突然、どこからともなく声が響いてきた。
「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」
(んー、えーと、初夢レース?)
その言葉も、聞いたことがあるような、ないような。
代真子が考えている間にも、説明はどんどん進んでいく。
「ルールは簡単。誰よりも早く富士山の山頂にたどり着くことができれば優勝です。
そこに到達するまでのルート、手段等は全て自由。ライバルへの妨害もOKとします」
その説明が終わるのとほぼ時を同じくして、代真子はこんな結論に達した。
「まあ、いいや。なんだかわかんないけど、せっかくのレースなら一番目指しましょ」
いくら考えても思い出せないものは仕方ない。
とりあえず、参加しているうちに思い出すこともあるだろう。
まあ、前向きと言えば前向きな考え方と言えるだろう。
「それでは、いよいよスタートとなります。
今から十秒後に周囲の壁が消滅いたしますので、参加者の皆様はそれを合図にスタートして下さい」
その言葉を最後に、声は沈黙し……それからぴったり十秒後、予告通りに、周囲の壁が突然消え去った。
かわりに、視界に飛び込んできたのは、ローラースケートやスポーツカー、モーターボートに小型飛行機などの様々な乗り物(?)と、馬、カバ、ラクダや巨大カタツムリなどの動物、そして乱雑に置かれた妨害用と思しき様々な物体。
そして遠くに目をやると、明らかにヤバそうなジャングルやら、七色に輝く湖やら、さかさまに浮かんでいる浮遊城などの不思議ゾーンの向こう側に、銭湯の壁にでも描かれているような、ド派手な「富士山」がそびえ立っていたのであった……。
(やっぱり、この景色も見たことがあるような……?)
何となく引っかかるものを感じながらも、とりあえず先を急ぐことにする。
さっき見た通りのコースを越えていくとなると、一筋縄ではいかないだろう。
そう考えて、代真子は悪路でも乗り越えられそうなジープで行くことにした。
が。
「で、運転ってどうするんだっけ?」
乗ってはみたものの、残念ながら彼女には肝心の運転の仕方がわからなかったのである。
しばらくいじってはみたものの、一向に動く気配がない。
「ああ、もうこの役立たず!」
頭に来た代真子がつい一発拳を叩き込むと、その一撃で車は完全に沈黙してしまった。
「あー、やっぱり機械はダメよ、機械は。
せっかくなんだから、やっぱり自分で動いてくれる動物に乗っていかないと」
そう思い直した代真子が辿り着いたのは、一羽の大きな鷹であった。
このサイズなら多分背中に乗っかっても大丈夫だろうし、何より見た目が正月らしい。
「よし、それじゃさっそく行くわよ!」
代真子が背中に飛び乗ると、鷹は一声鳴いて飛び立ったのであった。
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〜 複雑な関係 〜
シュライン・エマは、毎年のように鷹の背中に乗って、ゆっくりとあちこちを回っていた。
途中で、これまでのレースで知り合ったこの世界の住人たちを見つけては、様子を確認しがてら軽く挨拶をしていく。
ジャングルで巨大バナナを狩っていたいつぞやのゴリラや、戌年が終わったせいか平地の方に移設された百一体の狛犬軍団。
唯一鳥人間の船だけは「外洋に出ている」とのことで見あたらなかったが、それ以外はおおむねどこも平和そうである。
(後は……係員さんは多分今年もゴールでしょうし、あの茄子たちくらいかしらね)
そんなことを考えながら、シュラインは進路を彼らがいると思われる川の方へととった。
一方その頃。
代真子もまた、別の鷹に乗って上空を飛んでいた。
特にどこかへ寄り道することもなく、ゴールに向かって進んでいる彼女はさぞかし先を行っている……かと思いきや、実は全然そんなことはなかった。
普通に考えれば、ハチャメチャなものが大量にある地上を突っ切るより、空を飛んだ方が安全で速いに決まっている。
当然そう考えるものが多いことを見越して、このレースでは毎回上空にも様々なトラップ(?)が配置されているのである。
例えば、空飛ぶ虎であったり、空飛ぶミツバヤツメであったり。
後者などは、実際代真子も昨年遭遇しているはずなのだが、レースのこと自体思い出せない彼女にそのことが思い出せるはずもない。
そのせいか、彼女はすっかり無警戒に空路を行き……気づいた時には、すっかり周囲を囲まれていた。
――空飛ぶ巨大クラゲに。
「あら?」
どこからか聞こえてきた別の鷹の鳴き声に、突然シュラインの乗っていた鷹が進路を変えた。
「ひょっとして、仲間が呼んでるの?」
その問いかけを肯定するように一声鳴いて、鷹がさらにスピードを上げる。
やがて、前方に巨大な空飛ぶクラゲに囲まれて右往左往している鷹と、その上に乗っている女性の姿が見えてくる。
「助けたいのね?」
再び、肯定の返事。
とはいえ、あれだけのクラゲを一体どうしたらいいものか?
シュラインが対策を思いつくより早く、突然鷹が急上昇を始める。
そして、そのままクラゲの上方に出ると、触手のない傘の方を向けているクラゲを狙って突っ込み、そのちょうど中心近くを突いた。
空気の抜けるような情けない音を立てて、クラゲが落ちていく。
それを数回繰り返すことで、シュラインたちは無事に中の一人と一羽を救出することに成功したのだった。
「おかげで助かったわ」
礼を言う代真子に、シュラインは笑ってこう答えた。
「お礼ならこの子たちに言って。どうも、この子がそっちの子を助けたかったみたいだから」
が。
肝心の二羽の鷹の方はというと、どうも様子がおかしい。
お互いに会話するように鳴き声を交わしているのだが、イメージ的にはお礼を言っているとか、談笑しているとかより、どうも喧嘩しているような感じに近い。
やがて、二羽の鷹はお互いに勝手に進路を左右別々にとり、喧嘩別れのような形で別れた。
代真子たちの姿が見えなくなってしまうと、シュラインは試しにこう聞いてみた。
「えーと……さっきの相手は、ひょっとしてライバルか何か?」
返ってきた返事は、肯定しているようでも、そうでないようでもあった――。
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〜 記憶と予測とその他いろいろ 〜
「あ、あんな所に休憩所がある」
鷹の背中に乗って、上空から地上の様子を見ていた代真子は、ある小さな建物を見つけて声を上げた。
それを聞いて、鷹がその辺りを目標に高度を下げ始める。
「あら、あなたも休みたかったの? あたしもお腹が空いてきたし、ちょうどよかったわね」
その言葉に一声答えつつ、鷹は休憩所の10m前方くらいに綺麗に着陸した。
鷹を待機していた係員に預け、代真子はさっそく食事にすべくテーブルの方へと向かう。
「お腹も空いたし、とりあえずメニュー上から順に持ってきて!」
「あいよ!」
落ち着いて考えればわりとムチャな頼み方であるが、実際それくらい普通に食べてしまうんだから仕方がない。
そんな彼女の注文に、休憩所の人たちも一切動じることなく普通に応じる。
「慣れてるのかしら?」
その原因が彼女自身であることを、代真子はまだ思い出せていなかった。
そして、代真子が何皿かの料理を平らげた頃。
どこかで見覚えのある男が、手押し車を押しながら歩いている可愛らしい赤ん坊を連れて姿を見せた。
「俺にもなんか食わせてくれよ。あと、この子にミルクあったらそれも頼むわ」
「あいよ!」
赤ん坊のミルクまで常備してあるとは、なかなか準備のいい休憩所である。
代真子がそんなことを考えていると、男がこちらに気づいて声をかけてきた。
「あー……代真子ちゃんだっけか? 久しぶり」
久しぶり、ということは、やはりこの男とはどこかで会っているようなのだが。
「えーと、誰だっけ?」
正直に答える代真子に、男ががっくりとテーブルに突っ伏し、その様子に赤ん坊が笑う。
「……いきなりキツいな。ロドリゲス大宮だよ、去年もこのレースで会ったじゃねえか」
「去年? 去年あたしこれ参加してたっけ?」
テーブルへのスライディング、二回目。そして赤ん坊がまた笑う。
「その辺から記憶混乱してるのか?
去年は代真子がブービーで、俺が最下位だったろ」
そう言われてみれば、はっきりとまでは思い出せないが、そんな気がしてこないこともない。
「そういえば、そんなことがあったような気もするわね」
そう答えてから、代真子はついでにこう尋ねてみた。
「で、その子はあなたの子供?」
すると、大宮は複雑な笑みを浮かべた。
「最初は俺の未来の息子かと思ったんだが、こいつは『月見里・煌(やまなし・きら)』っていうみたいで、苗字があわねえんだ」
これは、何やら複雑な事情がありそうで――面白い。
「結婚した時に苗字が変わった可能性は?」
「婿養子か?
確かに宝のついでにどこぞのお嬢様を手に入れるってのも悪くはないんだけど……そうなると、あの人がその『月見里さん』なのかな?」
「あの人って?」
「俺がこいつと出会った時に、綺麗な人がこっちに手を振っててな。
あれが俺の未来の奥さんか、と思ったんだが……今にして思うと、ちょっと日本人離れした感じだったような気もするんだよな」
どうも、聞けば聞くほど「全部まとめて単なる勘違い」の様な気もしてくるが、そこはあえて指摘しないのが優しさというものである。
「ふーん」
とりあえず曖昧に話を打ち切ったところに、次の料理とミルクが運ばれてきた。
「お待たせ。あんたの分の料理はその子にミルクを飲ませ終わってからの方がいいだろ」
「それもそうだな」
そんな休憩所の係員のうまい対応に感心しつつ、代真子は食事を続けた。
それから、さらに何皿か食べ終えた後。
「……しかし、よく食うな」
煌にミルクを飲ませ終わり、とうに自分の食事も終えた大宮が呆れたような顔をする。
「そう? あたしはこれくらい普通だけど」
代真子が平然とそう答えると、彼は苦笑しながらこう続けた。
「せっかくだしまた一緒に行くか? って言おうと思ったんだけど、さすがに待ってられないんで、俺らはそろそろ行くわ」
「そうね。そもそも、今回あたし空路だし」
だいぶ間を空けての、三回目のスライディング。
ちなみに、今回煌は「乳母車型に変形した手押し車」の中ですやすやと眠っているので、代真子以外に笑う者はいない。
「……ったく、先に言え、そういうことは。それじゃな」
乳母車を押しながら、去っていく大宮。
そんな彼の後ろ姿を見ながら、代真子はぽつりとこう呟いた。
「いろいろ貧乏くじを引くタイプの人なんだろうな、あの人」
なお、代真子が休憩所を後にしたのは、さらに十数皿ほどの料理を平らげ、休憩所のメニューをしっかり完全制覇した後であった。
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〜 チャンス! 〜
休憩所を後にした代真子は、一路ゴールのある富士山に向かっていた。
……と言っても、これまでのタイムロスを考えれば、どう考えても順位が真ん中より上、ということはなさそうだったが、まあそれはそれである。
「ま、一番は無理でも、とりあえずベストは尽くさないと」
そんな感じで、ようやっと富士山の近くまで来た時。
山頂の方から、何かが猛スピードで飛んでくるのが見えた。
「何!? とりあえず避けて!!」
言われるまでもなく、すぐに回避行動に移る鷹。
幸い相手に追尾能力はなかったらしく――というか、そもそも代真子を狙って飛んできたものかどうかすら不明だが――その「何か」は綺麗な放物線を描いて山の麓の方へと落ちていったのだが。
問題は、その「何か」が「人間」だったように見えたことである。
「えーっと……見なかったことにするのも何となく後味悪いし、とりあえず行ってみる?」
代真子の言葉に、鷹はさっそく降りられる場所を探し始めた。
「何か」が落ちた場所の近くに降りて、その「何か」の行方を捜すこと数分。
代真子が発見したのは、地面に逆さまに突き刺さっている何者かの姿だった。
「なんか、この光景見覚えあるのよね」
首をひねりつつも、とりあえず刺さっている人物を引っこ抜く。
「……ふう、ひどい目にあったぜ」
出てきたのは、二十歳過ぎくらいのガタイのいい青年だった。
「一体何があったの?」
尋ねる代真子に、彼は憮然とした表情でこう答える。
「でかいイノシシに吹っ飛ばされた。夢じゃなかったら死んでたぜ」
「でしょうね」
その意見には全面的に賛同しつつ、さらに質問をぶつけてみる。
「で、一体どこにそんなヤツがいたの?」
まあ、おそらく山頂付近だろうとは思うが、人をこれだけ景気よく吹っ飛ばすようなイノシシになど、会わずに済むならそれに越したことはない。
代真子はそう考えていたのだが、青年の答えは予想外のものだった。
「ゴール付近というか、ゴール目の前というか、ゴールそのものというか。
あんなの、ゴールなんかできっかよ」
付近と目の前はともかく、「そのもの」というのはちょっとわからないが、それよりも問題なのは最後の一言である。
「えーと、それじゃまだ他の人もゴールしてないの?」
「ああ。少なくとも、俺が吹っ飛ばされた瞬間まではな」
と、いうことは。
実は、まだ一番になるチャンスが残っているのではないか?
「ありがと! それじゃ、あたし急ぐから!!」
それだけ言うと、代真子は彼に手を振って素早く鷹に飛び乗った。
「おい、まさかアレに挑戦する気なのか!? 知らねーぞ、どうなっても!!」
後ろで彼が何か叫んでいたが、代真子はとりあえず気にしないことにした。
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〜 それは漆黒の旋風のごとく 〜
シュラインがゴールのある富士山の山頂にたどり着いた時には、すでに十人以上の参加者がそこに来ていた。
「……あら?」
そう。
「来ていた」が、まだ「そこにいる」ということは、つまり「ゴールできていない」ということである。
どうやら、今年も一筋縄ではいかないらしい。
そんなことを考えていると、去年も見かけた「STAFF」の腕章を着けた黒衣の男の姿が目に入った。
「あけましておめでとう。今年もご苦労様」
「これはご丁寧に。こちらこそ、今年もご参加ありがとうございます」
年始の挨拶をした後で、さっそく彼に質問してみる。
「……それで、今年のゴールはどうなってるの?」
すると、彼は奥の方を指してこう言った。
「十五分に一回ですから、もうすぐ来ますよ」
彼の指した先にあったのは、数百メートルほどの直線の道路と、その両端にあるトンネル。
「来るって、一体何が」
シュラインがそこまで行った時、突然大地が揺れた。
「来るぞ!」
「今度こそ!」
参加者たちが、一斉にその道路の方へと向かう。
そして。
地響きとともに、一方のトンネルから巨大なイノシシが弾丸のごとき速さで駆けだしてきた。
そのイノシシに、参加者たちが一斉に群がっていくが……あるものは触ることすらできず、またあるものは景気よく吹っ飛ばされてどこかへ飛んでいく。
あっという間に、イノシシは道路を駆け抜け、反対側のトンネルに姿を消してしまった。
「……何、あれ?」
「今年のゴールですよ。あのイノシシが背中に背負っているゲートを、『後ろ側から』くぐった時点で、ゴールとみなされます」
つまり、あのイノシシの速さを上回るスピードと正確にゲートをくぐれるコントロールテクニック、もしくはそれを補って余りある知略が要求されるということか。
「ちなみにイノシシの速さは周回ごとに少しずつ遅くなっています。そのことと、前回までの経験を生かしてどうにかしてもらおう、と。まあそういうことです」
「そういうことです、と言われても……」
これは、やはり何人かゴールして、ハードルが下がるのを待つより他ないだろう。
そう思って、シュラインはとりあえずしばらくの間静観することにした。
そうこうしているうちに、だんだんと遅れていた参加者たちまで追いついてきてしまい、とうとう二十人の参加者全員がこの山頂に集結してしまった。
もちろん、その中には代真子や煌の姿もある。
その間に、多くの挑戦者が様々な珍策・奇策を繰り出していたが、未だゴール出来る気配は全くなく。
そろそろ、挑戦するものもいなくなりかけていた、そんなある時のことだった。
「あ、ちょ〜ちょ〜」
先ほどと同じような蝶(?)を見つけた煌が、手押し車を押しながらふらふらと歩いていく。
運の悪いことに、大宮はその直前のチャレンジで無謀にもイノシシに挑んで失敗しており、必死に修正案を考えていたところで、煌の方には目が行っていない。
その間に煌は蝶を追いかけて道路に出てしまい――そこへ、あの地響きが聞こえてきた。
「煌ちゃんが!」
終点のトンネル付近に煌の姿を見つけ、誰かが叫ぶ。
その声に、シュラインや代真子、大宮を含めた数人の選手たちが煌を助けるべくそちらへ急いだが、どう考えても間に合う距離ではなかった。
何が起きているのかわからず、きょとんとした顔をする煌。
その煌の所へ、あの巨大なイノシシが迫り――。
次の瞬間、手押し車が中央から開き、そこから閃光が走った。
その超極太レーザーの直撃に、巨大イノシシは目を回してその場に倒れ――ゴールのゲートもまた、その力に負けて塵となったのだった。
「煌ちゃん! 大丈夫!?」
「煌! 無事だったか!?」
「無事だったか、じゃないわよ! あなたが煌ちゃんから目を離すから!」
多くの選手たちが煌の方へ、そして残った一部の選手たちがイノシシの方へと駆け寄る。
かくして、煌の危機は去った……のだが、むしろ問題はこの後だった。
「困りましたね……ゴールしない限り、この夢からは覚めないシステムになっているのですが」
黒衣の男のその言葉に、一同が硬直する。
ゴールしようにも、ゴールは先ほどの一撃で吹き飛んでしまった。
「……ひょっとして……このまま?」
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〜 そして奇跡は起こる 〜
「まさかと思うけど、一生このままなんてことはないわよね?」
代真子がおそるおそるそう尋ねてみると、黒衣の男はにこやかにこう答えた。
「もちろん、そんなことはありません」
その言葉に、誰もがほっとしたような表情を浮かべる。
――が、それも次の言葉ですぐに凍りつく。
「来年のレースでゴールすれば、その時点で目が覚めますから」
「って、それまでずっとこのままなの!?」
「まあ、どこかでゆっくりしていていただくより他ないですね」
どうやら、このままでは来年までここから脱出できないらしい。
参加者たちの多くの視線が煌に向き――それから、当然のごとく大宮の方に向く。
「言っておくが、煌は悪くないぞ?」
不穏な空気を察してか、大宮はそう言ったが――それが逆効果であったことはもちろん言うまでもない。
「そうだな、その子は悪くない」
「悪いのは、その子から目を離した方だよな」
「さあ、どう責任をとってくれるんだ?」
「え、ちょ、おい、待てって!」
と。
その様子を見ていた煌が、急にぱたぱたと手を振りだした。
「ごぉぅ〜」
「ん? 何、どうしたの?」
不思議に思って見つめる代真子たちの前で、手を振る煌の前方に何かが姿を現す。
それは――先ほどのイノシシの背中に乗っていたのと、寸分変わらないゴールゲートだった。
「これは……?」
「ごぉぅ〜」
「ゴール、って言ってるみたいね」
呆気にとられている他の面々にかわって、シュラインが黒衣の男にこう尋ねる。
「このゴールだけど、使えそうかしら?」
「さあ、どうでしょう。ちょっと調べてみますか」
そう答えて、男はゲートに入り――反対側からは出てこず、少しの間の後で、入ったのと同じ方から戻ってきた。
「信じられませんが、正常に機能しています」
それから、一言こうつけ加える。
「とはいえ……ここで全員で先を争って、また事故が起きても困りますし。
今回はきわめてイレギュラーなケースとして、特に順位を決めない方向にしたいのですが、それでよろしいでしょうか?」
もちろん、一度は危うく夢の世界に閉じこめられた参加者たちにとって、ここから無事脱出できること以上の喜びはない。
一同は全員おとなしく彼の指示に従い、一人ずつ粛々とゲートをくぐって元の世界へと帰っていったのだった。
「本日は、当レースに御参加下さいまして、誠にありがとうございました。
本年が皆様にとって良い年となりますように……」
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〜 その後 〜
そして……代真子は、夢から覚めた。
目を覚ました後で、変わったことが一つだけあった。
ベッドの横に、バクのぬいぐるみ……というより、バクの形をした枕のような物が置かれていたのである。
「バク……バクなんていたっけ?」
代真子は少しの間首をかしげたが、まあ、これはこれでかわいらしいのでよしとすることにしたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4528 / 月見里・煌 / 男性 / 1 / 赤ん坊
0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
4241 / 平・代真子 / 女性 / 17 / 高校生
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
また、このたびは完成の方が大変遅くなってしまい、誠に申し訳ございませんでした。
さて、このレースも今回で四度目ということで。
相変わらずいろいろとムチャをしてみましたが、いかがでしたでしょうか?
・このノベルの構成について
このノベルは全部で七つのパートで構成されております。
そのうち、五番目と六番目を除く各パートについては複数パターンがありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。
・個別通信(平代真子様)
三年続けてのご参加ありがとうございました。
というわけで、代真子さん自身は以前のことは覚えていないとのことでしたが、ちょくちょく以前のエピソードなども交えて書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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