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所長代理
皆様、お久し振りです。
草間零です。
この度は草間興信所所長である草間武彦が地方出張――もとい、仕事の調査で興信所を離れることになり、私が代わりに代理所長となることになりました。
お兄さんは、
「不安だから一緒に来い」
って言っていたけど、お金はたくさんあるに越したことはありません。少しでも私が稼がねば。いつか光熱費を払えなくなって、本格的に裏の道に進むことだって、夢ではありません。あれ、何か日本語おかしいかな。ま、いっか。
そんな訳で、本日から数日間、草間零が貴方の相談を聞かせていただきます。
まだまだ未熟者ではありますが、ご容赦の程を。
仕事の依頼、と言っても、私自身が実際に動くことは出来ません。依頼を受けたあとに、所長の方へ回させていただくという、いわば仲介者的な役割をさせていただきます。
相談を聞くだけ。
身も蓋もない言い方をしてしまうと、そんな感じになってしまいますが。
……えっと、なるべく簡単な内容でお願いしますね?
あ、お話だけとか、お茶だけとか、そういうのでも構いません。
一人だとちょっと、というかかなり淋しいので、気軽に来て下さいね。
最後、私信になってしまいましたが、失礼致します。
「ありゃあ、武彦さんいないんですか……。それは少し、残念です」
「いなけりゃいないでせいせいするわ。あの若造、最近ちと生意気だからのう」
ほっほっほと豪快に笑いながら、メガネザル――ではなく、団長・Mは葉巻を手で弄ぶ。ヘビースモーカーの武彦と常時顔を突き合わせている零にしてみれば、団長の葉巻程度に文句も嫌味も言うつもりは毛頭ない。それでもレディの前だからと控えているらしい。横に座って何事かを真剣に考えている柴樹紗枝とは、明らかに対照的だった。
零は淹れたてのコーヒーを二人(一人と一匹)の目の前に置いた。そして自分の前も同じモノを置く。
「私で良ければお話聞きますけど、どうします?」
「話だけでも伝えてもらうこととか、そういうのも出来るんですか?」
「それくらいでよければ、お任せ下さい。念のためにメモ取りますけど、構いませんね」
肯きが返され、零は近くに置いてあった小さめのノートとペンを手に取った。何だか取材みたいだと思いながら、二人(一人と一匹)の正面に座る。準備が整ったのを見届けて、紗枝は意を決したように再び頷いた。
「早い話が、潜入捜査です」
ハードボイルドだ。
即座にその言葉が思い浮かぶも、紗枝はサーカス団の団員からして、期待通りの意味にはならないだろうことに思い至る。加えて、曲芸に関しても心得があるとは思えないし、それは零に取っても同様だった。
「ピエロになれと、そういうことですか?」
出来ることと言えば、ピエロくらいだろうか。飛躍をし過ぎている発想に、団長がふむと小さく唸った。
「出来るのならば、そちらの方が都合が良いかのう?」
「ええっ!? 本当にピエロなんですか?」
「……いずれにせよ、お嬢ちゃんのピエロの認識がちと、間違っているようじゃがのう」
声色に出てしまったのか、零は申し訳なさそうに眉根を寄せた。その行為をさして気にした風もなく、団長は話を続ける。
「潜入捜査と言っても、そういうのとは違ってな――……紗枝、説明は任せた」
「え、なんでいきなり私なんですか? 団長、全部話して下さいよ」
「なに、折角入れてもらったコーヒーが冷めそうだったからな」
「……私のコーヒーは、いいんですか?」
口を付けたばかりのコーヒーを名残惜しそうにテーブルに置いて、はぁと紗枝は小さく息を吐く。それも慣れたやり取りなのか、説明しますね、と改めて言葉を置いた。
「潜入捜査、というのは、もちろん我がサーカス団に、という意味です。別にピエロでなくても、他に幾らでも潜入するところはありますから、ご心配なく」
そうしてようやくコーヒーに再び口を付けた。
「それにピエロという役割を、甘く見て頂いても困りますけどね」
にこりと紗枝は微笑むが、その笑みもどこか怒っているようにも感じる。だが、一転させて普段の笑みに変えた。
「話を戻しますが、ある団員の行動が怪しいので、探ってほしいと思っているんです」
「それは、そちらだけでは把握することが出来ないんですよね」
「残念ながら、相手も結構やり手のようですので、ここは一つ、攻めてみようかと思っているんです」
分かりました、と零は返事をして、ノートを閉じた。
「お兄さんには後程連絡を取って、判断を仰いでみます。場合によっては、私が動くかもしれませんが」
武彦の定時連絡まではまだ時間があると思いながら、零は他愛もない会話へと方向を向けた。定時連絡と言っても、ほとんど過保護の域に近い電話だ。束縛の強い彼氏というものもこのようなものかとぼやいたら、それ以上かもしれないという紗枝のツッコミが入った。
それから雑談交じりに、サーカス団や二人(一人と一匹)の身の上話について、話が及ぶ。その最中、ふいに零は団長へと疑問を向けた。
「団長さんは、どうして団長さんなんですか? あと、なんで人間の言葉が話せるのでしょうか?」
「うむ、いい質問じゃ。しかし、そちらがサルの言語を話している、と。そう考えたことはないのか?」
「ええっ!? そうなんですか!?」
零以上に思いのほか驚いていて立ち上がった紗枝の頭を軽くぺちりと触れて、「嘘じゃ」と団長が言葉を継いだ。
「なに、少しばかしは秘密があった方がいいじゃろう。――何事にも、のう」
そしてどちらともなく立ち上がった二人(一人と一匹)に対して、零も慌ててその身を起こす。
「それじゃあこれ、手付金みたいなものです」
笑いながら、紗枝の手には十枚程のサーカスのチケットがある。零は受け取り、また後日連絡する旨を伝えた。
時計をちらと見ると、もうすぐ武彦の定時連絡の時刻が迫っていた。腰に手をやって、誰ともなく軽く溜息をついて、零はサーカスのチケットを嬉しそうに眺めながら、ソファに深く腰を押し付けた。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6788/柴樹紗枝/女性/17歳/猛獣使い】
【6873/団長・M/男性/20歳/サーカスの団長】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
団長の秘密は謎のまま、語られぬままに物語は終わる、と。
気になる点は多々残ってしまうのが、少しだけ残念な感じもしてしまいます。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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