コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


お騒がせ3人組〜血まみれドクターとチェーンソーガール〜

「というわけでー、もう近所じゃ評判らしいの」
「閉鎖された病院の廃墟かぁ……雰囲気ばっちりだね〜」
 くすくすと笑い合う少女がふたり。
 神聖都学園の学生食堂にさしこむ陽射しはやわらかく、ふたりの少女の歓談する姿は――ふたりとも非常に目をひく美少女であったせいもあって――見るものをなごませる、青春という名の絵画のようでもあった。……しかし、かわされている会話の内容は、その絵づらにはまったくふさわしいとは言えないものだ。
「廃墟に踏み入った人たちはかなりの確率で怪現象に遭遇してるの。いちばん目撃例が多いのが『手術室の血だまり』」
「ぞくぞくしてきちゃった〜。……やっぱりここできまりね? H市の『幽霊トンネル』も捨て難いけど……」
「M区の『飛ぶ生首が出る倉庫』もね」
 少女は、白鳥之沢由貴子と、SHIZUKUであった。ともに学園の生徒であり……いうなれば“怪談仲間”とでもいうべき間柄。
 食堂のテーブルの上には、『月刊アトラス』をはじめ、怪奇雑誌の類が広げられ、それらの誌面には「恐怖!」だの「怪奇!」だのの仰々しい見出しが躍る。
「じゃあ決まりね」
「次の調査は『廃病院の怪』に決定〜」
 まるでショッピングか映画の約束をしたかのように微笑むふたり。
「でも、ここ、結構、広いのでしょ? もとは総合病院だったそうだから……」
「そっか。……もうひとり、呼ぶ?」
「そのほうが心強いし」
「誰にする?」
「それは……」
 にやり、とたくらみを秘めた笑み。誰にする?などと言いながらも、ふたりとも、心には同じ名前が挙がっていたのだ。

「……で、あたしはまんまと騙されたわけね」
「そんな〜、騙したなんて人聞きのわるい〜」
 げんなりした様子の月見里千里に、由貴子はおっとりと応えた。
「私は正直に頼んだでしょ?」
「『病院に一緒に来て』って? そう言われたら、誰かのお見舞いか、具合でも悪いのかと思うじゃない。心配して損したわ」
「だから……別にお見舞いとか受診とか言ってなかったでしょう? 『(心霊スポットの)病院に一緒に来て』ってお願いしただけで……」
「そのカッコの中を意図的に省略したでしょうが〜!!」
「ごめーん、ロケ長引いちゃって。おまたせ♪」
 まったく空気を読まない明るい笑顔と声音で、SHIZUKUが駆け込んでくる。
「さあ、いこうか。レッツ心霊スポット★」
「……いやー、行かないってばー、もうー!」
 千里の懇願を聞き入れるものはなく、由貴子とSHIZUKUに両脇をがっしりとつかまれた千里は、ずるずると引きずられていくのであった。
 彼女たちの向かう先には、黄昏から夜にかわろうとする空のしたで、灰色の廃墟が、不気味によこたわっていた。


「昔は患者数も多くて評判の病院だったみたいなの。でも医療ミスで入院患者さんが亡くなる事件があって……それから急速に寂れて閉鎖したみたい」
「目撃されているのはその亡くなった患者さんの霊なのかしらね」
「責任を感じて自殺した看護師さんがいらっしゃるという噂もあって……いえ、それも自殺じゃなくて責任をなすりつけられて殺されたなんていう噂まで。他にも病院関係者で不自然に亡くなっている方がたくさん」
「だってー。……って、聞いてる?」
「あーあーあー、きーこーえーなーいー」
 耳をふさいでいる千里。
 そんなことをしても聞こえてしまうものは聞こえてしまうわけだが。
「手術室はこの病棟の3階……と」
 懐中電灯の光が廃墟の中をさまよう。どこから手に入れたのか、病棟の見取り図を手に、由貴子たちは進む。
 廃墟の中に、少女たちの黄色い声が、場違いに響いた。
 永らく立入るものとてない建物内部の床には厚く埃が積もっている。むろん、彼女たちのほかには生きているものの気配はなく、物音ひとつしない中に、3人の足音だけがしているのだった。
「それじゃ、記念にまず一枚」
 SHIZUKUがデジカメのシャッターを切る。
 にっこり笑顔で収まる由貴子。釈然としない表情の千里。
「あ」
 画面をのぞきこんで、SHIZUKUが声をあげた。
「ちょ、ちょっと。なによ。まさか何か写ったんじゃ」
「……なんでもない」
「その間が気になるでしょー!」
 千里の様子に、由貴子はくすくす笑った。
「あー、もう〜、こんなところ一分一秒だっていたくないわ。とっとと終わらせてはやく退散しないと……、さあ、目的の場所はどっち!? こっちね!?」
 今度は由貴子たちを追い越して、ずんずんと歩いて行く千里だった。
「うれしい。やっと積極的になってくれたのね」
「そういうことじゃないの! ……ったく、なんだってこんなことが楽しいのよぅ」
 気丈にふるまってはいるが、その実、今、廊下の闇の中からなにかが飛び出してきたら、確実に悲鳴をあげてしまうだろう。
「……あら」
 ふいに、由貴子が立ち止まった。
「な、なによ」
「SHIZUKU……?」
 彼女がいない。ついさきほどまで、そこにいたはずなのに――。
「ちょっとやだ」
「どこに行ったのかしらー。……ちょっと見てくるから、ここにいてね?」
「ええええっ」
 この暗い病院の廊下に? 千里は絶望的な叫びをあげたが、それには構わず、ふい、とどこかへ行ってしまう由貴子。あとを追おうとするが、それで、由貴子とSHIZKUが入れ違いになっても困るし、第一、あっというまもなく闇に消えてしまった由貴子を追い掛けるのも、なんだか足のすくむ話なのだった。
「は、はやく、戻ってきてよぉ」

「……ここは」
 由貴子は息を呑む。
 ぽっかりと口を開けた戸口で、なにかの気配を感じたような気がして、由貴子はその中へ足を踏み入れる。カツン、カツン、と硬い床に響く足音。懐中電灯が照らし出したのは……
(標本……?)
 棚の上に、いくつもの瓶が並んでいた。
(……。こんなもの……放置されたままになってるんだ……)
 どれも埃をかぶっていて、貼付けられたラベルも読めなければ、中身が何であるのかも判然としない。だが、たしかに中には液体が満たされ、そこになにかが浮かんでいるようだったが……。
 まるで吸い寄せられるように、棚に近付く由貴子。
 なぜだろう。
 べつそんなことしたくないのに、命じられでもしたように、その手が、瓶のひとつの、埃を払って――
 ホルマリンの中の胎児が、ぎろり、とうつろな瞳で由貴子を見つめ返し、確かに、にたりと微笑むのを、彼女は見た。

 悲鳴!

「な……?」
 千里は立ちすくんだ。今の声は……。
 ――と、その肩を誰かが思いきり掴んだので、今度は彼女のほうが悲鳴をあげてしまう。
「わっ、ご、ごめんなさい」
「ああ、SHIZUKUちゃん」
「どうしたの? 今の――由貴子ちゃんだよね」
「何かあったのかも」
 さっと、千里の顔が引き締まった。そして駆け出す。
「離れないでね」
 別人のようにそう言うと、由貴子が消えた暗い廊下の先へ。
「た、たすけて……!!」
 懐中電灯の光の中に、廊下を這うようにしている由貴子を見つけた。文字通り、腰でも抜かしたというのか。
「どうしたの!?」
「あ……あ……」
 言葉にならない。ただ手を振り回して……後ろを指そうとしているのか。
「!!」
 千里は息を呑んだ。由貴子の足首を、手が掴んでいる。それは……まったく血の気のない、死人の腕だ。それも腕の途中までしかない!
 それだけではなかった。ずるり、ずるり、と湿った音を立てて、死人の腕が、足が、得体の知れない臓器が、廊下を這って来るのを、千里は見た。
「なんなの……!?」
 そのとき、真っ暗な廊下の向こうから、騒がしい音が近付いてくる。
「千里ちゃん、あれ!」
 SHIZUKUが差し向けた電灯に浮かび上がる、ストレッチャーを押す白衣の姿。
(さあ、手術の時間だ――)
 いんいんと響く、声にならざる声。
(いぃぃぃいいやぁあああだぁぁぁああ)
(手術は――手術はぁ)
(先生! 先生!)
(もう手術はいやですぅううううう)
(お願ぁいぃい、先生ぇえええ)
(手術はもう――)
(もうこれ以上……)
(切り刻まないでぇえええええ)
 その叫び声は、呻き声は、地を這う臓器や屍体の断片の声なのだろうか。
「んん? 新しい献体か?」
 血まみれの白衣に、とっくに生命をなくした青白い顔の医師が、冷たい眼光を千里たちのほうに向けた。その手の中に、メスがぎらりと光る。
「だ、誰が……!」
 千里は果敢に飛び出した。
「手術なんてお断りよ。SHIZUKUちゃん!」
「OK。由貴子ちゃん、立てる?」
 すぐに、意図を悟って、SHIZUKUが由貴子を助け起こした。しぶとく彼女の足を掴んでいる死人の腕を思いきり踏み付ける。
「離しなさーい! さあ、いくわよ!」
「待ぁああてぇえええええ」
「待てと言われて待つ人なんている!?」
 千里は、ストレッチャーを掴むと、いったん引き寄せて、死者の医師の手からもぎとり、そしてそのまま、思いきり押し出して血まみれの白衣の腹に激突させた。
「ぐぇええ」
 その隙にSHIZUKUが由貴子を連れ出したのを横目で確認すると、すぐに自身もとって返して走り去ろうとするが、そこへ、医師のおそろしい怨嗟の声がかかる。
「逃がすかぁあああああ」
「!」
 なにもない空間にあらわれた無数のメスが、雨のように降り注ぐ!
 床に突き立ち、硬い音を立てる。いくつかが千里を掠め、服を裂いた。
「っ!」
「逃がさんぞぉ、献体がぁ!」
 医師がストレッチャーを乗り越えて、飛びかかって来る。
「……ちょっとスプラッタ過ぎて趣味じゃないけど……ホラー映画のラストはこうよね……!」
 次の瞬間。
 咆哮が、廃病院の空気を震わせた。
「……ぎッ――、ぎゃああああああああああああああ」
 千里の手の中に、出現したチェーンソーが、医師の身体に食い込む。飛び散る血と肉片。千里は目をそむけつつ、唸りをあげるチェーンソーを必死に支える。
「はやく……消えなさいよぉっ!」
 そのチェーンソーは、死者さえぶったぎった。

  *

 解剖好きが高じて、無意味に献体や標本をもてあそんだり、あげくに患者に対して不必要な手術を行なったりした医師がいたことが、その後の由貴子たちの調べでわかった。
 その医師は逮捕後、獄中で死亡したそうだが、その霊は病院にとどまり、犠牲者たちを苛み続けていたのだろうか。

「……でもまさか自分がチェーンソーでやっつけられるとは思ってなかったでしょうね〜」
「ってか、千里ちゃん、いざとなったらやることが大胆」
「しょうがないでしょ! なんか必死で、あれしか思いつかなかったんだから! 昔、見ちゃった、怖い映画の場面とか思い出して……。ああ、やるんじゃなかった。思い返しても気分わるー……」
「まあ、おかげで一件落着したわけだし」
「……それはいいんだけど」
「どうかした?」
「……なんかさっきから、あたりの様子が……」
「あら、気がついた!?」
「……! まさか……!」
「もうすこしこの山道を行くと、沼があるんだけどー、そこって、何人もの人が不自然な溺死をした場所なの。というのも、逸話があって……、あ、ちょっと!?」
「帰る!」
「ちょっと待って〜」
「ピクニックだって言うから……」
「だから『(心霊スポットのある)山に登りましょ』って――」
「だからいちばん大事なところを省略しないでーーー!!」

(了)