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所長代理
皆様、お久し振りです。
草間零です。
この度は草間興信所所長である草間武彦が地方出張――もとい、仕事の調査で興信所を離れることになり、私が代わりに代理所長となることになりました。
お兄さんは、
「不安だから一緒に来い」
って言っていたけど、お金はたくさんあるに越したことはありません。少しでも私が稼がねば。いつか光熱費を払えなくなって、本格的に裏の道に進むことだって、夢ではありません。あれ、何か日本語おかしいかな。ま、いっか。
そんな訳で、本日から数日間、草間零が貴方の相談を聞かせていただきます。
まだまだ未熟者ではありますが、ご容赦の程を。
仕事の依頼、と言っても、私自身が実際に動くことは出来ません。依頼を受けたあとに、所長の方へ回させていただくという、いわば仲介者的な役割をさせていただきます。
相談を聞くだけ。
身も蓋もない言い方をしてしまうと、そんな感じになってしまいますが。
……えっと、なるべく簡単な内容でお願いしますね?
あ、お話だけとか、お茶だけとか、そういうのでも構いません。
一人だとちょっと、というかかなり淋しいので、気軽に来て下さいね。
最後、私信になってしまいましたが、失礼致します。
用がないかと問うて差し出された服に、一瞬この場がどこであるのかを忘れそうになる。思わず一度だけ興信所を出て住所を確認してしまうも、目的地であることに間違いではない。
「あの、どうかしました?」
不安そうな零の顔に、別にどうといった風ではないように阿佐人悠輔はその頭をぽんと叩いた。
武彦不在の連絡を受けたのは、偶然からだった。本人から連絡が来る訳もなし、ただの偶然で電話口に出た零の漏らした一言から足を向けてみようと思ったという、ただそれだけの理由だ。何か手伝えることがあれば、それで良し。なければないでも、男手が幾分かあった方が役に立つことではないかと思ったからだった。
前言撤回は、流石に男の名が廃る。ほとんど奪い取るようなカタチで零の手にしていたボタンの取れかけた衣服を手に取って、ソファに座った。
「お兄さんも、梅最中食べる?」
先客、或いは依頼主。形容に迷いながらも瀬川蓮の差し出した梅最中を礼を言いつつ受け取って、テーブルの上に置いた。
「そのジャケット蓮さんの大事なジャケットなんです。しっかりと付けてくださいね」
「そうだよ、お兄さん。普通なら買い直すんだけど、これだけはちょっと思い入れがあってね。駄目にしたら、怒るから」
言葉の裏に、二者の無言の圧力を感じる。悠輔は「頑張る」とだけ答えて、零から針と糸を受け取った。
「草間さんいないなんて、ちょっとつまんないよね」
「そうですね。でも、お金ないですから仕方ないですよ」
「でも零お姉ちゃん、本当にお金に困ったらいつでも言ってね。『パパ』に頼んでみるから」
「そんなご迷惑は掛けられません。……お気持ちだけは、受け取っておきますね」
仕事を押し付けて零も手持ち無沙汰になったのか、蓮の持参した梅最中の包み紙をむき始めた。蓮の言っていることの正確な意味は分かっていないのだろうか、「別に予想していた答えだけどね」と半ば呆れ顔の蓮がぼそりと呟いた。
「そう言えば、草間さんはいつ帰ってくるんだ?」
手を動かさないままに、悠輔は零に問う。零は小さく、首を捻った。
「はっきりとした答えは言えませんけど、二、三日の内にはケリを付けると言っていました」
「今回の仕事って、一体なんなの?」
「……お兄さんが、あまり好きでない方の、仕事です」
「そっちか」
「そっちね」
武彦にしてみれば、真っ当な仕事をしていたいのだろう。なれど来る仕事は希望していないものばかりで、だからと言って仕事を選んでいられる程の生意気な懐具合はしていない。零が今回興信所に残るという提案を呑んだのも、やはり渋々と言ったところが大きいのだろう。
「んー、と。もしかして、夜も零お姉ちゃん独りなの?」
新しい梅最中に手を伸ばしながら、蓮が言う。
「危なくないかな? 良かったボク、草間さんの代わりに泊まってもいいよ?」
ざくり、と。針が皮膚を刺すには大仰な音が聞こえ、二人の視線が一度に悠輔の方へと向けられる。何事もないかのように軽く手を振ると、零はやはり蓮へと申しわけなさそうに首を捻った。
「それは流石に申し訳ないですから。お兄さんは私を信用してこの場を任せてくれたんですから、しっかり責務は果たさないといけませんしね」
「でも、危ないよ」
「それでも、です。もし何かあっても、ここも色々とありますから、何とでも対処出来ます!」
色々とは、何だろう。
聞こうか聞くまいか迷った挙句、二人とも聞かずにその話題を打ち切った。それから取りとめのない会話を三人で交わし、ほつれたボタンを元通りに近い形にまで直すころには夕方を回っていた。それは悠輔の作業が遅かったという訳ではなく、単にその作業を中断させるような会話がすぐ傍でされていたというだけの話である。蓮はボタンの付け具合を確かめるように触れて、満足そうに鼻を鳴らした。
「それじゃあ帰るけど、何かあったらいつでも連絡してね」
立ち上がると同時に、蓮は綺麗な動作でジャケットを羽織る。やることも終えてそのままソファに腰掛けている悠輔に向けて、彼はにっと笑う。
「お先に」
その言葉が指し示す意味をどう取れば良いのか迷った挙句、悠輔は手の付けられていない最中の包み紙を早急に解き始めた。
「……これ、食べたら帰るから」
急いで口の中に突っ込んだ甘さに眉をしかめながら、悠輔は困ったようにしている零に何でもないと、その日何度目かの動作をしてしまうことになった。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1790/瀬川蓮/男性/13歳/ストリートキッド(デビルサモナー)】
【5973/阿佐人悠輔/男性/17歳/高校生】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、或いはお久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
噛み合わない会話、或いは裏の意味が多すぎる会話。
文字ではある程度分かる意味も、きっと音だけでは伝わらないことが多いような感じがしますが。
その差異を、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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