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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

「暇だったら、今度の日曜俺と一緒にバイトしない?」
 菊坂 静(きっさか・しずか)がそんな事を言われたのは、学校帰りに蒼月亭に寄ってコーヒーを飲んでいたときだった。それを言ったナイトホークは、カウンターの中で煙草の煙を吐きながら天井を見ている。
「一緒にアルバイト…ですか?」
 別に小遣いなどに関して不足はないが、ナイトホークと一緒にというのはどんなことなのだろう。静は自分の両手を温めるように、カップをしっかりと持った。
 思わずきょとんとしてしまったからなのか、ナイトホークは煙草を灰皿に置きながらふっと笑っている。
「バイトって言っても大したことじゃないんだ。この前店に子猫持ってきた太蘭(たいらん)が、家にある食器の入れ替えとか手伝わないかって話。取りあえず猫触り放題だから俺は行くけど、暇だったら静もどうかなって」
 太蘭の家には一度行ったことがある。大きな蜜柑の木がある日本家屋だ。
 食器の入れ替えとかなら掃除をしたりするかも知れない。前に行ったときのお礼もしたいし、子猫たちが大きくなったのも見たい。
「いいですよ。僕も太蘭さんのお家には行きたいと思っていたんですけど、なかなか行く機会がなかったので、ご一緒させてください」

 その日は小春日和の穏やかな日差しだった。
「こんにちはー。太蘭、来たぞー」
 手に紙袋を提げたナイトホークが玄関の引き戸をがらっと開けると、その音に気付いた猫たちがそっとふすまの影から顔を出しているのが見える。その中には静が見たことのある白黒の子猫も混ざっていた。
「うわぁ…可愛い。大きくなったね」
 初めて見たときはまだ耳も横の方についているぐらいの小ささだったのだが、もうしっかりとした足取りで歩いている。その子猫は静の顔を確認すると、足下までやって来て懐くように頭をすり寄せてきた。
「元気だったかい?」
「にゃー」
 足下の猫を抱き上げると、ほんのりとした暖かさとお日様の匂いが伝わってくる。そこに太蘭の声がかけられた。
「すまないな、わざわざ来てもらって」
 今まで掃除をしていたのか、太蘭はいつもの作務衣姿だが頭には日本手ぬぐいをしている。その姿に静は猫を抱いたまま頭を下げた。
「こんにちは、この前はありがとうございました…」
 それに太蘭が目を細める。
「まずあがってくれ。茶の一杯も飲んでから始めようか」
 家の中に通されると、居間から繋がっている和室の方に古びたダンボールや木の箱が置いてあるのが見えた。多分あの中に食器類が入っているのだろう。炬燵の方には様子を見に来なかった猫たちが、気持ちよさそうに丸まっている。
「猫増えたなぁ。あ、これ土産…猫のおやつも入ってるから」
 持っていた紙袋を差し出すと、ナイトホークは近くにいた三毛の子猫を膝に乗せた。
「猫は何匹ぐらいいるんですか?」
「十二匹になったか。引き取ったりしたのもいるが、賑やかなぐらいが丁度いい」
 静も猫の頭を撫でていると、思わず顔がほころんでしまう。白黒の子猫をもう一度抱き上げようとして、静は猫の名前を知らないことに気が付いた。
「太蘭さん、この子の名前は何て言うんですか?」
 猫たちは皆可愛いのだが、最初に抱かせて貰ったことのあるこの子に目が行ってしまう。太蘭はお茶を入れながら、その子猫の名が蘭契(らんけい)であると教えてくれた。
「確か、何かの道具の銘なんだよな」
「蘭契はカンナの銘だな。子猫たちは千代鶴是秀(ちよつるこれひで)氏が作った道具や名前から名前を取ったんだ。三毛二匹はそのまま千代鶴と是秀にしてしまったが」
 蘭契…名前を知るとまた何だか特別なように思えるから不思議だ。膝に乗せ撫でていると、蘭契も嬉しいのかゴロゴロと喉を鳴らす。
「いい名前だね。ゴロゴロ言ってるけど嬉しいのかな?」
「にー」
 蘭契だけではなく他の猫たちも撫でたりしていると、ナイトホークは炬燵の上にある灰皿を引き寄せながら静に向かってくすっと笑った。
「静、もしかして結構猫好き?」
 意識したことはなかったが、犬と猫のどちらが好きかと聞かれたら猫かも知れない。お茶を一口飲み、息をつき、思わず考えてしまう。
「あー…あまり考えたことなかったです。でも、猫は可愛いから好きです」
「猫は距離感が丁度いいからな。さて、今日の段取りでも話すか」
 静とナイトホークがすることは、隣の部屋に出してある食器の埃を払い使うものと使わない物に分ける仕事だった。太蘭曰く、この家にはまだ色々と食器や塗り物などがあり、使わなければ場所取りになるだけなので、こうやって時間のあるときに入れ替えているらしい。
「そこにある木箱って、結構ちゃんとした骨董とかじゃないのか?」
 骨董の真贋は静には分からないが、それでも木箱があったり銘が入っていたりする物はそれなりの値段になるとテレビなどで見たことがある。ナイトホークの言葉に、太蘭は湯飲みを持ちちらっと奥の部屋を見た。
「使わなければ邪魔なだけだ」
「売るか鑑定してもらえよ」
「金に困ってる訳じゃないからその必要もないだろう。ナイトホークや静もが欲しい物があったら持っていくといい。和ガラスの氷コップ(かき氷専用の食器)とかは家では使わん」
 気軽に「持っていくといい」などと言っているが、それも結構な値段がしそうだ。流石に氷コップに使い道はなさそうだし、もし気に入った物があったとしても自分がもらっていくよりはここに来たときに使わせてもらった方がいいような気がする。
「僕は何をしたらいいでしょう。掃除は得意なので、頑張ります」
「じゃあ静殿には納戸のはたきがけや、ぞうきんがけをしてもらおう。またしまい込むにしても、掃除しなければ次に出すときが大変だ」
 日本手ぬぐいとマスクを借り、静は案内された納戸に入った。棚は品物を外に出しているせいでがらんとしており、裸電球の明かりが静かに揺れている。
 太蘭は慣れているからとマスクはしていないが、何故かナイトホークはマスクの代わりにもう一本日本手ぬぐいを借り、それを口元に巻いている。
「ナイトホークさん、何だかテロリストみたいです」
「マスク苦手なんだよ…自分でも多分ヤバイって思ってるんだけど」
 そう呟きながらナイトホークは、まだ残っていた箱を持って出て行った。納戸は狭いのでその入れ違いに太蘭が入ってくる。
「はたきがけとかは分かるか?」
「大丈夫です。埃が落ちるから上から下へやればいいんですよね」
 静の言葉に太蘭が目を細めて笑った。はたきなどをかけることは少ないが、一応日本家屋の掃除に関して静はちゃんと知っている。
「すまない。冷蔵庫と洗濯機はあるが、掃除機は持っていなくてな。よろしく頼む」
「はい、分かりました」
 天井からそっとはたきをかけていく。埃と言ってもこまめに掃除をしているのか、さほど厚く積もっているわけでもないので、綿埃や蜘蛛の巣を落とすぐらいで済みそうだ。だが、持っていったのは段ボールや木箱だけなので、中にはまだ燭台や火鉢などが置かれている。
「これはどうしたらいいのかな…」
 燭台には鳳凰がモチーフとなっていて、かなり重厚感のある造りだ。埃は払ってみたが、これを水拭きするべきなのか、から拭きするべきなのか悩む。勝手に判断して、物を駄目にしてしまっては手伝いどころか足手纏いだ。
「にゃー」
 納戸の入り口で蘭契が中を覗き込みながら鳴いた。入ってはいけないと分かっているのだろうか…静が振り返ると、蘭契は一瞬目を合わせた後でてくてくと歩いて何処かに行った。
「………?」
 遊んでくれないと思ったのだろうか。掃除が終わったら、また抱き上げて頭を撫でたりしよう。取りあえず燭台を後にして他の場所にはたきをかけていると、蘭契がぱたぱたと中に入り、燭台の足下に擦り寄った。
「あっ!蘭契、ダメだよ」
 子猫の力では倒れないだろうが、壊してしまったら大変だ。慌てて静が蘭契を抱き上げると、それを追いかけてきたらしい太蘭がやって来た。
「あ、太蘭さん」
「いつも人を呼んだりしない蘭契が、やけに構って欲しそうにするから何かと思ったら、俺を呼びに来てたのか」
 するっと蘭契は静の腕をすり抜け、納戸の入り口でまた一声鳴く。
 もしかしたら、この燭台をどう掃除したらいいのか困っていたのを助けてくれたのだろうか…そう思って入り口の方を見たが、そんな静の心を知ってか知らずか蘭契はのんきに顔を洗っている。
「燭台をしまい込んでることをすっかり忘れていた…」
「何だか色々な物があるんですね」
 静がそう言うと、太蘭は苦笑しながら溜息をついた。
「ああ。納戸もここだけじゃないし、探せばもっと色々出てくるかもしれん…それこそナイトホークの言うように骨董として売ればいいのかも知れないが、どうしてもそう出来なくてな」
 その気持ちは分かる。
 太蘭について静が知っていることは少ないが、こうやって残っている物にはそれぞれ大事な思い出とかがあるのかも知れない。新しい物が出れば買い換えるのではなく、古い物を大事に使う…そういうのがこの家には似合っている。
「あの燭台は、どうやって掃除しましょう」
「そうだな、から拭きして納戸の手前の方に寄せといてくれ。手前にあれば茶席に出して使えるから」
「はい…」
 その後の納戸の掃除は楽だった。掃除機を使って掃除をするよりは大変だが、茶殻を撒いてほうきをかけたり、ぞうきんがけをしたりしてどんどん綺麗になっていくのがやはり楽しい。
「静、居間の方に茶菓子置いてあるからちょっと休憩しろ。俺も一服してきたから」
 ほとんど終わった頃にナイトホークがそう言って荷物を持ってきた。掃除に夢中になっていたのと、部屋が薄暗いせいで時間をあまり感じていなかった。だがポケットに入れた時計を見ると、やはりそれなりに時間は経っていたらしい。
「じゃあ、休憩してきます」
 手を洗ってちょっと休憩しよう。そう思って居間の方に行くと、蘭契が日のあたる縁側でひなたぼっこをしているのが見えた。今まで薄暗い場所にいたので、日の光の柔らかさが何だかとても優しく感じる。
「僕もひなたぼっこしようかな」
 お茶もいいけれど、やっぱりこうやってゆっくりしている方が休憩っぽい。縁側であくびをする蘭契につられ、静も伸びをしながらあくびをする。
「気持ちいいね」
 居間から繋がっている和室へのふすまは閉まっている。正座をしている静の上に蘭契が乗り、眩しそうに目を細める。
「にー」
 心地よい疲れと、柔らかい日差し。
 そして膝の上には猫。
「ふぁ…あ…」
 何だか急に眠くなってきた。何かの本で「猫の寝顔を見ていると、つられて自分も眠くなる」と読んだことがあるが、それは本当なのかも知れない。休憩がてら五分ぐらいうつらうつらしてもいいだろう。静が縁側で丸くなると、膝から降りた蘭契がゆっくりとまばたきをする。
「暖かいね」
 その返事は大きなあくび。そして目を閉じているうちに、いつの間にか静は眠ってしまっていた。

「…寝てるよ」
 縁側に丸くなって寝ている静を見つけたのはナイトホークだった。太蘭はそれを見て口元に人差し指を立て、薄手の毛布を掛けてやる。
「疲れたんだろう。掃除も済んだし寝かせておこう」
 柔らかい日差しをたっぷり浴び暖まったせいなのか、猫が一匹一匹静の寝ているところに集まって眠り始めた。これなら風邪をひくこともないだろう。
「いいなぁ、静。猫布団だ」
 シガレットケースから煙草を出すナイトホークに、太蘭は急須に茶葉を入れながらくすっと笑う。
「猫布団というよりは、大きな猫が一匹増えたみたいだな…」

 何だかふわふわと暖かい気がする。
 薄く静が目を開けると蘭契の寝顔が見え、そして背中や足下にしっとりとした重さを感じる。
 しまった。すっかり寝てしまった。
 毛布までかかっているということは、起こさないように気を使ってくれたのだろう。体だけ起こし居間の方に振り返ると、ナイトホークがニヤッと笑いながら手を上げた。
「静、目ぇ覚めたか?」
「あっ、いえっ…その…」
 ものすごく恥ずかしい。
 あわあわと起きあがろうとすると、急に動いた静に起こされた猫たちが、何だか不満そうな声を上げる。
「オワー」
「ごめんね。起こしちゃった?」
 もうすっかり仲間だと思われているのか。でもここで寝たままと言うのも恥ずかしいし、かといって起きあがれば鳴かれるし…どうしたらいいのか分からず困っている静に、太蘭が立ち上がって猫を抱き上げ次々と炬燵に入れる。
「すいません…」
 顔を赤らめながら毛布を畳んでいると、太蘭が微笑んだ。
「いや、よく眠っていたようだから起こさなかった。一緒に眠るということは、弱いところを見せても大丈夫だと思われてるのだから良いことだ。それとも大きな猫として一緒に家で飼うか」
「………!」
 思い切り恥ずかしがる静にナイトホークと太蘭が笑い、蘭契は静の前で大きく嬉しそうにあくびをして見せた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
ナイトホークと一緒に太蘭の家にお手伝いに…ということで、プレイングのとおりに白黒子猫の蘭契をたくさん出したお話を書かせていただきました。猫たちにもそれぞれ個性があって、蘭契は静君に懐いてます。
猫と眠るのはいいですね。暖かくてほわっとしてる感じです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
また遊びにきてやってください。