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<東京怪談ノベル(シングル)>


日曜午後の探し物

 その日、暁天音は昔作った魔具を手にし、フリーマーケットの会場へとやってきていた。
 生活費がそろそろ底を尽きそうだったので、錬金術で精製した魔具を売りさばきにきたのだ。他の出店者と同じように、公園にビニールシートを敷いてその上に持ってきた魔具をざらりと並べる。
 午前中の売れ行きはなかなか好調。昼時になって少々人が少なくなった会場で、ひとりでうろうろしている少年を見つけた。
 迷子にでもなったのだろうか?
 最初はそうも思ったが、それにしてはどうも様子がおかしい。人を見ている様子がなく、少年が見ているのは店に並べられている品物ばかり。
 そうこうしているうちに少年は、天音の前へとやってきた。
 他の店ではざっと見ているだけだった少年が、天音の店の前ではじっと魔具を見つめて動かない。
「何か気になる物があるの?」
 問うと少年は顔を上げて淡々とした口調で答えた。
「探し物をしてるんだけど、僕が探してるものと似てたから」
「似てるって、どれが?」
 尋ねたのはちょうど人がまばらになってきて、暇だったから。ただの、気紛れだ。
「どれっていうか……」
 少年は、どう答えようか迷っているらしい。人差し指を顎に当て、しばし考える様子を見せた。
「全部」
 そうして返って来た答えに、天音は首を傾げた。
 魔具といっても、見た目だけならそこらに売っている普通の商品と変わらぬ物もある。だが、置いてある品は用途も形も違うものばかりだ。
「これ、全部と似てるの?」
「そう」
 いったい何を探しているのか。置いている品物全てと似ている物……なんて。
「お姉さんならいいかなあ。こういうのばっかり揃えてるってことは、わかってて売ってるんでしょ?」
 にこりと無邪気な表情を浮かべた少年は、桐鳳と名乗って、教えてくれた。
 桐鳳は昔とある神社に収められていたご神体の化身なのだと――つまり言い換えれば、神様の一種なのだと。
 その神社は曰く付の怪しい品々の封印や供養を生業としていたが、いろいろあって保管されていた品物が散逸してしまったため、今はそれらを探して歩いているのだそうだ。
「通りがかりだったんだけど、この辺で、気配を感じたんだ。だから誰かが知らずに売りに出してるんだろうなって思って」
 穏やかに微笑む様子からは外見通りの年齢の少年にしか見えない。それもどちらかといえば、大人しげな雰囲気の。
「あんたみたいなのが、本当に神様?」
 思わず呟いた言葉に少年は、気を悪くする様子もなく頷いた。
「よく言われるけど、本当だよ」
「ふーん……」
 神様がどうの、とかはまあ、どうでもいい。
 それよりも興味が沸いたのは、桐鳳が探しているという道具だ。
「良かったら手伝いましょうか?」
「え?」
 天音の申し出に、桐鳳はきょとんと目を丸くした。
「いいの?」
「私も興味があるから、その道具に」
「どうもありがとう。助かるよ」
 こうして天音は店を畳み、桐鳳と共に問題の道具を探しに行くこととなった。

◆◇◆

「気配を感じたって言ってたけれど……どの辺りにあるかはわからないの?」
「大まかな方角と距離くらいならわかるけどね」
 所狭しとビニールシートが並べられ、たくさんの品物で賑わっている公園内。たとえ大まかな場所がわかっても、そこからたった一つの品物を探し出すのは容易ではない。
 結局は、足で探し回るしかないのだ。実を言えば天音が持つ魔具には探し物に使えるものもあるのだが、魔具は一度限りの消耗品。そして、作るのにはお金がかかる。ボランティアのお手伝いで、魔具を使うつもりはまったくなかった。
 桐鳳の感覚を頼りに歩き回り、たどり着いたのはフリーマーケット会場から少し離れた人気のない場所。買った人間が落としたのか、実は最初からフリーマーケットで売りには出されていなかったのか。
 どちらでも構わないが、無事見つかってよかったと思ったところで、桐鳳が呟いた。
「まずいなあ」
「なにが問題なの?」
 尋ねると、桐鳳はそれを指差して答える。
「もう、起動しかけてる。あれは炎を生み出す道具なんだ。何がきっかけになったのかはわからないけど、こんなところで暴発されたら大火事になる。あれはもう、止めるより壊す方がいいね」
 言いながらも桐鳳はまず、自らの手に炎を生み出しそれに投げつけた。
 しかし桐鳳が投げた炎はそれにまったくダメージを与えることはできなかった。
「……やっぱりダメかあ」
「やっぱりって、どうして?」
 チラと。桐鳳が天音を見上げる。
「あれ、炎属性だから。炎系の攻撃は効かないんだ」
「じゃあ、別の攻撃にしたら?」
 なんの気なしに告げた言葉に、桐鳳は沈黙した。
 そして、言う。
「天音さん、攻撃系の道具って持ってる?」
「持ってるけど、無理」
「このまま発動したら、この辺り一帯大火事になっちゃうよ。僕の能力じゃあれを壊すのは無理だし……だから、お願い!」
「お金がかかるから嫌」
 ばっさりと切り捨てた天音にこれ以上の説得を諦めたのか、桐鳳は再度、暴走しかけているそれに向き合った。
 すたすたと歩いて近づき、おもむろにそれを持ち上げ地面に叩きつける。どうやら、炎以外の攻撃手段は持っていないらしい。
 しかしいくら地面がコンクリートと言っても、その程度の衝撃で壊れるほどは脆くないようだ。桐鳳はいろいろと壊す方法を試みてはいるが、素手ではどうしようもなさそうだった。あいにくと天音も武器になるようなものは持っていない――魔具は別として。
「……あの、天音さん……」
 くるりと。桐鳳は唐突に、こちらに振り返った。
「お金の問題なら、ちゃんと払うから。あれを壊せるような道具を持ってるなら、使ってくれないかな?」
 桐鳳がどう思っているのかは知らないが、天音は善意で手伝いを申し出たわけではない。そして、興味本位で首を突っ込んだだけの事件で、金のかかる魔具を無償で提供するつもりなどさらさらなかった。
 だが、適正価格で買ってくれるというのなら、話は別だ。
「わかったわ」
 答えて天音は、ドラムバックの中から魔具を取り出した。

◆◇◆

 数日後。
 草間興信所で絶叫が鳴り響いた。
 その原因は天音が送った魔具の請求書、六桁突入しているその値段。
「ア、アルバイトとかしなきゃだめかなあ……」
 衣食住に金のかからぬ神様は、現金の持ち合わせなど微々たるものしかなかったのだ。