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Reverse
何時の世でも、夜といえば色々なことが起こるものだ。
喜劇かはたまた悲劇か。それは起こってみるまで何も分からない。
ただ一ついえるのは、夜という時間は、闇とともに確実に何かを持ってくるということだけだろう。
とある街。新旧様々な様式の入り混じったそこは、しかし不思議とそれがうまく調和しあっている。
その独特の風景は、恐らくは誰の目にも美しく映るのだろう。地元の住民だけでなく、日々沢山の観光客がそこを訪れる。
そういう土地であればこそ、商売というものは成り立つものである。勿論皆それをよく理解しており、我が我がと熾烈な生存競争を繰り広げている。
しかし、そんなこととは無縁な職業もある。いわばライバル不在といえる職業。
例えば、よくあたると評判の占い師、というようなものだとか。
その地において、ジュネリア・アンティキティという名の占い師はちょっとした有名人である。
勿論それは彼女自慢の占いによるところが大きいが、その麗しい見た目や口数の少なさからくるミステリアスな魅力が人目を引くのも事実である。
その日、彼女はいつものように占いを行い、そして日々の糧を稼いで店を畳んだ。
はっきりとした店舗というものはない。ちょっとしたスペースがあれば占いはできるし、この地ではそれを咎めるものもいない。
いつものようにただ無口に商売道具を片付けようとして…彼女は手を止める。
そういえば、今日は自分の運勢を占っていない。そんなことを思い出して、手になじんだタロットカードを取り出した。
基本的に、占いといえば様々な手順をとることが多い。しかし、そんなことをせずとも占うことはできる。所謂運試しというものだ。
単純な話である。手品師の如く鮮やかな手捌きでカードを切り、そして一枚だけそこから引くのだ。
実に単純な方法でありながら、これが意外に当たってしまうのだから皮肉なものである。
彼女のとった方法もそれだった。単純であるがゆえに、純粋な運がそこに現れる。
しかしてそこに現れたのは…運命の輪。それも逆位置、意味は不運。
それを一瞥して、やはり彼女は無言でカードを仕舞うのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜の街は実に静かで平和だった。
時折聞こえてくる賑やかな声はこの辺りでは聞き慣れない言葉であるし、この街にきている観光客のものなのだろう。
いい夜だ。空には輝く星ばかり。月の光も控えめで、美しい夜空を彩っている。
家路ももうすぐで終わりを告げる。そんな時、不躾な爆音が空気を切り裂いた。
いきなりのことに、今度ばかりは面を食らったジュネリアは顔を上げる。そこにはもうもうと上がる煙と、空を焼く炎の色。
その方角はまさに自宅の方なのだが、まさか自分の家に何か起こるわけもないと歩き始める。
――運命の輪は、既に回り始めていた。
「…………」
ジュネリアはただ無口であるということとは関係なく言葉をなくしていた。いつもならそこにあるはずの家が、ない。見事なまでに綺麗さっぱりと消え去っているのだ。
やはり赤々と炎はあがり、煙はただもうもうと立ち込めている。恐らく…というより、原因はこれしか考えられない。
一体何が起こったのだろうか。自分が何かしたのか?
分からない、分かるはずがない。
いや、そんな訳がない。ならば原因は外部にある。
彼女は意識をその場に集中させた。そこに感じるのは、かすかに残った魔力の残滓。
ふわふわと浮かぶようなそれはすぐさま消えてしまったが、それだけでも十分というものだった。
残滓はご丁寧にも、糸を引くように続いている。ということは、その先にいるのが犯人であると言っても間違いではないだろう。
「……」
静かに占い道具を置く。こんな惨状だ、外から見るものはあっても中に入ってくることはあるまい。
決断は一瞬。静か過ぎるほど潔よく、ジュネリアは大地を蹴った。
* * * * *
男たちにとっては不幸な一日だったに違いない。
不倶戴天の敵と思えるお互いが出会い、否応なく始まってしまったその戦い。
なるべくなら被害は出したくはなかったのだが、途中民家を一件潰してしまったのは致し方ないことだろうか。
幸い民家には人の姿はなかった。死人はいない。
二人は魔術師だ。勿論手品師などとは違う。本物の自分自身の力でこの世の奇蹟とも呼べる力を事も無げに操ってみせる。
そんな二人が、空中でぶつかり合う。時には派手に、時には地味に。しかしそれはれっきとした殺し合い。
戦いは何時果てるともなく続いていた。不躾な邪魔者がやってくるまでは。
「「っ!?」」
最初に気付いたのは一体どちらだったのだろうか。
近寄ってくる気配を感じ、視線をお互いの敵から動かせば。そこには一人の女の姿。
その美しい女は、やはりいつもと同じように口を閉じたまま二人を睨んでいた。
彼女は二人と同じように空を舞っている。その時点で普通の人物であるはずがない。
しかし、彼らがそこからどうすべきか迷う間に、彼女の攻撃が問答無用で始まった。
単純な話だった。ただ一撃、殴る。
信じられない顔で、それを受けたごつい体格の男が吹き飛んでいく。
ありえない話だった。普通ではない彼らは、ゆえに普通の攻撃ではなんともないはずなのだ。
それがただ一撃で吹っ飛ばされる。それが一体どれほど途方もないことか。
女はその勢いのまま、もう一人の長身の優男に突っ込んでいく。
「ちっ…!」
内心この訳の分からない乱入者に毒づきながら、男はその拳を受け止める。とんでもない衝撃がその体を揺らした。
目に見えて分かる。空気が震えている。
そこで漸く気付く。この女は普通じゃない。
「おい!」
変わらない表情のまままた繰り出されたもう一撃をかろうじて避け、そのまま男はごつい男のほうへと向かう。
「何だか分からんが俺たちのことを敵として見てるようだ…洒落で済むようでもないし、ここは一旦こいつをどうにかするぞ!」
その声に、殴られた頭を振りながら男も答える。その目に怒りの炎を燃やしながら。
「言われるまでもない!!」
こうして奇妙な戦いの構図が出来上がった。
先ほどまで殺しあっていた二人は手を組み、そしてその二人にジュネリアが襲い掛かる。
どちらが優勢といえない状態のまま、夜の中での戦いが繰り広げられていく。
この期に及んで、未だにジュネリアは一言も言葉を発していない。その姿はなまじ美しいだけに余計に不気味に思えてしまう。
この女は一体何なのか。男たちには当然分からない。
まさか自分たちが不慮の事故とは言え破壊してしまった家のために、こんな代償を払わなければいけないなどと、一体誰が予想できようか。
しかし、そこは百戦錬磨の手練。ここにきて、二人は一つの事実に気付く。
「……」
何かを合図するかのようにアイコンタクトを送れば、ごつい男がそれに気付いて頷いた。
そして二人は別れる。
攻撃が、恐ろしく単調なのだ。
一撃一撃に、洒落にならない威力が秘められている。しかし、よく見れば攻撃は単調そのもので避けること自体には苦労しない。
女はクールに、寧ろ愚直とも言える静けさのままその攻撃を繰り返している。分かってしまえば、それは男たちに当たるわけもない。
「……すまんな!」
根はフェミニストなのだろうか。一つ絞る様に謝って、ごつい男の腕が振るわれる。
その丸太の如く太い腕は、その容姿のままの威力となってジュネリアを吹き飛ばす。
魔力の篭った一撃である、本来なら一撃で決められる威力を持つのだが、
「ふん!」
優男が、さらに蹴りによる一撃を加えた。
女の軽い身体は木の葉の様に舞い、一際高い時計塔に激突して、そしてそのままその中へと消えていった。
瓦礫の崩れる音が止まり、辺りを震とした静けさが包み込んだ。
結界を予め張ってあったおかげで、人がくる様子はない。時計塔の中に沈んでいった女も、今度ばかりは戻ってくる気配もないようだ。
安堵の息が漏れた。訳の分からない襲撃者を倒す事のできたことに。
「とんだ邪魔が入ったな…」
「全くだ。一体なんだったんだあの女」
彼らがそんなことを言っていた頃、ジュネリアの体が瓦礫の下に埋もれていた。
しかし、そんなことに意味はない。彼女にとって、それはたいしたことではないのだから。
『変身』
そんな呟きが漏れた。
それは、この国の言葉ではない。はるか遠い東方の島国の言葉である。
もはやこの地においては観光客から聞くことしかできないその響きが、瓦礫の下から小さく聞こえる。
しかし、二人の男はそれに気付かない。
次の瞬間、二人は目を疑った。
最初は、いきなり崩れ去った時計塔の瓦礫が吹き飛んだ事から始まる。
そのけたたましい音に、否が応でも二人の意識はあの女のことを思い出す。
その女の沈んだ場所から、一匹の化け物が現れたのだから――。
ぬめぬめと光っているかと思えば、しっかりとした鱗がその表面を覆っている。
その姿は、連綿と語り継がれる竜に近いものがあるだろうか。
しかし決定的に違う事は、その姿が『何故か定まっていない』ことにある。
先ほどまで巨大な蜥蜴を思わせていたかと思えば、次の瞬間に今度は鳥のようにも見える。
それは、異様な化け物だった。
男たちは戦慄を覚える。
何だこれは、何なのだこれは一体。
もはや、彼らの理解の範疇を超えてしまっている。そして直感的に確信する。
これには勝てない――!!
そう思ったのは、一体どちらだったのだろうか。
その次の瞬間、二人は訳も分からないままに、やはり腕とも足とも尾とも分からないものに薙ぎ払われていた。
勝負はその一撃だけで決まった。受身を取ることも許されないまま弾き飛ばされた二人は、そのままなす術もなく地面へと激突していた。
たった一撃である。その一撃で、その全身何処が骨折したか分からないほどのダメージを受けてしまった。
要するに瀕死である。もはや、顔を上げることすらままならない。
そんな男たちを見下ろして、化け物はその姿を消した。そして、その足元には元と変わらない、美しいジュネリアの姿。
二人を一瞥すると、妙にすっきりとした顔でジュネリアは歩き出した。自分の家のあったほうに向かって。
「……」
と、そこで何かを思い出したかのように立ち止まる。そしてはじめたのは…自分の服を叩く事だった。
何のことはない、埃だらけの自分を思い出したのだ。
そしてそれを済ませると、今度こそよどみのない足取りで帰路へとつく。
もう動く事も喋る事もかなわない男たちは、その姿をただ見送ることしかできなかった。
恐らくは、程なくして自分たちは死ぬのだろうと思い知らされながら。
たった一つの家を壊したことが、自分たちの命を奪う。最後までその理由に気付く事もないまま。
最後に見たジュネリアの姿は化け物などではなく、やはり静かで美しいままだった。
一時的な不運をさしたカードの意味は、男たちにとっては永遠の不運を意味していたらしい。
しかし、彼女にとってそんなことは関係ない。自分はただ、あの不躾な訪問者にお仕置きをしただけなのだから。
「……」
欠伸を一つ。家はどうしようか、などとのんびり考えながらつく帰路は、美しい星と控えめな月の光が照らし出す道。
運命の輪は、回り続ける――。
<END>
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