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<東京怪談ノベル(シングル)>


自動車少女と草間探偵

 一月の空気には独特のものがある。いまだ年が明けて間もないからだろうか、街全体がどこか浮き立っている。両脇にSALEと書かれた赤い旗が何本もはためく表通りを、海原みなもは足速に歩いていた。
 今日は学校も早く終わり、日もまだ高い。それでも、少し前に経験した恐ろしい出来事が、みなもを人通りの多い表通りに向かわせていた。
 人ごみにまぎれているとなんとなく安心感があるし、あちこちのお店から見えるSALEの文字は、みなもの心を幾分軽いものにした。みなもとて、普通の女の子並みには可愛い洋服や雑貨が好きなのだ。ついショーウインドウへと目が行ってしまうのも、自然なことだろう。
 みなもは、角の店のショーウインドウに置かれている可愛い靴に目を留めた。知らず、足も止まっていたらしい。後ろからきていた人が避けきれなかったのか、軽く背中に人がぶつかる衝撃を感じた。
「あ、ごめんな……」
 振り返り様に詫びを入れようとしたみなもの言葉は、けれど途中で遮られた。突然、みなもの口に布が押し当てられたのだ。
 その瞬間、あの忌まわしい記憶がフラッシュバックとなってよみがえる。
「……!」
 みなもは必死に叫び、もがこうとした。これだけ人がいるのだ、頑張れば誰か気づいて助けてくれるかもしれない。
 しかし、現実はあまりに残酷だった。まるであの時の悪夢をそのままなぞるかのように、声ひとつ出せないまま、喉に突き刺さるような刺激臭が頭に抜ける。それと同時にみなもの手足からは力が抜け、あっという間に意識は遠のいてしまった。

 草間武彦は軽く溜息をついた。吐いた紫煙がゆらりと宙に上って行く。草間は煙草を灰皿に押しつけ、火を消すと、書類の束に目を通し始めた。
 紙の間から、数枚の写真が覗く。それらはすべて、1人の少女を映したものだった。年の頃は14、5くらいだろうか。茶目っ気のある笑顔を浮かべていたり、制服に身を固めて澄まし顔をしていたり、犬を抱いて目を細めていたり。
 しばしそれを見つめ、草間はそれを丁寧な手つきで片付けた。次に手帳に何やら書き付け、その合間に何度ももの言わぬ黒電話を睨みつける。
 依頼されたのは、失踪した少女の捜索。何でも、友人たちと街に遊びに出かけた際、いつの間にか姿を消してしまったのだという。白昼の出来事だというのに、数人いた友人のうち、誰1人として彼女が消えた時、そうと気づかなかった。自ら姿を消したのではないかとも思われる状況だが、家族にも友人にも何一つ思い当たるふしがない。むしろ、数日後に迎える友人の誕生日の贈り物を用意していたくらいなのだ。
 なのに、警察には家出ではないかと軽くあしらわれた、こうなってはもう探偵さんにおすがりするしかない、以前、同じように失踪した少女を見事助け出されたとお聞きしたし、と少女の両親は涙ながらに訴えたのだった。
 こうなってはもう、草間に断る術はない。わかりましたと頭を下げ、写真を受け取って両親を返した後、あちこちから情報を集めているのだ。
 情報が集まれば集まる程、草間の頭の中では前回の事件がよみがえる。あまりに鮮やかな失踪劇、背後に大規模な国際的組織があると考えざるをえない。
 前回の事件の後、しばらくは騒いだマスコミも、あっという間に別の話題へと移り、あの事件を取り上げなくなった。すっかり世間から忘れられた感もある失踪事件だったが、あれで全て解決したわけではないのは、草間自身が一番知っている。政府の上層部にまでコネがある組織だ、おそらくは報道にも圧力をかけていることだろう。そして、表にならないところで、被害はまだまだ続いている。
 一度尻尾を掴まれたことで、向こうもより手口を巧妙化させていることだろう、前以上に一筋縄ではいくまい。
 それが、草間の溜息の理由だった。
 書類をそろえ、新たな煙草に手を伸ばそうとした時、年代物の黒電話がその身を震わせた。草間はワンコールで受話器をとる。果たして、それは待ちわびた相手からの電話だった。草間の知り合いのそのフリージャーナリストは、大手マスコミが手を引いた後も、例の組織を追っている1人だった。
 その彼からの情報によると、最近新規参入したとある貿易会社が、自動車や大型家電製品の輸出でかなりの実績を上げているのだが、その実態を調べてみると、経営者やら仕入れ先やらがどうもはっきりしない。名義だけの架空会社の可能性が高いというのだ。どうも「会社」を隠れみのとして、実際には少女を「輸出」しているのではないかと、彼は睨んでいるらしい。
 その拠点となる埠頭を教えてもらい、ネタは真っ先に彼に報告することを約束して草間は電話を切った。
 さきほど火をつけそびれた煙草に、改めて点火する。紫煙と共に、大きな大きな溜息が漏れた。

「こいつぁ上玉だな」
「ああ、青い髪に青い目は珍しいな」
 いつかもこんな会話を聞いた気がする。ああ、またあの夢を見ているのか。みなもは、眉を寄せて身をよじろうとした。
 が、何やら機械が動くような音がみなもの意識を急速に呼び戻す。寒々とした感覚が、すでに自分は夢の中にいるわけではないということを如実に知らせてくれた。
「おや、お目覚めかい、お嬢ちゃん」
 うっすらと目を開けると、にやにやと笑った男の顔が目に入った。みなもは再び気を失いそうになった。まるであの悪夢そのままだ。いっそ、本当に夢だったならどんなによかっただろうか。
「さて、お嬢ちゃんは車がいい? 冷蔵庫?」
 そんなみなもの耳に、能天気とも言える声が聞こえた。
 今更、その言葉の意味を確認する気力もなかったが、怖いものみたさというやつだろうか、みなもはのろのろと視線を動かした。
 前と同じように、そこは倉庫の一室のようだった。簡素なベッドのようなものに寝かされ、身体が動かないのも同じ。ただ、前と違うのは、無造作に置かれているものがマネキンではなく、途中まで組み立てられた車や電化製品ということだった。
 ゆっくりとみなもの背筋を嫌な予感が這い上がってくる。
「一応、お嬢ちゃんのこれからについて説明しとこうかな」
 いっそ軽い口調で、やせぎすの男がみなもの顔を覗き込んだ。
「これから、お嬢ちゃんには海外に行ってもらうよ」
 まるでお使いでも頼むような口調で男は言う。
「日本の製品は高ーく売れるんでねぇ、車も、冷蔵庫も、そして、女の子も」
 脇からたれ目の男が下卑た笑いを漏らした。
 ああ、やっぱり、と、みなもは溜息をついた。目を覚ました時から感づいてはいたが、やはりこうはっきりと言われたら、頭がくらくらする。
「もちろん、隠れて行ってもらわないと困るからね。お嬢ちゃんには車の中に隠れてもらうよ。もちろん、外から見えないように」
 心底楽しそうに、男たちは言葉を続けた。
 頭では理解したくないと思っても、みなもの視線は、半分ほど組み上がった車へと向いていた。まさか、これからあの中に組み込まれてしまうのだろうか。そう思えばさあっと顔から血の気が下がって行った。
「大丈夫、大丈夫。死んだりはしないから。……多分」
 何とも無責任な調子で長髪の男が笑い飛ばした。
「しかしこないだは、女の子入れた車が他に紛れ込んでわからなくなっちまったからなぁ。ああなっちゃ、もう取り出しようがないし、せっかくの上玉がとんだ大損だったぜ。……お嬢ちゃんはちゃんとお客さんとこ着くといいねぇ」
 スキンヘッドの男が、まるで笑い話のように言う。
 人を何だと思っているのだろう。みなもは愕然とした。
「さて、そろそろお嬢ちゃんも車になってもらおうかな」
 やせぎすの男の言葉で、スキンヘッドの男と、たれ目の男がみなもの身体を抱え上げた。
「や……!」
 やめて、と叫んで暴れたつもりだったが、みなもの身体は全く言うことを聞かないし、声すら掠れ声しか出なかった。
 男たちは軽々と半分ほど組み上がった車の上にみなもを乗せた。そして、みなもの手足を形に合うように勝手に折り曲げる。肌に触れる自動車の部品が恐ろしく冷たくて、みなもは肩を震わせた。その冷たさが、容赦なくみなもの身体の中にまで浸透して、命なき機械の部品に変えて行く。そんな考えがじわじわとみなもの頭を侵した。
「なあ、日本の女の子がどうして高く売れるか知ってるか?」
 たれ目の男が世間話でもするように口を開く。
「幼く見えるし、スレてないところがいいんだってよ。調教が楽らしい」
 言いながらも手はしっかり動かして、部品を1つずつ組み込んでいく。だが、その手つきはわざとらしいほどにゆっくりで、みなもの反応を楽しんでいるように思えた。
「調教ってどうするか知ってるかい? うーんと恐怖を味わわせるんだ。そうすると、判断能力が鈍って、とにかく目の前の人間にすがりつくしかなくなる。骨の髄まで恐怖をしみ込ませれば、何でも言いなりになる人間の出来上がりさ。お嬢ちゃんもたーんと怖がっておくれよ」
 あたかも面白い話をしているかのような男に、みなもの頭の中は絶望で真っ白になった。
 根本から違うのだ、この男たちは。見た目はみなもと同じ――もっとも、みなもは人魚の血を継いでいるので、厳密には「同じ」ではないのだが――人間の姿をしているというのに、その思考回路はまるで悪魔だ。とても人間のものとは思えない。
 そんなみなもを愉しそうに見下ろしながら、男たちは作業を進めていった。みなもの身体にはたくさんの部品が取り付けられ、どんどん自動車と一体化していく。
 いつしかぼんやりと曇り始めたみなもの視界に、完全に組み上がった自動車が映る。ああ、あの中にもみなもと同じような少女が組み込まれているのだろうか。そう思うとまた涙が溢れて来た。
「さて、と」
 男たちは満足そうな笑みを浮かべると、何やらものものしいマスクのようなものを取り出した。
「これつけてりゃ死ぬことはないから安心しな。まあ、それでも車ごと他に紛れ込んじゃあしょうがないが」
 脅しの言葉を加えるのを忘れずに、たれ目の男はそれをみなもの口元に取り付けた。
「じゃあな、お嬢ちゃん、元気でな」
 そう言って、スキンヘッドの男が何か大きい部品をみなもの上にかぶせようとした。
 と、その時、突然倉庫内に衝撃が走ると同時に表から爆発音が轟いた。
「何だ?」
 やせぎすの男が眉を潜める。
「お前たち、ちょっと見てこい」
 その言葉に、たれ目の男とスキンヘッドの男が外へと出て行った。
「どこかの馬鹿が車でもぶつけやがったか……」
「はた迷惑なこって」
 長髪の男が頷く。
 みなもは、うつろな瞳をもの憂げに持ち上げた。何か外で騒ぎが起こっているらしいことはわかったが、それで自分の運命が変わるとはとうてい思えなかったのだ。
「戻ってきやせんね、あの2人」
 手を止めたまま、長髪の男が呟いた。それに答えるように、扉が開く。
「……おい、誰だ」
 長髪の男の言葉で、異変が起こったのがわかった。どうやら、入って来たのは先ほどの2人ではないらしい。にわかに男たちが色めき立つ。どこに隠れていたのやら、さらに数人の男たちが物陰から姿を現し、入り口へと殺到する。
 すぐに戦闘は始まったようで、罵声や、殴り合うかのような鈍い音がひっきりなしに響く。
「……くそっ」
 長髪の男が舌打ちしたあたり、状況は闖入者が男の仲間を叩きのめしたらしい。
「殺してやる」
 吠えると同時に、長髪の男は拳銃を抜いた。みなもは、思わず息を飲む。甲高い銃声が響き、金属が悲鳴を上げるような高い音がして、次に壁がえぐり取られる嫌な音がした。
「ちっ」
 男が再び舌打ちをする。どうやら、間一髪闖入者は危機を逃れ、物陰へと身を潜めたらしい。
「やめろ、撃つな! 売り物に傷がつく」
 やせぎすの男の言葉に、長髪の男はまた舌打ちをすると、拳銃を捨て、ナイフを抜いた。そして、そのまま闖入者が潜んでいる物陰へと足音を消して走る。と、間もなく男のみっともない悲鳴が聞こえ、そして倉庫内は静まり返った。
「……」
 やせぎすの男の顔色が変わった。長髪の男には禁止していた拳銃を自ら抜くと、足音を潜めて長髪の男が消えた物陰へと歩き出す。が、その身体はその手前でいきなり突き出して来た両腕に捕われた。声も出す間もなく、みぞおちに膝蹴りをもらって昏倒する。
「……片付いたか」
 しばしの静寂の後に聞こえたのは、聞き覚えのある声だった。自然、みなもの目から涙が溢れてくる。
「ん? またあんたか、奇妙な縁だな」
 そういって、みなもの顔を覗き込んだのは、草間興信所所長、草間武彦だった。

 その後、また消防車やら救急車やらが駆けつけて、静かな埠頭は大騒ぎとなった。草間が探していた少女も含め、完全に自動車に組み込まれてしまった被害者も何人かいたため、レスキュー隊までもが駆けつけて、少女たちが皆救出されたのは、既に夜も更けて来た頃だった。
 もちろん、少女たちが自動車やら大型家電に組み込まれて出荷されていた事件は、翌日から大ニュースとなった。
 今度こそ、組織が根絶やしになるまで追及してほしい。もう二度とあんな恐ろしい目に遭う少女が出ないように。お祭り騒ぎになっているテレビ画面を見ながら、みなもはそう思うのだった。

<了>