|
トマトづくし
昔々あるところにトマト農園がありました。そこでは毎日トマトを作っていて、ついでにトマトという名前の小さな女の子が住んでおりました。トマトは小さかったのですが自分の名前だけは読むことができました。だから、トマト農園が毎日出荷する段ボールに書いてある文字が自分の名前であることも知っていました。
トマトは考えました。あの箱は一体どこへ行くのだろうか。自分の名前が書いてあるからには、自分もいつか一緒に行くのではないかと。ある日トマトはとうとう、出荷されるトマトの段ボールと一緒に運送トラックへ乗り込んでしまったのです。
さて、驚いたのはトラックの運転手です。運転手はトマトの存在にまったく気づかず、東京までトラックを走らせてきてしまいました。その間に農園のほうでは娘が行方不明になったということで警察に連絡しいつの間にか誘拐事件にまで発展しておりました。
慌てたトラック運転手はなにを思ったかこの草間興信所へ助けを求めてきました。勿論トラックでです。トラックは今、興信所の真下に止まっています。
どうすれば警察の手をくぐりぬけて無事にこの子をトマト農園まで送り届けられるでしょうか?
「警察に事情を説明しなさい」
最も明快な解決法を、全員を代表してシュライン・エマが言った。そもそもが誤解ならば、誤ちを解いてしまえばいいのだ。ところが、武彦は苦い顔をして
「確かにそれが一番早いんだがな、この問題が運送会社に知られりゃ運転手のクビは間違いないし、へたすりゃ会社自体の責任問題にまで発展する」
「今のご時世クビはきついもんなあ」
「でも、間違いを隠すのはよくないことです」
部屋の隅で頭を抱えている運転手に同情したのは五代真、一方正論を振りかざすのは海原みなも。どちらの意見も、わからなくはなかった。が、今はどちらが正しいと軍配を上げている暇はない。
「警察はいきなり踏み込んでこないな」
ソファから半身を乗り出し、窓の外を見下ろしていた羽角悠宇はドラマのような展開を想像していたのだろう。トマトをシュラインに任せた武彦は悠宇の隣にやってきて煙草に火をつける。今まで、子供がいた分吸えなかった煙が美味そうだった。
「ま、上げてる看板からしてうちが怪しいってことは一目瞭然だ。けど、証拠はなにもないんだからできることといえばチャイム鳴らして一軒一軒訪ねていくことくらい」
そう言っている側からチャイムが鳴った。武彦は人差し指を立てて全員に居留守の合図を投げる、これで少しは時間が稼げるか。
「わうっ!」
ところが初瀬日和の愛犬バドが、チャイムに興奮して吠えてしまった。慌てて口を抑えたのだが、遅かった。一瞬全員の顔に、特に日和の顔に、緊張が走った。
「・・・・・・」
幸い外の警官はバドを留守番だと勘違いしてくれたらしく、階段を上っていく靴音がかすかに聞こえた。その音より何倍も、皆のため息は深い。
「ぎりぎりセーフだな」
「けどあいつらはまた来るぞ。戻ってくる前にさっさと出発だ」
警官たちの足止め役には武彦と悠宇が買って出た。悠宇は、日和の手からバドのリードを取って
「たまにはこいつも役に立つだろ」
「たまにはって?」
俺に任せておけ、と悠宇はバドの頭を撫でる。体の大きさに似合わない奔放な可愛らしさだけが武器のバドが不安ではあったが日和は、悠宇の言葉を信じることにした。なにをするのかは想像できないが、悠宇がバドを危険な目に遭わせることはないはずだった。ただ、バドのほうから危険に飛び込んでいく可能性は捨てられないのだけれど。
「それじゃあ私は、トマトちゃんと一緒に行くわ。なにかあったら連絡するから」
「ああ」
けれど日和のことだから、なにかあっても電話はかけてこないだろう。日和はアクシデントが起こったときはそのことだけで頭が一杯になってしまい、終わってからようやく電話を思い出すようなところがある。
多分こいつが電話をしてくるときは、トマトが無事に家へ着いたという報告だろうと悠宇は予測する。
「準備できたわよ」
玄関のすぐ横にある部屋からシュラインが出てきた。寒くないようにと自分もトマトも充分に重ね着している。さっきまで名は体を現すの通りに赤い服を着ていたトマトだったが上着は紺、動物の耳がついた毛糸の帽子は灰色で印象がまるで違う。
「これなら男の子ですって警官をごまかせますね」
「というより動物みたいだな」
確かにシュラインの腕の中で大人しくしているとぬいぐるみか仔犬、といった雰囲気だった。匂いを嗅ぎたそうにうずうずと尻尾を振り回しているバドを、悠宇が抑え込んでいる。
興信所の入っているビルに、部屋の数はさほど多くない。そろそろ警官が二度目の巡回を始めるであろう、その前に四人は出発した。
興信所に残った二人、武彦と悠宇はまず言い訳を考え始めた。できるだけ真実味のある、だらだらとしたわざとらしい説明である。
「まず、俺たちはトラックとは無関係だぞ。だからって無関心でもなく、野次馬根性を発揮しろ」
「武彦さんの得意技じゃねえの。向こうから面倒がやってくる」
真面目に聞け、と悠宇を一喝してから武彦は続けて、
「俺は仕事に集中していて、お前はヘッドフォンで音楽を聴いていてチャイムには気づかなかった。犬が騒いでからようやく気づいた」
チャイムに気づかないほど仕事なんてやったことないくせに、とこれは心の中で呟く。とにかく、警察と適当な世間話をして時間を潰すことにした。重要なのは、警察を怒らせないようにということだけだった。
「とにかく俺は、警察とは関わりたくないんだ」
ただでさえはやっていない興信所にこれ以上奇妙な噂は立てられたくないのだろう。チャイムが鳴っても、
「ほら、出ろ」
と不精である。仕方なく悠宇が鍵を開けた。
入り口の前に立っていたのは恐らく、その辺りの派出所からやってきた制服姿の警官である。念のためなのか二人いる。悠宇が扉から顔を出すと片方があ、いた、などと間の抜けた声を出した。
「なんですか?」
反感を受けない程度には不遜に、悠宇は首を傾げた。しかし警官は黙って玄関の靴をちらりと見て、それから奥のほうを覗くような仕草をした。さっきまでトマトの靴が脱ぎ捨ててあった場所がぽっかり開いているのが、一瞬だけ悠宇をひやりとさせた。
「ここに小さい子供はいます?」
「いや、俺ここの住人じゃないからよくわかりませんね」
「じゃあ君はどうしてここにいるの?」
「留守番ですよ。看板見ればわかるでしょ、ここ事務所なんです」
「誰か詳しいことがわかる人は?」」
警察は代わるがわるに聞いてくる。さっさと本題に入ってくれればいいものの、悠宇はじれったくなって開けた扉にもたれかかった。と、その寄りかかったときの隙間をなにかふさふさしたものがすり抜けていく。
「あ」
あの尻尾はバドだった。再びのチャイムにもう我慢できなくなったらしく、興信所を飛び出して外に立っている警官の片方に飛びついていったのだ。
じゃれかかられるのも、まだ仔犬ならいい。しかしバドは二本足で立つと日和とさほど変わらない図体の持ち主である。体重だって、それなりにあるし本気で走れば人間が追いつけないスピードを出す。そんな生物からいきなり腹部にタックルを食らった警官は、受身を取る余裕もなくビルの通路に尻餅をついた。さらにバドは脱走を企てる。
「おい、待て!」
運悪くリードを外していた。悠宇は一旦部屋に戻り、テーブルの上にあったリードを掴むと興信所を飛び出す。あの浮かれた犬が大通りにでも飛び出そうものなら大惨事である、いやその前に迷子にでもしようものならどう日和に言い訳すればいいのか。警官の足止めをするはずが、バドの思わぬ乱入に悠宇のほうが振り回される。
結局、階段を上るのが好きなバドはビルの最上階をうろうろしており、どうにかこうにか捕まえることに成功した悠宇が戻ってきたときには警官の姿はなかった。
「怪しい車が駐車場を出ていったって、無線が入ってたよ」
二人ともそっちへ向かったぞと教えてくれた武彦は、優雅にコーヒーの時間だった。
「・・・あんたも足止め役じゃなかったのかよ」
「俺は参謀だ。実行はお前の役目」
万が一のときの責任はすべて武彦へ押しつけることを決意して、悠宇はそれからじれるように日和からの電話を待つ羽目になってしまった。その間、バドはのんびり昼寝を楽しんでいた。
「・・・こんなことなら、バイトに行っときゃよかった」
悠宇は普段、バイク便の会社で働いている。休みの日でも、顔を出せばなにかしら仕事があった。向こうに行っておけば、と後悔するがしかし同じ胸の内で
「どこかの出版社でえほん、なんて名前の子供がついてきかねない」
という不安もなくはなかった。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1252/ 海原みなも/女性/13歳/中学生
1335/ 五代真/男性/20歳/バックパッカー
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
6788/ 柴樹紗枝/女性/17歳/猛獣使い
6814/ ミリーシャ・ゾルレグスキー/女性/17歳/サーカスの団員
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
明神公平と申します。
今回は登場人物と舞台転換が多かったのとで実際には
顔を合わせていないPCさまもいらっしゃるかと思います。
ただ、いろんな立場・角度から話を書けたのは面白かったです。
悠宇さまはなんだか、いつもかっこよくいたいのに
周りのせいでうまくいかないという性格になってしまいます。
日和さまがいらっしゃらないと、ますます・・・。
そして正直、最後の段落は本当に心配しました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
|
|
|