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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


優しいキボウ。



 出会うべくして出会った二人。それは必然であり、運命でもあった。
 例え遠い彼方に置き去られてしまった記憶があったとしても、絆さえ崩されなければきっと、共に生きてゆける。

 開け放たれた窓の外から、潮の香りを含んだ風がゆらゆらと舞い込んで来る。
 港前の倉庫街の一画に、ありとあらゆる輸入雑貨を取り揃えた店、『Dragonfly』がある。店主である褐色の肌の男は、今日も忙しなく店内を行き来していた。
「ディオ、ディオシス」
 そんな中、何度も店主の名――『ディオシス』を繰り返しながら、彼にべったりな存在がいる。
 ディオシスを主とする、魔剣が本来の姿である灰司だった。
 彼が何処に行こうとも常に付いて回り、しがみ付いた頭から離れようとはしない。手のひらサイズになれば、ディオシスが鬱陶しがろうともチョロチョロと逃げ回ることも出来て便利だ。
「……灰司、向こうで大人しくしていろ」
「ディオのお仕事の邪魔はしてないよ。だからいいでしょ?」
 癖のある銀髪を掻き分けて、そんな灰司がひょこ、と顔を出す。『便利なサイズ』になって、ディオシスの髪の中に潜り込んでいたらしい。
 ディオシスが在庫の確認の為に店の奥で作業をしていると、身体の小さい灰司が髪の中でコロコロと転がる。それがディオシスにとっては不快なようだった。
「…………」
 深い溜息一つ。
 だが、本気で怒っているわけでもなさそうで、彼は一度注意したっきり何も言ってはこない。
 自分の行動が、ディオシスを困らせている。
 灰司はそれを気にしつつも、彼の傍から離れることが出来ずにいた。
 ディオシスの、失われた記憶。灰司の片時も忘れることが出来なかった、大切な思い出。
 300年という永き時空を、灰司はディオシスとの思い出だけで駆け抜けてきた。
 一度離れてしまった時に、強く願いすぎてしまったのだろうか。ディオシスにもう一度逢いたいと言う、それだけの思いだったのに。
 ようやく見つけ出したディオシスからは、過去の記憶が消されていた。これを再会の代償と言うのであれば、何と酷な話であろうか。
 目の前に居る存在が、自分を覚えてはいない。つまりは、彼の世界に自分は存在してはいない――。
 そう思うと、とてつもない焦燥感に襲われる。
 灰司の心の中は、不安と寂しさでいっぱいだった。
 だから彼は、今日もディオシスの傍から片時も離れようとはしないのだ。どんなことがあっても。


 * * *


 数日後。
 ディオシスは仕入れの為に輸入業者の元へと足を運んだ。
 留守番だと言われた灰司も、こっそりとディオシスの荷物の中へと忍び込み、同行した。幸い、本人にはまだ気づかれてはいないようだ。
(えへへ、成功♪)
 揺れる荷物の中、灰司は嬉しそうに小さく笑う。
 光が漏れる隙間から顔を覗かせれば、ディオシスの姿が垣間見ることが出来る。
 自分の一番安心できる、顔。
 昔のように心を通わせることが出来なくても、僅かな希望だけは捨てたくは無い。自分が信じることを止めてしまえば、それまでだ。
 いつかきっと、ディオシスは自分を思い出してくれる。灰司はずっと、それを信じ続けている。
「……っ?」
 荷物の中で祈るように手を組んでいた灰司が、急な揺れに身体のバランスを崩した。
 どうやらディオシスが、荷物を何処かに置いたらしい。
(ディオ……)
 心の中で主の名を呼びつつ、灰司はひょこっと顔を出した。
 すると彼はその場にはおらず、声だけが遠くから聞こえた。業者と会話をしているのだろう。
「んしょ……わわっ」
 きょろきょろ、と辺りを見回しながら灰司はディオシスの荷物から這い出てみる。
 途中、手が滑りころりん、と身体が転がった。尻餅をついた場所は、大きな箱。恐らくはまだ開けられていない輸入雑貨の類が入っている物なのだろう。
「いてて」
 ぶつけた部分を摩りながら、灰司はゆっくりと立ち上がる。
 主の声はまだ聞こえる。そう遠い場所にはいないはずだ。そう思った彼はディオシスの傍へ行く為に、積み上げられた沢山の箱の隙間を縫いながら声音のする方向へと足を進めた。
「――ん、なんだこりゃ?」
(……えっ!?)
 開けた空間へと出た瞬間、大きな影が灰司を取り囲むように包み、背中を摘まれた。
 業者の一人が、灰司の存在に気が付き手を伸ばしてきたのだ。
 焦った灰司は、人形のように力を抜きその場をやり過ごそうとした。
 だが――。
「なんで商品の人形がこんなところに。蓋でも開いてたのかねぇ」
(え、ちょっと……!)
 業者は灰司を見事に人形と勘違いした。それまでは良かったのだが、そのまま灰司を人形類が入っている箱へと運び出したのだ。
 まずいと思いながらも暴れるわけにも行かずに、灰司はされるがままの状態になってしまった。
「――数に間違いなし。在庫確保の分は来週にでも」
(……っ ディオシス……!!)
 ふいに、主の声が身近に聞こえた。その声に視線を動かすと、すぐ傍でディオシスが業者の男と会話をしている姿を目にした。
 心の中で彼の名を叫ぶと、ディオシスはこちらへと視線を動かした。
「…………!」
 眉根を寄せ、何とも言いがたい表情をしている。灰司は助けを求めるより先に、その表情がズキリと心に刺さった気がして、物悲しい気分になってしまう。
(見つかっちゃった……どうしよう)
 まずは、この状況から脱しなくてはならない。
 手にされたままだった身体が箱の上に置かれた。業者の男の視線が逸れた隙に、灰司はその場から這うように逃げ出す。
「…………っ」
 わき目をふらずにディオシスの元へと急いだ灰司は、急に視界に飛び込んできた影に体当たりをしてしまう。
 そしてその直後、その影はぐらりと傾き、床へと落ちていった。
「あっ……」
 お約束のように、それは派手な音を立てて形を崩す。
 灰司がぶつかった物は、ガラスで出来た置物――つまりは商品だったのだ。
 一度ならず二度までも。やってはいけない失敗を繰り返してしまった灰司は、その場で愕然としてしまう。
 この小さな身体では何も出来ない。だが本来の大きさに今戻ることも出来ない。
 灰司は自己嫌悪に陥り、視界を歪ませた。
「――何をしてる。早くここへ入れ」
「!! ……ディオ、……」
 背後からディオシスの声が聞こえ、灰司は慌てて振り返る。そして名を呼ぼうと口を開くと彼の人差し指によりそれが止められた。
 むぐむぐ、としながら灰司がディオシスを見上げると、彼はいつもどおりの表情をしている。
 怒っている様子も見られない。
 それが逆に灰司にとっては辛いものに感じられて、胸の奥がしくりと痛む。
「………………」
 しゅん、と頭を下げながらディオシスの手にする荷物の中へ灰司は言葉無く、するりと入り込んだ。
 ディオシスは灰司が姿をきちんと隠したことを確認した後、灰司が落として壊れてしまった商品だったモノを拾い上げ、業者へと詫びを入れそのままそれを買い取り、その場を後にした。


 * * *


 空の色が、橙色に染め上がる時刻。
 灰司は一人、波止場で深い溜息を漏らし、項垂れていた。
 ゆるりとした潮風が、虚しく灰司の頬を撫で去っていく。
 あの後、帰宅してからもディオシスは灰司に対して咎めたりといったことはしてこなかった。
 いっそのこと、キツく怒られたほうがマシだ、と灰司は思う。
 それほどのことをしてしまったと言うのに。
 ――ディオシスにとっての自分は、それすらの価値も無いのだろうか。とさえ、思えてしまう。
「……はぁ」
 深いふかい、溜息を空気に溶かす。
 現実の想いと行動があまりにも違いすぎて、歯痒かった。
 灰司の足元――否、その数メートル下では穏やかな波が寄せては返すを短く繰り返している。ゆらゆらと。
 その揺らめきに灰司は自分の姿を映し出す。それより先、少しでも身を乗り出せば、落ちてしまいそうな角度で。
 港に寄せる波は、何処と無く悲しい色をしているように思えて、彼はまた溜息を漏らした。
「海に落ちたいのか?」
 そんな灰司の背中に、いつもの声音が降り注ぐ。呆れたような口調だった。
「……ディオシス……」
 ゆっくりと振り返ればそこには、自分の主の姿がある。
「もうすぐ夕飯だ。……風も冷たくなってきた、家に戻るぞ」
「うん……」
 ディオシスの大きな手のひらが、自分へと差し出される。
 灰司はそれに僅かな躊躇いを見せつつも、頷き返した後に身体を任せた。
「あの……ディオ?」
「なんだ」
 自力でディオシスの肩の上までよじ登った所で、灰司は彼の名を呼ぶ。
 すると、ディオシスはすぐに返事をくれた。
「……今日は、ごめんなさい」
 ぎゅ、と銀色の髪を一房握り締めて。
 灰司は小さな呟きを、彼に送る。
 ディオシスは軽い溜息を一度吐いた後に、肩の上の小さな存在へと手を伸ばした。そして無言で優しくその頭を撫でてやる。
「…………!」
 手を伸ばされた時点で条件反射で目を瞑ってしまった灰司は、主の行動に少しだけ驚きを見せる。
 軽く乗せられたディオシスの手のひらは、とてもとても、温かなものだった。
 灰司はその温かさを、知っている。遠い昔から少しも変わらない。
 ディオシスを見上げれば、彼は灰司にわかる程度の表情であったが微笑みを作ってくれていた。
 灰司はそれが嬉しくて、自分も釣られるようにして笑顔を作る。
 心の奥の不安や、悲しみ。それが彼のこうした優しさ一つで少しずつ解消されていく。
(大好きだよ、ディオシス……)
 胸のうちで繰り返す、自分の想い。幾度も幾度も、彼に届くようにと。
 灰司は自分の特等席と勝手に決め付けているディオシスの頭の上へと登りながら、自己満足のようにまた笑った。

「あっ 『たこさんうぃんなー』だ!」
 夕食のテーブルに付くと、皿の上に並んでいたものは灰司の好物なタコを模ったウィンナーだった。
 酷く落ち込んでいるであろう灰司を見越して、ディオシスが作ってくれていたのだ。
 こんな僅かな優しささえも、灰司にとっては物凄く意味のあるもので、大切にしたいと思う。
「好きだっただろ?」
「うんっ 大好き! ありがとう、ディオシス」
 満面の笑みで、主の言葉に答える灰司。
 その『大好き』には、大きなものを含ませながら。

 大丈夫。
 大丈夫。
 例え遠い彼方に置き去られてしまった記憶があったとしても、絆さえ崩されなければきっと、共に生きてゆける。

 灰司は心の中でそう呟きながら、『たこさんうぃんなー』へと手を伸ばす。そしてうっすらと微笑みを浮かべてくれるディオシスと共に、いつもの夕食の時間を過ごすのであった。
 


 -了-