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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


トマトづくし

 昔々あるところにトマト農園がありました。そこでは毎日トマトを作っていて、ついでにトマトという名前の小さな女の子が住んでおりました。トマトは小さかったのですが自分の名前だけは読むことができました。だから、トマト農園が毎日出荷する段ボールに書いてある文字が自分の名前であることも知っていました。
 トマトは考えました。あの箱は一体どこへ行くのだろうか。自分の名前が書いてあるからには、自分もいつか一緒に行くのではないかと。ある日トマトはとうとう、出荷されるトマトの段ボールと一緒に運送トラックへ乗り込んでしまったのです。
 さて、驚いたのはトラックの運転手です。運転手はトマトの存在にまったく気づかず、東京までトラックを走らせてきてしまいました。その間に農園のほうでは娘が行方不明になったということで警察に連絡しいつの間にか誘拐事件にまで発展しておりました。
 慌てたトラック運転手はなにを思ったかこの草間興信所へ助けを求めてきました。勿論トラックでです。トラックは今、興信所の真下に止まっています。
 どうすれば警察の手をくぐりぬけて無事にこの子をトマト農園まで送り届けられるでしょうか?

 数台の大型トラックが列を連ねて走っていた。高速道路ではなく、下道である。各地を点々と渡り歩いていくサーカス一座の名前が、車体に大きく描かれていた。
「これはどう?わかる、ミリー」
「・・・・・・」
移動時間の大抵、柴樹紗枝は住居用のコンテナの中でミリーシャ・ゾルレグスキーを相手に手品の練習をしている。新しく覚えた小技をテーブルを挟んだ位置から見せて、種を見破ってもらう。ミリーシャでもわからないくらいの手さばきになれば、どこに出しても恥ずかしくない芸になる。
 しかしそのときの手品はまだ未熟で、といっても一般人には充分通用する鮮やかさだったが、ミリーシャは紗枝がすり替えたコインの隠し場所をひとさし指で当ててしまう。抜群の動体視力を持つ彼女にとっては、たとえば走る車の中から看板の文字を読むことだってさほど難しくはないのだった。
「もう一回ね」
今度こそうまくやるから、という紗枝にミリーシャは応援のつもりかコクリと頷いてみせる。その隣では無線マニアの軽業師が手製の無線受信機をいじっていた。時々、けたたましい信号音と低い声が飛び込んでくる。
「なにが聞こえるのですか?」
今度はカードマジックをするつもりか、赤いカードを切りながら紗枝は軽業師に尋ねる。紗枝やミリーシャより少し年下の少年は頷いて、
「今、タクシーの無線拾ってるんだ。覆面パトカーがこっちに向かってるらしい」
「どうして?」
「わかんないけど、タクシーはみんなこの道を避けてる」
道理でさっきから、対向車を見ないわけだった。ミリーシャは視力の確認に窓の外へ視線をやって遠いビルの上にある看板を読む、バイクが欲しくなったらすぐにお電話を。
 バイクは、今のところ間に合っている。

 それから十分ほど経った頃だろうか、突然トラックが急ブレーキをかけて停まった。コンテナの中にいた紗枝やミリーシャ、軽業師は不意をつかれて椅子からカーペットの上に放り出される。家具の類はみんな、金具で固定されていたので倒れることはなかったのだが、紗枝のカードが散乱した。
「なんだ?」
器用に後ろ回り一回転をしてみせた軽業師がそのまま跳ね上がり、コンテナの扉を開ける。ミリーシャは扉と反対の窓から外を見て、紗枝は散らばったカードをかき集めていた。
「うわ」
うめいたのは軽業師だった。
「どうしました?」
「動物たちが逃げ出してる」
前方に動物を乗せたトラックが走っていたのだが、運悪く信号待ちの最中に檻の鍵が外れ、中の動物たちが飛び出してしまっていた。
「・・・あ」
原因が、紗枝には思い当たる。芸をするサルたちの中に一際器用な子ザルがいたので、南京錠を開けるやりかたを仕込んだのだ。恐らく、トラックのどこかに針金が落ちていたのだろう。
「捕まえなくちゃ」
真っ先にコンテナを飛び降りていった軽業師が、足の速い犬を追いかけ始めた。もちろん紗枝とミリーシャも続く。紗枝は愛用の鞭を持ち、ミリーシャは素早くコンテナの上へ登って麻酔銃のスコープを覗いた。
「ミリー!」
動物を捕まえるのも先だが、紗枝はミリーシャを呼ぶ。
「・・・?」
「対向車に気をつけてください!動物たちが車にはねられたら大変です!」
また一つ頷いて、ミリーは目を細める。一車線を三台の車が、数珠繋ぎに走ってくるのが見えた。
 麻酔薬の入っていない、注射針のついただけの弾を三発取り出して銃に込める。車のやってくる道は真っ直ぐではなく、ところどころうねっているのでそのカーブに狙いを定め構えた。
 一度目のカーブ。ミリーシャの麻酔銃が弾けたような音を立てる。と同時に、一番後ろを走っていた白い車のスピードががくんと落ちた。突然右側のミラーが吹き飛んだので、何事かと急ブレーキをかけたのである。
 二度目のカーブでは、真ん中を走っていた車のガラスが白く割れる。さらに三台目は、今度はボンネットを跳ね上げようと照準を合わせたミリーシャだったが、さすがに三台目は異変に気づいたのだろう自らスピードを緩めて停まった。
 停車した車に、紗枝が駆け寄っていくのをスコープの中からミリーシャは見送った。多分、動物の捕獲に協力してもらうのだろう。だが先頭の一台から、紗枝が近寄るより早く数人が車から降りて駆け出していった。
「・・・三・・・よん・・・」
四人だった。三人のうち一人が抱いている子供が、百メートル離れたところからでもミリーシャには見えていた。
 残った三台から降りてきた五人を、紗枝が引っ張ってきた。

「だから俺はなにもしてねえって」
トラックから逃げ出した動物たちを捕まえてもらうために、紗枝は三台の車に乗っていた男たちを捕まえたのだけれど、そのうちの四人の男は先頭の車に乗っている男を捕まえようとしていた。ややこしい。
「誘拐なんて、無関係だ。見てみろ、車には誰も乗ってない」
冤罪を言い張っているのは五代真。彼の両腕を掴んでいる警察は問答無用とばかりに連行しようとしていた。そんなことより手伝ってください、と紗枝が二度言ったのも聞こえていないらしい。
 こういうとき、先に辛抱できなくなるのは紗枝ではなくミリーシャだった。遠くのコンテナの上からでもミリーシャはこっちを見ている。彼女がやることといえば大抵、あれしかない。
 ミリーシャのいるほうから一陣の風が矢のように吹き抜けた。ぱすんという音がして、真を追いかけていた警官の一人が道路の上に倒れこむ。首筋に光っているのは、ミリーシャの銃から放たれた麻酔弾。
「お、おい、どうした」
紗枝はわざと
「すいません、間違えてしまいました」
と言った。
「皆さんが騒いでいるから動物だと思ってしまったんですね、でもそれも仕方のないことです。サーカスの動物が逃げ出しているのに、ひょっとしたらライオンやトラも逃げているかもしれないのに、あなたたちは捕まえるのを手伝ってくださらないから」
ライオンと聞いて、トラと聞いて男たちの顔が心なしか青ざめた。止めを刺すように紗枝が微笑む。
「なんなら皆さん全員ここで眠っていただいても、構いませんよ?私たちはうっかり、ライオンだけ捕まえ損ねていくかもしれませんけれど」
「・・・・・・」
言葉をなくした男たちは紗枝から目を逸らすように各自ばらばらな方向へ散っていった。それぞれの視線の先には比較的安全な犬やウサギといった小動物たち、恐らく捕獲に協力してくれるのだろうが危険な動物には近寄らないだろう。
「なあ、あそこにいるのってライオンじゃねえか?」
しかし一人だけ紗枝の側に残っていた真が、反対車線でうずくまっている幼いライオンへ無造作に近づいていった。猫とでも間違えているのかと言わんばかりの無防備さである。
「おい、大丈夫か?」
「危な・・・」
大丈夫じゃないのはあなたのほうです、と言いたかったが遅かった。慣れない場所で興奮しているライオンは真の差し出した手に思い切り噛みついたのだ。
「おっと」
しかし真は平然としている。ライオンは本気で噛んでいるのだが、真の手のほうが固く歯が立たないのである。
「俺には肉体強化の力があるんだよ。これくらいなんともない」
と真が言った。それならばと紗枝も言った。
「じゃあその辺一周してきてください。まだトラやゾウが捕まってないので、おびき出して欲しいんです」
この人なら多少噛まれても踏まれても大丈夫と判断した紗枝は容赦がなく、真は苦笑いするしかない。
「ほら、あっちでトラが逃げ出していますよ」
ついつい紗枝も、調教用の鞭が出てしまう。肉体強化のおかげで痛くはなかったが、思わず真は飛び上がってしまった。

 一時間後、どうにか動物たちはほとんどが捕獲され檻の中へと戻った。ただ一匹、鍵をいたずらした子ザルだけが、見つからなかったのだ。
「仕方ない、諦めよう」
団長の決断でトラックは再び走り出したのだが、紗枝は本当にいなくなったとは信じていなかった。ちゃっかりしたところのある子ザルだったから、なくしたと思っていたピアスがポケットから転がりでるように、またどこかから顔を出すような気がする。
「それにあの子なら、どこででも生きてゆけますわ」
あの子ザルが今度は、人の目を掠めてどんな鍵を開けるのか。楽しみでもあった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1252/ 海原みなも/女性/13歳/中学生
1335/ 五代真/男性/20歳/バックパッカー
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
6788/ 柴樹紗枝/女性/17歳/猛獣使い
6814/ ミリーシャ・ゾルレグスキー/女性/17歳/サーカスの団員

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回は登場人物と舞台転換が多かったのとで実際には
顔を合わせていないPCさまもいらっしゃるかと思います。
ただ、いろんな立場・角度から話を書けたのは面白かったです。
紗枝さまは初めてのご参加ありがとうございました。
にこやかに容赦ない性格は、書くのが好きだったりします。
でも冒頭でミリーシャさまとカード練習をしているような、
ほのぼのした日常のシーンも嫌いではなかったり。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。