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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


頑固親父の説得に

 その日やって来たのは、18,9歳くらいの好青年。
 青年に渡された写真には、青年と同じ年頃の少女が写っていた。つい最近告白をして、今は恋人同士なのだと言う。
「恋人の護衛……? 一体何に狙われているんだ?」
 護衛とは穏やかでないが、少なくとも怪奇現象ではなさそうだと、武彦は内心胸を撫で下ろしていた。
 だが。
「なんて言えば良いかな? えーと……ぶっちゃけると、樹」
 青年の一言に、がくりと消沈して頭を垂れる。
「……樹?」
「ええ。俺の親父なんですけど、頭固くて。別にいいじゃないですか、人間の女の子に恋したって」
 ぐっと握りこぶしを固めて演説してくれる彼には悪いが、武彦としてはできれば今すぐお帰り願いたいところである。
 どうして毎度毎度、こうも人間外からばかり依頼が来るのか。
「無視してたら、彼女の方にもちょっかいかけるようになっちゃって。放っておくわけにいかないんで、直談判しに行こうと思うんですよ」
「……で、念のためにその間、恋人の護衛を頼みたい、と」
「はい!」
 どこから草間興信所のことを聞いたのかとか、どうしてここを選んだのかとか、いろいろ尋ねたい気もしたが、余計に気分が落ち込みそうだったので敢えて口には出さなかった。
 依頼料はきちんとお金で支払ってくれるというので、護衛ならば普通の仕事とそんなには変わらないだろうと引き受けることにしたのだった。


 ――それから、一週間。
 彼は、一週間で戻ってくると、そう言っていた。
 けれど彼が戻ってくることはなく、少女へのちょっかいが止むこともなかった。
「……調査に行ったほうがいいか……」
 できれば人間を襲う樹の元凶になんて行きたくないが、一度引き受けた仕事だし。このままでは仕事に終わりも見えないし。
 ため息をつきつつ武彦は、誰に調査を頼むか考え始めた。

◆◇◆

 話を聞いたシュライン・エマは呆れ混じりにため息を吐いた。
「ねちねち嫌がらせするくらいなら、交際不可能な理論的説明のひとつも冷静にしてみれば良いのに」
 ソファに座って頷いたのは相生葵だ。
「恋人との仲を邪魔しちゃ駄目だよね。それに、女性に危害を加えるなんて絶対駄目だよ」
 女の子は大切にするものという意識の強い葵にとっても、放っておけない事件であった。
「武彦さんは護衛を続けるのよね」
「ああ。放置するわけにおいかないからな」
 だからこそ、山に調査に行ってくれる人間を別に探したのだから。
「出発前に一度会っておきたいところねぇ。彼女の意見次第で、説得要素増やせるかもしれないし」
 二人は武彦も交え、山への行きがけに彼女のところへ向かうこととなった。


 急な訪問ではあったが、彼女は快く話に応じてくれた。武彦から二人を紹介されて、少女はぺこりと頭を下げた。
「彼のこと、よろしくお願いします」
「女性の頼みを断るような無粋なことはしないよ。君のように可愛らしい子からの頼みなら尚更ね」
 葵がにこりと笑顔を見せると、少女は途端に顔を赤くした。
「あ、ありがとうございます……」
 真っ正直な褒め言葉にはあまり慣れていないらしい。話す様子を見るにどちらかといえば引っ込み思案な方のようなので、尚更、そういったことに免疫が少ないのだろう。
「もちろん彼を探しに行くつもりだけれど、その前に少し、確認したいことがあるの」
「はい」
 問われて、少女はこくりと素直に頷く。少女の反応を確認してから、シュラインはその問いを口にした。
「彼が樹木の精霊だということは聞いているでしょう?」
「はい。というか、今回の騒ぎがあって、隠しきれなくなったという感じでしたけど」
「それで貴女は、どう思ったかしら? 今回上手く彼の父親を説得できたとしても、精霊なら本体から離れたままでいるのは消耗が激しいはず。貴女は――」
 シュラインの言葉を最後まで待たずして。少女はこれ以上ないというくらい明るく笑った。
 恋をしているから。幸せを知っているから。だからこそできる、生(せい)の魅力に満ちた笑み。
 思わず言葉を止めたシュラインの前で、少女は口を開いた。
「彼が居る山って、母の実家の傍なんです」
 そもそも、夏の里帰りで彼と出会ったのだという。
「卒業したら、祖母の家に行くことになってますから」
 織物職をしている祖母の仕事を継ぐのだと、少女は鮮やかに告げた。

◆◇◆

「あれなら心配なさそうですね」
 準備万端整えて山へと向かう道中で、葵が穏やかな声音で呟く。
 樹の精霊と人間が恋人同士になるとしても、お互いが思い合っているのならばそれでよいと、葵は考えていた。いつか駄目になってしまったとしても、共に過ごした時間は素敵な想い出として心に残るだろうと。
 恋人を心配して興信所に依頼に来たという彼も、明るく笑った彼女も。お互いを思いあっているのは明らかだった。
 ならばこそ余計に、思う。
 たとえ親といえども、他人が口を出すことではなかろう。ましてや、彼にしろ彼女にしろ、自分で考えて行動できる年齢なのだから。
「ええ、ほっとしたわ」
 頷くシュラインのカバンには、道中の神社で貰ったお守りと、手土産に米のとぎ汁等植物用栄養剤。
 葵はいつもと違いスニーカーを履き、念のためにと水の入ったペットボトルを持っている。
「この辺り……ですよね」
 なだらかな登山道を途中で外れて、山の中を歩くことしばし。
「の、はずなんだけど……」
 青年が武彦に教えてくれた場所の辺りにやってきたが、それらしきものが見つからない。
 もう少し探してみようと周囲を見回した時だった。
「あれ……。こんなとこで人に会うなんて珍しいな。遭難者?」
 茂みの奥からがさりと姿を現したのは、例の、樹木の精霊の青年だった。
「貴方、どうしてここに?」
 意外な遭遇に少々驚きつつも、尋ねる。連絡もないし、トラブルにでも巻き込まれたんじゃなかろうかと心配していたのだ、シュラインは。
「連絡がなかったから探しに来たんですよ」
 一方の葵は、こういってはなんだが女性には優しいが男には結構適当な性格である。さらりと簡潔に事情を告げると、青年は大きくため息をついた。
「彼女には、寿命が違うこととか山からあんまり離れられないとか、その辺も全部話したし、納得してもらってるって言ったんですけど……」
 まったく聞く耳を持たず、とにかく彼女と別れて帰って来いの一点張り。まったく脈がないようなら出直すつもりだったが、そういうわけでもなさそうなので、ずるずると居残ってしまったとのこと。
「まったく……それならそれで連絡くらいしなさい」
「すみません」
「とにかく、そのお父さんのところに行ってみましょう」
「はい」
 青年の案内で歩き出すと、さきほどまで見つけられなかったのが嘘のようにあっさりと、大きな樹が見つかった。
 樹の幹の中から、壮年の男性が姿を見せる。
「……人間など引き連れて、何をするつもりだ?」
 不機嫌な父の様子に青年もまたムッとした表情を浮かべる。
「落ち着いてください。お互いに血が上ってたら話にならないでしょう」
 葵の言葉に青年が少し落ち着いたのを見計らって、シュラインは父親の方へと話しかける。
「はじめまして。シュライン・エマといいます」
「何の用だ?」
「二人の交際を認めてあげてくれませんか?」
「初対面の者が口出しをする問題ではなかろう」
「でも、彼女は貴方の嫌がらせにも動じなかったのでしょう?」
「ここに来る直前にも会いましたけれど、彼女、元気に笑っていましたよ」
 シュラインの言葉のあとに葵が続けると、父親は一瞬渋い顔をした。
「親父……まだ続けてたのか!」
 一歩踏み出した青年を葵が抑え、その間にシュラインが大きくため息をついた。
 今の父親の反応で、どうして嫌がらせをやめなかったのか、予想がついてしまったのだ。
「彼女の方が諦めてくれれば、と思ったんですか?」
 そう。息子があまりにも諦めないから、彼女の方から別れ話を切り出せば――そのために、彼女の方に嫌がらせをしていたのだ。嫌がらせが恋人のせいだというのは明らか。別れれば止まるとなれば、息子と別れるかもしれないと考えたらしい。
「植物と人の間の問題はいろいろありますけれど、こんな風に交流持ち互いが尊重出来るようになれば回避や共存を探り、双方に利益にもなるのではないですか?」
「親父……」
 葵の半歩後ろに立つ青年が、じっと父親を睨みつけた。
 沈黙が流れ、静かな風が山を吹く。
「……わかった。好きにしろ」
 ぶっきらぼうに。そう告げると父親は、すぐに姿を消してしまった。
 その背中を見送って、青年はシュラインと葵に向き直る。
「ありがとうございます……! 助かりました!」
「引っ込みがつかなくなってたみたいだね」
 だから、第三者が割り入ったことで、意外とあっさり引き下がってくれたのだろう。
 苦笑交じりに呟いた葵に、青年もまた困ったような笑みを浮かべる。けれどその表情はすぐに、満面の笑顔に変わった。
「とりあえずは許してもらったし、あとはゆっくり話し合って、ちゃんと認めてもらいます」
「そうね。頑張って」
「彼女を悲しませたらダメですよ」
「はいっ!」
 二人の言葉に、青年はしっかりと頷いた。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1072|相生・葵    |男|22|ホスト

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         ライター通信          
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こんにちは、日向 葵です。
ご参加ありがとうございました!

>シュラインさん
いつもありがとうございます。
今回も様々なご提案をいただき、プレイングも楽しく読ませていただきました。

>相生さん
今回はご参加ありがとうございました。
彼女にどう声をかけようか、考えるのがとても楽しかったです♪

それでは。
また機会がありましたら、その時はどうぞよろしくお願いします。