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<東京怪談ノベル(シングル)>


明日の鐘

「よいしょっと…」
 クリスマスマーケットも無事終わり、小雪のちらつく中シュライン・エマは荷物を抱え草間興信所のあるビルへと足を向けていた。
 事務所にあった物も結構売れたし、自分が持っていったドライフルーツの洋酒漬けも喜ばれた。クリスマスというよりは、かなりフリーマーケット色が強いイベントだったが、それでも参加した皆が楽しそうなのは良かった。やはりクリスマスは、こうやって幸せなイベントでなくては。
「でもちょっと、買い物とかしすぎたかしら」
 元々事務所にあった不要品を処分するために参加したはずで、物も売れたはずなのに、行きと帰りであまり荷物の多さが変わっていないのは何故だろう…肩に掛かったバッグの位置を直し、角を一つ曲がったときだった。
 煙草を吸いながら歩いている男の姿が見える。
 シュラインは小走りになりながら、その背中に声を掛けた。
「武彦さん!」
 それに気付いた草間 武彦(くさま・たけひこ)が、煙草をくわえたまま振り向き、一瞬だけ驚いたような表情をする。
「シュラインか。急に声かけられたからびっくりした」
「どうしたの?来てたなら顔出してくれれば良かったのに」
「いや、俺は出稼ぎ警備だったから」
 どうやら武彦は、クリスマスマーケットの警備に来ていたようだ。本来探偵の仕事ではないのだが、年末は何かと物入りになるので武彦も色々考えているのだろう。それが何だか嬉しいような、くすぐったいような気持ちになったシュラインは、にこっと微笑みながら持っていた紙袋などを手渡した。
「これ、何?」
「ふふっ、荷物持ちげーっと。帰りは荷物が少なくなる予定だったのに、何か行きよりも荷物が増えた気がして困ってたから、武彦さんに会えて丁度良かったわ」
「…俺は荷物持ちか」
 煙と共にそう呟きながらも、武彦はすんなりとシュラインから荷物を受け取る。
「そっちの紙袋も」
「大丈夫よ。一個持ってもらったら楽だし」
 だが、武彦は紙袋をそっと横から取り上げた。
「一緒に歩くのに、そっちの方が荷物たくさん持ってたら格好着かないだろ」
「…ありがと、武彦さん」
「いえいえ」
 照れ隠しなのだろうか。
 肩掛けの大きなバッグと紙袋を持った武彦が、少し足早になる。その足音がシュラインにはいつもとほんの少しだけ違って聞こえる。
 何か考えているような、そんな足取り。
「………」
 もしかしたら警備の方で何かあったのかも知れない。でも、それに立ち入るのはフェアじゃないだろう。自分が関わっていた事ならともかく、武彦には武彦の仕事やそれに対する誇りがある。
 シュラインはふうっ…と白い息を吐き、くすっと笑う。
 武彦が少し後ろを振り返り、シュラインの方を向く。
「どうした?」
「ううん、何でもないの。それより事務所にあるものが売れるか心配してたんだけど、夜中に盆ダンス踊るぬいぐるみとか、ちゃんと説明したのに売れたのよ」
 気にしても仕方がない。シュラインがぬいぐるみを真似て手だけで踊ってみると、武彦がくすっと笑う。
「アレ、売れたのか。本当にちゃんと説明したのか?」
 好事家はどこにでもいる。そのぬいぐるみを買ったのは仲の良さそうな老夫婦で、『子供達も独立して寂しいから、少し賑やかな方がいい』と、大事そうにぬいぐるみを抱えていった。
 いい人に引き取られて良かった。他にあった色々な物も、話をしたりしながら売ったり出来た。全てが売れたというわけではないが、それでも自分が持って行った物が、必要とされている人の手に渡るのは何だか感慨深い。
 嬉しそうなシュラインの話を、武彦は相づちを打ちながら聞いている。
「でも見慣れたセーターがバッグに入ってるな」
 事務所には色々な人が出入りする。誰が持ち込んだのか分からない古いセーターも持っていったのだが、それは残念ながら引き取り手がいなかった。シュラインは自分のバッグからチラリと編み棒を見せて、少しだけ考えるそぶりをする。
「でも、セーターならほどいて新しい毛糸入れたりして編み直せばいいから大丈夫よ。調査に行ってくれる人たちのためにマフラーとかあれば、寒くないだろうし…」
「リサイクルというか、微妙に貧乏くさいな」
「毛糸は何度でも編み直せるから、無駄にならないのよ」
 くすくす…楽しげな笑い声。
 大通りは人が多いが、一本奥に入ると急に人気が少なくなる。雪が降っているせいで、辺りの音が吸収されシンと静まりかえった街に、二人の話し声が妙に響く。
「何だか静かだな…」
 武彦がそう呟いたときだった。多分他の誰にも聞こえなかっただろう…シュラインの耳に何か小さな鈴が鳴るような音が聞こえた。
 カン…カン……。
 いや、これは鈴じゃない。鐘だ。
 だが、一体何故鐘の音がするのか。
 訝しげなシュラインの様子に気付いたのか、武彦も黙って耳を澄ませる。
「ずいぶん賑やかなクリスマスだな」
「ねえ、武彦さん。ちょっとこの音がする方に行ってもいいかしら」
「……自分から見に行くのか?」
 普段であれば気にしない…いや、聞こえたとしても、あえて聞こえなかったことにするだろう。だがその鐘の音が何故か妙に気にかかる。
「………」
 じっと見つめるシュラインに、武彦は吸っていた煙草を携帯灰皿でもみ消した後、また新しい煙草をくわえ白い息を吐いた。
「仕方ないな。でも危ないものだったら、気付かれる前に逃げるぞ」
「ありがとう、武彦さん」
 鐘の音は、カンカン…という音からゴーンという重厚な物まで様々だ。かといって何か不快なものを告げるようではなく、その不規則ながらも鳴り続ける音は楽しげにも聞こえる。
 その音がする方へ耳を澄ませ、シュラインと武彦は人気のない道を歩いていく。
「どこから聞こえてるのかしら」
 人気どころかだんだん家も少なくなっている。確かこの辺りはお寺があったはずだ…自分の記憶を探りながら歩いていると、不意に何かの気配がした。
 ぱたぱたぱた…。
 なにやら小さな動物のようなものが、シュライン達の目の前を横切り藪の中に入っていく。
「今のネズミに見えなかったか?」
「ええ、ネズミが走ってたような…」
 鐘、ネズミ…そこに繋がるものが分からない。
「まだ行くのか?」
「うん…何か気になるのよ」
 どうしてこんなに気になるのか。流石に藪の中に入るわけにはいかないので、音がする方へ近づくように道なりに歩いていく。家が少なくなると同時に、街灯の間隔も開いてきて、雪が降ってなければ道はかなり暗そうだ。
「やっぱりそろそろ引き返した方が良いかしら。気になるけど」
 武彦が一緒にいるとはいえ、やはり暗くなってくると少し怖い。シュラインが俯いて溜息をつくと、隣にいた武彦が前の方を見て指を指す。
「おい、何かいるぞ」
 街灯の下に何かが蹲っている。最初コンビニでもらえるビニール袋に入ったゴミかと思っていたのだが、それはじわっと動いている。
「武彦さん、一緒に行って」
 そう言いながらシュラインは武彦の背に隠れた。おずおずと二人で近づくと…そこにいたのは白い大きな蛇だった。
『助けてくれーぃ。雪が降ると思っとらんかったから、寒くて動けんのじゃ』
 蛇は二人に気付くと、力なく首を上げそんな事を言う。
「蛇?」
 噛みつかれたり毒があったりしたら大変なので、二人はそーっと離れた場所から蛇を見た。だが敵意はないらしい。
「どうしてこんな所にいるのかしら?」
『それはいいから、ちっと抱えてくれんかのう。このままじゃ寒くて祭りに行く前に、ここで凍死してしまうのじゃ』
 祭り…とは、先ほどから聞こえている鐘のことだろうか。だがここに置いていたら本当に死んでしまいそうだ。武彦は困ったように、とぐろを巻いた蛇を抱え上げる。
「これでいいか?…本当に冷たいな」
『すまんのぅ…ネズミ殿が皆を呼びに行ってくれたんじゃが、その間にも寒さが身に染みて大変だったんじゃ。お二人が通ってくれねば、眠ってしまうとこじゃった。命の恩人じゃあ』
 さて、どうしよう。
 蛇を抱えたまま突っ立っているのも何だか妙な感じだ。誰かを呼びに行ったというのであれば、入れ違いになるから動かない方がいいような気がする。蛇は首をかしげながらシュライン達を見ている。
『ところで助けてもらってこんな事を聞くのもなんじゃが、お前さん達はなしてこんな所におるんじゃ?』
「え…鐘の音が聞こえたから、いったい何なのかと思ったの」
「俺はその付き添いで」
 すると蛇は一度目を細め、鐘の音がする方に首を向けた。
『今日は来年の干支の者にたすきを渡す、十二支達の祭りなんじゃよ。ワシらも賑やかにやろうっての…鐘鳴らして集まっとるんじゃ。くりすますに合わせれば、ワシらが鐘鳴らしてもあんまり気付かれんしの』
 なるほど、そういうことか。
 最初に見たネズミは「子年」で、ここにいる蛇は「巳年」の使いなのだろう。
「でも寒かったら毎年大変なんじゃないか?」
『ほっほっほ、毎年他の者の背に乗ってきとるが、たまには自分で歩こうかと思ったんじゃよ。でもこの様じゃ…やっぱり寄る年波には勝てんのう』
 頭を垂れる蛇に、シュラインはバッグの中から編み上がったマフラーを出し蛇の首に巻く。
「これで良かったら使ってちょうだい。少しは暖かいわ」
『ありがたいのう』
 木枯らしが吹くと、蛇じゃなくても少し肌寒い。手を温めるように息を吐いていると、闇の中から声がする。
『蛇殿、お迎えに参りましたぞ』
 闇の中にいたのは立派な体格の虎だった。蛇を抱えていた武彦に虎が静かに近づいてくる。
『おお、すまんのう。虎殿にお願いがあるんじゃが、このお二方にひとつ鐘を撞かせてやってくれんかの…恩人に礼もせんで別れては、申し訳ないでの』
「い、いえ、そんな大したことはしてないので…」
「いいのよ。当然のことをしただけなんだし」
 どこに連れて行かれるのか分からないので思わず遠慮すると、虎が目を細める。
『心配御無用。ちゃんと鐘を撞いた後送り届ける故、我らの礼として受け取って頂きたい』
 その瞬間、ひゅうっと風が舞うと共にシュラインと武彦は虎の背に乗っていた。風を切り、風に舞うように虎は空を駆け抜ける。
 そして気が付くと二人は十二支達の祭りの中にいた。蛇を待つだけだったのか、鐘が鳴り、酒や食べ物などが並べられている。
 鐘撞堂の下に着いたシュラインと武彦は、顔を見合わせていた。
「どうしましょう…」
「どうしたもんかな」
 武彦に抱え上げられていた蛇は、マフラーを巻いたまましゅるっと地面に降りたった。そして二人の顔を見ると嬉しそうに目を細める。
『来年の願いを込めて鐘を一回撞くとよいぞ。その願いはワシらがちゃあんと叶えるからの』
 ああ、何となく分かった。どうして鐘の音を聞いたときから気になっていたのかが。
 それはこの鐘が妙に暖かかったからだ。ささやかな祈りや願い、それを叶えるために撞かれた音が暖かくシュラインの耳に届いたからだ。
「じゃあ、遠慮なく撞かせてもらおうかしら。ね、武彦さん」
 にこっと微笑むシュラインに、武彦が困惑する。
「願いって何でもいいのか?」
『さて…それを言うては楽しみがなくなってしまうでの。ワシからは何とも言えん。楽しみは先送りにした方が嬉しさも倍増じゃしの』
 それを聞いたシュラインは武彦の手を取った。
「一緒に撞きましょ。いい音出さなきゃね」
 そんなシュラインに武彦も微笑んで頷く。
 来年はどんな年になるのか…それはまだ全く見えないけれど、願わくば今の幸せが続きますように。
 来年の今日も、二人一緒にいられますように…。
 少し高い鐘の音が夜の空に響き渡る。その瞬間……。
「あら?」
「……何かちゃんと戻ってきたみたいだな」
 シュラインと武彦は、最初に鐘の音を聞いた場所に立っていた。もう耳を澄ましても雪が降る音しか聞こえない。
「夢じゃないわよね…」
 夢じゃない。
 鐘が響いた瞬間、自分の手にビリビリと伝わったあの感触を覚えている。蛇に渡したマフラーもなくなったままだ。
 そんなシュラインを見た武彦は、自分の左手に革手袋をはめて、何もつけてない右手をシュラインに差し出した。
「まあ、どっちでもいいだろ。帰ろう」
「そうね」
 温かい手。何だか手を繋ぐのは気恥ずかしいが、今日はこんなのもいいだろう。
「折角だからお土産にもらった飴がけアーモンドとかも渡せば良かったわ。普通のアーモンドももらったから、アーモンド味噌や炊き込みご飯してみても良いかもね」
 ぎゅっと手を握ると、それを武彦が握りかえしてくる。
「それもいいな。何か腹減ってきた…早く事務所帰って何か食おう。冷蔵庫にワイン入れてきたんだけど、見つかってないだろうな…」
「ふふっ、どうかしら」
 来年の今日は一体どんな一夜になるだろうか。
 きっと一緒に、幸せなままで。
 お互い顔を見合わせてくすぐったいように笑いながら、雪が止み星が見える空の下を事務所に向けて歩き出した。足取りも軽く。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
クリスマスマーケットから続くお話で、草間氏と一緒に帰る途中の不思議な出来事…ということで、次の年に繋がる話を書かせて頂きました。除夜の鐘には少し早いですが、十二支の引き継ぎは大晦日よりも前にやってそうだなという感じです。
最後はほのぼのと、手を繋いだりしてます。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。