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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


妖狐討伐隊<前編>

 ユリは楽しみにしていたのだ。
 いきなり呼び出され、待ち合わせなんて事態になって最初は多少驚いたが、よく考えて見ればこれはデートではないか、とまで思った。
 それ故、カラーリップを塗り、初めてコロンもつけ、あの人の好みに合わせて多少厚めの底を持った靴を履いて待ち合わせ場所に行ったのだ。
 なのに……
「よぉ、ユリ! ゴメンな、いきなり呼び出しちゃって」
「……小太郎くん、これは……どういうこと?」
 最近では他人と向き合う時に敬語を使うように心がけてきたユリだが、この唐突な展開には素を隠せなかった。
 当然、待ち合わせていたのは小太郎。ユリも彼に会うために小走りでここまでやってきたのだ。
 だが、そこに居たのは小太郎だけではなかったのである。
「……その人、誰?」
「ああ、この人はリコさん。ついさっきそこで会った」
「リコって言います。よろしく〜」
 ノンビリした感じの挨拶を受け、一応ユリはリコと名乗る女性に倣って頭を下げた。
 リコと名乗った女性は間違いなく、小太郎とユリよりも年上。
 背が高く、落ち着きのある服装をして、更に体型も豊満だ。今のユリとは対極を成し、ユリの予測する小太郎のストライクゾーンにジャストミートだ。
 そんな女性と小太郎が二人きりの所に、ユリが呼ばれた理由はなんだろう?
 そう思ってユリは視線を小太郎に向けた。
「ええと、俺はリコさんが落し物をしたって言うから一緒に探してたんだけど、なかなか見つかんなくてさ。それで応援を呼んだわけ」
「……それが、私ですか」
 幾分冷静になったユリはいつもどおり、感情の少ない表情を作り、平坦な声で確認した。小太郎もそれを肯定して頷く。
「すみません〜。落としたモノがとぉっても大事なモノで、あれを失くしたままだとかなりマズイんですよね〜」
 間延びした声が、今は無性に癇に障る。
 もう少しハキハキと喋れないのだろうか、この人は。
「お、おい、どうしたユリ。顔色悪いぞ? 気分でも悪いのか?」
「……なんでもありません」
 キッパリと言い返す。気分はかなり悪いが、彼の尋ねている意味はそうではあるまい。
 ただ、どうやら今のやり取りでリコは何かに気がついたようで、
「あちゃぁ、かなり地雷だったみたいですね〜」
 と呟いて苦笑を浮かべていた。意外にも勘は働くらしい。

「……それで、何を探しているんですか?」
「ああ、これぐらいの小さいガラス玉だってさ」
 そう言って小太郎は親指と人差し指で丸を作ってみせる。それで見た大きさは随分と小さい。
「ビー玉ぐらいだってさ。この辺りに落っこちてるらしいから、それを探すんだ」
「……わかりました」
「あ、あのぅ」
 話が一段落ついたところでリコが口を挟む。
 彼女に厳しい視線を向けながら、ユリが応対。
「……何か?」
「ええとですね、お忙しいようでしたら別に無理して手伝っていただく事もないです。三嶋さんもお返ししますから、後は私一人で……」
「そんなのダメだ!」
 小太郎がリコの言葉を遮って言う。
「一度引き受けたお願いなんだから、俺は最後までやりとおすよ!」
「……だそうです」
「じゃ、じゃあユリさんだけでも、お手数ですし……」
「……いいえ、手伝いますよ。暇ですから」
 そう言ってアウアウ言うリコを放って落し物探しに移る。
 そうだ。このまま帰れるわけが無い。

***********************************

 興信所にはくたびれた感じの男が来ていた。
 着ている濃紺のスーツは多少ヨレっとしており、どちらかと言えば端正な顔立ちも疲れが見える。
「どうぞ」
 零からお盆を受け取ったシュライン・エマが男にお茶を差し出す。
 男は一礼し、それを一口飲んだ。
「で、どういう依頼だって?」
 男の対面に座る武彦が尋ねた。シュラインも話し合いに参加するため、武彦の隣に腰を降ろす。
 男はそれに答え、静かに話し始める。
「狐の退治です」
「……この日本には頼めば害獣を狩ってくれる団体があるって知ってるか?」
 呆れた感じで、武彦はタバコをくわえ始めた。
 客の前で断りも無くタバコをくわえる様子を見て、零もシュラインもいさめるような視線を送ったが、武彦はお構い無しだ。
 火をつけて、煙を上げる。
 その厚顔無礼な態度に、シュラインは黙ってタバコをむしり取り、そのまま灰皿に押し付ける。
(なにすんだよ)
(武彦さんこそ、何してるのよ)
 そんな無言の睨み合いに構わず、依頼人の男は話を続ける。
「狐と言ってもただの狐ではなく、妖弧です。人化も出来るらしく、町に来てからはずっと人化をしているらしいです。その団体とやらに頼んでも『人を撃つなんて無理だ』といわれますよ」
「オカルトな話題ならもっとお断りだ」
「いえ、詳細を聞かせてもらいます」
 武彦の意見を蹴り飛ばし、零が前に出てきた。
 武彦が止める暇も無く、男は続きを話す。
「狐は何を思って里に下りてきたかはわかりませんが、人化した狐が近くに居ると思うと吐き気がして堪らないんですよ。……実は私の妻が狐に憑かれましてね」
 男は内ポケットからA4ぐらいの大きさの紙を取り出す。
「知り合いの魔術師の診断書です。一応、狐は降ろしたのですが、それから家内はずっと衰弱していて……。どうしても狐を許す事ができないんですよ」
 零は診断書を見て頷く。どうやら奥さんは狐憑きだったので間違い無さそうだ。
「でも、今町に降りてきている狐が白狐などの善狐と言う場合もありますよ? その場合、退治してしまうと逆に奥様の様態が悪化してしまう可能性もあります」
「善狐なり白狐なりだったとして、農耕の神様や、そんな神様の使いがこんなコンクリートジャングルに何の目的があって来るんでしょうか? どうせ、野狐ですよ」
 と、言い切る男だが、何の根拠もない。
 どうやら狐とあらば盲目的に悪狐だと判断してしまうようだ。
「とにかく、なんであろうとこの話はお断りだ。他を頼りな」
「……そうですか。一応名刺は置いておきます。気が変わったらお電話ください」
 そう言って男は興信所を出て行った。

***********************************

 出て行った男を見送り、置き土産の名刺を見て武彦は深いため息をついた。
「……見たことある名前だな。最近、良くハンターを雇ってる会社の社長か」
「ハンター、ですか?」
 零が首をかしげて訊き返す。
「確かに、聞いた事ある会社ね。私の知り合いも何人か声をかけられたって言ってたわ。ほとんど断ったみたいだけど」
 シュラインの補足に零も神妙な顔を向ける。
「さっきの話を聞くと、狐を絶滅させようとでもしてるんじゃないのか。雇ってるハンターも退魔士ばかりらしいからな」
「奥さんの事、余程悔しいのでしょうね」
「だからと言って、狐を絶滅させるなんて考え方はおかしいんじゃないかしら?」
 相手が狐ではなく人間だったとしたら立派にテロリストにでもなれそうなぐらいのぶっ飛んだ思考だ。
 社長と言う他人の人生を預かる立場の人間の考え方とは……いや、それこそ奥さんの事があっておかしくなってしまったのかもしれない。
「ちょっと引っかかる事があるわよね……。もう少し情報があれば良いんだけど」
「シュライン。お前もなんでちょっと乗り気なんだよ? この件はもう蹴ったんだ。またしばらく暇な生活だよ。全く、どうしてこんな話ばっかり……おい、零、コーヒー」
 言った傍から、零が武彦の前にコーヒーが入ったカップを置いた。
 ついでに家計簿を兼ねたノートも。
「……なんだ、こりゃ」
「紅い文字が見えませんか?」
 ノートには紅い数字が目立つ。つまりは興信所の経営がヤバイのである。まぁ、いつもの事であるが。
 それを見て、零の隣からため息交じりのシュラインの声が。
「私がイヤイヤ乗り気な訳、わかってもらえた?」
「う……ぐ」
「その名刺、見せてもらえますか?」
「やっぱり、受けるのか……?」
「可哀想なあの人の役に立ってあげたいじゃないですか。頑張ってくださいね、兄さん」
 黒電話に手をかけながら、零は笑顔で兄を激励した。
「……ったく、こんな時にあの小僧は何処行きやがった……っ!」
「どぅどぅ。子供に八つ当たりなんて大人気ないわよ」
 頭を抱える武彦をシュラインがなだめていた時、興信所のドアがノックされる。
 そして、ドアの奥から入ってくる人影が小柄なのを見て、武彦が鬱憤の捌け口が帰ってきた! と目を輝かせたのだが
「こんにちわ。……あら、どうしたんですか、そんなに元気よく立ち上がって……何か良い事でも?」
 入ってきたのは黒榊 魅月姫だった。

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「妖狐退治、ですか」
 零が淹れたお茶を優雅に飲みつつ、魅月姫が聞き返す。
「これでまたオカルト興信所の名に箔がつきますね」
「俺は望んじゃいないんだがな」
 不満一杯の武彦は子供のように口を尖らせて言い返す。
「でね、良ければ魅月姫さんにも手伝ってもらえたらな、って」
「そうですね。狐狩りは趣味ではありませんが、私も手伝います」
「良かった! 頼むわね!」
 武彦のぶつぶつと響く重低音の文句を無視し、シュラインが魅月姫に笑顔を向けると、魅月姫の良い返事が帰ってきた。
 何事も頼んでみるものである。
「……はい。では……はい、よろしくお願いします」
 カチャン、と黒電話が鳴く。零が受話器を置いて一息ついていた。
「向こうはなんて?」
「ええ、一応依頼は受けました。それで代表者が誰か、向こうの会社の会議室に来て欲しいとの事です」
「それじゃあ武彦さん、よろしくね」
 シュラインに肩を叩かれ、武彦は思い切り嫌な顔を返すが、有無を言わせぬ笑みで受け流された。
 そんな一方的な押し付けに深く重いため息を吐いた武彦。と、その時、再びドアが開かれる。
「……よぅ、冥月」
「ん、なんだ、どうした草間」
 現れたのは暇つぶしに興信所へ寄った黒・冥月。突然武彦に声をかけられ、少し面を喰らってしまった。
 近かったのだ。妙に。今まで所長の机についていた武彦だが、異常なスピードで冥月を出迎えたのだ。
「狐は美しい女性に化けて男を誑かすと言う。気をつけろよ冥フヴッ!」
「何の話だ」
 言葉の途中で鉄拳が頬にぶち込まれたのは言うまでもない。

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「何かと思えばそんな……。IO2でも紹介してやればよかっただろうに」
 武彦に負けず劣らずの嫌な顔で事情を聞いた冥月。
 どうやら私怨で誰かを殺す事に多少の抵抗があるようだ。昔を思い出したりするのだろう。
「そうは言うがな。友人に魔術士が居るようなヤツがIO2の存在を知らないわけ無いだろ。その上でウチに依頼に来るって事は何か理由があるんだろうさ」
 例えばIO2にしょっ引かれそうなヤバイ事とか。
 言われて見れば、そこが奥さんが狐に憑かれた原因、若しくはテロリストまがいの依頼主のぶっ飛んだ発想に繋がっているのかもしれない。
「まぁ、なんにしろ、ここに居る全員は協力してくれるって事で良いんだな?」
「一応、興信所の一員ですもの」
「先程お答えしました」
「まぁ、乗り気じゃないがな」
 シュライン、魅月姫、冥月の答えを聞いて武彦は一度頷いた。
「……じゃあ、ボチボチ行動開始しますか」
 武彦が椅子から立ち上がるのを号令に、各々、自分のするべき事、したい事を始める。

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「で、お前は狐が何処にいるか、とかわからないのか?」
 呼び出された会社へ向かう途中、武彦が冥月に尋ねる。
「ああ、狐の形をしているならまだしも、人化をしているとなると難しいな。何せ影は影でしかないからな。ソイツの姿かたちを映しているだけに過ぎん」
「なるほど。それなら魔力を探れる魅月姫の方が適任って事か」
 魔力を直接探れる魅月姫なら、狐の魔力を判別する事も可能だろう。
 どういう理屈なのか、一般人の武彦にはわからないが。
「そういえば草間。この依頼の事、あの小僧には教えたのか?」
「小太郎か? いや、あの場に居なかったし、わざわざ教える事もないだろ」
「ならば良い。何時ぞやのように邪魔されては余計に話がこじれるからな。今回は興信所の連中だけでなく、別の所からも退魔士が動いているだろうから、余計な火種になるだろう」
「だろうな。あのバカももう少しTPOってモンをわきまえて欲しいもんだ」
 二人揃ってため息をつく。子供が子供らしい事は当然だが、それによって自分たちに迷惑がかけられるとなると、それは煩わしい障害に過ぎないのだ。
 ……にしても妙だ。
 今日は休日。常日頃ならば興信所で武彦の小間使いとして奔走している小太郎が、今日に限っていない。
「まさかとは思うが、もしかしたらあの小僧、私たちより先に狐に会っていたりしてな」
「それで一緒に悪巧みか? 笑えない冗談だな」
 ハナで笑って先を急ぐ武彦。だが冥月は軽々と笑い飛ばす気になれなかった。
 自分で言ってみて、一気に現実味が増してしまった。
 あの小僧ならもしかしたらやりかねない。
「杞憂に終われば良いんだがな」

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 辿り着いた会社の会議室。
 とりあえず、それなりに大きなビルの中にある、それなりに大きい一室で、長テーブルがいくつか並び、そこに人が座っていた。
 どうやら草間様一行と同様、会社に雇われた退魔士のようだ。
「……雑魚だな。こんな奴らでは大した狐も狩れまい」
 集まっている連中を一瞥し、小声で呟く冥月に武彦は苦笑した。どうやらあの社長、かなり無駄遣いをしているらしい。
「だが一人、別格が居るな。あそこの壁に寄りかかっている男。アイツはそれなりにできるな」
「どれどれ」
 冥月が顎で差す先、壁に寄りかかる男は確かに居た。
 ギターのケースを傍らに置き、ボンヤリと宙を眺めている。多分、あのケースに得物でも入っているのだろう。
「随分若いな。ホントに強いのか、あいつ」
「嘘だと思うなら喧嘩を吹っ掛けてみると良い。私は責任を持たんぞ」
「じゃあお前と比べたらどっちが強い?」
「言うまでもなかろう。所詮雑魚の山に居るお猿の大将だ」
 そう言って冥月は空いている席目指して歩いていった。慌てて武彦もそれに続く。
 二人が席に着いたとほぼ同時に、依頼人である社長が会議室に現れた。
「皆さん、よく集まってくださいました。まずはお礼を言います」
 退屈な挨拶がこの後、数分続く。

 そんな挨拶の後、一つの箱が二人の前に回ってきた。
「その中に入っているのは、今回、妖狐を討伐するためのメンバーが一目でわかるように、と作ったバッヂです。今回の妖狐討伐が終わるまで、それをつけていてください」
 と、社長が言うように、入っていたのは大量のバッヂ。人差し指の第一関節までぐらいの大きさだ。
 仲間内で連携を取りやすいように、という事だろう。仲間が一目でわかればそれだけやりやすい。
 とは言っても、冥月も武彦もここに集まっている退魔士と連携をとるつもりなんてサラサラ無いのだが。
 武彦は箱の中から四つ、バッヂを取り出し、後ろの机に回した。
「こんなものが役に立つのかね?」
「立たんだろうな。まぁ、形だけは作って置け。無用に波を立てる必要もあるまい」
 とはいえ、今すぐこのバッヂをつける気にもなれないが。
 呪いのアイテムで無い保証はない。魅月姫か誰かに鑑定を頼んでからでも遅くなかろう。
「今回、特に作戦はありません。各自、好きなように妖狐を狩ってください。しかし、その際に人的被害、公共物破損等の責任は各人にあります。私たち会社は狐を狩る事のみに責任を負います」
 まぁ、それほど大きいわけではない会社だ。そこまで期待はしていない。
「では、これで解散です。皆さん、よろしくお願いします」
 社長の一声を持って、その場に居た全員がゾロゾロと動き始めた。
 それは冥月と武彦も例外ではなく、早速シュラインと魅月姫に合流しようと思ったのだが、
「おい、アンタら、ちょっと良いか?」
 声をかけられて立ち止まった。
 振り返るとそこにはギターケースを持った男が居た。
「なんだよ?」
「ちょぉっと話があるんだが、構わないかねぇ? 色々と引っかかる事とかあるだろ? あの社長の事とか」
「何か知ってるのか?」
 ギターの男は答えず、ただ笑って背を向けた。
 おそらく、ついて来いという事なのだろう。
「どうする?」
「お前も気になることはあるだろう。聞くだけ聞いてみたらどうだ?」
 武彦の尋ねに、冥月は肩をすくめて答えた。
 とりあえず冥月が勝てない相手ではなかろう。この話が罠で、事態が荒事になってもどうにか切り抜けられるはずだ。
 と言うわけで、二人は一応、男についていく事にした

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 連れて来られたのは会社の食堂。昼前なのでそんなに人も居ない。
「で、お前は何で俺たちに何か話そうと思ったんだ?」
 対面に座る男に向かって、武彦は睨みつけながら尋ねる。
 そんな威圧的な態度を気にした風でもなく、男は飄々として答える。
「アンタら、それなりに腕が立つんだろ? 他の奴らとは偉い違いだぜ。特にそっちのお姉さん」
 話題に自分の事が上り、そっぽを向いていた冥月はチラリと男を見たが、彼のウインクの気持ち悪さに再び視線を外す。
「まぁ、アンタらが強いなら俺の知ってる情報も何かの役に立つんじゃないか、と思ったわけよ」
「だからと言って、俺たちにそれを話して、お前に何のメリットがある?」
「それはちょっと話しづらいねぇ。まぁこの話を真実と取るも嘘と吐き棄てるもアンタらの勝手だ。少し時間は取るが勘弁してくれな」
 そう言って軽薄に笑う男を見て、武彦も今すぐこの場から立ち去りたかった。
 冥月が最初から会話に参加する姿勢を見せないのにも、多少羨ましく思った。今の状況では、武彦がこの男の相手をしなければなるまい。
「オイラが話すのはこの社長が狐狩りの依頼をする気になった動機だ。アンタらはなんて聞いてる?」
「奥さんが狐に憑かれた事への復讐、だったか」
「やっぱりな。他の連中にもそうやって言っているらしいが、本当は違う。これはオイラの秘密ルートで手に入れた情報だが、あの奥さんの狐憑き騒動は狂言だ」
「……嘘だって事か? だって現に奥さんは衰弱しているんだろ?」
「アンタ、奥さんの写真を見せられたわけじゃないだろ? あの奥さん今でもお肌艶々でピンピンしてるぜ。まぁ社長のアホはそれにまんまと騙されているようだがな」
 どうやらやはり、あの社長は何処か頭が弱いらしい。もしかしたら会社の経営もほとんど手をつけていないのかもしれない。
 誰かにみこしを担がれ、その上に乗っかっているだけ、とか。
「この会社の先行きも暗いな」
「まぁ、この会社の命運は考えないとしてだ。どうして奥さんがそんな狂言を打ったのか、気になるだろ?」
「……まぁな」
「どうやらあの奥さん、狐の毛皮にご執心らしいんだな。しかも珍しい物好きだ。だったら妖狐の毛皮なんてモンも欲しくなるだろ」
「一般人が妖狐の存在なんか信じるわけ無いだろ? 社長の方は友人に魔術師が居るみたいだから別としても、奥さんにもそんな知り合いが?」
 もしも社長が友人の魔術師を『この人が魔術師です』と奥さんに紹介したとしても頭がおかしいと笑われるのがオチだ。
 一般人であろう奥さんが、何か怪異を信じるきっかけがあったはずだ。
「実はこの会社、裏では色々とオカルトなモノも取り扱ってるんだ。対魔用の武装とか、占術や儀式に使う小物なんかを売ってるんだな」
「それを見て奥さんが信じるか?」
「いやいや、それだけじゃ信じるまいさ。最初は奥さんも『こんな商売をして馬鹿じゃないの』と鼻で笑ったそうだよ。でもそれが儲かるとなると別だ。今や、魔都と呼べるこの東京で、オカルトグッズが売れないわけが無い。それに目をつけた奥さんがそういった類の部署を仕切るようになり、ついでに退魔のシーンにも出くわす事があったらしい。いつの間にか怪異に対してオープンな思考になったわけだ」
「そして、妖狐の事も信じるようになった、か。狂言芝居まで打って毛皮を欲しがるなんて、その奥さんも随分と狐に魅入られてるようだな」
「どっちが狐だよ、って話だが……本番はここからだ」
 男は今までよりもトーンを一つ落とし、大袈裟に周りを確認して声を潜める。
「アンタらも見たとおり、社長の集めてくる退魔士はまともなヤツが居ない。だから最初は全然妖狐なんて狩れなかったんだ。それに腹を立てた奥さんは自分から秘密裏に退魔士を雇い、狐狩りの実行をほとんどソイツにやらせているらしいだな、これが。しかも社長には『狐は殺した』と報告し、隠れて毛皮を奥さんに届ける事まで受け持っているらしいんだ。因みに最終的にはソイツを使って社長まで殺す腹積もりらしい。まぁ随分とおっかない話だよな?」
 男はヒヒっと笑って冥月を見る。が、やはり冥月は無視一直線。
 男の笑い声は耳障りだが構うと余計厄介だ。ここは無視に限る。
「女が恐ろしいのは概ね同意だが、それは置いておいてだ。その奥さんお抱えのハンターが狐を買った場合、やっぱり俺らには大した金は入ってこないんだろうな?」
「その通り。ぶっちゃけ言ってあの報酬のほとんどは狐を狩った場合だ。だからアンタらも金が欲しいなら気をつけることだ。奥さんお抱えのハンターは金欲しさに必死になって狐を追う。横取りしようモノなら、ソイツの命すら狙う。アンタらは腕が立ちそうだからな。一応忠告してやろうと思ったわけだ」
「……ああ、ありがたいこったな」
 全部を全部鵜呑みにしたわけではないが、まぁそんな事もあるのかもしれない、ぐらいに取っておいても良いだろう。
 武彦は適当に礼を言ってお茶を濁した。
 男の方は別に気にした風もなく、話が終ったので椅子から立ち上がる。
「じゃぁ、お互い頑張ろうな。死なない程度に」
「そうだな。情報提供には感謝する」
「これぐらいお安いご用ってやつさぁ。そっちのお姉さんも、また会いましょうね」
 会話中、一言も喋らなかった冥月はやはり別れ際でも何も言わなかった。

 男が食堂から消えて数分。
「草間、あの男には気をつけろよ」
「ああ、わかってるよ」
 呟く冥月に武彦も頷く。
 お喋りな性格はまだ良いとしても、色々と知りすぎている。
 どんな情報ルートを持っているのか知らないが、異常なまでに詳しすぎる。
「さて、シュラインたちと合流するぞ。バッヂを届けてやらないと」
「そうだな」
 言って二人は食堂を後にした。

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 冥月の能力を使い、シュラインと魅月姫の近くに移動してきた。
 まずは影の中から外の様子見。潜水艦だって潜望鏡があるのだ。それと一緒である。
「後をつけてきたは良いけど……なんだか大分修羅場っぽいわね」
「小太郎さんやユリさんは狐ではないでしょうし、あの見慣れぬ女性が狐のようですね。魔力も管だと思っていたモノの位置と合致してます」
 どうやら二人はビルに隠れて、通りの方の様子を窺っているらしい。
 声を潜めて話し合いながらも、視線は一方向だけを見ている。
 だが、どうやら魅月姫は冥月たちに気付いているようで、こちらを見て少し頭を動かした。
「という事は別に管狐じゃ無かったってわけね。人化するのに手一杯の魔力しか持ち合わせてないのかしら」
「そんな少ない魔力を補うためにあのガラス玉を求めていた、という事も考えられますね」
「とにかく、武彦さんたちに連絡よ!」
「おぅ、俺らがどうかしたか?」
 どうやら危険は無さそうなので早速外に出ようというタイミングで、丁度シュラインが携帯電話を取り出していた。
 突然武彦が声をかけたので、多少驚かせてしまったようだ。シュラインの肩が少し跳ねた。
「狐は見つかったのか」
「ええ、すぐそこに居るわ。小太郎くんとユリちゃんの隣」
「はぁ? あの小僧が?」
 驚いて武彦はすぐにビルの陰から覗いてみれば、確かに小太郎とユリ、そして見知らぬ女性が居る。
「ははっ、冥月。笑えない冗談が本当になったぞ」
「言霊ってヤツを信じそうになるな……」
 二人で苦笑するのを見て、シュラインと魅月姫は首をかしげた。

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 全員が揃った所で簡単に情報交換。
 魅月姫とシュラインが街を回った結果、狐の魔力が感じられたのは二つ。
 一つが魔力が詰まったビー玉で、もう一つが人化した狐だったと言う。
 そしてその狐がビー玉を探していて、小太郎がその探し物の手伝いをしていたのだ。
 どうやらあの小僧、事態を厄介にするのが得意技らしい。
 今、狐と小太郎がどうしているのかはビルの陰から覗けばわかる。
 ユリを交えてなにやら相談しているらしい。探し物も見つかった事だし、どうやって帰るか、などと話しているのだろう。
「まぁ、大体わかったが、これからどうするんだ?」
「冥月さんたちの情報も考えると、そのギターケースの男と奥さんが雇った退魔士って言うのを注意しておけば、他は別にどうって事無いって事ね」
「そうだ。おそらく、今も狐の周りをうろついていると思うんだが、冥月でも魅月姫でも、ソイツが今何処にいるのかわからないか?」
 武彦に振られ、魅月姫は首を振る。
「その方がどんな方なのかわかりませんし、千差万別の魔力を探るのは難しいですね。ただ、狐の周りに……というか小太郎さんたちの周りに幾つか大きい魔力は感じます。小粒は幾つでも見つかりますが、随分と遠い位置で奔走していますね」
「小太郎たちの近くにギターケースの男の影は感じられる。まず間違いなく、その感じられる魔力の内の一つはヤツだろうな」
「という事は、その人ももう狐を見つけているのかしら? だったら小太郎くんたちが危ないんじゃない?」
 三人の意見を聞いて武彦は顎を抑えて頷く。
「まぁ、そうなるだろうな。……とにかく依頼を遂行したいところだが、裏で悪女が動いてるとなるとひねくれたくなるのが人の情ってな。無条件に倒すよりはまず、あの小僧どもにも接触してアイツらの状況も把握しておくか」
 武彦の意見に誰も異を唱えず、一行はとりあえず小太郎たちに近づく事にした。

「あ、その前に、全員これをつけとけ」
 思い出したかのように武彦が立ち止まり、全員にバッヂを渡す。
「何でも討伐隊の証だそうだ。他の討伐隊連中と連携を取りやすいように、だとよ」
「……別に妖しい物はついていませんね」
 魅月姫がバッヂを一瞥して鑑定する。どうやら呪いのアイテムの類ではないらしい。
 その後、全員見えやすい場所にバッヂを着け、ビルの陰から外に出た。

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「……で、アイツらに見つからないようにするには人目につかない路地を通った方が……」
「……それでは逃げ場がなくなる可能性もあります。挟撃でもされたらどうするんです?」
「べ、別に良いですよぅ。落し物も見つかったわけですし、お二人はもう帰っていただいても……」
「最後までやるって言ったろ!」
 随分と大きな声での密談だった。
 武彦達が少し近付いただけで会話内容が聞き取れるぐらいだ。
「よぉ、アイツらって誰だ?」
「うぉ、草間さん!?」
 武彦に声をかけられて小太郎が肩を跳ねさせる。
「ど、どうしたんだよ、こんな所に!?」
「お前こそ、こんな所で両手に華状態で何をしてるんだ? 小僧には十年早い状況じゃないか?」
「べ、別にそういうわけじゃねぇよ! ……って、あれ。シュライン姉ちゃんと魅月姫姉ちゃんも一緒か」
 武彦の後ろに先程会った二人の姿を見つけ、小太郎は首をかしげた。
「こ、こんにちわ。さっきぶり」
「落し物は持ち主に返せたようですね?」
「ああ。この人がその持ち主」
 言って小太郎はユリでない女性を前に押し出す。
「リコと申します〜。よろしく〜」
 緩く挨拶してペコリとお辞儀するリコ。全く悪意や敵意は感じられないが、相手は狐。
 人を騙すのが得意と聞くので、警戒するに越した事はない。
「失礼ですが、そのビー玉。貴方は何に使うつもりですか?」
「え? これですか? 実はですね……」
「ああああああああ!!」
 リコの言葉を遮って小太郎が指を差して大声を出す。
 指の先には武彦がつけていたバッヂ。
「お? どうした小僧、これが欲しいか? 残念だがやるわけにはいかんな」
「要るか! 何で草間さんがそれつけてるんだよ!? って、他の人たちもみんなつけてる!?」
 小太郎は一人一人確認していちいち大声でリアクションを取る。
 このバッヂの何がそこまで小太郎をエキサイトさせるのか謎であったが、すぐにそれも解ける。
「アンタら、もしかしてこの人を狙ってるのか!?」
「……なんだ、お前知ってたのか」
「知ってるも何も、さっきからそのバッヂつけたヤツに何度も襲われたよ!」
 意外ながら、どうやら討伐隊の中にも索敵に長けた人間も居たらしい。
「知ってるなら話は早い。実はだな……」
「この人を殺そうとするなら、俺が許さないからな!」
「は? いや、別にそういうわけではなくてだな……」
「うるせぇ! この人を殺すならまず俺を倒してからにしろ!」
 負けフラグギリギリの発言をした小太郎に、小さな笑いが二つ、聞こえてくる。
「面白いことを言うな、小太郎。まず俺を倒してから、そういったな?」
「私たちを前にしてそういえることは立派ですが、邪魔をするならそれ相応の『お仕置き』が必要ですね?」
 笑い声の元は冥月と魅月姫。
 戦うのならば容赦はしない。そして小太郎と比べるまでも無く、二人は強い。
「ちょっと二人とも! まずは話し合いって話じゃなかったの!?」
「仕方があるまい。小太郎が話を聞かないのだ。それに仕事上対立してしまったならこういう解決案もありだとは思わんか」
「ええ。別にリコさんをどうこうするというわけではありませんし。まずは邪魔をしそうな人を黙らせてから、です」
「まぁまぁ、二人とも落ち着けって。おい、小太郎」
 武彦が小太郎に呼びかけると、小太郎は目に見えて警戒を強めた。
 どうやら、冥月と魅月姫を前にしても闘士は薄れないらしい。蛮勇にも程がある。
「どうやら、戦う気満々で居るようだが、お前はこの二人に勝てると思うか?」
「微塵も思えない。だけどやるだけやってやるさ。何もしないより何かしたほうがマシだ。例えそれで死んだとしても、何もせずに生きるよりはずっと良い! 師匠の教えには多少反するけど、どうしても俺には生き方を変えられそうにない」
「まぁ、馬鹿一直線なお前の生き方はどうでも良いとしてだ。勝てる見込みが無いとわかっているなら、そうだな……二十分だけ時間をやる。その内に仲間内で話し合って決めろ。投降するか、それとも意地張って逃げるか」
 武彦の言葉に小太郎は眉間にしわを寄せた。
 どう考えてもこれは降伏勧告だ。話し合えとは言っているが、普通に考えれば降伏以外の余地は無い。
 だが、それにしたって小太郎はそんな考えに行き着かない。
 草間様一行がリコを殺そうとしている、と全力で勘違いしているのだ。
 全部諦めてリコを武彦達に渡すなんて事は、最初っから選択肢にないのだ。
「行くよ、リコさん」
「え? あ? はい?」
 武彦が腕時計を見やり、カウントを始めようとする前に小太郎はリコの手を取って走り出していた。

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 ユリはその時、胸の痛みを感じた。
 誰かの手を取って逃げる小太郎の姿を、まさかこんな風に第三者としてみるとは思わなかった。
 ついこの間は、彼の相方は自分だったのだ。
 だが今は違う。小太郎はリコの手を取って走っていく。
 それがとても痛く、悲しかった。
「……ユリちゃんはどうするの?」
 気がつくとシュラインが隣に立っていた。
 ハッとして顔を上げようとしたが、自分の視界が滲んでいるのに気がついてそのまま顔を伏せた。
「あの小僧についていくのか? 辛いならこっちに居るなり、興信所で先に待っていても良いんだぞ」
 冥月に言葉にも首を横に振る。
「……私も小太郎くんについて行きます。皆さんの邪魔になるでしょうが、許してください」
「そうですか。……頑張ってください」
 涙をぬぐって駆け出すユリに魅月姫は励ましの言葉を投げかけた。
 ユリはそれを頷いて受け取り、未だ雑踏に紛れきらない小太郎とリコの後姿を追いかけていった。
「……なんともややこしい話になってるな。俺ぁそういう面倒な話はパスだぜ」
「まぁ、武彦さんには高尚過ぎるかもね」
 ぼやく武彦に、シュラインはため息混じりに呟いた。

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「で、どうするんだ? 小太郎たちを逃がしたのにも何か策があってのことだろう?」
「ん、ああ。大した策じゃないがな」
 難しい顔をしていた武彦の顔に笑みが戻る。
「アイツらがフリーになったらまた退魔士が集まってくるだろ。その中に社長の奥さんお抱えのハンターが居れば成功だな」
「……そのハンターを使って奥さんに仕返しでも企んでる、って所かしらね?」
「よくわかってるじゃないか、シュライン」
 と言ってもどんな手で仕返しするかまだ決まってないゆえ、小太郎たちに二十分と言う時間を与えたのだ。
「アイツらが何処に居ようが冥月と魅月姫が居ればすぐにわかる。誰か大きな魔力を持ったヤツが近付いたらすぐに教えてくれ」
「わかりました」
「ギターケースの男の位置も常に把握している。抜かりは無い」
 二人の心強い意見を聞き、武彦は一つ頷く。
「さぁて、どうやって仕返ししてやろうか」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 黒・冥月様、シナリオに参加してくださり本当にありがとうございます! 『小太郎の行動には最早腹が立つ域、になってたらイイナ!』ピコかめです。
 色恋的な内容も多少盛り込まれた今回。三角関係を見るのは大好きな俺ですが上手く表現できてるかどうかは微妙であります。

 まさか小太郎の謀反が先読みされているとは……っ!
 まぁ暗殺者の件もありましたし、多少予想されるかなとは思っていましたが、まるまるバレるとは。
 まさか、バレないと思ってたのは俺だけ、とかそんな事は……まさかね?
 では、次回もよろしくお願いします!