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妖狐討伐隊<前編>
ユリは楽しみにしていたのだ。
いきなり呼び出され、待ち合わせなんて事態になって最初は多少驚いたが、よく考えて見ればこれはデートではないか、とまで思った。
それ故、カラーリップを塗り、初めてコロンもつけ、あの人の好みに合わせて多少厚めの底を持った靴を履いて待ち合わせ場所に行ったのだ。
なのに……
「よぉ、ユリ! ゴメンな、いきなり呼び出しちゃって」
「……小太郎くん、これは……どういうこと?」
最近では他人と向き合う時に敬語を使うように心がけてきたユリだが、この唐突な展開には素を隠せなかった。
当然、待ち合わせていたのは小太郎。ユリも彼に会うために小走りでここまでやってきたのだ。
だが、そこに居たのは小太郎だけではなかったのである。
「……その人、誰?」
「ああ、この人はリコさん。ついさっきそこで会った」
「リコって言います。よろしく〜」
ノンビリした感じの挨拶を受け、一応ユリはリコと名乗る女性に倣って頭を下げた。
リコと名乗った女性は間違いなく、小太郎とユリよりも年上。
背が高く、落ち着きのある服装をして、更に体型も豊満だ。今のユリとは対極を成し、ユリの予測する小太郎のストライクゾーンにジャストミートだ。
そんな女性と小太郎が二人きりの所に、ユリが呼ばれた理由はなんだろう?
そう思ってユリは視線を小太郎に向けた。
「ええと、俺はリコさんが落し物をしたって言うから一緒に探してたんだけど、なかなか見つかんなくてさ。それで応援を呼んだわけ」
「……それが、私ですか」
幾分冷静になったユリはいつもどおり、感情の少ない表情を作り、平坦な声で確認した。小太郎もそれを肯定して頷く。
「すみません〜。落としたモノがとぉっても大事なモノで、あれを失くしたままだとかなりマズイんですよね〜」
間延びした声が、今は無性に癇に障る。
もう少しハキハキと喋れないのだろうか、この人は。
「お、おい、どうしたユリ。顔色悪いぞ? 気分でも悪いのか?」
「……なんでもありません」
キッパリと言い返す。気分はかなり悪いが、彼の尋ねている意味はそうではあるまい。
ただ、どうやら今のやり取りでリコは何かに気がついたようで、
「あちゃぁ、かなり地雷だったみたいですね〜」
と呟いて苦笑を浮かべていた。意外にも勘は働くらしい。
「……それで、何を探しているんですか?」
「ああ、これぐらいの小さいガラス玉だってさ」
そう言って小太郎は親指と人差し指で丸を作ってみせる。それで見た大きさは随分と小さい。
「ビー玉ぐらいだって。この辺りに落っこちてるらしいから、それを探すんだ」
「……わかりました」
「あ、あのぅ」
話が一段落ついたところでリコが口を挟む。
彼女に厳しい視線を向けながら、ユリが応対。
「……何か?」
「ええとですね、お忙しいようでしたら別に無理して手伝っていただく事もないです。三嶋さんもお返ししますから、後は私一人で……」
「そんなのダメだ!」
小太郎がリコの言葉を遮って言う。
「一度引き受けたお願いなんだから、俺は最後までやりとおすよ!」
「……だそうです」
「じゃ、じゃあユリさんだけでも、お手数ですし……」
「……いいえ、手伝いますよ。暇ですから」
そう言ってアウアウ言うリコを放って落し物探しに移る。
そうだ。このまま帰れるわけが無い。
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興信所にはくたびれた感じの男が来ていた。
着ている濃紺のスーツは多少ヨレっとしており、どちらかと言えば端正な顔立ちも疲れが見える。
「どうぞ」
零からお盆を受け取ったシュライン・エマが男にお茶を差し出す。
男は一礼し、それを一口飲んだ。
「で、どういう依頼だって?」
男の対面に座る武彦が尋ねた。シュラインも話し合いに参加するため、武彦の隣に腰を降ろす。
男はそれに答え、静かに話し始める。
「狐の退治です」
「……この日本には頼めば害獣を狩ってくれる団体があるって知ってるか?」
呆れた感じで、武彦はタバコをくわえ始めた。
客の前で断りも無くタバコをくわえる様子を見て、零もシュラインもいさめるような視線を送ったが、武彦はお構い無しだ。
火をつけて、煙を上げる。
その厚顔無礼な態度に、シュラインは黙ってタバコをむしり取り、そのまま灰皿に押し付ける。
(なにすんだよ)
(武彦さんこそ、何してるのよ)
そんな無言の睨み合いに構わず、依頼人の男は話を続ける。
「狐と言ってもただの狐ではなく、妖弧です。人化も出来るらしく、町に来てからはずっと人化をしているらしいです。その団体とやらに頼んでも『人を撃つなんて無理だ』といわれますよ」
「オカルトな話題ならもっとお断りだ」
「いえ、詳細を聞かせてもらいます」
武彦の意見を蹴り飛ばし、零が前に出てきた。
武彦が止める暇も無く、男は続きを話す。
「狐は何を思って里に下りてきたかはわかりませんが、人化した狐が近くに居ると思うと吐き気がして堪らないんですよ。……実は私の妻が狐に憑かれましてね」
男は内ポケットからA4ぐらいの大きさの紙を取り出す。
「知り合いの魔術師の診断書です。一応、狐は降ろしたのですが、それから家内はずっと衰弱していて……。どうしても狐を許す事ができないんですよ」
零は診断書を見て頷く。どうやら奥さんは狐憑きだったので間違い無さそうだ。
「でも、今町に降りてきている狐が白狐などの善狐と言う場合もありますよ? その場合、退治してしまうと逆に奥様の様態が悪化してしまう可能性もあります」
「善狐なり白狐なりだったとして、農耕の神様や、そんな神様の使いがこんなコンクリートジャングルに何の目的があって来るんでしょうか? どうせ、野狐ですよ」
と、シュラインの懸念に対し、キッパリと言い切る男だが何の根拠もない。
どうやら狐とあらば盲目的に悪狐だと判断してしまうようだ。
「とにかく、なんであろうとこの話はお断りだ。他を頼りな」
「……そうですか。一応名刺は置いておきます。気が変わったらお電話ください」
そう言って男は興信所を出て行った。
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出て行った男を見送り、置き土産の名刺を見て武彦は深いため息をついた。
「……見たことある名前だな。最近、良くハンターを雇ってる会社の社長か」
「ハンター、ですか?」
零が首をかしげて訊き返す。
「確かに、聞いた事ある会社ね。私の知り合いも何人か声をかけられたって言ってたわ。ほとんど断ったみたいだけど」
シュラインの補足に零も神妙な顔を向ける。
「さっきの話を聞くと、狐を絶滅させようとでもしてるんじゃないのか。雇ってるハンターも退魔士ばかりらしいからな」
「奥さんの事、余程悔しいのでしょうね」
「だからと言って、狐を絶滅させるなんて考え方はおかしいんじゃないかしら?」
相手が狐ではなく人間だったとしたら立派にテロリストにでもなれそうなぐらいのぶっ飛んだ思考だ。
社長と言う他人の人生を預かる立場の人間の考え方とは……いや、それこそ奥さんの事があっておかしくなってしまったのかもしれない。
「ちょっと引っかかる事があるわよね……。もう少し情報があれば良いんだけど」
「シュライン。お前もなんでちょっと乗り気なんだよ? この件はもう蹴ったんだ。またしばらく暇な生活だよ。全く、どうしてこんな話ばっかり……おい、零、コーヒー」
言った傍から、零が武彦の前にコーヒーが入ったカップを置いた。
ついでに家計簿を兼ねたノートも。
「……なんだ、こりゃ」
「紅い文字が見えませんか?」
ノートには紅い数字が目立つ。つまりは興信所の経営がヤバイのである。まぁ、いつもの事であるが。
それを見て、零の隣からため息交じりのシュラインの声が。
「私がイヤイヤ乗り気な訳、わかってもらえた?」
「う……ぐ」
「その名刺、見せてもらえますか?」
「やっぱり、受けるのか……?」
「可哀想なあの人の役に立ってあげたいじゃないですか。頑張ってくださいね、兄さん」
黒電話に手をかけながら、零は笑顔で兄を激励した。
「……ったく、こんな時にあの小僧は何処行きやがった……っ!」
「どぅどぅ。子供に八つ当たりなんて大人気ないわよ」
頭を抱える武彦をシュラインがなだめていた時、興信所のドアがノックされる。
そして、ドアの奥から入ってくる人影が小柄なのを見て、武彦が鬱憤の捌け口が帰ってきた! と目を輝かせたのだが
「こんにちわ。……あら、どうしたんですか、そんなに元気よく立ち上がって……何か良い事でも?」
入ってきたのは黒榊 魅月姫だった。
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「妖狐退治、ですか」
零が淹れたお茶を優雅に飲みつつ、魅月姫が聞き返す。
「これでまたオカルト興信所の名に箔がつきますね」
「俺は望んじゃいないんだがな」
不満一杯の武彦は子供のように口を尖らせて言い返す。
「でね、良ければ魅月姫さんにも手伝ってもらえたらな、って」
「そうですね。狐狩りは趣味ではありませんが、私も手伝います」
「良かった! 頼むわね!」
武彦のぶつぶつと響く重低音の文句を無視し、シュラインが魅月姫に笑顔を向けると、魅月姫の良い返事が帰ってきた。
何事も頼んでみるものである。
「……はい。では……はい、よろしくお願いします」
カチャン、と黒電話が鳴く。零が受話器を置いて一息ついていた。
「向こうはなんて?」
「ええ、一応依頼は受けました。それで代表者が誰か、向こうの会社の会議室に来て欲しいとの事です」
「それじゃあ武彦さん、よろしくね」
シュラインに肩を叩かれ、武彦は思い切り嫌な顔を返すが、有無を言わせぬ笑みで受け流された。
そんな一方的な押し付けに深く重いため息を吐いた武彦。と、その時、再びドアが開かれる。
「……よぅ、冥月」
「ん、なんだ、どうした草間」
現れたのは暇つぶしに興信所へ寄った黒・冥月。突然武彦に声をかけられ、少し面を喰らってしまった。
近かったのだ。妙に。今まで所長の机についていた武彦だが、異常なスピードで冥月を出迎えたのだ。
「狐は美しい女性に化けて男を誑かすと言う。気をつけろよ冥フヴッ!」
「何の話だ」
言葉の途中で鉄拳が頬にぶち込まれたのは言うまでもない。
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「何かと思えばそんな……。IO2でも紹介してやればよかっただろうに」
武彦に負けず劣らずの嫌な顔で事情を聞いた冥月。
どうやら私怨で誰かを殺す事に多少の抵抗があるようだ。昔を思い出したりするのだろう。
「そうは言うがな。友人に魔術士が居るようなヤツがIO2の存在を知らないわけ無いだろ。その上でウチに依頼に来るって事は何か理由があるんだろうさ」
例えばIO2にしょっ引かれそうなヤバイ事とか。
言われて見れば、そこが奥さんが狐に憑かれた原因、若しくはテロリストまがいの依頼主のぶっ飛んだ発想に繋がっているのかもしれない。
「まぁ、なんにしろ、ここに居る全員は協力してくれるって事で良いんだな?」
「一応、興信所の一員ですもの」
「先程お答えしました」
「まぁ、乗り気じゃないがな」
シュライン、魅月姫、冥月の答えを聞いて武彦は一度頷いた。
「……じゃあ、ボチボチ行動開始しますか」
武彦が椅子から立ち上がるのを号令に、各々、自分のするべき事、したい事を始める。
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「準備、出来ましたか?」
「ええ。OKよ」
町に繰り出す組、魅月姫とシュライン。
魅月姫の魔力探知によって狐を探し出し、できれば話し合い、出来なければ様子見をするための班である。
その際、シュラインは人間には聞こえない、動物の聴力範囲の音で狐とコンタクトを取れないか、実験しようとしていたのだ。
それに使う道具がシュラインの持っている音声レコーダーと興信所の備品である適当なスピーカー、と言うか拡声器である。
「これなら何とか人目も誤魔化せるでしょ。何かのイベントで使う拡声器の運搬中です、とか」
「この興信所の物置には面白いものばかり置いてありますね」
もっと小さなスピーカーでもあればよかったのだが、そんな近代的なものがあるわけが無い。
「とにかく、早速町に出ましょ! 魔力探知の方はどう?」
「気になる点は二つありますね。どちらも狐の魔力のようです」
「二つ? 狐が二匹降りてきたって事? そんな事聞いてないわよ」
「それも気になるんですが、まだもう二つ、気になる事があります。一つは片方がほとんど動かない事」
「……もしかして誰かに狩られちゃったとか!?」
「だとすれば、今、代表者として呼ばれた草間さんと冥月さんは完全に無駄足になりますね。依頼主が呼び出したのだとしたら、多分それは無いのでは?」
「戦力外通知を言い渡されに行った、とか……って、それなら電話で十分か。それに狩られたのなら魔力が感じられるってのもおかしい話よね」
零が電話をかけた時に断ればよかっただけの話だ。そこまで面倒くさい事をするほど、向こうも暇ではあるまい。
「それに、もうひとつ気になることですが、その動かないほうの魔力がもう一つに比べてかなり膨大なのです」
「ど、どれくらい?」
「町一つ吹き飛ばすぐらいですかね」
サラリと言い放つ魅月姫の言葉に、シュラインは背筋を冷やした。
「それって、かなり大事じゃない!? す、すぐに確保しないと!」
「そんなに焦る必要も無いでしょう。どうやらその魔力にはリミッターが設けられており、今の所一定量の魔力しか放出できないようになってます。中に蓄積されている魔力を探るのにも少し苦労しました」
「リミッターが解除される可能性は?」
「おそらく、よほどの事がない限り大丈夫でしょう。一種結界じみてますね。かなり強力なもので、ちょっとやそっとじゃ解けそうにありません」
遠距離からわかる情報はこれぐらいのようで、魅月姫は『これぐらいです』と言って話を切った。
「……でもなんにしろ、そんなに大きな魔力を放っておくのは危ないんじゃないかしら? すぐに確保した方がいいと思うわ」
「そうですね。因みに、もう片方の狐は随分と小物みたいですよ。もしかしたら管なのかもしれません」
「管って管狐よね? ……まぁ、今のご時世、ありえないって事もないか。とにかく、今は大きい方の魔力を目指すわよ! 案内よろしく」
「はい。任せてください」
それほど巨大な魔力が町の中にあるなんて危険だ。
その狐が今回のターゲットだったりしたらもっと危険だ。
依頼内容には多少反するが、できれば穏便に話をつけて山へ帰っていただくのもありだろうか。
シュラインの懸念通り、善狐だったりして、それに危害を加えたりすると後々エライ目にあいそうだ。
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休日の昼過ぎという事もあり、町はそれなりに人が居た。
これだけ人が多ければ人化した狐を探し出すも一苦労だろうか。
いやいや、それには及ばない。大体の位置はわかっているのだ。
「こっちです」
「あ、ちょっと待って。すみません通してください」
スルスルと人波を割って歩く魅月姫とは対照的に、かさばる荷物を持つシュラインはどうにも進行に難あり、のようだ。
それはそうだ。脇に拡声器を抱えながら歩いているのである。これだけ人が多い通りを歩いていれば、それはかなり邪魔なはずだ。
「音のほうの釣果はどうです?」
「ボウズよ。狐からの返事なんて全く聞こえないわ」
シュラインの持つレコーダーから発せられる『声』に対して、反応するような音は何一つ聞こえない。
狐がこの音を聞いているなら何か反応があっても良いと思ったのだが……警戒されているのだろうか。
「近くを通る人の足音も気をつけてみてるけど、狐っぽいのは無いわね。人化しても足だけ化けきらない、って文献もあるしもしかしたらって思ったんだけど」
「膨大な狐の魔力も微動だにしないわけではありませんし、動いているなら足音くらい聞こえても良さそうなものですけどね」
とはいえ、肉球によってかなり小さな音になっているので、往来の激しいこの通りでそれを聞き分ける事など常人には無理だ。
音に対して極限まで特化しているシュラインだからこそ出来るのである……が結果は推して知れ。
「でも、もうすぐ狐の魔力の発生源です。そこに近付けばもう少し良い結果が出るかもしれませんよ」
「そうね。もう少し粘ってみましょ」
よし、と気合いをいれ、再び歩きづらい道を謝りながら魅月姫について行くシュラインだった。
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「ここ?」
「ええ。そのはずです」
「……それらしき人は居ないわよ?」
魅月姫の言う魔力の発生源に辿り着いた二人だが、そこにはやはり狐らしき人影は見当たらない。
シュラインが耳を済ませても足音はしないし、返答もない。
「……どうやらこれみたいですね、発生源」
そう言って魅月姫が地面から取り上げたのはビー玉。
言われて見ても、シュラインが見れば、ただのとても小さいガラス玉である。
「これが発生源? こんな小さいビー玉に町を吹き飛ばすような魔力が詰まってるわけ?」
「間違いありません。このガラス玉から魔力が感じられます。……どうやらこちらはハズレだったようですね」
管か何かかと思っていた方がターゲットらしい。
いや、若しくは魅月姫が探査出来る範囲外に居るのか、若しくはそう言った術法、能力を妨害する結界のようなものを張っているのかもしれない。
そうなると、完全に振り出しに戻ってしまうのだが。
「でもまぁ、こんな危ないものを放置しておくのも問題だし、これを確保しつつもう一つの狐の方に行って見ましょ」
「そうですね。このビー玉もこれはこれで興味があります」
そう言ってビー玉を覗く魅月姫だが、突然の叫び声で中断される。
「あああああああああ!! それ! そのビー玉!」
声のほうを見ると、そこには小太郎少年が。
「こ、小太郎くん! どうしてこんな所に?」
「二人こそ、なんでそのビー玉持ってるんだよ!?」
「私たちは依頼を受けて偶々ここを通りかかり、妙な魔力を発するこのビー玉を確保したまでです」
淡々とする魅月姫の答えを受けて、小太郎は『あ、そうですか……』と言って黙った。
「で、小太郎くんはどうしてここに?」
「そのビー玉を探してたんだよ。それを落とした人がスンゲー困ってて、それを一緒に探してたんだ」
「落とした人……? そうですか、このビー玉は元々誰かの持ち物でしたか」
魅月姫は一人で頷き、小太郎に近付いてそのビー玉を渡す。
「ではこれは貴方がその人に返してあげてください。私たちは仕事に戻ります」
「え、ちょ、良いの、魅月姫さん!?」
驚いて尋ねるシュラインに、魅月姫は黙って頷いた。
そして短く一つ付け加える。
「これも一種、釣りですから」
「……! なるほど」
何か考えがあるらしい魅月姫に従い、シュラインはそれ以上何も言わなかった。
「では小太郎さん、これは貴方に預けます。必ずその人に返してあげてください」
「お、おう。任せとけ。……今、仕事してるって言ったけど、俺は手伝わなくて大丈夫かな?」
「え? ええ、私たちだけで大丈夫だと思うけど」
どうせ目標は管狐程度の力しかない狐だろう。そう思ってシュラインは返答した。
魅月姫も頷いて答える。
「心配には及びません」
「そうか。そりゃ良かった。じゃあ、俺はこれで」
そう言って小太郎は踵を返し、人込みに紛れて行った。
「……で、どういう目論見があるの?」
小太郎が見えなくなった後、シュラインが魅月姫に尋ねる。
「あのビー玉からは狐の魔力が感じられました。それを落とした『人物』が居るとしたら、それは人化した狐か、若しくは狐に関係ある人間でしょう」
「……なるほど。釣れれば一発大当たりってワケか。じゃあ、早速小太郎くんの後をつけましょ」
「そうですね。小太郎さんはわかりやすい魔力をしてますから、とりあえず見失う事は無いでしょう」
そう言って魅月姫は再び人込みをスイスイ泳ぐように歩いていくが、その後ろを追うシュラインは拡声器の邪魔さゆえに、再び悪戦苦闘だった。
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「後をつけてきたは良いけど……なんだか大分修羅場っぽいわね」
ビルの陰から小太郎たちを覗くシュラインが呟く。
視線の先には小太郎と見慣れぬ女性とユリの三人。どうやらあの三人であのビー玉を探していたらしい。
だが、何とも不穏な空気がここまで漂ってくる上、心なしかユリの眉間にシワが見える。
小太郎と見慣れぬ女性が何となく仲が良さそうなので、それを見て嫉妬している、と言うのが一番濃い線だろうか。
「小太郎さんやユリさんは狐ではないでしょうし、あの見慣れぬ女性が狐のようですね。魔力も管だと思っていたモノの位置と合致してます」
それに、先程から気付かれないようにチラリチラリとこちらの様子を見ている。
どうやらシュラインの持っているスピーカーから発せられる音が気にかかって仕方が無いらしい。
これは高確率でビンゴだ。
「という事は別に管狐じゃ無かったってわけね。人化するのに手一杯の魔力しか持ち合わせてないのかしら」
「少ない魔力を補うためにあのガラス玉を求めていた、という事も考えられますね」
「とにかく、武彦さんたちに連絡よ!」
「おぅ、俺らがどうかしたか?」
突然の声に振り返ってみれば、影から這い出てくる武彦と冥月の姿が。
どうやら冥月の能力で転移してきたようだ。
「狐は見つかったのか」
「ええ、すぐそこに居るわ。小太郎くんとユリちゃんの隣」
「はぁ? あの小僧が?」
驚いて武彦はすぐにビルの陰から覗いてみれば、確かに小太郎とユリ、そして見知らぬ女性が居る。
「ははっ、冥月。笑えない冗談が本当になったぞ」
「言霊ってヤツを信じそうになるな……」
二人で苦笑するのを見て、シュラインと魅月姫は首をかしげた。
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全員が揃った所で簡単に情報交換。
冥月達が会社に赴いてわかったことはいくつかあった。
まず、討伐隊のメンバーが狐を狩れる程度のレベルでない事。
あれでは並みの妖狐であっても返り討ちだそうだ。
だがしかし、その中に一人だけ例外も居た事。ギターケースを持った男だと言う。
その男は社長やその奥さん、会社内のことを何故かよく知っており、これは要注意人物だ、と武彦も付け加えていた。
そして社長が狐狩りをする理由、と言うか奥さんが狐に憑かれた、と言う『誤報』の真相だ。
どうやら奥さんは狐に憑かれた、と狂言芝居を打ち、社長を騙して妖狐の毛皮を狙っているらしい。
騙される社長も社長だが、とりあえず今はそれは保留だ。
奥さんは個人で退魔士を雇い、討伐隊に参加させてその退魔士に狐を狩らせ、狐の毛皮を手に入れる算段をしているらしい。
わかったことは以上だが、それらほとんどの事はギターケースの男からもたらされた情報。
全て鵜呑みにすることは危険だろうが、いくつか真実は混じっているだろう。
そしてその事自体がギターケースの男の怪しさを倍増させている。
「なるほどね。そのギターケースの男と奥さんが雇った退魔士って言うのを注意しておけば、他は別にどうって事無いって事ね」
「そうだ。おそらく、今も狐の周りをうろついていると思うんだが、冥月でも魅月姫でも、ソイツが今何処にいるのかわからないか?」
武彦に振られ、魅月姫は首を振る。
「その方がどんな方なのかわかりませんし、千差万別の魔力を探るのは難しいですね。ただ、狐の周りに……というか小太郎さんたちの周りに幾つか大きい魔力は感じます。小粒は幾つでも見つかりますが、随分と遠い位置で奔走していますね」
「小太郎たちの近くにギターケースの男の影は感じられる。まず間違いなく、その感じられる魔力の内の一つはヤツだろうな」
「という事は、その人ももう狐を見つけているのかしら? だったら小太郎くんたちが危ないんじゃない?」
三人の意見を聞いて武彦は顎を抑えて頷く。
「まぁ、そうなるだろうな。……とにかく依頼を遂行したいところだが、裏で悪女が動いてるとなるとひねくれたくなるのが人の情ってな。無条件に倒すよりはまず、あの小僧どもにも接触してアイツらの状況も把握しておくか」
武彦の意見に誰も異を唱えず、一行はとりあえず小太郎たちに近づく事にした。
「あ、その前に、全員これをつけとけ」
思い出したかのように武彦が立ち止まり、全員にバッヂを渡す。
「何でも討伐隊の証だそうだ。他の討伐隊連中と連携を取りやすいように、だとよ」
「……別に妖しい物はついていませんね」
魅月姫がバッヂを一瞥して鑑定する。どうやら呪いのアイテムの類ではないらしい。
その後、全員見えやすい場所にバッヂを着け、ビルの陰から外に出た。
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「……で、アイツらに見つからないようにするには人目につかない路地を通った方が……」
「……それでは逃げ場がなくなる可能性もあります。挟撃でもされたらどうするんです?」
「べ、別に良いですよぅ。落し物も見つかったわけですし、お二人はもう帰っていただいても……」
「最後までやるって言ったろ!」
随分と大きな声での密談だった。
武彦達が少し近付いただけで会話内容が聞き取れるぐらいだ。
「よぉ、アイツらって誰だ?」
「うぉ、草間さん!?」
武彦に声をかけられて小太郎が肩を跳ねさせる。
「ど、どうしたんだよ、こんな所に!?」
「お前こそ、こんな所で両手に華状態で何をしてるんだ? 小僧には十年早い状況じゃないか?」
「べ、別にそういうわけじゃねぇよ! ……って、あれ。シュライン姉ちゃんと魅月姫姉ちゃんも一緒か」
武彦の後ろに先程会った二人の姿を見つけ、小太郎は首をかしげた。
「こ、こんにちわ。さっきぶり」
「落し物は持ち主に返せたようですね?」
「ああ。この人がその持ち主」
言って小太郎はユリでない女性を前に押し出す。
「リコと申します〜。よろしく〜」
緩く挨拶してペコリとお辞儀するリコ。全く悪意や敵意は感じられないが、相手は狐。
人を騙すのが得意と聞くので、警戒するに越した事はない。
「失礼ですが、そのビー玉。貴方は何に使うつもりですか?」
「え? これですか? 実はですね……」
「ああああああああ!!」
リコの言葉を遮って小太郎が指を差して大声を出す。
指の先には武彦がつけていたバッヂ。
「お? どうした小僧、これが欲しいか? 残念だがやるわけにはいかんな」
「要るか! 何で草間さんがそれつけてるんだよ!? って、他の人たちもみんなつけてる!?」
小太郎は一人一人確認していちいち大声でリアクションを取る。
このバッヂの何がそこまで小太郎をエキサイトさせるのか謎であったが、すぐにそれも解ける。
「アンタら、もしかしてこの人を狙ってるのか!?」
「……なんだ、お前知ってたのか」
「知ってるも何も、さっきからそのバッヂつけたヤツに何度も襲われたよ!」
意外ながら、どうやら討伐隊の中にも索敵に長けた人間も居たらしい。
「知ってるなら話は早い。実はだな……」
「この人を殺そうとするなら、俺が許さないからな!」
「は? いや、別にそういうわけではなくてだな……」
「うるせぇ! この人を殺すならまず俺を倒してからにしろ!」
負けフラグギリギリの発言をした小太郎に、小さな笑いが二つ、聞こえてくる。
「面白いことを言うな、小太郎。まず俺を倒してから、そういったな?」
「私たちを前にしてそういえることは立派ですが、邪魔をするならそれ相応の『お仕置き』が必要ですね?」
笑い声の元は冥月と魅月姫。
戦うのならば容赦はしない。そして小太郎と比べるまでも無く、二人は強い。
「ちょっと二人とも! まずは話し合いって話じゃなかったの!?」
「仕方があるまい。小太郎が話を聞かないのだ。それに仕事上対立してしまったならこういう解決案もありだとは思わんか」
「ええ。別にリコさんをどうこうするというわけではありませんし。まずは邪魔をしそうな人を黙らせてから、です」
「まぁまぁ、二人とも落ち着けって。おい、小太郎」
武彦が小太郎に呼びかけると、小太郎は目に見えて警戒を強めた。
どうやら、冥月と魅月姫を前にしても闘士は薄れないらしい。蛮勇にも程がある。
「どうやら、戦う気満々で居るようだが、お前はこの二人に勝てると思うか?」
「微塵も思えない。だけどやるだけやってやるさ。何もしないより何かしたほうがマシだ。例えそれで死んだとしても、何もせずに生きるよりはずっと良い! 師匠の教えには多少反するけど、どうしても俺には生き方を変えられそうにない」
「まぁ、馬鹿一直線なお前の生き方はどうでも良いとしてだ。勝てる見込みが無いとわかっているなら、そうだな……二十分だけ時間をやる。その内に仲間内で話し合って決めろ。投降するか、それとも意地張って逃げるか」
武彦の言葉に小太郎は眉間にしわを寄せた。
どう考えてもこれは降伏勧告だ。話し合えとは言っているが、普通に考えれば降伏以外の余地は無い。
だが、それにしたって小太郎はそんな考えに行き着かない。
草間様一行がリコを殺そうとしている、と全力で勘違いしているのだ。
全部諦めてリコを武彦達に渡すなんて事は、最初っから選択肢にないのだ。
「行くよ、リコさん」
「え? あ? はい?」
武彦が腕時計を見やり、カウントを始めようとする前に小太郎はリコの手を取って走り出していた。
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ユリはその時、胸の痛みを感じた。
誰かの手を取って逃げる小太郎の姿を、まさかこんな風に第三者としてみるとは思わなかった。
ついこの間は、彼の相方は自分だったのだ。
だが今は違う。小太郎はリコの手を取って走っていく。
それがとても痛く、悲しかった。
「……ユリちゃんはどうするの?」
気がつくとシュラインが隣に立っていた。
ハッとして顔を上げようとしたが、自分の視界が滲んでいるのに気がついてそのまま顔を伏せた。
「あの小僧についていくのか? 辛いならこっちに居るなり、興信所で先に待っていても良いんだぞ」
冥月に言葉にも首を横に振る。
「……私も小太郎くんについて行きます。皆さんの邪魔になるでしょうが、許してください」
「そうですか。……頑張ってください」
涙をぬぐって駆け出すユリに魅月姫は励ましの言葉を投げかけた。
ユリはそれを頷いて受け取り、未だ雑踏に紛れきらない小太郎とリコの後姿を追いかけていった。
「……なんともややこしい話になってるな。俺ぁそういう面倒な話はパスだぜ」
「まぁ、武彦さんには高尚過ぎるかもね」
ぼやく武彦に、シュラインはため息混じりに呟いた。
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「で、どうするんだ? 小太郎たちを逃がしたのにも何か策があってのことだろう?」
「ん、ああ。大した策じゃないがな」
難しい顔をしていた武彦の顔に笑みが戻る。
「アイツらがフリーになったらまた退魔士が集まってくるだろ。その中に社長の奥さんお抱えのハンターが居れば成功だな」
「……そのハンターを使って奥さんに仕返しでも企んでる、って所かしらね?」
「よくわかってるじゃないか、シュライン」
と言ってもどんな手で仕返しするかまだ決まってないゆえ、小太郎たちに二十分と言う時間を与えたのだ。
「アイツらが何処に居ようが冥月と魅月姫が居ればすぐにわかる。誰か大きな魔力を持ったヤツが近付いたらすぐに教えてくれ」
「わかりました」
「ギターケースの男の位置も常に把握している。抜かりは無い」
二人の心強い意見を聞き、武彦は一つ頷く。
「さぁて、どうやって仕返ししてやろうか」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様、シナリオに参加してくださり本当にありがとうございます! 『小太郎の行動には最早腹が立つ域、になってたらイイナ!』ピコかめです。
色恋的な内容も多少盛り込まれた今回。三角関係を見るのは大好きな俺ですが上手く表現できてるかどうかは微妙であります。
人間不可聴域の音を発する所ですが、まず初めに思い浮かんだのはラジカセでした。
ラジカセに音を吹き込んで、それを肩に担ぎながら町を練り歩くオネーサン……。
それはとてもcoolな画ではありましたがシュラインさんではない気がして無難に拡声器とレコーダーで。
では、次回もよろしくお願いします!
追伸、OPで伝えたい情報を全部伝えきれる人になりたいものです……。
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