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<東京怪談ノベル(シングル)>


我が衣手に雪は降りつつ

 冷たい風。舞い上がる粉雪。
 黒 冥月(へい・みんゆぇ)は、休みを取った立花 香里亜(たちばな・かりあ)と一緒に、雪祭りを見に北海道へ来ていた。
「暖冬でも流石に雪があるな」
 白いゲレンデに黒のスキーウェアが映える。
 札幌観光は前に二人で来たときに色々回ったりもしたし、その時に香里亜が「スキーはちょっと苦手」と言ってたのを思い出し、初日はニセコの方まで少し足を伸ばしてスキーを楽しむことにした。
 ニセコは雪質が良く、最近はオーストラリアなどからスキーをしに来るほどだと香里亜が教えてくれたが、本当にパウダースノーが滑りやすい。
「冥月さんすごい…」
 スキーをしたのは久しぶりだが、勘は鈍っていないようだ。華麗にシュプールを描き、コブがあれば容易くジャンプしてみせるその滑りっぷりに、香里亜がゴーグルを外して見とれている。
 最初は初級コースで香里亜がどれほど滑れるのか見ていたのだが、自分で言うほど下手というわけでもないようなので、今は上級コースで滑っている。途中で待っている香里亜の所へ雪を巻き上げ止まると、香里亜は手袋をしたままぽふぽふと拍手をした。
「冥月さん、プロみたいでしたよ。すごいですね」
 初級コースや中級コースには結構スキー客がいたが、流石にここはコブの多いコースなので他の客の姿は見えない。
 プロみたい…と言われ、冥月はゴーグルを少し上げて遠い目をした。スキーが上達したのには訳があるのだ。
 それは……。
「昔、私の恩師が有名なスパイ映画を見てな。スキーで逃げるシーンが気に入ったらしく翌日から一月雪山暮しさせられた。装備もなくあの時は死にかけてな…」
「そ、それは……」
 なかなか普通の人には出来ない特訓だろう。死にかけたということは、リフトがあって整備されているスキー場ではなく、本当に「雪山」だったのだろう。
「冥月さんのお師匠様は、何だかすごい人なんですね」
「ああ。あの雪山暮らしはあまり思い出したくない…」
 特訓と言うよりは雪中行軍だ。それも今の仕事に役立っているからいいようなものの、あまり素敵な思い出ではない。溜息をつく冥月に、香里亜が力なく笑う。
「さて、ここから降りなきゃならないんですよね」
 スキーは学校の授業などでもやっていたが、上級コースなのでやはり多少傾斜がきつい。そんな香里亜を励ますように、冥月はぽんと背中を叩いた。
「転びながらでもいいから降りないとな。香里亜ぐらい滑れたら大丈夫だ」
「でもこんな所まで来たの初めて…」
 その刹那…ぐらっと地面が揺れた。
 地震か、それとも…冥月は自分が滑っていたコースへ振り向いた。
「な、雪崩っ!」
 コースの上の方で雪煙が上がる。暖冬で雪が固まった上に降り積もると、そこを滑るように雪崩が起きることがある…このままここにいれば巻き込まれるだろうが、冥月は落ち着いて雪崩を見ていた。
「冥月さん、どうしましょう」
「慌てるな。これぐらい…」
 トン。ストックで影を突くと、辺りがまるで日食のように一瞬暗くなったような気がした。影を広範囲に広げればこんな事も可能だ。ここで防げば下の方に被害が行くこともない。冥月は影の中に雪崩を吸収していく。
 何度も影の能力を見ているはずなのに、香里亜はまだ慣れないらしい。ふうっと安心したように白い息を吐くと、ぺたりと雪に膝をついた。
「怖かったです…」
 そんなところがやっぱり可愛い。香里亜の帽子の上から頭を撫で安心させると、冥月は影の中に雪以外の何かが紛れていることに気が付いた。
「む…」
 これは…冬眠していた熊の死体らしい。雪崩に巻き込まれたショックなのか、まだ死にたてだ。それを冥月は影の中から取りだした。
「これはいい。ご馳走だ。鍋にしよう。匂い消しに牛蒡がいるか」
 スキーに来てこんなにいい物を手に入れられるとは。漢方にも使えるし、何よりなかなか食べられないご馳走だ。だが、嬉々としている冥月に対し、香里亜は何だか引きつったような笑いを浮かべている。
「どうした、香里亜?」
「熊…ですか。熊は苦手なんです〜」
 話を聞くと、香里亜は子供の頃に食べた熊肉が獣臭かったという思い出があり、苦手な食べ物が「熊の肉」らしい。おそらく充分な血抜きと臭み消しをしていなかったのだろう。確かに普通に食べるにはかなり癖がある。
 手際よく熊を捌き、丁寧に血抜きをしながら冥月は香里亜に振り向いた。
「掌が美味いぞ。コラーゲンが多いから胸も大きくなる」
「うっ。胸は欲しいですけど…熊…ぬいぐるみなら好きなん…です…けど…」
「大丈夫だ。私が美味い鍋を作ってやる。味噌仕立てでクコの実や酒で臭みも消すから、香里亜でも食べられるぞ」
「が、頑張って食べます。薬だと思って」
 そんなに苦手だとは思わなかった。冥月は影の中に漢方で使う部位を確保し、後は氷漬けにした。

 その夜、泊まったコテージで冥月が作った熊鍋を食べたが、香里亜は何だか神妙な顔をして食べていたので、感想は後で聞くことにした。
 一応残さず食べていたので、それなりに食べられたらしい。

 次の日。
 雪祭りを見るなら、通は雪像を作っている開催前に見ると雪像も綺麗だと香里亜が言うので、開催の前日に大通公園を歩くことにした。
「真駒内会場があったときは滑り台とかあったんですけど、自衛隊の敷地内だったんですよ」
「それはなかなかすごいな」
 今は真駒内会場ではなく、「さとらんど」という少し離れた場所になってしまい交通が不便だという。まあ、メインは大通り会場なので良いだろう。昼過ぎに到着し、香里亜お勧めの店で味噌ラーメンを食べてから大通公園に出ると、大雪像や市民雪像を作っている場所が何だか慌ただしい。
「何かあったんでしょうか」
「行ってみるか」
 流石に雪像を作っている自衛官に話しかけるのは仕事の邪魔のようなので、市民ボランティアの人に聞いてみると、今年は暖冬で雪不足と作った雪像が溶けてしまうという問題が発生しているらしい。
「雪を運ぶのは大変なのか?」
 雪祭りの規模がよく分からない冥月が香里亜に聞くと、香里亜は大雪像を指さした。
「雪像を作る雪は真っ白なのがいいので、山とかまで自衛官の人がトラックで取りに行くんです。その雪を足で踏み固めて、それから削りだし…って、結構手間がかかっているんですよ」
 雪ならその辺にも積もっているが、それではいい雪像が作れないという。他にも細かい場所は雪と水を練って艶を出したりするということも教えてもらった。
 一週間ほどの祭りにこれだけ手間がかかっているとは。
 冥月はその雪の芸術に感心すると、ボランティアに向かってふっと微笑んだ。
「いい雪ならここにある…雪の芸術を見せてくれるのだから、これぐらいしなくては」
 影の中から雪を出し、小さな山にしてみせる。これだけあれば雪像の修復などにも使えるだろう。
「ありがとうございます」
 雪が来たのを見て、雪像の最後の仕上げが進んでいく。大通り五丁目の大氷像「故宮・太和殿」も日にキラキラと輝いている。
「素敵ですね」
「そうだな」
 一週間ほどの祭りのために作られる、儚くも美しい雪像や氷像。その雪像が作られているのを見ながら、二人はゆっくりと歩いていく。
 大通公園も十丁目を越えると人が少なくなってくる。パンフレットを見ると十一丁目の会場は「国際雪像コンクール」で、十二丁目が「市民雪像」の場所らしい。最後の追い込みに入った皆が、雪像を一生懸命作っている。
 くす。それを見て冥月がなにやら香里亜を見て笑った。
「飛び入りするか」
「えっ?市民雪像って前もって参加者が決まってるんですよ」
「ちょっとしたお遊びだし、完成度が高ければ誰も文句は言うまい」
 雪だるまを作るような感じで、冥月は影で香里亜の体格をスキャンし、影内で固め精巧で瓜二つな彼女のウェイトレス姿の雪像を作り上げ、開いている場所に飾り付ける。
「はうっ!これ、私じゃないですか」
 いつも仕事をしている姿そのものだが、香里亜はあわあわと辺りを見渡す。
「あら、可愛い雪像ね」
「よく出来てるなぁ」
 飛び入りとはいえその見事な出来映えに、雪像を作っていた皆や、早めに見学している観光客が感心したようにその雪像を見にきた。
「どうだ香里亜。美味く出来てるだろう。それとも、雪像だから少し背と胸をおまけした方が良かったか?」
「冥月さんってば、ひどいです〜。でも、何か嬉しいかも」
 香里亜が雪像を見てにこっと笑う。
 それと一緒に写真を撮り、雪像を作っている所を手伝わせてもらったり、甘酒を飲んだりしながら、二人は雪祭りの前日を思う存分楽しんだ。

「はうー、やっぱり露天風呂はいいですね」
 雪像の完成型は明日の開会式後のお楽しみということで、今日は市内からバスで一時間ほどで行ける定山渓温泉にある「第一ホテル翠山亭」に泊まり、そこの客室露天風呂で香里亜はうーんと伸びをした。ここは源泉かけ流しの柔らかい泉質と、客室露店でゆっくり出来るのが香里亜のお勧めらしい。
 スキーや雪像作りで冷えた体を、温泉がゆっくりと芯まで温めていく。
 夕飯は北の海で取れた魚や、北海道産の食材で作った美味しい料理だった。
「露天風呂にはこれが似合うな」
 腕に湯を滑らせながら、冥月は影から日本酒の入ったとっくりとお猪口、そして湯に浮かべるための盆を取り出す。
 今日は良い月だ…温泉に浸かりながら月見酒というのもいいだろう。
「香里亜も呑むか?」
 お猪口を香里亜に差し出すと、それをおずおずと両手で受け取る。
「少しだけ頂きます。内緒ですよ」
「大丈夫だ。酔うまで飲ません」
 お互いで酒を注ぎあい、軽く乾杯するように上げた後二人はそれを飲み同時に息を吐いた。それが可笑しくて何だかクスクスと笑ってしまう。
「客室露店だとこういうことが出来ていいな」
「そうですね。お酒も美味しい…」
 体は温かいが、外からの風が頭を冷やす。それが心地よくて、いくらでも入っていられそうだ。
 ちびちびとお猪口を口に持っていく香里亜に、冥月は何かを思い出したように顔を上げる。そういえば、昨日の鍋の感想を聞いていない。
「熊鍋はどうだった?」
「あー、熊ですか…」
 お猪口を盆の上に乗せ、ちゃぷ…と音を立てて香里亜は肩までお湯に浸かった。熊の掌は煮こごりが出来るほどコラーゲンたっぷりだったが、それは口にあっただろうか。
 血抜きも完璧だったし、臭み抜きもちゃんとやった。
 感想を聞きたいのでその顔を覗き込むように冥月が見ると、香里亜が困ったように笑う。
「結構美味しかった…です。コラーゲンがすごくて、おつゆ飲んだだけで唇がぷるぷるになりそうでしたけど」
「そうか、だったら良かった。全部食べてたから大丈夫だとは思ってたが、ずいぶん神妙な顔をしていたからな」
「それは、子供の時に食べたのと違うなー…って思いながら食べてたからですよ。その時食べたのはすごく獣臭かったんですけど、冥月さんがお料理してくれたら食べられるかな?」
 そう言われるのはやっぱり嬉しい。
 安心したように息をつき、冥月は持っていたお猪口を盆に置く。月だけではなく星も綺麗だ…きっと明日の開会式は良い天気だろう。そんな事を思っていると、なにやら視線を感じる。
「………」
 香里亜が湯に浮かぶ冥月の胸をじっと見ている。そしてふぅと溜息をつきこんな事を言った。
「お湯の中にお月様が何か多いです…」
「こらこらこら!」
 あまりにじっと見つめられるのも気恥ずかしいので、冥月はお湯をすくって香里亜の顔にかけた。雪祭りの会場でも言っていたが、やはりどうしても身長と胸の大きさがコンプレックスらしい。
「ぷわっ。温泉効果と熊パワーでちょっと大きくなるといい…なぁ…って、何か自分で言って悲しくなりました」
「………」
 いや、それはそのままでいいのだが。
 そのままの香里亜が一番なのだが、それを今言っても仕方がないし、憧れられるのも冥月としては悪くはない。
 じっと自分の胸を見ている香里亜に、冥月がお猪口を渡す。
「まあそれは置いといて…まだ呑むか?」
「頂きますー。これでも結構いける口なんですよ」
 ちびちび飲んでいるが、確かに香里亜は結構呑めそうだ。暖まった頬が桜色になっている。そして二人で空を見上げた。
 ぽっかりと浮かぶ月が優しく辺りを照らしている。
 それに反射した雪明かりで、辺りは白くほの明るい。
「これで雪が降っていれば雪見酒でいいんだがな」
「でも月見酒も良いですよ。あんまり雪降ってると、頭に雪が積もって大変なんです…髪の毛も凍っちゃうし」
 くるっと香里亜が、髪の毛をまとめているタオルからはみ出た前髪を指でいじる。今日は天気が良くて冷え込んでいるが、温泉の湯気で暖まっているので髪の毛は凍っていない。
 それを見て冥月はぐっと酒を飲み干す。
「明日が楽しみだな」
「はい。あ、でも、私の雪像あそこに残したままですね…それはちょっとドキドキかも」
「明日こっそり胸足しとくか?」
「もーっ、冥月さんの意地悪ー」
 ぱしゃ…と音を立て、冥月の顔にお湯が飛んだ。

fin

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
北海道に行って、スキーに雪祭りに温泉に…というプレイングでしたので、少し早いですが雪祭りネタをお送りしました。実際の雪像作りはかなり細かい作業で、雪だけでお城などを作ってしまうのはすごいなと思ってしまいます。
熊鍋は、熊肉苦手な香里亜でも食べられたようです。コラーゲン豊富と言う話ですので、きっと色々体に良いでしょう。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
他のお話もお早めにお届けしたいと思います。