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<東京怪談ノベル(シングル)>


Comrade

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」
 東京の片隅にある『蒼月亭』は、AM2:30に営業を終える。週末土曜の夜は、次の日が定休日ということもあり、閉店ギリギリまで客がいることも多い。
「……っと、今週もよく働いた」
 最後の客を見送ったマスターのナイトホークは、ベストのポケットからシガレットケースを出し緊張の糸が解けたように息をついた。週末や忙しい日はアルバイトも入っているが、今日は一人で掃除をして鍵をかけるだけだ。
 店の入り口にかかっている看板を『Closed』にしようとした時だった。
 ふらっと現れた影…矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)…だがナイトホークが知っているのは彼の『白鴉』と言うコードネームだけだ。
「こんばんは。そんな露骨に嫌な顔をされますと、来にくいですな」
「…仕事が終わりそうな頃に残業を言われそうになりゃ、誰だってそんな面にもなるさ」
 別にナイトホークは、個人的に白鴉のことを嫌っているわけではない。一緒に仕事をしたこともあるが、危険なときでも落ち着いていられるその冷静さと、正確な射撃の腕には一目置いている。
 ただ…。
「………」
 何だか大変な週末になりそうだ。ナイトホークが無言で煙草を吸っていると、白鴉はそっと茶色い封筒を差し出した。
 つい微妙な表情になってしまう理由。
 それは白鴉が、『キジ』と呼ばれる防衛省の中にある特殊な部隊の人間であるということと、そのキジが『Nightingale』と呼ばれる特殊機関と繋がりがあるからだ。そして、こうやって白鴉が直々に封筒を持ってきたときは、大抵厄介な任務が書かれた手紙が同封されている。
「これ、中身知ってるのか?」
「それは見てからのお楽しみです…と、よろしければ火を貸して頂けますか?」
「マッチで良ければ」
 ポケットからマッチを探り出し放り投げると、白鴉はそれをいとも容易くキャッチした。左足が義足でそれを補助するように黒い杖を突いているのに、全くそんな事を感じさせないような鋭い動きだ。
 この寒空に立ったまま、封筒を弄り倒しても仕方がない。面倒なことはとっととやってしまうに限る…煙と共に溜息をつきながら封筒を開けると、そこから出てきたのはいつもの白い便せんではなかった。
「……は?」
 中に入っていたのは、近所のラーメン店の「チャーシュー麺引換券」が二枚…。
 一体どういう事なのか。訝しげに券を出し、裏表を確かめているのを見て、白鴉は鼻の頭を掻きながらふっと笑ってみせる。
「これはどういう事でしょうか、白鴉さん」
 何故か丁寧言葉になるナイトホーク。
「実は正月に、近所のラーメン屋でお年玉クジというのを引きましてね…」
「最近はどこでもそんなのやってるよな」
「チャーシューメン十人前を見事に引き当ててしまったんですよ」
 茶色い封筒は白鴉なりの悪戯だった。閉店間際に封筒を持っていったら、ナイトホークはどんな反応をするだろうか…そう思ったのだが、予想通り眉間に皺を寄せた微妙な表情をされてしまった。
「そりゃ年明けから演技のいい話だな」
 その券をひらひらさせながら、ナイトホークは白鴉を見る。
「最初は喜んだんですがね、今にして思えば脂っこいハニートラップですなあ…」
「まあ、チャーシュー麺ばっか十杯はキツいわな」
 券に書かれた有効期限は、後一週間ほどしかない。不敵に笑いながら、ナイトホークは白鴉に券を一枚差し出した。
「で、この任務、俺はどうしたらいいわけ?」
「しばらくチャーシュー麺しか食べてませんで、もうそろそろソイツと縁を切りたいんですが…協力していただけますか?ビールくらい奢りますよ」
 白鴉は煙草を挟んだ手でもう一度鼻の頭を掻く。
 反応が見てみたいという悪戯心もあったが、それ以外にもわざわざ封筒に入れてきた理由があった。それは素直に「ラーメンでも食べに行こう」と言うのが照れくさかったからだ。他にもナイトホークには、自分の任務に付き合ってもらうことで嫌な思いもさせてしまった。自分に出来るフォローはこれぐらいしかない。
 まあ、引換券と縁を切りたかったのも本当だが。
「餃子も頼んでいいなら任務に加わるよ。日曜日は定休日で、毎度昼に何食おうか悩むから丁度いい」
 そんな事を思っているのに気付いたのだろうか。
 差し出されたままの券を取り空を見上げると、冬の澄んだ空が目に入る。お互い吐き出す息が白いのは、寒いからなのか煙草のせいなのか。
「じゃあ、明日迎えに来ますよ」
「了解」

 次の日は良い天気だったが、朝からかなり冷え込んでいた。
「醤油チャーシューと餃子二つに、ビール一本にグラスは二つで」
「ビールはいつお持ちしますか?」
「今すぐで」
 カウンターに並んで座り、運ばれてきたグラスにビールを注ぐ。
 白鴉が見たことのあるナイトホークは、夜の黒いシャツに黒いベストか、都市迷彩の戦闘服姿だけだったが、今日は黒いシャツにノーネクタイだ。
「私服も黒なんですな」
「これが一番落ち着くから。あー、でも、今日は昼飯考えなくていいからありがたい」
 ビールの入ったグラスを持ち、何気なくお互い乾杯してみせる。それを美味そうに呑むと、ふうっと息をついた。
 昼食を考えなくてもいい。それはランチメニューのことなのだろうか。
 カウンターの上に煙草を置きながら白鴉がその事について問うと、ナイトホークはバラエティ番組が流れているテレビを、頬杖をついて見上げながらこう言った。
「ああ。俺、定休日は仕事しない主義だから」
「それは如何ほど」
「休みの日は自分で料理しないね。酒飲んでもカクテル作らないし」
 あまり想像が付かないが、仕事をしたくないというのは何となく分かる。自分だって任務がなければ、通信機器などをいじっている方が圧倒的に楽しい。
「休みの日は確かに仕事したくありませんな。非常呼集などの電話が来たらげっそりしますよ」
「はは、お役所仕事はそれがあるから大変だ」
 ビールに煙草、そして窓から差し込む柔らかい日差し。
 普段任務の連絡や、任務中にしか会っていないので分からなかったが、白鴉は割に人懐っこい笑みを見せる。任務が間に挟まっていないせいか、ナイトホークの口調も軽い。
「ご馳走してもらって言うのも何だけど、せっかくの日曜日なんだから俺なんか誘わないで、誰か女の子でも誘えば良かったのに」
 餃子が先に運ばれてきて、小皿に酢と醤油、ラー油を入れ混ぜ始めていると、吸っていた煙草をナイトホークが灰皿に押しつけた。
「ラーメン屋に誘うほど親密な女性はいませんよ」
「なんでラーメン屋が親密なんだよ」
「………」
 ラーメンを一緒に食べるということは、髪が長ければまとめなければならないし、湯気で鼻をすすったり麺をすするところを見られたくない女性も多いものだが、ナイトホークはそういうことは気にしていないようだ。
 白鴉に説明されると「あーあーあー」と、餃子を箸で持ったまま頷く。
「なるほど。一人が長いとこういうの気付かなくてダメだな…」
「またまた。出会いの機会は私よりも多いでしょう」
「機会があっても、発展まで行かないんだよ」
「ジョージ・バーナード・ショー曰く『男は決して経験から学ばない』と言いますからな」
「うわ、キツイ話だ」
 そんな事を話しているうちに、湯気の立ったドンブリが運ばれてきた。醤油スープの中にチャーシューが五枚入っていて、玉子とネギ、海苔も入っている。
 二人の目の前にドンブリが置かれた途端、ナイトホークが自分のドンブリに入っていた焼き海苔を白鴉のドンブリの中に入れた。
「海苔はお嫌いですか?」
 ナイトホークは首を横に振る。
「いや、海苔は嫌いじゃないよ」
「じゃあ、これは?」
「海苔は嫌いじゃないけど、ラーメンに入ってる海苔は嫌なんだよ」
 理屈がよく分からない。仕方がないので入れられた海苔で麺を包むようにして食べていると、それに対して何だか視線を感じる。
「ラーメンに入ってる海苔って美味いか?」
「考えたこともありませんな」
「いつ食ったらいいかタイミングが分からないんだよ。海苔だけ先に食うと口にくっつくし、あんまり置いとくと湿気るし、食べないままでいると溶けてスープの味変わるし…って、どうでもいい主張なんだけど」
 全くその通りなのだが、それが妙に面白かった。
 あまり心の底を見せないと思っていたのだが、こんなこだわりがあるとは。白鴉もラーメンをすすっているナイトホークに、食べ物についてのこだわりを話し始めた。
「私はポテトサラダに入っているキュウリが許せませんな…私がキュウリ嫌いというのもありますが、あの青臭さはポテトサラダのほくほく感を台無しにすると思いませんか?」
「あ、キュウリ嫌いなんだ」
「アレと納豆はどうにも苦手です」
 ナイトホークが箸を置き、右手を差し出す。何が何だか分からないまま思わず白鴉も箸を置き手を出すと、何故か握手しながら頷かれた。
「納豆嫌い仲間発見。アレはどう頑張ったって食えんわ」
 それを聞き、もう一度しっかりと手を握る。
 今まで自分とナイトホークの間にある共通点は、『Nightingale』を間に挟んだものでしかなかったのが、こうやっておかしな所で繋がったのが嬉しかった。
 確かにナイトホークは普通の人間ではないだろう。それは白鴉にだって分かっている。だが、こうやって笑って話をして一緒に食事をしている姿は、自分と何一つ変わらない。
 食べ物の話から始まり、ビールをもう一本注文し、また他愛のない話をし始める。
 普段白鴉がプラモデルを作ったり、銃の分解結合のタイムアタックをやっていたりということや、電子工作や旋盤作業と手を伸ばしているうちに、寝る場所がなくなって屋根付きのガレージを工場として借りていること。それをナイトホークは、興味深そうに相づちを打ちながら聞いている。
「趣味は凝り始めるとキリがないからな。俺も本格的なダッチコーヒー(水出しコーヒー)の機器欲しいんだけど、抽出に七時間ぐらいかかるし置き場所がな…」
「店の改築でもしますか?」
「広げようがないだろ」
 ふっと白鴉が笑うと、その横でナイトホークはなにやら考えながらシガレットケースを開け閉めした後で、煙草を一本出してくわえた。
「でも、さっきの『経験から学ばない』じゃないけど、本当に欲しくなったら後先考えずに買っちまうんだろうけどな。取りあえず買ってから考えるかって」
「ですな。ユダヤのことわざ曰く『明日のことは心配するな。今日どんな災難が降りかかるのか分からない』…先のことはその時に考えればいいんですよ」
「いや、そこまで無計画じゃねぇよ」
 ラーメンの残りは少なくなっていた。
 箸でドンブリの底から麺をすくいながら、白鴉はふとこんな事を聞く。
「ところでナイトホーク。貴方は『ショートケーキのイチゴ取っとき派』ですか?それとも『イチゴ先派』ですか?」
「…それはもしかして、チャーシューを一枚残している俺に対して聞いてるのか?」
「私はどちらかというと、美味しい物は先に食べる派なんですよ。さっきから餃子とチャーシューを残しているのが妙に気になりまして。いや、欲しいという訳じゃありません。チャーシューは正月から嫌って程食べてますから」
「取ったらマジで怒る。最後の楽しみに取ってあるんだから」
 ここは全く別らしい。ナイトホークは最後の楽しみと言ったが、白鴉は美味しい物は美味しいうちに食べてしまいたい方だ。餃子も焼きたてで全部食べた方がいいと思っている。
 欲しい訳じゃないと前置きしたのに、ナイトホークは餌を取られまいとしている野良猫のように妙に白鴉を警戒している。食べ物に対しては子供っぽいのか…これも任務では見られなかった姿だ。
「取らないからゆっくり食べてください」
「そう言われるとますます気になる」
「信用されてませんか?」
 ぴた。
 ナイトホークの視線が白鴉に向いた。そして箸を持ったままきっぱりとこう言い放つ。
「信用してない訳じゃなくて、これは俺の性格」
 なるほど。ナイトホークは白鴉が自分で思っていたよりも、自分のことを信用してくれているらしい。多分もう一度聞こうとしても言ってはくれないだろうが。
「いい日曜日ですな…」
 白鴉はそう呟くと煙草に火をつけ、グラスに入っていたビールを飲み干した。

「あー、美味かった。ごちそうさま…これ、良かったら仕事ないときにでもコーヒー飲みに来てよ」
 店を出て少し歩いたところで、ナイトホークはコートのポケットに入れていた小さなカードを白鴉に手渡した。それは蒼月亭のコーヒー券で、コーヒーセット一杯無料と書いてある。
「コーヒーメニューなら無料だから、カフェオレでもいいから」
「礼なんて良かったのに」
 そう言いながらも白鴉はそれを受け取り、ジャケットの胸ポケットにそれをしまった。いつも蒼月亭に行くのは仕事絡みだが、これがあればそんな事に関係なく行く口実になる。もしかしたらナイトホークもそれを分かっていたのかも知れない。
「では、私からも…」
 白鴉が出したのは一枚の名刺だった。
「これ、私の名刺です。なにか知りたい情報があれば差し支えなければそちらに流しますよ」
 防衛省情報本部情報官 一等陸尉 矢鏡 慶一郎。
 今まで教えていなかった自分の名前だ。今まではコードネームでの間柄だったが、これからは自分の本名で接してもいいだろう。守秘義務にかからない情報であれば、戦友であるナイトホークに流すことは厭わない。情報を共有することで、お互いの身に降りかかる危険を防げることもある。
 だが、その名刺を見てナイトホークはこんな事を聞いてきた。
「矢鏡さん…あんたもしかして、弟か息子かいないか?」
 ………?
 何故そんな事を聞かれるのか。予想外の質問に、慶一郎は戸惑いながら頷く。
「息子が一人おりますが。高校生の」
 それを聞いたナイトホークが今まで見せたことのないような笑みを見せる。
「ああ、やっぱり。目元とか似てるよ…息子さん、うちのバイトに来てる。何処かで見たことあるような気してたけど、親子か…そっか…」
 それは初耳だった。アルバイトに関しては社会勉強にもなるので、勉強に差し支えない程度で許可していたのだがこんな所で繋がりがあったとは。口元から苦笑が漏れ、知らず知らずのうちについ鼻の頭を掻いてしまう。
「今日から任務外では『矢鏡さん』だな。改めてよろしく」
「こちらこそ。よろしくお願いしますよ」

fin

◆ライター通信◆
発注ありがとうございます。水月小織です。
ラーメン屋さんのお誘いで、ほのぼのとした日常話を…ということで、ラーメンを食べながら好き嫌いの話をしたり、ナイトホークがあまり女性と出かけないところがばれていたりしています。一緒にラーメン屋に行ける女性は親密だと言いますよね。
名刺を頂いて任務以外では「白鴉」でなくなったり、アルバイトをしているという縁があったりで、いい友人になれそうです。タイトルは「戦友」という意味です。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
また遊びに来てくださいませ。