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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


スーツケースの女



1.
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 投稿者:ミサキ
 本文:
 学校で聞いた噂なんだけど、この前近所であった人殺しの犯人が殺した女に復讐されたらしいの。
 でも、犯人はもうひとりいて、そいつはまだ逃げ回ってて、女はその男を捜して彷徨ってるんだって。
 特徴は泥だらけのスーツケースを持ってることらしいよ。
 なんで泥だらけかっていうと、それに女を入れて地面に埋めたんだって。
 ヒドいよねぇ。

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「酷い話や……」
 雫に呼ばれて見せられた書き込みに、いつもと変わらず眠たげな目をしていた雪華の眉が少しだけ寄った。
「この投稿から考えると、スーツケースを持っている女を殺害した犯人はふたり組。しかも、片方はすでに女に殺されてるようなんだよね」
「ほんで?」
 雪華の問いに雫は少し考える仕草を作ってから口を開いた。
「噂の真相を確かめたいんだけど、事実だったとして生き残ってる犯人を保護するべきか、女に復讐を遂げさせたほうがいいのかあたしにはちょっとわからなくて」
 なるほど、判断に困ったので自分が呼ばれたわけか。
「せやなぁ、どっちにしてもこれだけの情報やったらその女を見つけることもできひんで?」
 雪華の言葉に、それは問題ないと言うように雫は親指を立てて見せた。
「あれからその女の目撃情報らしきものが何件か届いてるの」
 こういうものがひとつ載ると、だいたいの場合『自分も見た』という書き込みが続くものだ。
 勿論、明らかなガセも含まれてはいただろうが、そういうものは先に雫によって除去されていていた。
 流石辣腕管理人だ。
 目撃情報によると、女の目撃情報は商店街、路地、公園と転々としているように見える。
 その情報を投稿者が見たと言っている日付と照らし合わせて、地図に出現場所に印を付けていく。
「最初が、ここやろ? で、次がここ……」
 隣にその作業を見ていた雫も気付いたらしく、「あ」と小さく声を漏らした。
 女の目撃情報はひとつのラインで繋げることができた。
 どうやら女は彷徨っているわけではなく、狙いを定めてそれに向かって進んでいるようだった。
 情報がないので断定はできないが、おそらく埋められたところから犯人のほうへやって来ていると考えて間違いはないだろう。
「最後に目撃したっていう投稿で言うてる場所はこの公園やろ? ほな、この辺りで聞き込めばなんかわかるかもしれんな」
 雪華の言葉に雫はうーんと首を捻っている。
「でも、見つけてどうするかとか……」
「それはうちに任してや」
 そう答えると、あっさりと雫はお願いしますと元気よく頼んできた。
「そういえば、犯人のひとりはもう復讐されてもうてるんやったな?」
 その問いに、雫は答えずにパソコン画面を見せた。
「多分、これのことじゃないかと思うんだ」
 言われて見た画面には、こんな文章が載っていた。
 投稿者の名前はなく、何処か焦って書いた雰囲気がある。

『3日前に、俺のダチが家から消えちまったんだ。
 もしかしてその女と関係が……いや、そんなことあるわけないか』

「これも書き込みなん?」
「他の書き込みに紛れて書いてあったんだけど、すぐに投稿者が削除しちゃったんだよね。動揺して思わず書いちゃったけど、すぐまずいと気付いて慌てて消したって感じかなぁ」
 そんな書き込みもしっかり保存しておいてあるのだから流石だ。
 思わず書き込んだのは、大胆な行動というよりも小心さから出た行動だろう。
「ほな、大っぴらに事件ってことにはまだなってへんわけやね」
「うん、でも……」
 雫が言葉を濁したが、その後に続けたかったことはわかっている。
 この消えたという男が仮に犯人なのだとしたら、おそらく生きてはいまい。
「まぁ、まずは女のほうから当たってみるわ。そうしたら自然と男のほうも見つかるやろし」
 手遅れにならないうちに女を見つけ出さなければと雪華は思った。
 犯人のためではなく、女のために。
「早う何とかせんと、な」


2.
 投稿に書かれていた公園は、都心から電車で2時間ほど移動した簡素な街にあった。
 最後に女が目撃されたのはここらしい。
 昼間のためか、多くはないがそこそこの人がその公園でくつろいでいる姿が見える。
「ちょお聞きたいんやけど、この辺で人一人入る位のスーツケース抱えた女性て見てへんかな」
 噂好きそうな女子大生といった雰囲気の女ふたり組を見つけて、そう声をかけると、怪訝な顔をして雪華のほうを見た。
「なに? あの噂のこと?」
「知っとるん?」
「だってウチの学校でも噂になってるもん。泥だらけのスーツケース持った女がここにも出たんでしょ?」
「あんたらは、見かけたことあるん?」
 ないとわかっていてもそう尋ねると、案の定ふたり組は笑いながら「ないない」と手を振った。
「あったら投稿してるし、公園になんか多分来ないって」
「お姉さんはなんでこんなの聞いてんの? もしかして探偵とか!?」
「いや、うちはエンバーマーや」
 その答えにふたりとも首を傾げたが、日本ではまだあまり一般的な職業ではないのでその反応もしかたがない。
「ほな、知ってそうな人に心当たりないやろか」
「んー、ないなぁ」
 あまり考えずに答えたとしか思えない態度に、質問の角度を変えてもう一度尋ねる。
「その女性に心当たりみたいなもんってないんかな」
「心当たり?」
「あんたらの知り合いで、最近おらんくなった女の人がおる、とか」
「いないいない。知り合いで行方不明になってるのがいたら女の噂が出たときにわかるって」
 やはり芳しい返事はなかった。
 別の者に話を聞こうとふたりから離れようとしたときだった。
「女の人じゃないけどさ、変な男の噂なら最近聞いたよ」
「男?」
 雪華が尋ね返すと、女子大生のひとりは「うん」と頷いた。
「女が出るって噂が流れてからしばらくしてさ、その女が出たってところ順番に夜中くらいに回ってる奴がいるんだって」
「それって単に噂の女を探そうとしてる好奇心野郎なだけなんじゃないの?」
「違うって! だって、パーカーの下に帽子被って顔見えないようにしてるらしいんだから怪しいじゃん」
 そのやり取りを聞いていて、雪華はふと閃くものがあった。
 女が男を探しているように、男のほうも女を探しているのではないだろうか。
 自分の身を守るために。
「その噂が出たのってどのくらい前からやろ」
 女子大生の答えは、雫のところに書き込みがあった日とほぼ一致している。
 ますますその男が犯人である可能性は高くなった。
「急がなあかんわ」
 そう呟いてから、雪華は女子大生に問いかけた。
「その男がこの公園に来たっていう噂はないん?」
 ふたりは首を横に振った。


3.
 男が女を探しているとしたら、次に現れるのはこの公園だろう。
 もしかすると、噂にはなっていないだけですでに男はここにも訪れているのかもしれないが、おそらくそれはあるまい。
 女の噂はというと、あれ以来新しい目撃情報は出ていない。
 どうやらここが、終着点だと見て間違いはないだろう。
 姿を隠しもせずにベンチに腰かけながら男でも女でも良いので現れるのを待っていると、人の気配がした。
 女子大生が言っていたようにパーカーの下に帽子を深く被り、顔を見られないようにしてはいるものの、周囲を警戒している雰囲気がむき出して余計に怪しくなっていることに気付いていないらしい。
 気付く余裕もないというほうが正しいのかもしれないが。
 時間はもう夜も遅い。人違いということはないだろう。
 そう判断すると、雪華は男のほうへ近付いていった。
「あんたやね、スーツケース持った女が探して回ってる相手っちゅうんは」
 不意にかけた声は、雪華が思っていた以上の効果を相手に与えたようだった。
 うわぁと情けない声を上げながら、震える手で男が取り出したのはナイフだ。
「なんや? また殺そうっちゅうんかい」
「な、なんだお前! 俺は、自分の身を守るために……」
「先に殺したんはあんたとあんたの『お友達』やろ?」
 雪華の言葉に、男はまだ悪あがきで何かを叫ぼうとしていたときだった。
 何かの気配がした。
 人ではないものの、気配だ。
 それに男も気付いたのだろう、後ろを振り返り、その姿を見た途端情けない悲鳴をあげた。
 泥だらけのスーツケースを持った女がそこには立っていた。
「や、やっぱり、やっぱりお前だったのか! お前は、確かに死んだはずなのに……」
 女は男の問いに答えずにゆっくり近付いてくる。
「う、うわぁ!」
 何かを叫びながら男はナイフを構え直し、女に向かって襲い掛かろうとしたときだった。
「蛇神」
 雪華がそう呼んだ、というより呟いた途端、アナコンダよりも大きな身体をした蛇が現れ男の身体を絞め殺さない程度に縛り上げた。
「うわぁっ! な、な、なんだ!?」
 男のほうはいきなり動きが封じられたことに戸惑い、そして次に自分を縛っているものが何かに気付いて悲鳴をあげた。
 そんな男の顔を蛇は先の割れた舌でチロチロと顔を舐め、死なない程度に締め付けを強くしたりしていた。
 女は、その光景を不思議そうな顔で見ていた。
「わざわざこんなんの為に手ぇ汚す必要あれへんねんえ?」
 雪華は優しい声で女にそう声をかけてやる。
「殺してまうのは簡単や。死んだ方がマシって目ぇに合わせてやればええんよ。いまみたいにな」
 言いながら、ちらりと男のほうを見る。
 男は女のことも忘れたように蛇に心底怯えている。
「あんたも、ただ殺したところで成仏なんかできひんやろ? 今やったらあんさんの身体綺麗にして送り出す事出来るけど……どないする?」
 その言葉に、女は悲しそうに首を振った。
 どうやらいま見えている姿は、女の実体ではなく幽体であるらしい。
「ほな、あんさんが埋められてる場所、教えたってくれんか? ちゃんと家族のところに帰って、お葬式あげてもらわな」
 こくり、と女は頷いたが、答えることはせずに男のほうを指差した。
 もしかすると自分で話せない状態になっているのかもしれない。
 だが、女が伝えたいことはある程度理解でき、雪華は口を開く。
「わかった。こいつに白状させて警察に自首させるわ。ほんで、あんさんの身体を埋めた場所も白状させる。それでえぇな?」
 その言葉に、ようやく女が僅かだが笑った。
「ほな、あんさんはもう眠りい。こんなところに長いこと留まってもあんさんにはええことないで?」
 身体が見つかったら、うちが綺麗にしたるさかいにな。
 そう付け加えると、礼を言うように女は頭を下げたと同時に姿を消し、後には泥だらけのスーツケースだけが残った。
 ゆっくりそれに近付くと蓋を開ける。
 首を絞められた男の死体がその中には詰まっていた。
「あんさんも、こうなってたかもしれへんよ」
 蛇に縛られたままの男に雪華は冷たくそう言った。


4.
 警察へ連れて行った男は、女のことがこたえたというよりも蛇に苛まれたほうが恐ろしかったのだろう。
 素直に自分たちの犯した事件について白状した。
 酔った勢いだったと言ったそうだ。
 ふたりとも酔っていてあの公園で女に出会い、最初はただのナンパだったはずがあまりに女が強く断り自分たちのことを罵ったため(と、勝手にそう思い込んだというほうが正しいのだろう)生き残っている男のほうがかっとなり首を締めて女を殺してしまった。
 殺した後になってようやく酔いが多少醒め、自分たちがしでかしたことが怖くなった。
 女を殺したこと自体にではなく、そのことによって罪に問われることが怖くなったのだ。
 スーツケースは女自身のものだったらしい。
 どうやら女は旅行者だったのだろう、その荷物を出し、代わりに女の身体をそれに詰め込んでふたりがかりで人目に付かない山奥へと運んで埋めた。
 そんな身勝手な犯行の供述中、男はしきりに自分の身体を気にしていたという。
 蛇が、とか、締め付けて苦しいと言っていたらしいが、誰もそんな言葉には耳を貸さなかった。
 スーツケースに詰められていた男の遺体については警察関係者も首を捻っていたが、おそらく迷宮入りとして決着がつくのだろう。

「──それで、女の人のエンバーミングはしたの?」
 相変わらず眠たそうに見える目をしたまま椅子に腰かけていた雪華は雫の言葉に頷いた。
「司法解剖が終わった後に、きちんと綺麗にしたげたよ。本人はなんも言うてへんかったけど、家族のことを考えたら日本は火葬やけど、やっぱり綺麗な身体で送ってあげたいやろし」
「そうだねぇ」
 と、そこで雫の目がパソコンに向いた。どうやら新しい書き込みがあったらしい。
「……山中で殺された女の遺体発見。犯人はスーツケースに入れて埋めたと供述していたにも関わらず、女の遺体だけがそこにあってスーツケースは何処にも見当たらなかった……だって」
 その言葉に雪華は表情ひとつ変えず口を開いた。
「そらそうやろ。やってスーツケースはあの人自身が持ち歩いとったんやから」
「殺してそれに詰めて、やっぱり埋める気だったのかな。自分がされたのと同じ目にあわせてやろうって」
「そうかもしれんけど。もう、ええやろ。あの人もきちんと成仏できたんやし」
 そう言った雪華に、雫も「そうだね」と答えた。
 それ以来、その女の話題がネットで流れることはなかった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)        ■
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5792 / 平泉・雪華 / 女 / 28歳 / エンバーマー
NPC / 瀬名・雫

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■         ライター通信                     ■
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平泉・雪華様

この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
女の足取りを追うことを中心に置いたのですが、雪華様の能力を発揮する場面があまり作れなかった気がしますけれど、お気に召していただけると幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝