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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Single Combat

 ヴィルア・ラグーンからの誘いは唐突だった。
「ナイトホーク、今度の休みは暇か?」
「それはどういうお誘い?」
 真夜中の蒼月亭。閉店間際なのか、客はカウンターに座っているヴィルアしかいない。マスターのナイトホークは、そのいきなりの誘いに新しい煙草をくわえながら苦笑する。
「何を勘違いしてるのか分からんが」
 別に色気のある誘いではない。それはお互い分かっている。
 ただ何となく、何気なく、冗談交じりで話すのがこんな夜には相応しいと思っているだけで。
 ヴィルアは残り少ない『ラスティ・ネイル』のグラスを傾けながら溜息をつく。
「この前一緒に仕事をしたときに『もう少し洗練された戦い方』云々言っていたのを思い出したんでな。良かったら少し戯れてみないか?」
 それはヴィルアの気まぐれだった。
 ナイトホークと一緒にした仕事…その時に見たナイトホークの戦い方と、その後に言った本人の言葉を思い出し、一戦交えてみたくなったのだ。
 二挺拳銃を操り洗練した戦い方をするヴィルアに対し、ナイトホークのそれは泥臭い戦い方だ。着剣小銃を持ち、己の体力が尽きるまでとにかく刃を振るい敵に向かっていく…本気でそれを矯正したいのであれば、手伝ってやらぬでもない。それに、この血に飢えた兵士が自分に向かってどう仕掛けてくるか興味もある。
 煙草に火をつけ、何かを考えるように煙を吐きながらナイトホークはもう一度笑う。
「別に暇は暇だし、そういうのも面白そうだからいいけど、それをどこでやるわけ?まさか、日曜の家族やカップルのいる公園で銃剣振り回すわけにいかんでしょ」
「大丈夫だ…私は今、翠の家に厄介になっているから、そこで」
「はい?」
 その話は初耳だ。陸玖 翠(りく・みどり)も蒼月亭の常連でナイトホークの友人なのだが、翠の家なら結界などもあり確かに安全だろう。銃を撃とうが、剣を振り回そうが破壊されるようなこともない。
「なら、決まりだな。出来ればお手柔らかに」
「それはどうだか」
 グラスの中に入っている氷をカラカラ鳴らし、ヴィルアはナイトホークを見てニヤッと笑って見せた。

 翠の家は外観は幻術で塀に囲まれた廃寺のようになっている。
 肩に銃の入ったケースを提げ、手に紙袋を持ったナイトホークがその門に近づくと音もなく門が開き、案内をするように黒い猫又の式神、七夜が案内をするようにちょこんと座っていた。
「よう、七夜。元気だったか?」
「ニャー」
 しばらく門の入り口にしゃがみ込み七夜を撫で回していると、奥から翠とヴィルアが並んで出てきた。
「やっぱり捕まってましたか」
「よう、翠。久しぶり」
 猫に目のないナイトホークを、七夜で迎えに行かせたらこうなることは分かっていたのだが、まあ今日はいいだろう。翠はふぅと息をつきながら、目を細める。
「休みの日なのに戯れとは、二人とも元気だな…」
「たまにはいいだろう。翠も体を動かさないとなまるぞ」
 そんな事を言っているヴィルアは何だか愉しそうだ。吸血鬼という性のせいか、やはり戦闘に心が躍るところがあるのかもしれない。
 余計なお世話だ…そう思いつつも黙っている翠に、スッと紙袋が差し出される。
「これ、土産。小樽の田中酒造って所の『しぼりたて生原酒』と、鮭トバ」
「手みやげ持参で戯れというのも妙な話ですね」
 律儀なのか、それとも自分も後で呑む気満々なのか。そんな二人を翠は離れの方に案内した。ここは道場に出来るほどの広間があるので、二人で戯れるのに丁度いい。
「室内での一騎打ちで良かったか?」
 スーツの中に隠してある二挺拳銃を確かめながらヴィルアが言う。ナイトホークが使っているのは旧日本軍が使っていた三八式歩兵銃で、近接戦の時はそれに着剣する。室内戦よりは野外戦闘の方が得意かも知れない。
「室内でいいよ。野外戦だと多分お互い罠張ったりして、延々終わらないと思う」
「それは面倒ですね…寒いから家の中で遊んで下さい」
 離れの広間に案内すると、ナイトホークは「戦闘服に着替えさせて」と、部屋を借りた。ヴィルアはいつものスーツ姿で、靴の調子などを試している。
 戯れなので手加減はするが、負ける気はさらさらなかった。
 普段カウンターの中にいるナイトホークは、戦いに入った途端またあの兵士の目になるのか。そしてその血腥さはどこから来るのか…それを考えるだけで気分が高揚する。
「ワーグナーの曲でもかけたい気分だ」
「そんな物は用意してないぞ」
 さしずめ『ヴァルキューレの騎行』と言うところか。今日は見物しながら暇を潰す気の翠は隅に座って式を呼び、手渡された土産を持っていくように言いつける。
「お待たせ。実弾入ってるけどいいんだよな?」
 都市迷彩の戦闘服を着たナイトホークが、小銃を持ち部屋から出てきた。コンバットブーツを履いている所を見ると本気で戦う気のようだ。
「当たり前だ。本気でやらないと面白くないだろう…遠距離戦と近距離戦とどっちがいい?そっちに合わせてやろう」
「優しいんだかなんなんだか」
 そう言いながらナイトホークはヴィルアと距離を取った。
 洗練された戦い方というのなら、遠距離で手を汚さず、自分の身に傷を付けず…というのが賢い戦い方だというのは嫌というほど分かっている。もしくはある程度戦闘の型を作り、相手の攻撃を受け流しながら勝機を見いだすか。
 そうしたいのは山々だが、果たしてそんな小細工がヴィルアに通用するか?
「…接近戦で」
 今日の結果で反省点を直すしかないだろう。身に付いてしまった泥臭い戦い方は、そう易々と変えられない。
「それが賢明でしょうねぇ」
 座りながら見ている翠も、口には出さずにそう思っていた。
 ナイトホークには特別な力はない。死なない…それがたった一つの大きな力だ。
 ただ翠はナイトホークが戦う姿を見たことがない。ヴィルアの話では「血に飢えた兵士のようだ」ということだが、それが一体どんなものなのか興味はある。
 接近戦と聞き、ヴィルアは魔術で自分の剣を呼び出す。
「接近戦だな…ただ戯れるのもつまらんから、勝った方が何か言うことを聞くことにしよう。その方が気合いが入るだろう?」
 くす…。長い金髪が揺れる。それに闇が答える。
「それは勝ったときに考えるさ」
 ああ、これだ。この目だ。
 戦いのことしか考えない兵士が目の前に立っている。多分自分で言った『洗練された戦い』などもう頭にないのだろう。生き残るためなら、こいつはどんな手段でも使ってくる…。
「なら踊ろうじゃないか。どちらかが倒れるまで」
 開幕を告げる銃声……。

 仕掛けたのはヴィルアが先だった。
 右手に剣を持ったまま、左手で銃を出し撃ち放つ。
「………!」
 いきなり走り込んでは来ないだろう。その予想は当たっていた…だが、隠れるところはない。お互いそれは同じだが、近接しない限り短銃ではヴィルアに敵わない。自分に向かって放たれる銃弾を気にせず、着剣小銃を構えナイトホークは真っ直ぐ突っ込んだ。
「……ああああっ!」
 真っ直ぐ自分に向かってくる銃剣の先を、ヴィルアは剣で受け流す。その勢いを利用し、今度は銃床を振り上げる。
「……っと。洗練された戦い方はどうした?」
 背を逸らしてそれをかわしたヴィルアは、後ろに跳び退り距離を取った。
「………」
 ナイトホークは答えない。完全に戦闘へのスイッチが入っているのか、ヴィルアが取った距離を詰めるように、一歩踏みだし今度は下からすくい上げるように刃を向けた。
 ……本当に、血に飢えた兵士のようじゃないか。
 挑発にも応じないということは、自分の言葉は耳に入っていないのだろう。戯れのつもりだったがなかなか面白くなりそうだ。魔力の剣を消し右手で銃剣の先を掴み止め、くすっと一つ笑い…。
「これでもまだ立ち上がるか?」
 パン……!

「これがナイトホークの戦い方ですか……」
 血が流れても、銃で頭を撃たれても立ち上がる兵士。確かに「血に飢えた」という表現がぴったりだ。
 どこでこんな戦い方を身につけたのか…。自分が知らなかったナイトホークの戦う姿。
「正気の戦い方じゃありませんね」
 その身体を突き動かす感情は、衝動か狂気か。
 今のところはヴィルアが優勢だが、あっさりと終わりはしないだろう。
 あの目は…まだ勝ちを諦めていない目だ。

 ヴィルアが頭に向けて撃った弾を横にかわし、その隙に足下に蹴りを入れる。だがまともに頭に喰らわなかったというだけで、流れる血は目をふさいでいた。
「そうだ…これで終わりじゃ興醒めだ…」
 バランスを崩したヴィルアに襲いかかる容赦のない剣。流れる血を飛び散らせながら、ナイトホークは銃剣を振り下ろす。
 失われるはずのない命を賭けた戦い。かすった剣が金の髪を散らす。
 そう簡単に倒れはしないか…だがこれならどうか。素早く魔力の剣を出したヴィルアは、その刃をナイトホークの左脇に滑り込ませた。
 振り上げた先に、抵抗する生きた細胞の感触。しかし研ぎ澄まされた魔力は、容赦なくナイトホークの左腕を斬り飛ばした。強く握っていた小銃を掴んだまま、一瞬霧のように血しぶきが飛ぶ。
 これで終わりだ。片手で銃剣は操れない。
「流石にそろそろ終わりだろう」
「……それはどうかな」
 持っていた銃剣を投げ捨てたナイトホークがニヤッと嗤う。その瞬間、ヴィルアの目の前に銃口が見え……。

「……気が済みましたか?」
「ああ」
「済んだ…。悪いけど、翠…腕拾って。あと、何か縛る物くれ」
 あの後…ナイトホークとヴィルアはほぼ同時に銃を撃った。だが、倒れたのはナイトホークの方が先だった。翠はナイトホークの腕を拾い、懐から三角巾と包帯を取り出し肩口に固定する。
「スーツを血で汚す気はなかったんだがな」
 先に倒れたのはナイトホークだが、あまり勝った気はしなかった。先に腕を切り飛ばしていなければ、おそらくまだ飛び込んできただろう…そして銃剣に気を取られ、短銃に目が行っていなかった。それは自分の油断だ。
 血で汚れたスーツは自分の戒めとしておくか。そんな事を思っていると、ナイトホークがひらひらと右手を挙げる。
「負けたな…圧倒的に俺の方が喰らってる」
 先ほど向かってきていたのとは違い、既に普段の表情に戻っているのを見てヴィルアは呆れるように笑った。
「いや、引き分けだ。お前は充分自分の戦い方を心得てる」
「それはあんまり嬉しくない」
「何故だ」
「戦ってるときは気にならないんだけど、我に返ったらマジで痛いんだよ…だから、出来れば自分が傷つかずに…痛ぇっ!」
 ぱしっ…と固定した肩を叩き、翠は溜息をつく。
「だったら少し銃剣道でも練習しなさい。肉を斬らせて骨を断つとは言うが、お前は斬らせすぎだ…はいはい、隅行って七夜でも膝に乗せて」
「カフェのマスターに銃剣道必要ないし」
 戦い方を学びたいのか学びたくないのか。ふっと鼻で笑ったヴィルアはナイトホークの目の前に立った。
「お前は実戦で学ぶタイプのようだな。経験を積めば洗練された戦い方も身に付く…またこうやってやってみるか?」
 片手でシガレットケースを出し煙草をくわえたのを見て、指先に小さく火を灯す。ナイトホークが本気で戦い方を学びたいというのであれば、ヴィルアとしてはたまにこうして付き合ってやるのもいいと思っていた。
「……考えとくよ。それより酒でも飲まない?」
 やはり自分でも飲む気だったのか。それに関しては賛成だが、ヴィルアはまだやりたいことがあった。
 人間の力で戦うぶんには気が済んだ。だが、先ほどのナイトホークを見ていたら、自分も全力を出してみたくなったのだ。
「酒を飲むのはいいが、その前に…翠、一騎打ちとしゃれ込まないか?」
「気が済んだんじゃなかったのか?」
 そんな気持ちを分かったのか翠は目を細め、隅の方で煙草を吸いながら七夜を膝に乗せているナイトホークに振り返る。
「ナイトホーク、ちょっとそこから立ち上がらないでください。すぐ済みます」
 部屋は結界で守っているが、ナイトホークを守っておかねば。七夜に結界を張らせ、翠はヴィルアに向き直った。
 封印解除…。
 ヴィルアの力が解放される。その有り余るほどの力が辺りの空気を振るわせ、身の毛がよだつほどの闇と殺気が、ざわざわと音を立てる。
「………」
 魔力などによる戦闘に関しては全く素人のナイトホークだが、殺気に関しては嫌と言うほど敏感だ。さっき自分に向かっていたのとは全く違う力が、翠に向かっている。
 だが翠は心底面倒だという表情で、懐から札を何枚か出しただけだった。
 音もなく殺気が動く。だが……。
「はい、終わり!」
 ぺしっ。
 翠はあっさりとその殺気の中心に札を貼ったあと、その反動で高く飛び上がりヴィルアの背中を突き飛ばした。建物自体を振るわせるほどの殺気を放っていたはずのヴィルアは、それで思い切り前に転ぶ。
 立ち上がろうとするヴィルアに翠が手を貸しながら微笑んだ。
「本当に気が済んだか?」
「充分だ…」
 やはり翠には敵わない。だが敵わない相手がいるというのはいいことだ…取りあえずの目標が出来るし、自分の力を過信することもない。
「よし、今日は気分がいいからとことん飲むぞ。ナイトホーク、翠、お前達も付き合え」
 勝利の杯ではないが、友としての杯を。
 スーツの埃を払いながら楽しそうにヴィルアが言うと、二人も笑いながら頷いた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6777/ヴィルア・ラグーン/女性/28歳/運び屋
6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師

◆ライター通信◆
発注ありがとうございます、水月小織です。
以前ゲームノベルで『洗練された戦い方を…』と言っていたナイトホークを誘って実戦ということで、銃あり剣ありのバトルになっています。こういうのも楽しいのでしょうね…。
翠さんがヴィルアさんをあしらうのは、札を持ちながら「面倒ですね」とか言ってる姿が目に浮かびます。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
また機会がありましたら誘ってやってくださいませ。