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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狸だって恋するさ



 青年は、表情を歪めながら歩いていた。
「あのクソが……インチキ霊媒かよ」
 青年は、その端正な顔からは想像できない程の汚い言葉で、今は居ない誰かを罵る。
 そのうち足取りも重くなり、息をするのも辛くなってきた。
 大体東京というのは、空気があまり良くない。
 自分が居た山に帰りたい。
 そう思いつつ、この街に居続けたのは自分の意志だったのだ。
 なのに。
「ちくしょ…、聞いてねぇよぉっ…」
 いつの間にか正体がバレて、何だかよく判らない人間に襲われて。
 もう身体が限界の近かった。
 ふら、と揺らいだ視線の先にある扉には、『草間興信所』の文字。
「あ、やべ…」
 気づいた時には、その扉に身体を押し付けるようにして倒れてしまっていた。

 派手な音に気付き、草間武彦は慌てて扉の方へ向かう。
 そこに倒れていたのは、青年だった。
 ただし、耳と尻尾の生えた青年。
 この尻尾はまさしく。
「化けダヌキ……」
 何だって自分の所にはこんなものしか飛び込んでこないのか。
 武彦は頭を抱えた。



 シュライン・エマはコンビニの袋を掲げ、草間興信所に入った。
「全く、いきなり電話で絆創膏買って来いってどういうこと?」
 せっかく久しぶりの休日で外でご飯食べてたのに、とシュラインは眉間に皺をよせた。
「うちに応急手当用のもんが無くてな」
「は?」
 くい、と武彦が無言で示した先には、応接用ソファーに寝かせられた青年…否、化け狸。
「あら、狸」
「それしか言うことねぇのか!」
「怪我してるじゃない」
「(無視か)…だから、絆創膏、」
「そんなんで足りるわけないでしょ!」
 めんどくさそうに頭をかく武彦に、シュラインは怒鳴る。しぶしぶと武彦が探し出したのは一瓶のオキシドールだけだった。
「……武彦さん、いつか死ぬわよ」
「縁起でもない」
 ティッシュにオキシドールを含ませ、目に見える部分の傷を消毒していく。意識を失っているが、時々身体がピクリと反応する。
「で、この子は?」
「知らん。いきなり倒れこんできた」
「何か事情でもあるのかしら」
「こっちとしては大迷惑だ」
 何かと食って掛かる武彦を睨みつけて黙らせている間に、青年が魘されたように声を上げた。
「あ…ここは……」
「気がついた?貴方怪我してたのよ。大丈夫?お腹空いてる?」
「母親かお前は」
 再び武彦を睨むと、シュラインは青年の傍に寄る。
「名前は?」
「………サキ、」
 化け狸――サキのお腹が、盛大な音を立てた。
「まさか腹減って倒れたわけじゃないだろうな」
「そんなわけないでしょ。傷だらけなのよ」
 シュラインに頼まれた零が、簡単な食事を用意した。買い置きしてあったパンとスープだったが、サキの空腹を満たすのには十分な量だったらしい。
 食べ終わってから、改めて事情を聞くことになった。
「……で?サキくんはどうしてここに来たの?」
「…わかんねぇけど、俺、人に会いに来たんだ…」
「誰?」
「レイっていう人間。前に山で助けてもらって……」
「まぁ何ともベタな」
「武彦さんは黙ってて」
「…それで、どうしても我慢できなくて…また会いたくなって、」
「山降りて、東京に来ちゃったんだ?」
 シュラインがその言葉の続きを言うと、俯いたまま小さくサキは頷く。
 かすかにその顔が赤いようにも見える。
「おい、シュライン…」
 後ろから武彦がシュラインを呼ぶ。サキから少し離れた場所で、二人でこそこそと小さな声で話をする。
「もしかしてあれか?あの狸は人間に恋して、そいつに会いたくて山から降りてきて、大方その人間の周囲から攻撃されたってところか?」
「多分そうでしょ。可愛いじゃない」
「冗談じゃない。俺は狸の恋愛相談まで請け負ってねぇんだよ」
「いいじゃない、話ぐらい聞いてあげても。そんなんだから結婚できないのよ」
「余計なお世話だ!」
 武彦を無視し、再びサキの前に座った。
「好きなんだ、その、『レイ』って子が」
「……うん、」
「その子の家に行ったの?」
「…行ったら、知らない人間にたくさん攻撃された……きっと霊媒師だ」
「は?」
 その言葉を聞き、シュラインは改めて傷跡を見る。切り傷でもなく擦り傷でも無い、赤い筋が走っていた。
 シュラインと武彦はお互いに顔を見合わせる。
「……これは、どうみたって弾丸が掠った痕よね」
「…霊媒かどうかはともかく、東京で発砲できるような家があるか?」
「そうよねぇ…」
「おい、サキ」
 ビクッ、と肩を驚かせて、サキは武彦を見上げる。
「な、何だよ…」
「その『レイ』って女の苗字とかわかるか?」
「わからない…」
 期待はしてなかったけど、と武彦はさほど変わらぬ表情でパソコンに向かった。
「ま、いいけどよ…興信所の底力をなめんなよ」
「よろしくね武彦さん」
 武彦が何かの作業をしている間、シュラインはサキの手当てを再開した。先ほど意識が無い時には判らなかった場所にある傷も消毒する。
 零が再度持ってきたパンをもう一度食べていると、ようやく武彦がパソコンの前から離れた。
「お前が見た奴って、この中のどれだ?」
 武彦が示した紙には、たくさんの顔が並んでいる。顔の下に名前が書いてあり、どれも『レイ』という名前の人間ばかりだった。
 サキはじっと見ていると、不意に一人の顔を指差す。
「こいつ!」
「…お前………」
「あら、この子は……」
「知ってるのか?」
「いや、知らないが……」
 サキが見たのは、風恩寺玲という、最近様々な分野に事業を拡大している風恩寺財閥の…長男だった。
「………………」
 さすがにシュラインも武彦も、何と言えばいいかわからずに黙ってしまう。
 その小さな顔写真にサキが見とれている間に、シュラインと武彦は話し合う。
「あのリスト、性別は関係ないの?」
「………探しながら、まさかとは思ってたんだよな。この東京内で発砲できるような場所といえば、限られてくる。そこに住んでる人間だけをリストアップしていたんだが…」
「確かに風恩寺玲は中性的な顔をしてるけど…」
「野生の狸は性別もわからんもんなのかね」
「………どうする?」
「どうもこうも……」
 二人で頭を抱えていると、サキはふらつく身体をなんとか持ち直し、立ち上がって事務所を出て行こうとしていた。
「サキくん?」
「俺、行ってくる。レイに会いに行ってくる」
「そう…私たちは邪魔はしないわ」
「…傷、ありがとう」
「どういたしまして。もしまた怪我したら、今度はこの場所に行ってみるといいわ。傷の治りも早いだろうから」
 シュラインは懐に入れてあった東京内霊気清涼スポット地図を渡す。
「ありがとう、じゃあ」
 今度は完全に耳と尻尾を隠し人間の姿になると、サキは扉の向こうに消えていった。


「……風恩寺財閥もなぁ、不審者に発砲までせんでも…」
「あの財閥ならやりかねないわよ」
「どうせあの狸、人間の姿で庭に忍び込みでもしたんだろ。狸の姿ならまだ迷い動物で保護されるだけで済むのに」
「それもどうかしら…それより、」
 シュラインは手元にあった雑誌のページをめくる。
 風恩寺財閥の特集が組まれており、そこには風恩寺家の長男が先月からカナダに留学していることが書かれていた。
「…あの子、大丈夫かしら」
「お前が爽やかに追い出したんじゃねぇか」
「失礼ね。人の恋路を邪魔する人間は馬に蹴られて死ぬわよ?」
「………いや、そうじゃなくてな」



「ま、初恋は実らないのが相場だしな」
「あれが彼の初恋かはわからないけどね」



 数日後、ボロボロになったサキが泣きながら事務所に駆け込んできて、シュラインは薬局に走り、武彦は頭を抱えることになる。





■■■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■■■

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


■■■ライター通信■■■

初めまして、桐原京一と申します。この度はご発注ありがとうございました。
女性PCの発注は大丈夫です。今回も楽しく書かせていただきました。
勘違い狸に振り回される、のが裏テーマでした(笑
期限ぎりぎりになってしまい、申し訳ありません。
ご期待に添えられたかどうかわからないですが、少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
今回は本当にありがとうございました。