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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


もう一人の自分

 赤い灯火が照らす廊下を駆けながら、もう一人の暁美、02は舌打ちした。
 オリジナルと共に施設に入った。そこまではよかった。だが、突然の乱入者の襲撃によって、オリジナルと離れ離れになってしまった。
 速度を緩めることなく、後ろを見やる。特殊スーツを着込んだ小柄な兵士らしきモノが、変わらぬ速度で追いかけてくる。

(現在の装備と状況から判断)
 現在の装備は、対霊鬼兵専用の麻酔銃のみ。元々オリジナルを捕らえる為だけのミッション。多数の敵を想定した装備はしていなかった。
(武装に有効性は見受けられない)
 02には、霊鬼兵としてのずば抜けた筋力と回復力がある。
 その基本スペックと自らに向けられた異能力を無効化する能力を合わせれば、大抵の状況は覆せる。自らの技術を過信する開発者の言葉を鵜呑みにするのならば、どのような状況下にあったとしても、決して不利な状況は起き得ない。だが、02は冷静であった。
(敵の数、不明)
 今自分を追っている敵は一人。だが、あのような装備をしている者が一人で来る筈が無い。必ず伏兵もしくは後続がいる筈だ。
 脳に埋め込まれたチップを通じて、支援部隊に通信を試みる。応答無し。何かあったのか。
(状況は不利)
 現状が圧倒的に不利な状況であっても、02の顔は無色だった。
(ケースEに従い、任務の変更を行う。敵を殲滅しつつ、目標の確保)

 02は軽く右足を捻ると重心をずらしターンした。
 突然の行動に敵兵は立ち止まり、引鉄を絞る。だが、それよりも速く襲い掛かる必殺の抜手。
 02の拳は確かに防弾ジャケットを貫き、スーツを貫き、皮膚を、肉を貫いた。だが、そこまでであった。腕に伝わる筈の感触は肉の暖かさではなく、人工物の冷たさだった。
 自分を見つめる機械の目に、02は相手が人間では無いと知った。
「ロボット…」
 02の左胸に熱い感覚が生まれた。それが何なのかは、02にとってさしたる意味は無い。ただのダメージだ。
 驚いたのはロボットだ。人間ならば心臓を直撃しているというのに。無論、頭の中ではそれが霊鬼兵の強靭な耐久力によるものであるという事は熟知している。
 驚きはほんの一瞬の事だが、ロボットが立ち直った時には、その視界には自分の足首が広がり、続いてノイズに支配された。
「間接部への攻撃が有効」
 02がやった事は、単純な事だ。持てる筋力を全て使って、立ち姿勢のまま相手の首を掴み、強引に首を下へ折るように力を加えた。それだけだ。
 破壊したロボットの残骸に一瞥をくれると、02は元来た道を引き返そうと一歩踏み出した。
 刹那。
 轟音にも似た銃声が幾重にも響いた。咄嗟に身を捻り、全体重を片足に乗せる。
 左肘に稲妻のような痛みが走った。
 痛みを堪え角を曲がり、銃声が聞こえなくなるまで02は全力で走った。

「敵戦力は機械兵士と確認。装備、戦術から特殊部隊と推測」
「状況、依然として不利」
 全く役に立たない通信機に、それでも一応の報告を行うと、02は手近の病室に身を隠した。
 妙だ。敵が追撃してこないというのもあるが。未だ鮮血が滴り落ちる左腕と左胸を見やる。回復機能は作動している筈なのに、一向に傷は癒えない。
(特殊弾薬を使用したか)
 こうしている間にも、オリジナルとの距離はどんどん開いていく。いや、もしかしたら既に襲撃者によって捕獲、破壊されているかもしれない。
 しかし、焦ってはいけない。再生能力が使えない以上、慎重に行動せねばならない。
 目標の確保が最優先だが、自らの帰還も同クラスの重要事項だ。
 無茶はできない。
「ならば」
 ここがどういう場所なのか、どう動くべきかを頭の中に描くと、02は闇の中に身を潜めた。

 真っ暗な通路を、音も無く四人の兵士が歩いていた。
 一同は専用のスーツに身を包み、防毒マスクで顔を隠し、手にはM5サブマシンガンを持ち、ブローニング9mを脚に固定していた。即ち、先程02が倒した機械兵士と全く同じ格好をしていた。
「ブラボー、異常無し」
「了解」
 通信機を通じて返される声も、同一のものだ。彼女、R−98Jは完全な個体ではない。彼女は個体でもあるが、群体なのだ。
 彼女達に与えられた任務は、試作型霊鬼兵の破壊。
 そこにどのような政治的な意味があるかは、彼女達に知らされていない。
 無論、彼女達は兵士であるから、意味を知る必要は無い。命令に従い、任務を遂行するだけだ。
 がた、と角の向こうで何かが落ちた音が聞こえた。
 先頭を行くR−98Jは左手で警戒するよう合図すると、サッと銃を持ち上げ、壁に背を預け向こう側を除いてみる。何も無い。
 警戒心を微塵も緩めぬまま、仲間にこちらにくるよう手で促す。
 一人が来た。が、残りの二人がこない。
 振り向いたR−98J達は、見た。首を折られ、地に転がる仲間達の姿を。両手に二挺のサブマシンガン…仲間達の銃を持ち、銃口を向けている霊鬼兵の姿を。
 思考が働くよりも先に、体がトリガを引き絞る。それよりも早く、銃声が響いた。
 崩れるR−98J。02は弾が切れたマシンガンを捨てた。床に転がる通信機に気付く。
 一瞬の沈黙の後、02は通信機を取り上げ、スイッチを入れた。
「貴様等が何者か知らないが、私の任務をジャマするというのならば、私は貴様等に宣戦を布告する」

 R−98Jは、通信機を通じて聞こえてきた銃声から、ブラボーチームに起きた異変を察した。
(敵と遭遇、撃破されましたか)
 しかし、機械である。冷静に分析を下すと、R−98Jは自分の斑、いや自分達の索敵範囲を仲間が撃破されたエリア周辺に限定した。そして行動を開始しようとしたその時、通信機が異声を発した。
『貴様等に宣戦を布告する』
 どういう意図だろうか。このような状況下で行動を行うとしたら、それは自分の命を捨てて誰かを助けるという意図しか考えられない。
 だが、まさか。
 情報には、二体の霊鬼兵は敵対しているとある。しかも片方は兵器だ。
 敵を助けるなど、兵器が行う筈が無い。兵器は忠実に、命令を遂行する事しかできない。
 だから、それはあり得ない事だ。しかし。突入前に行った下準備を思い出す。なるほど。そういう事か。
「仲間に捕獲させるつもりですか」
「だとしたら、その目論見は失敗だったという事です」
 マスクの下で不敵に笑ってみせると、R−98Jは仲間と共に02の探索を再開した。

 闇の中へ、暁美はそっと頭を出した。
 左右を見渡してみる。いない。ふぅと息を吐く。
 あれから、何がどうなったのか。
 02との戦闘開始直後から変な兵隊に追い回されていたが、なんとか振り切れた。今、兵が追ってくる気配はない。
 だけれど、まだ安全とは言い切れない。耳を澄ませば何かの足音が聞こえるし、時折銃撃のような音がするのだ。
 どこか隠れる場所を探さねばならない。
 壁に沿って、出来るだけ目立たないように進む暁美の前に、開け放たれた扉があった。警戒しながら中に忍び込んでみる。
 そこは、何かの監視室のようだった。三方の壁に無数のモニターがあり、中央のコンソールでモニターを制御しているようだ。
 何の為なのか。お化け屋敷には不要の物の筈だ。怪訝に思った暁美の鼻を、異臭が貫いた。臭いの元を辿ってみる。
 そこには、数人の男女が床に倒れていた。皆、左胸に赤い染みがあった。つまり、死んでいた。
 暁美の兵器としての顔が、それはかなり前に射殺されたものであると分析を下した。先程の兵隊にやられたのか。
 人としての顔が、全身に恐怖を伝達した。全身から力が抜け、壁に背を打ちつけ、力なく床に座り込む。
 へたりと座り込んだ暁美の左手が、何か硬いものに触れた。目を落とす。スイッチだ。触れた弾みで押してしまったようだ。
 そこに書かれていた文字に、暁美は恐怖を忘れ全身に力を込めて飛び起きると、部屋から出て、発見されるという不安を投げ捨て全力で走り出した。
 後には、音も立てずカウントダウンを行う爆破スイッチが残された。

 やはり、戦は数であった。
 時に敵から武器を奪い、時に施設の道具を利用して、ありとあらゆる手を用いて02は敵を倒した。それでも、敵は沸いてくる。
 武器の不足、連絡途絶、いつ果てるともない敵に、流石の02にも、このままでは確実に破壊されるという現実が重く圧し掛かってきていた。
 唯一の望みはオリジナルが組織に捕獲される事だが、通信が通じない現状に於いては、その確立も極めて低いといわざるを得ない。
 一体が放った銃弾が右足を貫いた。バランスを崩す02の胸に、先回りしてきた敵小隊の一斉射撃が数十本の赤い花を植え付けた。
 天地が逆転する。
 倒れた02に、R−98Jが殺到してくる。無数の銃口を突き付けられ、02は目を閉じた。
 その時だ。施設が大きく振動したのは。
 目を開く。するともう一度。それは気のせいでは無く、地震でも無かった。連続して聞こえる爆発音が、それが何かを物語っていた。
「何ですか!」
「監視室に仕掛けた爆薬が爆発した模様!」
「どうして!?」
 パニックに陥るR−98J達。彼女達を冷めた目で見つめる02の視界に、白い天井が広がってきた。

 暁美が外へ出るのと同時に、背後で巨大な爆発が起きた。暁美は振り向かなかった。
 何事かと集まってきた群衆の中に飛び込むと、そのまま人々の中に消えた。
 暁美は、二度とデステニーランドを訪れる事はなかった。






■登場人物
【6691/人型退魔兵器・R−98J (ひとがたたいまへいき・あーるきゅーはちじぇい)/女性/8歳/退魔支援戦闘ロボ】


■ライター通信
 こんにちは。檀 しんじです。
 ご参加頂き誠にありがとうございます。
 今回は、アクション映画をイメージして書かせて頂きましたが、如何でしょうか。
 またご縁があればお願いします。