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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV sideU―Nerium indicum―



 遠逆日無子が目を覚ましたのは、二週間以上も滞在している病院のベッドの上でだった。今日もいつもと同じように真新しい包帯が全身に巻かれ、その上から患者服を着せられている。
 発作、と呼ぶのだろう。
 時間にするとものの5分くらいだが、一日に数回起こる。
 それを耐えている最中は気が狂ったようになっているので、実はあまり憶えていない。
「あれ……?」
 日無子は小さく呟いた。発作の最中に暴れてしまうため、ベッドに拘束されているはずなのに……拘束ベルトが外されている。
 決まった時間に発作が起こるわけでもないし、常人では日無子を抑えきれないために自らベルトをつけるようにと申し出たのに。
 ベッドのすぐ傍に誰かが座っていることにやっと気づいた。最近は発作への抵抗で体力を使うため、注意力も落ちているのだ。日無子の肉体は入院する前に比べて一回りも痩せ細っていた。
 あ、と日無子は思う。視線を移動させた先に、浅葱漣が座っていた。彼は日無子にぎこちなく微笑む。辛いのに無理に笑おうとするからだ。
 日無子の胸に痛みが走った。彼にこんな顔をさせている自分が憎い。彼がこんな顔をしていると辛い。
「日無子」
 呼ばれた。あぁ、彼に名を呼ばれると嬉しい。幸せ。
「漣……ごめんね」
 小さくそう言うと、彼は傷ついた色を目に浮かべる。
「心配させちゃったね。連絡しようと思ったんだけど……でも、こんな状態でさ」
 笑おうとすると顔が痛い。『発作』で顔にも傷ができているせいだ。
「日無子、話してくれないか……」
 漣の問いかけに「何を?」とは訊き返さない。黙ってしまうと、彼は膝の上の拳を握りしめていた。
 見た、のだろう彼は。日無子の発作を。
 何かに耐えるようにしている漣を見て、日無子は悲しくなる。
 こんなはずではなかった。遠逆家からの命令は実行した。それなのになぜこんな状態になるのか……わけがわからない。
 帰宅することは急を要するものではなかったはずだ。手紙に記された優先順位が下だったからだ。だが今は……。
「話してくれ。君が俺に伏せていたことを」
「漣」
「俺は」
 声を強くし、漣はさらに拳に力を込めた。
「俺は、日無子がこうやって傷ついているのに何もせずにいる事ができるほど、冷静にできてない!」
 激しい怒りと悔しさを込めて言われ、日無子は目を見開く。
 嬉しい、と思う自分は歪んでいるのだろう。――彼の愛情が心底嬉しい。



 時間は少し遡る。

「あ、あの、遠逆日無子の病室はどこですか?」
 受付で尋ねる漣は焦っていた。二週間以上も戻ってこない日無子の所在がやっとわかったのだ。早く逢いたい。現状を知りたい。
(日無子……無事でいてくれ……っ!)
 それは祈りに近い思いだった。
「遠逆日無子さんは……申し訳ありませんが面会謝絶となっております」
 受付に居る者はすまなそうに言う。
(面会謝絶……?)
 全身が冷たくなったような錯覚。手に持っていた鞄を落としたことすら、漣は気づかなかった。
「あの、どういうことですか? そんなに酷いんですかっ!?」
 食らいつくように身を乗り出す漣だったが、明確な答えはもらえなかった。
 とりあえず教えてもらった病室を目指す。一ヶ月間眠ったままだった頃と同じ部屋だった。
 エレベーターを降りてから、左右を見る。なんだか慌しい。
 ばたばたと走る看護師たちを見て、漣は不思議そうにした。
「またあの患者?」
「ええ。出血がまた……」
「定期的に皮膚が裂けるんでしょ……?」
「生理も止まらないのよ……」
 そう言いながら二人ほどが漣の前を通り過ぎて行く。その二人は日無子の病室に入って行った。
 呆然とする漣はエレベーターを降りたところで佇んでしまった。
(皮膚が裂ける……? 出血……?)
 部屋から先ほどの看護師たちが出てくる。シーツを持っていたが、それは出血でほぼ真っ赤に染まっていた。
 呆然としていた漣は病室へ向かって走り出す。病室には医師だけが残っていた。
 漣は状況に絶句した。
 獣のような悲鳴をあげて、ベッドの上で暴れる日無子はベルトで身体を固定されていた。
 髪を振り乱してうめきと、激痛を訴える声を吐き出し、両足をばたつかせようと動かしている。
 惨い、という一言がその光景には似合いすぎていた。
 漣は惨状に、ただ立ち尽くす。
 まるで日無子の肉体の内側から、何かが喰い破ろうとしているかのようだ。
 足をばたつかせる彼女の鼻や口からは血が流れ、足の付け根の辺りにも血が広がって患者服を汚した。全身を覆う包帯は、肌からの出血を受け止めきれないようで、赤い染みが拡大していく。
 医師が漣の存在に気づき、不審そうにした。
「面会謝絶だ。出て行きなさい」
 漣は首を横に振る。
 自分と彼女の関係は恋人だ。だが恋人ではダメだ。追い出されてしまう。
「彼女の……婚約者です。お願いです、彼女と話を……」
 いや。
「彼女の拘束を解いてもらえませんか……。お願いします」
「拘束を解くともっと酷いことになる。肌を掻き毟り、傷を……」
「いいんです。お願いします……!」
 頭を下げる漣を眺め、医師はしばし考えるように目を細める。
「……放っておいてもすぐに鎮まる。それまで待てないのか」
「…………」
 頭を上げようとしない漣に嘆息し、医師は部屋から出て行った。どうやら面会は許されたらしい。婚約者なんて嘘は、見抜かれているだろうに。
 日無子の状態が特殊である、というのが漣にも伝わる。普通の「面会謝絶」とは意味が違うのだろう。
 拘束のベルトを解いていくと、日無子の抵抗がさらに強くなった。頭を振って唸る。ぎしり、とベッドが軋んだ。
 ベルトを全て解くと、悲鳴をあげて暴れ始めた。血と、荒い息を吐く。
 胸元を掻き毟ろうとした手を漣が掴む。
「日無子!」
 漣の声に彼女は反応しない。目を大きく見開き、血の混じった唾液を唇から垂らしている。うぅ、と彼女は獣のような声を出した。
「これは誰かにやられたのか? それとも連結の……?」
 ぎろ、と彼女の瞳が漣を見た。突き飛ばそうとする彼女の動きを読み、漣は覆い被さって抱きしめる。二週間前と比べて、痩せているのがわかる。
 普段の万全な状態の日無子なら、漣など弾き飛ばされているだろう。だが体力を消耗しているらしく、簡単に腕の中に閉じ込めることができた。漣は泣きそうになった。
 腕の中で我を失って暴れ続ける日無子が憐れでたまらなかった。
 彼女が姿を消したあの夜もこうして抱きしめあったのを思い出す。だがあの時とは状況が違い過ぎていた。



 ベッドの上に横たわる日無子に、漣は必死に言う。
「頼む、教えてくれ! 今の状況は……おまえが姿を消したあの夜が関連しているのか?」
「……うん」
 小さく日無子が応えた。顔の半分以上を覆う包帯で、彼女の美しい顔が見えない。
「俺に、何かできないのか? 呪のことを伏せていた俺が言えた義理じゃない……でも……。俺は、俺は君を助けたい……!」
「…………泣きそうだね、漣」
 からかうような声で言う日無子は、目を細めている。微笑もうとしたのだが、できなかったのだ。
 彼女の様子が少し変だったことには気づいていたが、彼女が話してくれるのを漣は待つつもりだった。自分もそうだったからだ。
 日無子は極端な性格をしていることもあって、漣にとって都合が悪ければ隠すこともためらわないだろう。彼女の中心に居るのは漣だ。漣にとって不利益なことは排除する傾向があるのだ。
 その日無子が隠し事をしているということは漣に知られたくない事であり、早々に片をつけるつもりなのは容易に想像がついた。
 だが……その結果が、コレだ。
「……遠逆家からね、命令がきてて……。ある人物を殺せって。だから殺しに行ったの」
「……できなかったのか?」
「まさか。完遂だよ。
 でも……もう、ね。漣と一緒に住めない」
 唐突の言葉に漣は戸惑う。
「なんで?」
「帰らないといけない……実家に」
「ダメだ!」
 漣は叫んだ。
 あんな家に日無子を帰してたまるか。あの家が彼女にどんなことをしていたか知っていたら、帰そうとする者はいない。
「おまえの家は、俺と一緒に住むあの部屋だけだ」
「……身体と魂が繋がっても、すぐに離れる理由がわかった。あたしの心臓と身体……仕掛けがしてあって」
「仕掛け……?」
 嫌な予感がした。この先を聞きたくない。
 青ざめている漣に、彼女は申し訳なさそうな表情をする。
「……あたしを殺すことは、いつでもできるみたい。まぁ……あたしを造った際に、なんか仕掛けてるかもしれないとは考えなかったわけじゃないけど。
 身体がその仕掛けに反応して、『発作』が起きてるみたい。これを止めるには、家に帰るしかないよ。
 だからあたしを放置しておいたんだと思う。四十四代目を狙わない理由は、あたしをいつでも取り戻せるからだったんだね」
 漣は悔しい。日無子の苦しみを直に見てしまっただけに、戻るなとは言えなかった。
 このままでは日無子が死んでしまう。だが彼女をこのままにしておけば苦痛が長引くだけだ。
「抵抗するのに疲れたから帰るって言ってるわけじゃないよ。こんな状態のあたしを見てたら、漣のほうが辛いでしょ……?」
 日無子の言葉に漣は胸がずきりと痛んだ。結局彼女は、彼女自身よりも漣のことばかり考えているらしい。
「ごめんね……。でも帰って、長にお願いしてみる。あたしはもうあの家から外に出してもらえないだろうから……漣が寂しくないようにするために、時間を少しくださいって」
 困ったように言う日無子の顔は引きつる。また微笑もうとしたのだろう。
「クリスマスの時にね、あたしに訊いたでしょ? 欲しいものないかって。
 ないって言ったけど……ほんとは、あったの」
「え……? そうなのか? なんだ? 俺に用意できるものなのか?」
 どれだけ高額の物だろうと構わない。自分にできることなら、なんとかしてやりたい。
「用意できるよ。……というか、漣にしか用意できないね」
「?」
 不思議そうにする漣に向けて、日無子ははっきり、だが小さく言った。
「漣の子供が欲しい」
「…………………………」
 部屋の中が静まり返り、漣は彼女の言葉を頭の中で反芻した。理解するまでに一分はかかった。
「漣がいらないなら別にいいけど……」
「なっ、なん……っ!?」
 真っ赤になる漣に日無子は囁く。
「前からずっと、漣の子供は欲しいなと思ってたんだよね。漣に嫌われた時にさ、あたしは寂しいって感じるだろうなと思って」
 どうやら一人になってしまった時のことを想像し、日無子は漣との間に子供が欲しいと思っていたようだった。
「別にそれで漣に結婚を迫ろうとか、引き止めようとか考えてないよ。ただあたしの寂しさを紛らわせるためにって……思ってたし。
 でもあたしみたいな人間は、親には不向きだろうとは思うけどね。……そういえばあたし、子供なんて産める身体なのかな……」
 ぼんやりと天井を見る日無子の言葉に、漣はギクリとしたように体を強張らせた。彼女の身体が改造されているのは明らかだからだ。
「奇形児とかだったら……子供が可哀想だし、漣も可哀想」
「…………日無子、俺の前で我慢することないんだぞ……?」
 優しく言うと日無子が目を見開き…………涙を流した。唇を震わせる。
「いや……なの。ほんとは、すごく、ヤだ。帰りたく、ないよ……」
「ひな……」
「漣と一緒に、居たいよ……」
 震える声。
「こわい……帰るのがこわいよ、漣」
 怯える日無子の手を漣は握る。強く。
「ひとりでかえるのがこわい――――――」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 日無子から帰宅する意志が伝えられました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!