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<東京怪談ノベル(シングル)>


入浴剤の罠

 それは師匠の魔法薬屋の手伝いに行ったときのことだった。
「……」
 片付けの最中に、ふと目に留まった小さな箱。
 それが気になるのかと問われて、ファルスはこくりと頷いた。ぱっと見には普通の入浴剤のようだけれど、ここに置いてある以上ただの入浴剤であるはずがない。
 結局。手伝いのお駄賃ということでその入浴剤を受け取って、ファルスはご機嫌で帰路へつく。
 部屋に落ち着いてからそっと箱を開けてみると、中にはいくつかの小袋と、一枚の説明書。
「へぇ、治癒効力があるんだ」
 説明書によれば、この入浴剤は魔法的治癒効果を持っているらしい。
 陽はまだ少々高いけれど、出かける予定があるわけでもなし。のんびり入ったら、夕食の時間にちょうどいいだろう。
 ファルスは箱の中から入浴剤の小袋を取り出して風呂場へと向かった。

 さらさらと入浴剤の粉を入れると、風呂が鮮やかなオレンジ色へと変化した。心地よい香りが、穏やかな気分にさせてくれる。
 入ってみると、普通の入浴剤のようだった。
 まあ、今のファルスはこれといって怪我をしているわけでもなし、ものすごく疲れているというわけでもなし。
 効果がわかりにくいのも仕方がないか。
 けれど綺麗な色と穏やかな心地よい香り。これだけでも充分、癒し効果はあると思う。
 いい貰い物をしたと上機嫌で、ファルスはその日を終えた。

◆◇◆

 翌日から、風呂の時にはこの入浴剤を使うのは習慣になった。そう数が多いわけではないから、二週間程度で終わってしまうだろうけれど。
 そうして数日が経ち、小袋の数も半分くらいになった頃。
「あれ……?」
 箱の底に、他の小袋に埋もれるようにして、ひとつだけ色の違う小袋があるのを見つけた。
「なんで一個だけ?」
 問題の小袋を取り出してみる。普通に考えれば、袋が違うということは中身も違うということ。
「違う香りのも入ってたのね」
 ファルスは自然とそう考えて、色違いの小袋を手に風呂場に向かった。
「せっかくみつけたんだもん、使ってみないと」
 気持ちいいけれど一種類だけでは少しつまらないと思っていたところだ。どんな色で、どんな香りなんだろうと、わくわくしながら入浴剤を風呂に入れた。
 緑色に染まった風呂は、森の中を歩いているような、そんな香りで風呂場を満たしてくれる。
「よし!」
 いつもと同じように少しかき混ぜて頃合を見てから風呂に入ろうとしたその足が、途中でぴたりと動きを止めた。
「……なに、これ……」
 見た目はいつもと変わらぬさらさらのお湯なのに、足先を入れた瞬間、ぬめっとした妙な感触がしたのだ。
 とりあえず外に出ようと思ったが。
「きゃっ!?」
 ずるり、と。
 ぬめる淵で滑って中へと落ちてしまう。幸いにも、いつもと違う風呂のおかげで怪我をすることはなかったが。
「なっ、なにこれぇっ!」
 しかしぬるぬるとした中途半端に固まったゼリーのようなものに包まれて気持ちよいはずがない。
 というか、気色悪くて仕方がない。
 どうにか出ようとするのだが、バタバタしている間にお湯はいつのまにやら粘着液体のようになっていた。全身に絡み付いてくるそれに邪魔されて、動くことさえままならない。
「ちょっ……」
 どうしよう……。
 一旦落ち着いてゆっくりと動けば――そう思った矢先。
「きゃあっ!?」
 湯が、動いた。
 ずるずると緩慢な動きで動くその感触がまた気持ち悪いが、今は気持ち悪がっている場合ではない。
「こ、んの……」
 どうにか脱出しようと暴れてみるものの、滑るわ絡みつかれるわで、そう簡単に脱出できそうにはなかった。
 変わらず心地よい香りを放っているあたり、余計に腹が立ってくる。
 しばらくは力ずくでどうにかしようと奮戦していたのだが、数十分も格闘した辺りでふと気がついた。
 もとより多用しないようにという癖がついていたせいで、空間転移で出るという選択肢をころっと忘れてしまっていたのだ。
「……私ってば、バカ……」
 はぁ、と深いため息一つ。
 空間転移はただでさえ疲れるのだ。こんなに疲れる前に気付けばもっと楽だったのに。
 思いつつも、ファルスは自分の体を浴槽の外へと転移させる。
 さすがの絡みつくお湯も外までは動いてこなかった。
「いったいなんなのよこれ……」
 説明書に何か書いていないかと、服を着るのもそこそこに、タオルだけを巻いて脱衣所に出る。
 そうしてファルスは記述を見つけた。説明書にはなかったが、袋そのものに、きちんと書いてあった。
「……即席スライムの素〜?」
 偶然入ってしまったのか。はたまた、からかわれてしまったのか。
 どちらにしてもファルスは思う。
「なんで入浴剤と同じデザインしてるの……」
 静かな怒りにぽつりと呟いたファルスは、他の入浴剤も処分しようと心に決めたのだった。