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つめた〜い魔法
何処にでもある平和な日常。
時に退屈で、時に楽しい。
そんなある日の魔法薬屋の物語。
「あぁ、ティレ。少し運ぶのを手伝ってくれ」
「はいは〜い!…って、コレなんですかお姉様?」
今日も今日とて魔法薬屋の手伝いをしていたファルス・ティレイラは、その物品を見て首を傾げた。
「あぁ、これはな――」
首を傾げているファルスの反応を楽しむように、ファルスから「お姉さま」と慕われる魔法薬屋の主ことシリューナ・リュクテイアは極薄く笑った。
シリューナが仕入れてきたもの。
それは魔法の冷凍庫だった。
*****
「痛みやすい素材や魔法薬などあるだろう?あれを凍らせるにはやはり魔力を秘めたものではないと上手く凍らないんだ」
ゴトリと魔法薬屋の一角に置かれた魔法冷凍庫を見て、シリューナはその表面を撫ぜた。
これで折角の商品を駄目にする確立もぐっと減るだろう。それは自分の懐にとっては嬉しいものだ。
「でも、これじゃあまり入らないんじゃ…?」
ファルスの言うとおり、魔法冷凍庫はその辺りにある普通の冷凍庫や冷蔵庫と同じ位のサイズなのだ。
しかも扉はひとつ。その扉に幾つかスイッチがあったが、その用途はファルスには分からなかった。
これでは痛みやすいのだけを限定しても、かなりの種類がある魔法薬、ましてや素材類を全て入れる事は不可能だろう。
「あぁ、それは心配ない。これの中は――」
シリューナは徐に冷凍庫の扉を開ける。
ガチャリと音を立てて開かれた扉から、ひんやりと空気が漏れ出すのを肌に感じながらファルスは目を丸くした。
「わ、わぁ!!ひろーい!!」
「この冷凍庫は中が亜空間になっているんだ。だから入り口さえ自分達が入れる大きさならそこら辺の冷凍庫よりもかなり多くの物を入れることが出来る」
シリューナの説明を聞きながら、ファルスは冷凍庫の中へ足を一歩踏み出す。
冷たい空気の中、それはまるで1部屋分の大きさがある倉庫のようになっていた。
「凄い!凄いです、お姉さま!」
「あぁ。少し高かったが魔法薬を保管するのに便利そうでつい財布の紐も緩んでしまった」
失った分は商売で取り戻せばいいだけ。
便利さを追求するなら少々高くても良い物を選んだ方が得だ。
「さて…それじゃ荷物を中へ運ばないと。ティレ、手伝ってくれるか?」
「勿論です、お姉さま♪」
にっこりとお姉さまからのお願いを受けるファルス。
それが自分にとってとんでもない出来事になる事など露ほども知らずに――。
*****
「えーっと、これであと何個だっけ?」
シリューナのお願いで荷物運びを受けたものの、やはりとんでもない量だった。
箱に入れられた素材類や魔法薬によってできた山。
それを何回も冷凍庫に入れては箱を取りにいき、入れては取りにいき、そんな作業を何回も繰り返す。
元気が取り得のファルスでも少々疲れを感じた。
だが、そこはシリューナに弱いファルス。
「よし、頑張るぞー!!!」
疲れに負けない様にと気合を入れなおす。
大好きなお姉さまのお願いを果たすため、一生懸命荷物を運ぶのだった。
そんなファルスを見て、シリューナは少し微笑ましい気持ちになっていた。
退屈な日常でもそれを楽しませてくれる者がいる。
まるで自分の妹のような可愛い弟子、ファルス・ティレイラ。
「お姉さま、あと何個ですかー?」
渡された荷物を運び終わったのか、パタパタとファルスはシリューナのもとへと駆け寄った。
ファルスの努力の甲斐あって、山のような荷物もあらかた入れ終わり、やっと一息というところだった。
「あぁ…これが最後だ」
シリューナの横に置いてあった荷物をファルスへと渡す。
これでとりあえず痛みやすいものは全て冷凍庫の中へ保管されるということになる。
「それじゃ運んできまーす」
「あぁ…そうだ、それを運び終わったらおやつにしよう」
「はい、頑張ります!!」
ぱぁっと輝くようなファルスの笑顔につい口元がほころぶ。
「さて、とっておきの紅茶でも作るか」
嬉しそうに荷物を運ぶ後姿を見ながら、シリューナはおやつの準備を開始した。
*****
「おやつ〜おやつ〜♪」
るんるんと軽い足取りで荷物を運ぶファルス。お姉さまの役に立てる喜びとおやつが待ってる嬉しさで自然と早足になる。
今日のおやつは何だろうと考えながら、ぴょんぴょんと足元に置いてあった荷物を避ける。
だが、最後の最後で油断してしまったのだろう。
ジャンプしていた足がもつれ、ぐらりとファルスの体が傾く。
「うきゃぁ!?」
ドタッ!!ゴンッ!!!
そのままバランスを崩し、冷凍庫へぶつかる形で転んでしまった。
当然ならが冷凍庫はそれなりに硬い。ぶつけた所はさぞ痛いだろう。
「あぅあぅ…いた〜い!!」
涙目になってファルスは叫んだ。
その声はシリューナにも聞こえていたが、ファルスのことだから大丈夫とおやつの準備を続行していた。
「もぅ、あとでアザなんかになったらやだなぁ…っと、早く終わらせなきゃ!」
少しの間、患部を摩り続けていたがもうすぐおやつ。
これでもう終わりなのだと気を取り直し、荷物を持って冷凍庫の中へと入っていく。
『ブゥウウウン』
その時、冷凍庫から発された不穏な音に気づかずに――。
ゴトリと音を立てながらファルスによって最後の荷物が冷凍庫へと収納された。
これでやっと労働から解放され、お楽しみのおやつタイムへと行くことが出来る。
「さて、これで……え?」
冷凍庫の中は元々寒い。それは何度も入っているファルスには分かりきったことだった。
「な、なな、何!?」
だが、今の冷気は尋常じゃない。
荷物から手を離した瞬間、何もかもを一瞬で凍てつかせてしまいそうな程に冷凍庫の内部の温度が急激に下がっていた。
実は、ファルスが転んだ時に冷凍庫の「瞬間冷凍機能」のスイッチを押してしまっていたのだ。
それは荷物が置かれた瞬間に機能を開始し、冷凍庫内部を凍えさせた。
「とりあえず出ないと!!」
流石に尋常じゃないと慌てて冷凍庫から出ようとファルスは足を踏み出す。
ピキリッ。
「………え?」
動かない。全く足が動かなかった。
冷凍庫の冷気は既にファルスの足を凍らせてしまっていたのだ。
「ちょ、ちょっと!なんで…きゃぁ!!」
それによって更に混乱したのが運の尽き、足が固定された事によって逃げようとした体のバランスが崩れてしまった。
ドサリと思わず尻餅をついてしまう。
「に、逃げないと…!!!」
どうしよう、どうしよう、と混乱しきっている頭ではただ慌てるしか出来ない。
その間に足から腰へ、そして体全体を冷気が覆ってしまっている。
「お姉さま、助け………」
ファルスの叫びも虚しく、完全にその体は冷たく凍ってしまった――。
*****
「…ティレはまだか?」
とっくにおやつの準備を終わらせたシリューナは、あまりにも帰りが遅いファルスのことが気に掛かった。
おやつとあれば速攻戻ってくると思っていたのに戻ってこない。
流石にたった1個の荷物をまだ運んでいるということはないだろう。
「様子を見に行ってみるか」
紅茶が冷めないか少し心配だったが、それ以上にファルスのことが心配だ。
「ティレ、何処だ?」
冷凍庫がある部屋まで来てみたはいいものの、相変わらずファルスの姿は見えない。呼びかけても返事もないところを見ると、多分ファルスがいるのは――。
「この中か…」
ブゥウンっと未だに不穏な音を立てている冷凍庫へと目を向ける。
冷凍庫の扉は完全に閉じられ、スイッチの中のひとつが点灯していた。
「瞬間冷凍機能のスイッチが入っている…成る程な」
謎は解けたとばかりに、そのスイッチを押して機能を停止させる。
これで中へ入っても瞬間的に凍らされずに済む。
「さて、どうなっているのやら」
ガチャリと音を立てて扉が開かれる。
そこにあるのは所々に積み上げられた素材類や魔法薬、そして。
「ティレ、やはり此処にいたか」
見事なまでに氷のオブジェとなってしまったファルスだった。
これを解凍するのは少し時間が掛かりそうだ。
「…まぁ、折角綺麗に凍ったんだし」
くすりとシリューナは企む様に薄く笑う。
壊さぬようにそっと触れてみると、やはり冷たい。
「さぁ、どうしてあげようか?」
シリューナはとても楽しそうに、この後のことを考え始めた――。
何処にでもある平和な日常。
退屈だと思っても、楽しいと思わせてくれる娘がいる。
そんなある日の魔法薬屋の物語。
【END】
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