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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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我侭人形の遊び相手
1.
暇だから覗きに行った馴染みのアンティークショップに入った門屋を出迎えたのは、疲労の色が相手にもわかる程度に浮かんでいる蓮の顔だった。
こういう顔の蓮を見ることはあまりない。
何か厄介なことにでも巻き込まれているのかと思いながらも、こちらに気付いていない蓮に声をかけた。
「よう、蓮姐さん、暇だから遊びに来たぜ」
その言葉に、蓮は門屋のほうを見てから確かめるように口を開いた。
「暇って言ったね? あんた」
「あぁ、言ったぜ?」
「遊びに来るくらい、暇なんだね?」
蓮の顔に良い獲物を見つけたといわんばかりの表情が浮かんでいることに気付き、門屋は来なかったほうが良かったのかもしれないと僅かに感じた。
そんな門屋の心を見透かしたように、蓮はにっこりと笑いながら傍らにいた『ソレ』を門屋の前に置いた。
金髪の巻き毛に青い目、肌は雪のように白いが頬だけはほんのりと赤くなっているのが可愛らしく、服は少し昔の時代がかったベロアのドレスを着ている西洋人形だった。
「何だ? この人形──」
『遊ンデ! 遊ンデ!』
門屋の問いを遮って、突然人形が喚きだした。
「遊んで、だぁ?」
「来てからずっと、この調子なんだよ」
暇を見つけては蓮も多少は構ってやってはいるのだが、この人形、どうにも我侭でいくら構ってやっても少し退屈するとまたすぐに遊んでくれと喚きだしてきりがない。
流石の蓮も少々疲れを感じてきていたところに、門屋が来たというわけだ。
「……つまり、こいつと遊んでくれって?」
事情を理解した門屋がそう確認すると、蓮はにっこりと笑ったまま頷いた。
「おいおい、俺に人形とどうやって遊べってんだよ!」
「なんでもいいから遊んでやっておくれよ。暇だって言ったのはあんたなんだからね、しばらく頼んだよ」
それ以上の反論は聞きつけないまま蓮は門屋に人形を押し付けた。
その間もずっと人形は、門屋を新しい遊び相手だと認識したらしく『遊ンデ遊ンデ!』と言い続けている。
「わかったよ、遊んでやるよ」
根負けしたのは門屋のほうだった。ちなみに蓮は「少し休む」と言ってさっさとその場から奥へと逃げていっている。
『早ク! 早ク遊ンデヨ!』
「あのな、俺にも仕事があるんでな、ここで遊んでやるわけにはいかないんだよ」
急かし立てる人形にそう言いながら、とりあえず人形と一緒に自分の事務所へと戻ることにした。
2.
『門屋心理相談所』という自分の仕事場へと人形を連れて行き(その間も迷惑も考えず人形はずっと遊んでくれと言い続けていたが門屋は無視した)部屋の隅のほうへと座らせた。
『コンナ隅ッコイヤ! アッチノ椅子ガイイ!』
そう人形が主張した場所は、依頼者との相談で使用する席だったので却下したが、一応日が当たるデスクのほうへは移動させてやった。
場所に関してはそれ以上の苦情は出なかったので、その点はもう文句は言われずに済みそうだった──少なくともしばらくは。
「さて、遊んでやるにしても名前がないと呼ぶのに不便だな」
蓮から聞いておけば良かったと思ったが、言わなかったということは名前がないのだろうか。
「ま、縦ロールだから『ロール』で良いか」
『ソノママジャナイ! センスノナイ名前!』
「良いから、お前はここじゃロールだ。文句は受け付けん」
こういう我侭な女は調子に乗らせると何処までも勝手な注文をつけてくることを知っているので、そのくらいの自分の意見は通しておきたいところだった。
たかが一時の呼び名を付けるだけでここまで手こずらされては先が思いやられると、今更ながら厄介なことを引き受けたと溜め息が出そうだ。
「さて、遊べと言うことだが、俺は女の遊びは良く知らん」
こう言った途端門屋命名ロールがまた文句を言いそうになるのを抑えて話を続けた。
「なので……お茶会をする」
その言葉に、人形は嬉しそうに叫んだ。
『オ茶会! ステキ! 楽シソウ!』
お茶会という言葉の響きには、ロールはいたく気に入ったようだった。
が、門屋が準備して持って来たものを見た途端、ロールはまた凄まじい勢いで文句を言った。
門屋が持って来たものは、確かにそれはお茶会ができるものだった。
ただし、緑茶と羊羹という非常に『和』のお茶会セットであったことがどうやらロールのお気に召さなかったようだ。
『ソンナノオ茶会ジャナイ! ソンナノイヤヨ!』
「なんだと、緑茶と羊羹だって立派な日本の──」
『紅茶トクッキージャナキャイヤ! 絶対ニイヤ!!』
それ以外は断固受け付けないという空気を剥き出しに、ついでに声のボリュームも一層大きくなってロールがそう叫んだところで、慌てて門屋は部屋を飛び出した。
これだからお嬢様っていうのは始末におけないと思ったものの、しかしアレを果たしてお嬢様と呼んで良いものなのかは少々疑問だったが、その辺りは気にしても仕方がないだろう。
少なくとも、ロールは自分のことを育ちの良い箱入り(ついでに筋金入りの我侭)お嬢様だと思い込んでいることだけは確かなことだった。
「……ほら、紅茶とクッキーだ。これでお茶会なら文句ないだろ」
全速力で行って戻ってきた門屋の手には、近くの店で買ってきたティーバックの紅茶とクッキーの詰め合わせがあった。
『紅茶トクッキーナライイワ! 早クお茶会シマショ!』
手ごろなものだがロールは満足したようで嬉しそうに、早くお茶会をしようとせがんできたことには門屋は少々安堵した。
これで何処そこの有名メーカーのものしか受け付けないと言われた日にはどうしてやろうかと思っていたためだが、幸いなことにそこまでの我侭は言うことはなかったらしい。
一応、ある程度はそれらしく見えるようにロールの前を整理してティーセットとクッキーを置いてやった。
動けるのか? と疑問に思っていると、案の定、ロールは飲ませろ食べさせろと言い出した。
『ナンダカ変ワッタ味! デモタマニハコウイウノモ悪クナイワネ!』
変わった味と評したのは、要はこんな安物を食べたことがないからか? と軽くカチンときそうになっていたのは顔には出さなかった。
人形との珍妙なお茶会がひと通り終わったとき、来客を告げるチャイムが鳴った。
「おっと、来談者が来たようだな」
そこでここが仕事場であることを思い出した門屋は、ロールのほうをちらと見てからロールを抱えて移動した。
「お前は待合室のソファでおとなしくしててくれ」
おとなしく、という単語をできる限り乱暴にならない程度に強調しておいて、門屋はひとり目の相談者を部屋に招きいれた。
が、相談中の間も、ずっと門屋の耳にはロールの声が届いていた。
それが待合室にいる来談者たちに『遊ンデ!』と言っているのだということはすぐにわかったが、それはできるだけ無視して相談に集中することにした。
「あの、先生……あの人形は?」
門屋は無視しても来談者のほうは気になるらしく何度かそう聞かれたが、門屋は詳しく説明することもなく、今日一日だけ預かっている我侭娘なので気にしないようにと言うだけにしておいた。
3.
「はぁ、疲れたぜ……」
今日の診断時間を終えた門屋は思わずそう漏らした。
何せ、今日は相談者だけではなく我侭の塊のような人形の遊び相手までしなければならなかったのだ。
この人形は、明日になったら早急に蓮の元へ返そう。
これ以上、この人形の我侭に付き合っていたら身がもたない。
ちなみに当のロール嬢はというと、『疲レタカラ眠イ』と言ったのでソファに寝かせたところ、すぐぐっすりと眠ってしまっていた。
おやすみなさいも、今日は楽しかったわというようなことは一切言わずにだ。
「何処まで我侭なんだ……もう、あいつと遊ぶのは御免だ」
そう呟きながら、ベッドに倒れ込むとすぐに眠った。
様々な疲労によって熟睡した翌日、ロールを返すためにアンティークショップに向かった。
「よう、蓮姐さん、我侭なお嬢様を返しに来たぜ」
そう声をかけると蓮は笑いながら「昨日は助かったよ」と言ってロールを受け取った。
「おや、今日はおとなしいね。遊んでとは言わないよ。よっぽど満足したんだろうね」
そりゃあれだけ相手を振り回して遊んだ次の日くらいはおとなしくなっていてもらわないと困ると門屋は思った。
「楽しかったかい? こいつの相手は」
「楽しいどころじゃないぜ、まったく。どれだけ我侭に育てられたんだ、こいつは」
その言葉に蓮は愉快そうに笑いながら人形をケースの中にしまってから、ゆっくりと門屋のほうを向いた。
「さて、今日も暇かい?」
その言葉に嫌な予感を覚えて、門屋は慌てて首を振った。
「いや、今日は忙しいんでな。すぐに帰らせてもらうぜ」
「おや、それは残念だね。暇だったならまた頼もうかと思ってたんだけど」
「おいおい、こいつの相手はもう御免だぞ」
昨日で十分懲りたらしくそう言った門屋に向かって、蓮はにやりと笑った。
「いや、こいつじゃないんだけどね。同じように暇を持て余してる人形が他にも──」
蓮の言葉を最後まで聞かずに、門屋は店から全速力で逃げ出した。
我侭なお嬢様の相手なんざ、当分御免だ。
そう思いながら、仕事場へと戻った。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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1522 / 門屋・将太郎 / 28歳 / 男性 / 臨床心理士
NPC / 碧摩・蓮
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■ ライター通信 ■
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門屋・将太郎様
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
緑茶と羊羹でのお茶会を拒否される部分は楽しく書かせていただきました。
お気に召していただけましたら幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。
蒼井敬 拝
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