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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


誘いの歌



1.
「助けてくれ」
 興信所に入ってくるなり、男はそう草間に言った。
 いや、草間にというよりもその場にいた者なら誰でも良かったのかもしれない。
 現にそこには、仕事帰りで立ち寄ったヴィルアの姿もあった。
 どちらに向かって言ったのかふたりには見当が付きかねるような落ち着きのない動きと目を、男はずっとしていた。
「助けてくれ」
 もう一度、男はそう言った。
「まず、話を聞かせてくれ」
 男の必死の形相に反して、冷静に草間はそう言った。
 その様子を、ヴィルアは少し離れたところから拝見することにした。
「女だ」
 落ち着きなく勧められた椅子に座りながら、男はそう言った。
「女がどうした」
「耳元で、女の声が、歌声が──」
 歌声が、ずっと男の頭で鳴り響くのだという。
 それまで一度も聞いた覚えのない歌声、旋律なのに、男の耳には四六時中その歌声が響いている。
 男を何処かへ誘おうとしているような声。
 そう言っている間も男は耳を塞いで何度も頭を振っている。
 どうやらいまも、その歌声は聞こえているらしい。
「頼む」
 男は、縋るように草間を見た。
「この歌を、止めてくれ」
「お前、本当に怪奇現象に縁がある奴だな」
 それまで黙って話を聞いていたヴィルアがそう言うと、草間がじろりと睨みつけてきた。
「誰が好き好んでこんなもんに縁なんか作りたいもんか」
 男と草間が話している間も、いま草間の話を聞いている間も、ずっとヴィルアの目は男のほうに向けられていた。
 いや、正確には男の後ろを見ていたというほうが正しいのだが。
「そこの依頼人サン、心当たりはまったくないのですか?」
 男の後ろを見ながら、ヴィルアはそう声をかけた。
 その声にようやくヴィルアが入って来ていたことにも気付いたらしい男は、首を振りながら(それが否定の意味だったのか聞こえてきているらしい歌声を追い払うためかは知らないが)やはり「知らない」と言った。
「肩まである茶色の髪に美人というより可愛らしい20代ぐらいのお嬢サンにも、ですか?」
 そう重ねて聞いた途端、男の顔色が変わった。
 ゆっくりとヴィルアは椅子に座っていた男に近付いていく。
「心当たりが、あるんですね?」
 紳士的な口調に反して、その声も態度も何処か冷たい印象を与えるものでヴィルアは男に聞いた。
「な、なんのこと……」
「心当たりがあるのなら、今の内に白状した方が身のためですよ」
 何処までも紳士的な態度は崩さず、しかし断定的な台詞に、男が派手な音を立てて椅子から立ち上がった。
「知らないと言ってるだろ! 20代の女だと? 何をいきなりそんなわけのわからないことを──」
「なら、さっきからずっと貴方の後ろに立っている血塗れの女性は、誰なんでしょうね」
 ヴィルアの言葉に、男の顔は完全に青褪め、事務所の空気が冷たいものになる。
「血塗れの女だと?」
 草間の言葉に、ヴィルアは頷いた。
「ここにこの依頼人サンが入ってきたときも、その女性のほうが私には先に見えたんだがね。お前は気付いてなかったようだが」
 ヴィルアの言葉に草間は「わかるか、そんなもん」と反論したが、そんなやり取りなどいまはどうでも良いことだ。
 青褪めたままの男が、草間とヴィルアを交互に見ながら、後ずさりながら事務所の出口のほうへと向かっていた。
「そうか……お前ら、グルだな。グルになって俺をハメようと」
「彼女が誘っているのは、さしずめその亡骸を埋めた場所になんじゃないですか? 依頼人サン」
「!? 俺は関係ない! 何も知らないんだ!」
 ヴィルアのとどめの言葉にそう喚きながら、弾かれたように男は事務所を逃げ出していた。
 その目がヴィルアだけではなく草間に対しても、何か人ではないものを見るようなものだったことが草間には少々不服だった。
「知らないっていう反応じゃないよな、あれは」
 男が派手に倒した椅子を戻しながら、草間はそう呟いた。
「依頼をひとつ逃したな」
「だから、ああいう依頼は俺が望んでるものじゃないって何度言って……」
 草間の愚痴は聞き流しながら、ヴィルアは男が去った先を見てから口を開いた。
「依頼人は逃げたから、仕事としては不成立だな」
「まぁ、そうだな」
「では、私が見届けるか」
「おいおい、見届けるって、何のために?」
 草間の問いに、ヴィルアは笑みを浮かべて答える。
「哀れな歌姫がどう復讐するのか、それは確かめておきたいだろう?」
 そう答えたヴィルアに草間は呆れたように肩を竦めて「勝手にやってくれ」と言ってから更に問うた。
「で、いまから後を追うのか? 手がかりはさほどないぞ」
「問題ない」
 その言葉にヴィルアはそう言った。
「私にも聞こえた。彼女の歌がね。それが道標になってくれる」


2.
 暗く、陰鬱な歌声が、ヴィルアの耳に届く。
 悲しみ、苦しみ、恨み、そんなものがこめれた歌だ。
 歌詞もメロディも聞いたことがないものだから、きっと彼女が自分で──あの男が知らないと言ったのだから死後作ったものなのだろう。
 生きていれば、良い歌い手になれたかもしれないものを。
 その歌声に導かれるように、ヴィルアは足を進めていた。
 この先に男はいるだろう。あれだけの動揺を与えられたのだ、心当たりがあるのならば(そしてヴィルアが見たものに間違いはない)確認をしなければそれこそ心が休まりはすまい。
 繁華街を抜け、人の姿がまったくない通りに入り込む。
 ──こんな通りが、この場所にあっただろうか。
 入った途端、そんな疑問がヴィルアの脳裏を過ぎったときだった。
「──おやおや、今日は随分珍しい。こんなにここを人が通るとは」
 そんな声が、ヴィルアに向かってかけられた。
 振り返ると、黒尽くめの服を着た男がひとり、いつの間にか立っていた。
「しかも、美女がふたりも拝見できるとはね」
 人を食ったような笑みと言葉に、ヴィルアは一瞥をくれてから口を開く。
「ふたり、と言ったか? いま」
「あぁ、キミがふたり目だ。先のひとりは可愛らしいというほうが似合うかもしれないね」
 くつくつと笑いながら男はそう答えた。
「その彼女には連れがいただろう? ……生きている人間の」
「あぁ、野暮な男と一緒だったよ。まったく、男運の悪い女性には同情するね」
 何処か馬鹿にしたような男の言葉は無視して、ヴィルアは用件だけを聞いた。
「そのふたりは、どっちに行った」
「さて、ここは馴染みの店へ行くのに便利だからと使っている近道でね。いろいろなところに通じているし、何処にも通じていない。通った者が行くべき場所へ辿り着けるだけさ」
 当人がそれを望む望まぬは別としてね。
 そう言って、男はまたくつりと意地悪く笑った。
「特定の者の後を追うことは可能か?」
「キミなら何処へでも行けるだろう? キミに聞こえているものを追っていけばちゃんと着けるさ」
 では、と男は手を振って立ち去ろうとしていた足を止めてヴィルアを見た。
「キミのような美女には、是非また会いたいものだね」
「そのためには、名くらいきちんと名乗るのが礼儀だろう?」
「これは失礼。僕の名前は黒川というんだ。お見知りおきを」
 そんな言葉を残して黒川と名乗った男は何処かへ消えた。
 ヴィルアはそれを最後まで見送ることはせず、足を進めた。
 歌声がする方向へと。


3.
「ここは……なんで、ここに」
 まず、ヴィルアに聞こえたのはそんな声だった。
 気が付けば、ヴィルアがいたのは山の中だ。
 あの繁華街からは数時間かかるはずのところに、いつの間にかいたことは、しかし不思議だとは感じなかった。
 この程度のことで驚くには、ヴィルアは長く生き過ぎている。
 だが、普通の人間ならば十分驚く出来事ではあるだろう。
 現に、ヴィルアが追っていた男は困惑しきった様子で辺りを見渡していた。
「なんで、ここに……」
 男がもう一度そう呟いたときヴィルアは声をかけた。
「ここに歌姫が眠っているというわけですか? 依頼人サン?」
 正確には『元』依頼人だが、わざとヴィルアはそう言った。
 男の名を知らないのだから、そう呼ぶしかなかったし、また知る必要もなかった。
 男はただの端役なのだから。
「お、お前は確か興信所にいた……いつからそこに」
「後をつけてきただけですよ、依頼人サン。いや、正確には貴方の傍にぴったりと寄り添っているそちらのお嬢さんの……かな」
 すっと指差した先には、ヴィルアには確かに血塗れの女性が見えていたのだが、男はそれに気付いておらず、いまだただの脅しだと思っている──いや、思い込もうとしている。
 それを認めれば自分の罪を認めたことになると、これほど奇怪なことが起こっているにも関わらずそれを受け入れないつもりらしい。
「ふざけるな! そんなことあまり言っていると訴えて……」
「そんな猶予が自分に残されていると思っているのか?」
 そこで初めてヴィルアは相手に対して敬語を使うのをやめた。
「気付かないのか? 彼女の歌が変わっていっているのを。誘いの歌から破滅のそれへと変わったことを」
 そう、歌は変わっていた。
 誘いこむための歌から、この歌を聞いたものを破滅させるものへと。
 呪術的なものではない。女の歌はもっと直接的な方法を取っていた。
「う、うわぁぁぁ! み、耳が! 頭が!」
 途端、男が耳を押さえて地面に蹲った。
 直に聞いているわけではないヴィルアでもわかるほど、歌声はどんどんと大きくなっていってる。
 しかしそれでも歌は陰鬱で、決して暴力的ではない。
 ヘッドフォンを耳に押し付け、ヴォリュームを最大、いやそれ以上まで徐々に上げていかれているようなものだ。
 大音量などという生易しいものではない。
 比喩ではなくこのままなら頭を割られてしまうだろう。
「助けてくれ……助けてくれぇ!」
 男の必死の懇願さえもヴィルアの耳に入ってくる歌声にもはや掻き消されそうなほどだ。
「たす……」
「もう遅い。手遅れだ」
 歌っている女の代わりにヴィルアがそう宣告したと同時に、ヴィルアでさえも耳を塞ぎたくなるような歌声が辺りに響き渡り、止んだ。
 突然の静寂に、一瞬耳の中がぼんやりとした感覚がしたが、小さく首を振ってからヴィルアは男に近付いた。
 生きていないのは明白な姿に、ヴィルアは冷たく言葉を放った。
「だから、あそこで会ったときに言ったんだ。今の内だと」


4.
「男が死んだ──殺されたのほうが正しいか? まぁその少し先で、遺体が発見されたそうだ」
 一応話の結末を伝えるために別の仕事帰りに寄ってみれば、草間はすでに男が死んだこととその後のことをヴィルアに教えてくれた。
「頭が内部から破裂したようにしか見えないっていう話だったが、事実か?」
「自分の目で確かめろ」
「冗談じゃない、そんなもの見たら飯がまずくなる」
「で、彼女の身元は?」
 ヴィルアの問いに、草間は意外そうな顔をした。
「なんだ。聞き出したのかと思ってたんだが」
「折角復讐を遂げられた満足感に浸っているところに割り込んで邪魔をするのも如何なものかと思ったからな」
 その言葉に草間は少し待ってろと言って数枚の書類を机に置いた。
 あの日ヴィルアが見たとおりの茶髪で20代頃の可愛らしい女性の写真だった。
 違うのは、まだこれが生きていたときに撮影されたもので笑顔だということくらいか。
「クラブで歌を歌っていたらしい」
 男との関係を聞くかと聞かれたが、ヴィルアは手を振って拒否した。
「どうせ何処にでも転がっているようなよくある話なんだろ? そんな話を聞いてもおもしろくはない」
「じゃあ、この記事はどうだ?」
 そう言って草間が見せたのは見知らぬ女の写真だった。
「これは?」
「男の女房。どうやらこっちが女を殺したらしい。動機はそれこそよくある話だな。あの男が来る数日前に死んでる。駅のホームで突然歌が聞こえるとか言って錯乱してそのまま落ちたんだそうだ」
「そうか」
 たいして興味の沸かない顔でヴィルアはその話を聞いた。
「で、お前は聞いたんだろ? あの歌ってやつ。どうだった?」
「さぁ、私は恨みを晴らすためだけに歌われたものしか残念ながら聞けていないからなんとも言えんが、惜しいとは思ったな」
「惜しい?」
「そんなことのために使ったものではない歌を聞きたいと思った、ということだ」
 ヴィルアにしてはかなりの褒め言葉に当たるそれに、草間は「なるほどな」と返した。
 それで話は終わり、ヴィルアはまた別の仕事があるからと事務所を出ようとしたときだった。
「あぁ、そういえば、お前宛に手紙が来てたぞ。『歌姫の最後の歌について是非詳細聞きたし』だと。なんで俺のところに来たのかは知らんが、どういう意味だ、これは」
 誰からの手紙か気付きはしたが、ヴィルアは無視することにした。
「話を聞きたかったら名前くらいは名乗れと、もしまた連絡があったら言ってやれ」
 そう言い捨てて、ヴィルアは事務所の扉を閉めた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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6777 / ヴィルア・ラグーン / 28歳 / 女性 / 運び屋
NPC / 草間・武彦
NPC / 黒川夢人

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■         ライター通信                    ■
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ヴィルア・ラグーン様

この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
結果はお任せということでしたので、冒頭以降はこちらでかなり自由に作らせていただきました。
黒川との会話も希望してくださいましたので、あのような形で登場させていただきましたがお気に召していただけましたでしょうか。
ヴィルア様の人物設定と食い違っている部分がないかは少々気がかりです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝