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蒼天恋歌 ６ 天使の歌声
門が開く。閉じる作戦にて手違いがあったのか？
空は禍々しくあれており、世界の終わりを告げようとしているかのようだった。
「私のために？ 一緒に戦ってくれるというのですか？」
レノアは、あなたの真剣な答えにとまどいを隠せなかった。
「わたしは、あなたと違うから。一緒にいても何かに巻き込まれる、そう思っていた……時の砂を持った私。そう、この空間的歪みを抑えるのは私の役目。其れはとても危険なことなのですよ？ 今なら……あなたはいつもの日常に……」
あなたの意志は其れでは崩れない。
危険が何だという？
今までの修羅場は何と言うべきか？
それより、あなたはレノアのことを大事に思っている。
親友か、家族の一員か、それとも……恋人か。
そのことを照れ隠しで遠回しで言うか、そのまま言うかはあなた次第だが、今の彼女にはすぐに分かり余計あたふたする。
彼女の役目は門を閉じたり開いたりすること。
普通の外方次元界・中継次元界ではない、“平行世界中継路”や“彼方の次元界”を開けたり閉じたりする天使なのだ。ifの世界の直接干渉は、世界の混乱どころか、破滅に導く。其れを最小限に抑えたりコントロールしたりするのが彼女と彼女の父親の仕事なのだ。
すでに、ヴォイドは計画を実行している。門が勝手にあくまで熟せば、後はレノアのもつ時の砂の共鳴で人造神虚無の力が爆発する。そう降臨するのだ。
「おお！ 我が母よ！ 御身を！」
大仰に出迎えようとするヴォイド。
その隣で、己の野望の達成間近に、笑いを堪えきられない不浄霧絵がいる。
ディテクター、門の真下にいた。今にも開きそうな禍々しい門。
「厄介な事だな。俺もあの女と決着をつけるべきか？」
呟いた。
長い、長い、戦いになりそうな予感だった。
「私、あなたが……だから、この問題に退いて欲しかった。でも違うのですね」
と、レノアは少し嬉しそうに、悲しそうに言う。
大事に思ってくれている仲間を突き放すわけにはいかないのだ、と。
一呼吸置いてから、決意を込めて、彼女は言った。
「私が門を閉じます。なので、あなたは……その手助けをしてください！」
今までの憂いがない、意志の強い口調で。
最終決戦である。
そのあと、どうなるか……
あなたとレノアは……
〈仙姑として〉
空は未だ荒れている。絶望という感情を引き起こしてしまいそうな空。次元の門。しかし、未だ全てが相手側の勝利というわけではないレノアの記憶が戻ったこともあるし、まだ仲間がいる。何より麗龍公主は彼女が自分とともに戦うことがとても嬉しかった。
レノアと衣蒼未刀とともに家族のような、ささやかな日々を送りたい。長く生きている公主はその人間的感情を否定しない。間接的に様々な存在により、俗世というこの物質界に愛着を感じるのだ。さらに、長年生きていたために、その平穏が得難く喪いやすいのだと、喪いたくない。
「公主さん。」
「行こう。龍華。」
「ああ、向かおう。レノア、あのヴォイドの足取りは追えるか？」
「はい。門の近くに、正確には真下に、儀式を始めています。」
覚醒後のレノアは、何らかの直感もしくは啓示により、どこに何かあるかを突き止めることができるようだ。
「先ず戦い方なんだが」
公主が２人を呼び止める。
「どうするんだ？」
「私がヴォイドと決着をつける。レノアは歌って、門を閉じてくれると良い。未刀はレノアを守ってほしい。」
「それは危険です！」
公主の作戦に、レノアは反対した。
「先ほど申したはずです。ヴォイドは魂亡き者。狩るにも魂がないのです！」
「忌死者ではないのか？」
「体のベースはそうですが、アレは完全に違います。私も戦います。」
「しかし、私は。」
「公主さん、私は一人で抱え込むなと行って一人で戦うというのはずるいです。」
「……。」
屁理屈かもしれないがレノアも負けていない。
ヴォイドと戦うならば、苦戦を強いられる一対一より多対一がよいのだ。
「私が飛び出すのは行けないのか？」
と、公主が聞くと、
れなおと未刀はユニゾンしたかのように、「うん」と返事した。
「僕とて、二人を守らなくては行けない。大事な龍華だけを危険目に遭わせたくない。」
「未刀……。」
確かにこの言葉は嬉しいのであるが、彼女にはやらなくては行けないことがある。
「これでも仙姑しては……戦闘に自信有るのだぞ？」
と、にっこり笑い、未刀をヘッドロックしてから頭をグリグリするのであった。
「いたい、いたい、いたた！」
じたばたもがく未刀をそのままにして、公主は真剣な顔で、レノアを見る。
「歌に集中するには時間がとてもかかるのか？」
「はい。創造言語の節がくるまでの各節が、４分以上です。トータルは３０分かそれ以上になります。門の開き具合によって変わってしまうので。」
「そうか、私はヴォイドに大きな借りがある。分かってくれ。」
公主の真剣な顔つきに、レノアはしばらく黙っていた。そして首を縦に振った。
「分かりました。でも、ヴォイドだけを敵と思わないでください。」
「……。何か援軍が居るのか？」
「おそらく。」
だいたいは公主の作戦で決行することになったようだ。
その間にも、店に浮かぶ門は禍々しい闇を吐きださんと、口を開けていく……。
〈覆い被さる闇〉
レノアがたった場所は、このあたりで見晴らしの良い、富裕層が好む、高層ビルの一つであった。
どうもこの近くにヴォイドが居るのだ。
深呼吸する。
「いきます。」
近くにいる、公主と未刀に伝えると、二人は頷いた。
レノアの声が大空に響く。
それによって、不気味な雲が動き始めた、雷鳴轟き、雨が降り出す。
地上からはいびつな影が動き出し、ビルに登ってくる。
「ヴォイドが来た。」
公主がビルから飛び降りる。
そして、印を結び、呪を唱え、
「破！」
と、叫ぶと、公主を中心に光輝く刃の円陣が顕れた。
影をそれで切り裂いていく。
「この女ぁー！」
「私の宝具、返してもらうぞ！ ヴォイド！」
公主は『龍姫閃』を手に持ち、ヴォイドに向かって斬りつける。ヴォイドも負けじと、自分の体から闇をまき散らし生命を吸い取って、公主を衰退させようとしていた。
空中で激しい戦いが繰り返されている間、レノアは歌を歌う。しかし途中で歌を止めた。
「どうした？」
未刀が尋ねる。
「何者かが来ます！」
レノアは剣を構え、その“来る”という方向を睨んだ。
公主とヴォイドが戦っている反対側に、黒い靄が現れる。レノアと未刀からの距離はおよそ６メートル。
「……。」
靄が晴れると、神秘的な美しさに、奥にあるおぞましいほどの“無”を感じる女性が居た。
「まさか此処で戦うとはね。レノア。」
「……巫浄霧絵……？」
「お久しぶりね。」
氷の微笑を浮かべる巫浄に、レノアは後ずさる。
未刀は、レノアをかばうように剣を構えていた。
「俺が、レノアを守る。」
「彼女はあなただけで太刀打ちできません！ それほどの深い狂気を持っています！」
此処まで気配もなく近づけたことが何よりの証拠だった。
巫浄は、手を掲げると、怨霊が集まり、巨大な球体を作り出した。それはわずか１秒も満たない。
「絶望しなさい。」
屋上が怨霊に飲み込まれていった。
〈決着〉
公主は後ろにおぞましい霊気を感じた。
「レノア！」
屋上の気配に気がつき、焦るが、
「……信じて居るぞ！」
と、自分の仕事に専念する。
今はヴォイドを倒すことだ。門が開いたときの驚異は想像を絶するだろう。
「恋人も失うぜぇ！ 龍華！」
「だまれ！ お前にその名は言われたくない！」
無数の漆黒の炎が公主の服を焼いていく。冷たくもあり、熱い。しかし、それにはかまっていられない。
信じている。
あの二人を信じているから、目の前の敵を“狩る”のだ！
「ぬおおお！」
片手だけで印を結ぶ。すると、周りにある木々が激しく生い茂り、ヴォイドを掴む。
「この程度で俺が縛られるとおも……な？」
動けない。
なぜだ？ と考える余裕もなく、彼の右手は切り落とされる。
「木々に、境界越境！？ それに、対負防御だと！？」
ヴォイドは確信した。この女の力は初めてあったときと桁が違う、と。
「セーブしていたのか！？」
「言う必要はない！ 魂亡き者に！」
公主も未だ人の心は人間だ。仙人種というモノは人の心も持っていると考えても差し支えない。心理的に人間を超越している境地に達していても、考えることは人間と変わらないのだ。故に恋もする。怒る。感情もあるのだ。心で生きている。
さらに、決意が固まれば、このような人造などに劣るわけはないのだ。
『天堂地獄』が埋め込まれているヴォイドの腕を、公主が掴んだ。
「壊れてないな……。よし。」
腕ごと、公主は『天堂地獄』を取り込んだ。虚無の体はすぐに力となる。内心、彼女は上司に怒られなくて住むと思っていたがその安堵は全て終わってから堪能しようと考え直し、まだ、縛られているヴォイドを睨む。
「ヴォイド、己の力で己の世界に戻れ！」
五行の力が集中する。
「！？ な！？ 支配相反するモノを同時に唱えると、その先は、無か平穏じゃねぇのか！？」
ヴォイドは驚いた。
まさか、“今戦っている相手に五行全部ぶつけても意味はないはず？”と。
あらゆる術において、系統によって世界の安定を意味する“図式”が存在する。片方に特化すれば破壊や創造ができるし、支配もできると考えても良いだろう。しかし、同じ力で同時に発動した場合、たいていは何も起こることはない事が多い。全て中和されてしまうのだ。
しかし、公主の放った、術は……それではなかった。
「とどめだ！ ヴォイド！」
公主が放ったモノ、それは、
虚無そのものの固まりだった。
五行の同時発動は、その空間を安定化させるための結界。この渦巻く球体はあるモノだけを飲み込む入り口で、先ほど取り込んだヴォイド自身の力を、完全に再現するためのものだったのだ。
「まさか……。は、破滅の欠片と……同じ……。」
その固まりはヴォイドのみを吸い寄せる。木々に縛られた黒い炎は、そのまま公主の手のひらに浮かぶ闇の中に吸い取られていった。
わずか数秒。
公主の手には黒い球体がある。彼女は『龍姫閃』を掲げ、その球体を、斬った。
ガラスが割れるような音がしてそれは霧散した。
そして、公主はすぐに屋上に向かう。
霧絵は、ぴくりと止まる。
「やるわね、坊や。」
未刀は怨霊の固まりをいとも簡単に切り裂いていた。手には真空剣である。
「本当はこの力、使いたくはないが、あんたと戦う以上、容赦はしない。」
未刀はレノアをかばい、睨んでいた。
「あんたの使う悪霊は、僕には通用しない。観念するんだ。」
剣を相手に突きつける。距離は全く変わってないが、勝負はあったような感じだ。
本当に相性が悪い。と霧絵は思った。
「戦い嫌いなのにねぇ」
「そうさ、僕は争いを好まない。しかし、大切な人を傷つけるやつは許さない。」
下の方での戦いが終わった。
消えたのは虚無の方だった。
虚無と虚無がぶつかり合った感覚があったために、霧絵は舌打ちともとれるため息をついていた。
「今回も、失敗か。 坊やそれにレノア、またね。」
霧絵はそう言うと、悠々と背を向けて逃げるのだった。
「逃げるか！」
戦いが済んだ公主が飛んできて、霧絵を斬りつけた。しかし、全く手応えがない！
「私が本体で来ると思う？ あははは。それほど愚かじゃないわ。仙姑！」
霧絵は黒い靄になり、そこには何も無かった。
「投影か！？」
舌打ちする公主だが、その場に居ない相手を気にするほどではない。向こうは失敗したのだ。危機はいったん去っているし、おそらく、そう再会することもないだろう。
「龍華！？」
「公主さん！」
すぐに二人の安否を知り、安堵した。
「……大丈夫だったか。良かった。」
〈天使の歌声〉
ヴォイドの消失が影響したのか、天の荒れは少しだけ収まっている。しかし、未だ雨は降り注ぎ、遠くで雷鳴が聞こえる。
「最後は、レノアの出番だな。」
「はい。」
剣をしまい、軽いステップを踏んで、くるりと回る。
「あの、終わったら、公主さんのこと、龍華姉さんって呼んで良いですか？」
「え？」
その言葉にどきりとする。
俗名を呼ばれることはそうそう無い（例外は未刀だけだ）。さらには姉さんと言われるのはむず痒い。
どう答えればいいか悩んだが、レノアは微笑んでいた。
――返事は後で良いです。
と、言う感じに。
彼女は本当に歌い出した。
その歌は記憶を失ったときよりも綺麗で落ち着くモノであった。天は再び荒れるが、徐々に門となる部分が雲で覆われていく。雨も止み雷も鳴らなくなったとき、外側から雲が消えていく。
公主は見とれていた。
彼女の歌声とその姿に、
快晴の空の元、宙に浮かぶレノアがまぶしく、美しく。これで終わったのだと。
広い蒼い空に、天使の歌声が響く。
７話に続く
■登場人物
【1913 麗龍・公主 400 女 催命仙姑】
■ライター通信
滝照直樹です。
『蒼天恋歌 ６ 天使の歌声』に参加してくださりありがとうございます。
戦闘はまた派手にやってみました。仙術は五行とか、その辺とおもったので使ってみました。はい。もう一寸苦戦した方が良いのかなぁと思ったのですが、決意や信じ合う事に勝る力はないと思って、２話とは一変して楽勝ムードにしてみましたがいかがでしょうか？
さて、レノアが俗名で呼んで良いかとか言っていますけど、どうされますか？ そのへんは７話でご返答頂けると嬉しいです。
又の機会にお会いしましょう♪
滝照直樹
20060208
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