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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

 昼下がり。お茶の時間。
 軽快に鳴るドアベルと、ふわっと漂う香ばしい香り。
 興信所の休憩時間に、こうやって蒼月亭で過ごす時間はシュライン・エマにとって仕事中の楽しみだ。今日のお供はミルクたっぷりのカフェオレに、コーヒーのシフォン。添えてある生クリームにも香り付けにコーヒーが入れられているようで、その口溶けをゆっくりと味わっている。
「この前のパーティーでシュラインさんが持ってきたチョコレートソースが美味しかったので、今度レシピ教えてくださいね」
「あ、俺もそれ聞きたい」
 バレンタインにここでやったチョコレートパーティーに、シュラインは甘さのない肉料理にぴったりのチョコレートソースを持ってきたのだが、あの時はレシピを教えたりする時間がなかった。きっと二人とも、自分が来たときに聞こうと思っていたのだろう。
「いいわよ。何か紙に書いた方が良いかしら…」
 そんな言葉にシュラインが微笑み、空いている席に置いていたバッグを手に取ったときだった。パタン…という軽い音と共に何かが床に倒れる。
「あら?もしかして今日ドクターお店に来てた?」
 倒れたのは持ち手に小さな鳥籠の飾りと、羽根の付いたステッキだった。そしてここにこんな物を持ってくるのは一人しかいない。
「はい、ランチの時間に来てました」
 ぱたぱたとカウンターから出てきた立花 香里亜(たちばな・かりあ)は、シュラインの持っていたステッキを見て目を丸くした。それを持ち上げると、ナイトホークが面倒くさそうに煙草の煙を吐く。
 ここにこんな物を持ってくる『ドクター』
 それは常連の篁 雅隆(たかむら・まさたか)だ。普段からゴシック風の衣装を好み、シルクハットやステッキなどの小物にまで気を配っている。
「ああ、そんな物忘れてくのはあの浮かれポンチしかいないわ」
「さっき電話が来て、慌てて出て行ったから忘れちゃったんですね…」
 香里亜がそう言ったときだった。電話のベルが鳴り、ナイトホークがそれを取った瞬間、電話口からわぁわぁと叫ぶ声がシュラインの耳に聞こえる。
「ねえ!そこに僕のステッキなーい?入ったときには持ってたよねぇ、ねぇ?」
 自分が誰かも名乗っていないが、その電話が雅隆からだという事は全員によく分かった。ナイトホークは受話器を耳から放し、電話口に向かって溜息をつく。
「あのさ、まず挨拶をしろ。間違ったところにかけたらどうするんだよ」
「携帯だから間違えない!それよりステッキある?」
「あのバカみたいな杖ならここにあるぞ」
 バカみたいな杖…それを聞き、シュラインは香里亜と目を合わせて苦笑する。少し耳を澄ませると、電話の向こうの雅隆の声が聞こえてくる。
 どうやら自分が忘れ物をしたという事と、ステッキがない事で衣装が様にならない事が気になっているらしい。そしてナイトホークにこんな事を言っている。
「あのねー僕、篁の本社ビルにいるんだけど、それ持ってきて!」
 一瞬ナイトホークが沈黙し、電話に向かってあからさまに嫌そうな表情をした。
「はぁ?何で俺がお前の使いっ走りをやらなきゃならないんだ。切るぞ」
「あー待って待って。だって、呼び出されて今ちょっとお外出れないんだもん。だからそれ持ってきて!五秒で!」
 くすっ。
 何となく電話の向こうの雅隆の様子がうかがえる。シュラインは自分の腕時計を見て、顔を上げた。今日は興信所に戻っても、特に急ぎでやらなければいけない仕事もないので時間は空いている。それにチョコレートパーティーの時には雅隆もいたが、洋酒入りのチョコレートで眠りこけてしまっていたので、あまり話も出来なかった。
「私が持っていこうかしら。ナっちゃん王子さんや香里亜ちゃんも忙しいでしょ?」
「シュラインさん、甘やかすと図に乗るぞ」
「いいのよ。私もドクターとお話ししたかったところだし、丁度いいわ」

 篁の本社ビルがある場所はシュラインも知っていた。去年クリスマスマーケットをやった場所のすぐ側で、雅隆はそこにいるらしい。
「さて、誰かに聞けばいいかしら」
 着いたら連絡をして欲しい。雅隆は電話でそう言ったのだが、肝心の連絡先を言わずに電話を切ってしまった。受付で聞けば連絡を取ってくれるだろうか…そんな事を思いながらロビーに入り案内板を見ていると、その後ろから声が掛けられた。
「どちらに御用ですか?」
 シュラインの後ろにいたのは、スーツを着てサングラスをかけた長身の青年…篁コーポレーションの社長秘書である冬夜(とうや)だった。話をした事はないが、クリスマスマーケットの時にチラリとその姿を見た事がある。視線が見えないので表情が伺いにくいが、何となく醸し出す雰囲気や足音などが、シュラインの知っている刀剣鍛冶師の太蘭(たいらん)に似ているような気がする。
「あの…こちらに篁博士はいらっしゃいますか?」
 くるりと振り返り手に持っていたステッキを見せると、冬夜は眉間に皺を寄せた。
「……アレが何かやらかしましたか?」
 アレ。
 そういう言葉が出てくるとは思っていなかったので、ふるふると首を横に振り、自分が雅隆の忘れ物を届けに来た事を告げる。
「連絡して欲しいって言われたんだけど、連絡先が分からなくて…」
「こちらにどうぞ」
 そう言うと冬夜は、シュラインを奥にある応接スペースへと案内した。そこはパーテーションで仕切られていて、ちょっとした相談事や商談などが出来そうな感じだ。
「飲み物はお茶でよろしいですか?」
「あ、ドクターを…」
「ただいまお呼びしますので、お待ち下さい」
 この辺のテンポも、やっぱり太蘭に似ているような気がする。まあ、ここで大人しく待っていれば雅隆も来るだろう…ソファーに腰掛け、何となくステッキを手でいじってみる。
 しばらくすると、エレベーターから雅隆がバタバタと走ってやってきた。スタンドカラーの白っぽいスーツに赤いネクタイ。そして何故かマント。
「いょーう、シュラインさーん。お待たー…痛っ」
 走り込んできた雅隆が座ろうとすると、その頭を冬夜が軽く小突いた。
 何故冬夜がここにいるのか…という表情で、雅隆は軽く首をかしげている。
「なんで冬夜君がここにいるの?」
「丁度俺が帰社したときに、こちらの方がロビーで迷っていたのでお前が来るまで待っていた」
「えーっと…雅輝には内緒にしておいてね」
 ふい…とそれには返事をせず、冬夜はシュラインに礼をする。
「私はこれで失礼させて頂きます。ごゆっくり…と言いたいところですが、馬鹿が感染りますので、これとは長く話さない方が賢明です」
「………」
 歯に衣着せぬというか、本人の目の前で、ここまで直球で悪口を言う人を初めて見たような気がする。シュラインがあっけに取られながらその後ろ姿を見送っていると、目の前に勢いよく座った雅隆が、いつものようににぱっと笑う。
「ありがとねー。電話が来たからバタバタしてて忘れちった」
「社長さんに内緒って、大丈夫なのかしら?」
「だいじょぶだいじょぶー。ステッキ届けてもらったってのは雅輝にばれちゃうと思うけど。冬夜君僕にちょっと意地悪だから」
 二人の間には、何か事情や因縁があるのだろう。持ってきたステッキとお土産のシフォンケーキを渡しながら、シュラインはクリスマスマーケットで雅隆にたくさんのアーモンドを貰った礼を言った。
「アーモンド美味しかったわ。色々料理に使ったりして楽しんじゃった」
「何か料理したの?」
 お茶を出してきた女性にフォークと皿を持ってくるように言った雅隆が、料理という言葉に身を乗り出す。自炊などは全くしないようだが、どんな料理だったのかには興味があるらしい。それに微笑みながら、シュラインは自分が作った料理について説明し始めた。
「アーモンドを砕いた物を揚げ物の衣にしたり、お正月の田作りに使ってみたり…あ、ドライフルーツと一緒に炊き込みご飯にしたのがなかなかいけたわよ」
 中華料理などにカシューナッツが入っているものがあるが、その応用でアーモンドを使ってもなかなか美味しい物が出来る。炊き込みご飯はピラフの応用で作ってみたのだが、カレーなどに合わせるとドライフルーツの甘味とアーモンドの香ばしさが、辛さを押さえて食べやすかった。普通に食べるのも美味しいが、豆ご飯だと思えばなかなか美味しいものである。
「ふーん、何か美味しそーう。僕も今度お茶碗持って、シュラインさんの所にご飯食べに行こうかな」
「いいわよ。おかず持ち寄って何処かでご飯もいいかもね…あ、そうだ。ドクターに披露しようと思ってたものがあったのよ」
 シュラインがそう言うと、雅隆はニコニコ笑ってそれを待った。前々から誰かに披露したいと思っていたのだが、万人に理解出来るものではない。だが雅隆ならきっと喜んでくれるはずだ。
「んにーぃ」
 本物と聞き間違うほどの猫の鳴き声。
 雅隆はぱっと顔を輝かせ、手を叩く。
「あ、太蘭の所のにゃんこだ。今のは村雨だよね?」
 すぐに分かってくれた事が嬉しい。お茶で喉を潤し、シュラインも微笑む。
「そうよ。ドクターなら分かってくれると思ったわ」
「あの子鳴き方に特徴あるからすぐ分かった。すごいすごーい」
 村雨は、太蘭の家の猫たちの中でも特徴のある鳴き方をする。いつも「んにぃ」とか「んにー」と、何となく甘えた感じの声だ。他にも一文字や国広など、耳で聞き覚えた鳴き声を披露する。
「猫の鳴き声にも皆特徴があるの。不機嫌なときだと『オワー』って鳴いたりね」
「分かる分かる。シュラインさんがやると本物みたいだねー。僕もやってみようかな」
 何か対抗意識が芽生えたのか、雅隆は一生懸命「にゃー」とか「おにょー」とか鳴き真似をしていた。だがどう頑張っても「雅隆の鳴き真似」で、あまり猫っぽくないのが何だか可笑しい。
「僕がやると何か変ー。シュラインさん、もう一回やって。んーとね、蘭契(らんけい)と虎徹ー」
「いくわよ…『にー』…『ニャア』…」
「にっ…にー…。ダメだ、やっぱり僕だと天井裏で猫の物真似やったら『曲者!』って槍で突かれる…」
 一体どんなたとえなのか。でも何となく言いたい事は分かる。
 しばらく猫の鳴き真似に頑張っていると、雅隆は何か思い出したように「あっ」と一声あげた。
「そうだ。太蘭で思い出したけど、さっきの冬夜君ねー太蘭の兄弟なんだよ。どっちが上か知らないけど」
 似ているような気がしていたが、やはりそうか。サングラスを外したらもっと似ているのかも知れない。そんな事を話していると、雅隆の携帯から軽快な音楽が鳴った。
「あ、そろそろ戻らなきゃ。今日はありがとね。今度お礼するー」
 そろそろそんな時間か。楽しさに時間を忘れていたが、目の前にあったお茶も、雅隆に持ってきたケーキも綺麗になくなっている。
 すくっと立ち上がる雅隆に、シュラインは苦笑しながらステッキを指さした。
「ドクター、ステッキ忘れてるわよ」
「はうっ!せっかく持ってきてもらったのにー」
 ステッキを持ち、ぺこりと優雅にシュラインに向かって一礼。
 手品師がステージから去るときのように、それは妙にロビーの雰囲気を崩していない。
「では、また蒼月亭でお会いしましょう」
「またね」
 ただ、ここまで格好をつけながら、最後にマントの裾を踏んづけて転びそうになるのが雅隆の、雅隆らしい所なのだが…。

「んにー」
 蒼月亭に戻ったシュラインは、早速ナイトホークと香里亜に猫の鳴き声を披露していた。
 まずは一番簡単な所を…。それを聞き、香里亜は皿を拭きながら一生懸命考えている。
「えっ…どっちだろ。村雨…かな?」
「ピンポーン。当たりよ、香里亜ちゃん」
「村雨簡単だろ。あいつ変な鳴き方するよな」
 煙草に火をつけながらそう言うナイトホークに、香里亜が少し首をかしげながら恥ずかしそうに笑った。香里亜は太蘭の家に頻繁に行かないので、あまり鳴き方などを覚えていないらしい。今シュラインがやったのも、子猫たちという事は分かったが蘭契と村雨で迷ったという事だった。
「私、あんまり覚えてないんですよ。太蘭さんのお家っていつの間にか猫増えてたりしますし」
「じゃ、今度ナっちゃん王子さんの番ね。これは難しいわよ」
「よし来い。ばっちり当てるぞ」
 レコードの音量を小さくして、灰皿に煙草を置く。どうやらナイトホークは本気らしい。それに目を細め、シュラインが一声……。
「にっ…にー」
「…………」
「おにょー」
 くすくす…と香里亜が笑った。ナイトホークは一瞬考えて見せた後、煙草をくわえふっと息をつく。
「こりゃ難問だ…ってシュラインさん、それ猫じゃない」
 そう。今やってみせたのは、「雅隆がやっていた猫の鳴き真似」だ。
「どう?似てたかしら?」
 湯気の立つコーヒーカップを持つシュラインに、香里亜が頷く。
「ドクターにそっくりです。ドクターこういうの好きですから、きっと喜ぶと思いますよ」
「にしても、『おにょー』はねぇだろ…天井裏でやったら槍で突かれるぞ」
 まさかそれをここでも聞くと思わなかった。
 しかもナイトホークの口から。
 それがすごく可笑しくて、シュラインは笑いながらナイトホークにそれを教える。
「やだ、ナっちゃん王子さん…ドクターと同じ事言ってるわよ」
「仲良いですよね、二人とも」
「ちょっと待って、それすっげー嫌だ。同じ事言ったってのがショックだ」
 今日は色々な事があった一日だった。
 冬夜と太蘭が兄弟だと知ったり、雅隆とナイトホークが同じような事を言ってみたり。そういえば雅隆がお茶碗を持ってご飯を食べに来ると言っていたが、その時は何をご馳走しようか…。
 そんな小さな出来事が、一日を楽しく充実させていく。シュラインにとってはささやかだが嬉しい、発見と驚きの日々。
「ふふっ…」
 明日もまた、きっと楽しい一日だ。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
雅隆の忘れ物を届けに篁コーポレーションへ行くところから、クリスマスマーケットでのアーモンドの話や猫の鳴き真似など、色々なエピソードを盛り込んだ話になりました。
猫の鳴き真似は、何だかナイトホーク達の間で流行りそうです。天井に槍は、ネズミの鳴き声のような気もするのですが、二人の間では猫なのでしょう。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。