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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

 俺がその店…『蒼月亭』に行こうと思ったのは、あるクーポン雑誌がきっかけだった。
 普段なら見過ごすぐらいの小さな記事。昼間はカフェで、夜はバーになるというのも珍しいわけではないし、何か特別な事が書いてあったわけでもない。
 でも、何故か分からないがその店が妙に気になる。
「たまにはリラックスしてみるか」
 今日は休みだし、時間も丁度昼時だ。それに何か気になったという事は、自分にとっていいきっかけがあるかも知れない。出会いというのはそんなもんだ。
 クーポンを切り取り財布に入れ、いつも持っている刀を手に俺は蒼月亭に向かう事にした。

「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 大通りから少し中に入った場所にある、蔦の絡まったビル。そして古い木の看板。店の中にかかっているのは古いジャズのレコード。
 開いているカウンターに座ると、すっと店員の少女がレモンの香りのする水を出す。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
 初めての店なのでついあちこち見てしまったが、アンティーク調のインテリアが何だか落ち着く感じだ。俺の他にいる客も、ゆっくりとコーヒーを飲んでいたりしている。
「ブレンドコーヒーとこの具だくさんのサンドイッチをお願いします」
「はい。コーヒーはいつお持ちしますか?」
「食前に」
 俺が注文をすると、カウンターの中にいたマスターがコーヒーミルを出し豆を挽き始めた。ここは注文を受けてから豆を挽き、コーヒーを入れるようだ。そのゆっくりとした音と、挽きたてのコーヒーの香りが店の中を満たしていく。
 それに耳を傾けていると、マスターが声をかけてきた。
「お客さん、初めてだね。これ、よかったらどうぞ」
 それと共に差し出されたのは、店の名前が書いてある名刺大のカードだった。そこにマスターの名前らしき「ナイトホーク」という名前が書かれている。
「ナイトホーク…」
「そう。マスターでも、何でも好きに呼んでいいよ」
 色黒で長身のナイトホークが、そう言って人懐っこそうに笑う。ヘビースモーカーなのか、灰皿には吸いかけの煙草が乗せられたままだが、それがこの店と不思議に合っている。
「あ、俺は水滝 刃(みなたき・じん)です」
「じん…ってどういう字書くの?」
「やいばで『刃』です」
 俺がそう言って掌に字を書いて見せたときだった。少し離れた席でコーヒーを飲んでいた、作務衣姿の青年がふっと顔を上げ俺の方を見た。
「いい名だな」
 普通知らない奴にそう言われれば面を食らいそうなものだが、店の雰囲気がそうさせるのか、すっとそれが耳に入ってきた。マスターは挽いた豆をドリップ用のネルに入れながら、そっちを見てふうっと溜息をつく。
「太蘭(たいらん)は、刀関係になるとめざといよな」
「これでも一応刀匠だからな」
 どうやら彼はここの常連らしい。俺が持っている鞘袋に入れている刀『紫刳守睦正』が気になるのか、太蘭はカップを持ち近くにやってきた。
「その刀は水滝殿の?」
「え、ええ、そうです」
 ドリップされたコーヒーの香りが湯気と共に立ち上がる。
「是非刀身を拝見したいところだが、流石に店の中ではやめておこう。打粉も丁字油も持っていないしな」
 自分で刀匠と言ったように、太蘭は日本刀に詳しいようだ。それが何だか嬉しくて、俺も刀を少し持ち上げ、笑ってしまう。
「この刀は出来るだけ持つようにしています。いつ退魔の依頼が来てもいいように」
「退魔という事は霊刀か…鞘袋からでもいい刀というのが分かる。大事にするといい」
 紫刳守睦正…これは水滝家に伝わる霊刀だ。
 まだ俺が未熟なせいで扱いに苦労する事もあるが、いつかちゃんと使いこなしたい。
 そんな事を思っていると、ナイトホークが入れ立てのコーヒーを出しながら俺達にこんな事を言った。
「前から不思議に思ってんだけど、そうやって刀持ってて捕まらないの?」
 銃刀法の事を言いたいのだろうか。
 俺が刀を譲られたときにはそんな話は詳しくされず、ただ「いざというときまでは鞘袋に納めて持ち歩け」とだけ言われていたので、あまり気にした事がなかった。現に今まで持ち歩いていて何か言われた事もない。
 俺が答えあぐねていると、横にいた太蘭が「安心しろ」というように目を細めた。
「銃に関しては規制が厳しいが、日本刀は『美術品』になっているから、登録証さえ付帯していれば持ち歩く事に関して規制はない。公共交通機関で運んでもおとがめなしだ…ただ、むき出しだと通報されるかも知れないから鞘袋に入れる事が前提だが」
 それは知らなかった。
 持ち歩くときは鞘袋に入れて…とは言われていたが、そういう事があるためらしい。太蘭の説明に納得したナイトホークは、短くなった煙草を吸いながら感心したような頷く。
「ふーん、美術品扱いなんだ」
 緊張するような話なのに、何だかそれすらも川の流れのようにさらさらと消えていく。ここにいると時間の流れを忘れてしまうようだ。
 出されたコーヒーは、苦みや酸味が研ぎ澄まされたような味で、かなり美味しかった。
 それを飲んでいると俺が注文したサンドイッチがやってくる。具だくさんというように、中にはたくさんのレタスやハム、卵にスモークサーモン、クリームチーズにスライスオニオンと、具がパンからはみ出しそうなほどだ。
「お待たせいたしました。具だくさんのサンドイッチです」
「ありがとう」
 持ってきた少女はにこっと俺に明るい微笑みを見せている。
「皆さんお話盛り上がってましたね」
「香里亜(かりあ)は日本刀の話聞いても分からないだろ」
「でも、キッチンで盛り上がってるの聞いてるとちょっと寂しいなーって。ゆっくりしていって下さいね」
 香里亜、というのが少女の名前らしい。一口食べて俺が「美味しい」というと、香里亜は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。クリームチーズは開けたてですから、新鮮ですよ」
 それをきっかけに今度はチーズの話で盛り上がった。どこのメーカーのクリームチーズが美味しいとか、カマンベールチーズの食べ方とか、苦手なチーズの話とか、他愛ないがそういうちょっとした話題が結構楽しい。
「チーズに醤油?」
 そう言った俺に、ナイトホークが頷く。
「これが結構合うんだって。癖のないチーズ限定だけど、チーズおかかおにぎりとかみたいにすると美味いよ」
 そうやって話しているうちに、ふと気が付いた事があった。
 ナイトホークは妙に話しやすい。最初は俺も敬語だったのだが、「刃」と名前を呼ばれているうちにいつの間にかそれも抜けていた。
 なんと言えばいいのだろう。
 ちゃんと口で話しているのに、言葉が俺の心の中に入ってくるようなのだ。他愛ない話ならさらりとかわせるように、重要な話はしっかりと刻み込むように。
 東京の怪異の話がそれを如実に語っていた。
「この東京に、昔『不老不死』の研究をしていたイカレた奴がいたって言ったら、信じるかい?」
 煙草を吸いながら、笑い混じりに言った一言。
 普通に聞けば、ただの笑い話として流してしまったかも知れない。だが、その一言は俺の心にしっかりと入ってきたのだ。
「それは、どんな話だ?」
 ナイトホークはそれをさらっと話し始めた。
 この東京で、遙か昔にそんな研究をしようとしていた者がいた事。
 それは現代の科学を使ったとしても到底及ばないほどの無理な願いだが、その時代にそれは本気で行われていた事。
「………」
 俺は黙ってそれを聞いていた。
 初来店の客に必ず話す冗談なのかも知れない。そう思うほどにその話はあまりにも突拍子すぎた。そんな話をして、客が唖然としているところに「信じるなよ」と言って笑わせるのか…しかし、それにしてはその話は俺の心に少しずつ染みこんでくる。
「………」
 ……侍に似ている。
 それは、鬼と共に刀の中に封じ込められた、魂。
 肉体はないが、侍はずっとこの刀の中にいて鬼の魂を押さえ込み、刀に寄り添うように生きている。そうやって黙って俺を見守っているように、ナイトホークもじっと色々な物を見守っている…そんな風に見えたのだ。
「今でもその時から生き残ってる奴が、東京を彷徨ってるって話だ…まあ、信じるも信じないも聞いた奴の勝手」
 にっ。
 今まで煙草を吸いながら何処か遠くを見るように話していたナイトホークが、急に笑顔になった。太蘭は黙ってコーヒーを飲みながら、カウンターの上に目を落としている。カウンターの中を見ると、香里亜は少し寂しそうに皿を拭いていた。
 何か言わなければ。
 でも、ここで自分の気持ちは偽りたくない。
「その話、共感出来るが…俺がそいつの立場なら、絶対そうはなりたくないな…」
 誰だって不老不死が手に入るなら、手に入れたいと思うだろう。それに関しては俺も分かる。
 でも、もし本当にそれが手に入ってしまったら。
 刀の持ち主が変わって行くのを見つめ続けていた侍のように、自分が知り合った人間が老いたり死んでいくのを見ている事しかできないのは、ある意味どんな罰より辛いだろう。
 東京の中を彷徨い、いったい何を探しているのか。
 そう思うと、その心の奥にあるシン…とした寂しさが伝わってくる。
「………」
 サンドイッチの皿の上は何もなくなっていた。黙って話を聞いていた太蘭が、溜息をつきながらコーヒーカップをカウンターの奥にやる。
「コーヒーのお代わりをもらおうか」
「あ、俺も…今度はこのクッキー頼んでもいいか?」
 それで空気がふっと緩んだ。クッキーと言われた香里亜が、皿を置き嬉しそうに笑う。
「クッキーはお勧めですよ。今日はアーモンドパウダーたっぷりのスノーボールと、ピーナツチョコクッキーに、マシュマロとホワイトチョコ入りのアメリカンクッキーがあるんです。今お持ちしますね」
「うちはクッキー屋じゃねぇのに、香里亜がやたら作るんだよな」
 苦笑いをしながら、ナイトホークがコーヒーミルを出した。香里亜はクッキーを入れたケースを出し、小さな皿と中ぐらいの皿にクッキーを乗せながら話をする。
「お店のオーブンって天板が広くて二段使えるから、色々焼きたくなるんですよ。それに少しだけ焼いたら勿体ないじゃないですか」
 それが何だか可笑しかった。
 きっと普段もこんな風に話しながら、店の中の時間が流れているのだろう。そう思いながらクスクス笑っていると、ナイトホークがふうっと溜息をつく。
「刃、何が可笑しいんだよ」
「いや、何か勿体ないって…可笑しいなって」
 ことっとカウンターの上にクッキーのセットが乗せられた。香里亜は人差し指を立て、ちっちっと左右に振っている。
「ふふっ、そのうち私がこのお店乗っ取っちゃいますから…なーんて。はい、太蘭さんもコーヒーお待ちの間にどうぞ」
 出されたクッキーは優しい甘さだった。俺の隣で同じようにクッキーをつまみながら、太蘭も目を細めている。
「この様子なら立花殿がオーナーになる日も近いな」
「ちょっと待て。どうしてそう言う事になるのか、全然意味分からねぇから」
「そうなったら、ちゃんとナイトホークさん雇ってあげますね。でも、オーナ風ひゅーひゅー吹かせて大いばりしますよ。えい、お二人に応援してもらえるように、もう一枚サービスしちゃおうかな」
 そう言われ、手渡されたクッキーとナイトホークを俺は見比べた。苦笑しながら煙草を吸っているナイトホークが、ミルから粉を出している。
「刃、何とか言ってやって」
「俺は今日初めて来たばっかりだから、ノーコメントで」
「うわ、投げられた」
 それでも和気藹々と流れる空気。
 ゆっくりとコーヒーや会話を楽しむひととき。
「誰かの電話鳴ってないか?」
 話し声で気付かなかったが、確かに携帯が鳴っていた。この着信音は俺の携帯だ。一瞬話が止まり、俺はポケットから慌てて携帯を出そうとする。
「もしかして、結構前から鳴ってたかな?」
「何か聞こえると思ってたんですけど、話してると着信音って分かりませんよね」
 携帯を取りだして出ようとした途端、着信音が切れた。着信履歴を見ると、それは興信所からの電話だった。おそらく退魔関連の依頼だろう。
「友達か?」
「いや、仕事。これ食べ終わったら帰るよ」
 少し後ろ髪を引かれつつ、残ったクッキーを口に入れ俺は立ち上がった。店を出たらまた、陰陽師としての仕事が始まる。
 クーポンと共に財布からお金を出すと、ナイトホークが笑いながらこう言った。
「また来なよ。待ってるから」
「ああ、また来るよ。ごちそうさま」
 きっかけは些細な事だったが、やっぱりここに来て良かった。
 また安らぎたいと思ったら、きっとここで誰かが待っていてくれる…そして時間を忘れてゆっくり出来る場所がある。そう思うだけで、きっとこれからも頑張れそうな気がする。
 携帯をポケットに入れ直し、刀を持ってドアを開ける。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
 皆に見送られながら、俺は春を運んできた風の中へと足を踏み出した。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3860/水滝・刃/男性/18歳/高校生/陰陽師

◆ライター通信◆
はじめまして、水月小織です。そしてありがとうございます。
クーポン雑誌を見て、蒼月亭にやって来たという小さな出来事ですが、それを一人称で書かせて頂きました。
東京の怪異についてはナイトホークが気まぐれでする話なのですが、それに関しては刀の中の魂と重ねる部分もあるのかなと思い話題にしています。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。