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<東京怪談・PCゲームノベル>


貴方の物語、脚本化します
-それは、ある晴れた日の語らい-











「んー…やっぱり面白いなぁ」
今日は朝から天気が良かった。時計の針が正午にさしかかった今も、朝と変わらず天気が良い。雲一つない、まさに散歩日和の快晴だ。
「当然かもしれないけど、誰一人として同じ行動を取ってる人はいない。…うん、勉強になるな」
そんな散歩日和の快晴の日に、三葉 トヨミチ(みつば とよみち)は通りが見える喫茶店でコーヒーを飲みながら人間観察をしていた。もちろん、単なる趣味という訳ではない。トヨミチは『HAPPY−1』という小劇場系劇団の代表と脚本・演出を務めている。役者としても舞台に立つ事はあるのだが、脚本家にとっても演出家にとっても、そして役者にとっても人間観察というものは大切な事。想像や発想が膨らむし、その人の行動が演技をする際の参考になる事だってある。
「あら、トヨミチじゃない」
「…?あぁ、御門さん。こんにちは」
最後の一口を飲み干し、カップを口から話したところで聞き覚えのある声が自分の名を呼んだ。誰か知り合いでも喫茶店に入ってきたのだろうと、振り向いていればそこには御門 翔子が立っていた。
「えぇ。こんにちは。………そうね、別にトヨミチでも構わないわよね」
「?」
この喫茶店は翔子が団長を務める劇団 ほーぷ&ほーぷの稽古場にほど近い。きっと劇団絡みの打ち合わせか何か、それか劇団とは関係のない化粧品会社の会議か何かの帰りにでも立ち寄ったのだろう。後者に関しては、会社で会議をするより稽古場で進めた方が良い案が出るのだと、いつだったか本人が言っていたような気がする。
「決めたわ!トヨミチ、ちょっと付き合ってもらうわよ!!」
「付き合うって…何処にかな?」
「潤のところ!」
「芦川君の…?」
「そう!どーせ暇なんでしょ?なら、協力しなさい!!」
言って、翔子は片手に注文票を手に、もう片手でトヨミチの腕をとって立ち上がらせると、そのままレジに向かって歩き出し、会計を済ませるとトヨミチの腕を掴んだままで喫茶店から外に出た。

「御門さん?コーヒー代はお礼を言うけど…どうして俺が芦川君のところに?」
「トヨミチの話を潤に書かせるのよ。だから、潤のところに行ってもらうの」
喫茶店を出てすぐ、翔子の「乗りなさいな」という言葉に従って止められていたリムジンに乗り込んだは良いが、イマイチ事情が飲み込めない。どうも翔子は自分を潤のところに連れて行きたいらしいが…
「俺の話?芦川君が?」
「そうよ。ウチのオリジナルは潤が書いてる事くらい、知ってるでしょ?」
「まぁ、それは」
「トヨミチのところもみたいだけど、ウチが人数不足なのも知ってるでしょ?」
「知ってるね」
「そこでよ!潤にその人だけのオリジナルな脚本を書かせれば、劇団の良い宣伝になるんじゃないかと思ったのよ。それを潤に話した直後に私はトヨミチと会った」
「で、俺に「その人」になれと?」
翔子はトヨミチの言葉にニコリと笑い、鞄から携帯を取り出すと誰かに電話を掛け始めた。
「あ、潤?今どこにいるの?…公園?潤のマンション近くの?なら、そのままそこに居てちょうだい。これから向かうわ。…えぇ。トヨミチの話を書いてもらうわ。ついさっきそこで会ったのよ。とにかく、そこを動かないで」
どうやら相手は潤らしい。
「―――ま、そう言う訳だから」
ニコリと、もう一度笑うと翔子は電話を切った。
「俺に拒否権は…ないみたいですね」
車に乗ってしまった時点でアウトだ。適当に理由をつけて、断ろうと思えば断れるのだろうが…これは、潤とゆっくり話す良い機会なのかもしれない。
「…有意義な一日が過ごせるかもね」







■■■







「すみません、三葉さん。翔子さんに強制連行されたんじゃないですか?」
あれから車で五分ほどして、トヨミチと翔子は潤が居るらしい公園に着いた。園内に入って辺りを見回せば、潤は噴水脇のベンチに腰掛けていたので二人で側に寄ったのだが…潤の前まで移動してきたところで翔子の携帯が鳴り、翔子は二人から少し離れて電話対応をしている。
その翔子の背中に一瞬だけ視線を送ると、潤は申し訳なさそうにトヨミチに言った。
「いや、断ろうと思えば断れたはずだし、ついて来たのは俺の意志だよ。良い機会だと思ってね」
トヨミチは潤の隣に腰掛けると、すぐ近くにある噴水をジッと見つめた。
「一度、芦川君とはゆっくり話してみたかったんだよ」
すぐに噴水から視線を外すと、トヨミチを膝の上で手を組んで今度は地面を見つめると、そう言った。
―――トヨミチが心をシャットダウンさせたのは、その時だ。
「じゃ、仕事が入ったから私は会社に行くわ。脚本、頼んだわよ」
翔子が携帯を切って別れを告げてきたのもその時で、二人はこの場で翔子を見送ると本題に入った。
まず口を開けたのは潤だったが…
「翔子さんに何て聞いているか分かりませんけど、脚本作成のために三葉さんとお話させてもらいますね?」
相手の気持ちを読み取る事のできる潤だ。トヨミチが読み取られまいとして心にシャットダウンをかけてしまった事にはすぐに気が付いた。
「三葉さんとお話して、三葉さんの為の脚本を書き上げます」
「同じく脚本を書く側としては、それはとても惹きつけられる言葉だね」
けれども、トヨミチだって気が付いた。
―――潤は、自分の気持ちを読み取る気なんて全く無い。
何故そう思うのかと聞かれれば答えにくいのだが…似たような能力をもつ者同士、分かるものがあるのだろう。もしかしたら自分を油断させる為にその気のない振りをしているのかもしれないが、潤はそういう器用な事ができる人間じゃない。本当にその気がないのだろう。
では、潤は何の為に自分と話を続けるのだろうか?
潤も…自分と同じく、語り合いたいのだろうか?
「僕、劇団に入った当初は役者専門でいこうと思っていたんですよ。でも、脚本を手がけるようになって思い直しました。…脚本を書くのも良いなって」
「舞台は役者がいなければ成り立たない。けど、脚本がなくても成り立たないからね。どちらとも、やりがいがある」
「はい。その通りだと思います。もちろん裏方にしても同じです。脚本があって役者がいて、でも裏方がいなければ舞台は完成しません。まぁ、僕の場合そっちは全然ダメなので、出来る人にお任せしちゃいますが」
「そうだね。きっとスタッフさんも同じ気持ちなんじゃないかな。自分たちは役者として、脚本家としてやっていく事はできない。出来ない事は出来る人に任せて、自分たちにしか出来ない事をしよう…ってね」
「えぇ。そうやって一つの舞台を完成させる……素敵な事です」
ふと、潤は空を仰いだ。つられるようにしてトヨミチも同じように空を仰ぐ。
「―――そもそも、どうして俺たちは演劇という表現形態を選んだんだろう?ただ書いて伝えたいだけなら小説という方法だってあるのにね」
潤につられて空を眺めていたかと思えば、トヨミチはすぐに視線を地面に戻すと唐突にそう言った。
この問いは、脚本を書く者にしか答えられない。演劇の脚本を書く者にだけ分かる事だ。
「身体表現が伴うこと。それは確かに演劇の大きな特徴だ。でもそれにしたってテレビや映画という形態もあるのに、何故お客さんとの間に隔てる物のない、しかもリアルタイムというリスクの高い方法を?」
そしてこれは、役者としての問い。
今、トヨミチが求めるのは潤の答えだ。
脚本家であり役者であり、共に演劇の道を志す潤の答えが聞きたい。
「考えた事ないですよ、そんな事。考えるまでもありません。それは三葉さんも同じなんじゃありませんか?やりたいからやる。ただ、それだけですよ」
潤のその言葉に、トヨミチは満足そうに笑った。
「そうだね。考えるまでもない。結局は好きだから、というところに落ち着くのかもしれないけど…」
「けど?」
「…俺たち表現者は、それを免罪符に考える事をやめてはいけないと思うんだ」
「なるほど…さすが先輩ですね」
やりたいから、好きだから、だから演劇の道にいる。潤にとってはそれだけで良い。けれどもトヨミチの考えもその通りだ。
「ま、これからもお互い頑張ろうね。友人にしてライバル君」
座ったままで、トヨミチは手を差し出した。
「いきなりライバル発言ですか、三葉さん。…友人としては共に並んで歩きたいものですけど、ライバルとしては…負けたくないので、走らせてもらいます」
潤はトヨミチの手をとり握手を交わすと、お互いに不敵な笑みを浮かべる。
「思ったとおり、有意義な時間が過ごせたよ。有難う、芦川君」
「いえ、僕の方こそ。僕も、三葉さんとは一度ゆっくりと語り合いたかったんですよね」
有難うございますと、潤は軽く頭を下げて笑うと続けた。
「でも…脚本、どうしましょうか?」
「そのつもりなんてなかったのに?」
「あ、バレてました?」
やはり、潤にはその気がなかったらしい。トヨミチがシャットダウンさせた事と、直前のトヨミチの言葉に何かを感じ取ったのだろう。
だから、それを良い機会として話し出したに違いない。
「御門さんは騒ぐかもしれないね。何の為に俺を捕まえたか分からないー…とか」
「ま、その時はその時ですよ。何も三葉さんだけが対象という訳じゃないですし」
「それもそうか」
スッとトヨミチは立ち上がり、大きく背伸びをした。そして先ほど見上げた空を再び視界に入れる。
とても、スッキリした気分だった。
「さて、俺は帰るよ。今なら良い脚本が書けそうなんでね」


振り向きざまに、トヨミチは笑顔でそう言った―――








「ちょっと潤っ?!脚本ができなかったって、どういう事よーっ!!」

後日…トヨミチの予想通り、脚本が完成しなかった事実を知った翔子が騒いだのは…言うまでもない。









FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
≪6205・三葉 トヨミチ(みつば とよみち)・男・27歳・脚本、演出家+たまに役者≫

NPC
≪御門 翔子・女・38歳・大手化粧品会社の社長兼団長≫
≪芦川 潤・男・21歳・喫茶店ウェイター&劇団員≫

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■         ライター通信          ■
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お久し振りです。朝比奈 廻です。
再びお会いできました事、とても嬉しく思います!今回は三葉さんのとても大人なプレイングに溜め息ものでした。さすが先輩だ!!でも、三葉さんの言うとおりですよね。演劇でなくとも、テレビや映画で表現できるのに、どうして演劇なのか…私も考えてしまいました。

ではでは、有難うございました!!今後の三葉さんのご活躍を祈ってます!

朝比奈 廻