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もしも‥‥‥絶対無いだろう対決:高峰沙耶編
[高峰心霊額研究所]
静寂の中、設えられた家具に身を任せ、目を閉じたまま何枚かの紙片を玩ぶ女。
それはこの高峰心霊学研究所の主、高峰・沙耶であった。
蝋燭の灯に照らし出されたそれは、色褪せ、焼付いているのか、黒く煤けているようであった。
無言で続けられるそれは、何かを慈しむかのような気配を漂わせている。
その時、であった。
小さく、鋭く鳴いた猫の声が静寂を切り裂いた。
だが、彼女は閉じられた瞼を開くでも無く、ゆっくりとした仕草で紙片をテーブルにおいた‥‥‥次の瞬間、鳴り響く電話。
「はい。こちら高峰心霊学研究所です。ご用件は」
表情を変えることなく、通話する高峰。そして『お待ちしております』で、締め括られた通話は恐らくはアポ取りのものであったのだろう。
それから、暫く後に。
招き入れられた、女の名前は鷲見条・都由。
電話では、用件を伝える前に応諾を貰ってしまっていた為、開口一番はまずその用件を伝えようと都由は思っていたのだが、テーブルの上に置かれた紙片を見て、少し考え込んでしまう。
(先程、御用件お伝えしたかしら〜?)
だが、そうではなかったと、思い直して用件を切り出そうとした時、高峰は紙片を手に取って都由の視線上にまで上げて見せる。
「良い時にお見えになられたわね。私も暫くこのめんこで勝負する相手を探していたの」
「え、それは良かったです〜。実はあなたにメンコ三本勝負わお願いしようと思ってきたのですよ〜」
通常であれば、この手の発言はデイタイムに態々アポとってまでされることは無いだろう。
何故ってメンコである。いんぐりっしゅでもMenkoと呼ばれるジャパニーズな遊戯の名称である。
「ええ、存じ上げてるわ。で、なければこれを使う意味が無いの」
「意味ですか〜?」
「そう、このメンコには特別な由来があるの」
微かな笑みを口許に湛え、高峰はそのメンコを再びテーブルの上に置いて。
「一寸特殊な舞台になるけれど、このメンコで勝負いただけないかしら?」
「その為に来たのですから、望む所です〜」
別段、テーブルに置かれたメンコは油メンでもなければ蝋メンでもない。テープメンでも無ければ、ましてや二枚は張り合わせたものでもない、何のカスタマイズされた物でもない普通のメンコであって、おどろおどろしい雰囲気を漂わせている訳でもなかった。
尤も、カスタマイズも一定の範囲なら許される、それがメンコである。多少ならば都由が断る理由にもならなかったし、普通のメンコでしかも望んでいた勝負が受けてもらえる、と言ったこの状況であった。
特に考えることなく、その問いに答えていたのだが。
特殊な舞台。
高峰の微笑。
古ぼけたメンコ。
あんな奇妙な体験となるなんて、この時には思いもよらなかったのであるが。
‥‥‥‥‥‥戦いの幕は、この直後切って落とされることになる。
[追憶の上のメンコ対決]
視界が一気に暗くなり。意識が、一瞬の間どこかに飛んでいた都由。
猫の声で、急に視界が開けた。
そこに見えたのは。
「あれ〜、いつの間に外に出たのでしょうか〜」
「鷲見条さん。先攻後攻決めましょう」
住宅街の狭間の空き地で。
その声に、つられて下を見ると、木製のみかん箱が裏返してそこにおいてある。
顔を上げると、そこには高峰の姿は無く、一人の少女が‥‥‥いや!?
「えっと〜高峰さんですか〜?」
「そうよ。早くはじめましょ。と、言っても一回戦の相手は私じゃないけど」
黒いドレスはミニサイズとなり、背も相応に縮んで、と言うより幼くなっていた。小学校中学年、と言った様子だ。それを見て自分を見ると、同じように全てが小さくなっていた。
そんな彼女にそう言われて見た視線の先には、巨漢の少年。
まるで、某お前のものは〜の、ガキ大将のような風貌をしている。
「え、え〜と〜」
「早くしなさいよ、鷲見条さん」
頭の中はくえすちょんで一杯だが、ともかく促されて同時にメンコを一枚出した。メンコの裏面に書かれているグーチョキパーの勝敗によって先攻後攻を決めるようだ。
不思議とその場のルールは頭に入っている。
「えっとー、決まり手ははらい、すかし、もぐりで。親が土俵を割っても負けー」
いつの間にか審判役をかっているような同年代の少年がみかん箱の横に立ち、周りには十数人の少年が選手兼ギャラリーとして様子を覗き込んでいた。
だが、その様子にも違和感を覚えた。汚くは無いが、接ぎの貼って服を着ている。しかも、どうもデザインが昔くさいのである。
置かれたメンコに描かれたキャラも、知らないものであった。
「勝負、勝負!!」
少年たちの囃子声に押されて、考える事はひとまず置いて、土俵の上にメンコを返して表を向け、さらにもう一枚置く。
しかしながら、さすがに疑問符が消えない都由であったが、メンコを投げているにつれて都由は少年たちとの勝負にさすがに心が躍る。
みんながみんな現役の、いわばメンコ戦士なのである。
そして、この今が。
もし過去なのであれば、このメンコは各人の思いが詰まった宝物で、手塩にかけて育てた選手と言ってもいい。
正攻法で風圧を利用したはらいが得意な者。高等技術と言えるメンコの下を通す技術を駆使する『もぐり』をやる者。とにかく自分のメンコだけが残るのが好きな『はじき』使いの者。
毎日熱中してる遊びと会って、百戦錬磨の少年たちではあったが、この勝ち上がり戦。
メンコ戦士たちを降して決勝に勝ちあがったのは、果たして都由と高峰であった。
少年たちから得た戦利品を手に、決勝の舞台に挑む都由。
「よろしく〜おねがい〜いたしますね〜」
「こちらこそ」
取り囲む少年たちの表情には、負けた悔しさが滲むが、それでもやはり最強決定戦というのは興味深いらしく、わーわーと騒ぎながら様子を見守っている。
「それでは、一本目っせんこーこーこー。じゃーんけーん‥‥‥」
[町内メンコ王決定戦]
既に勝敗は一勝一敗。
一本目は、都由の払いが2回決まって、都由の勝ち。二本目は1枚ハジキで都由が取ったが、払いとハジキで2枚取られて負け。
そして三本目。
審判の少年の掛け声で出されたメンコの手は、都由がグーで高峰がチョキであった。
「先攻は鷲見条さんー」
「は〜い」
二人とももう一枚、思い思いにみかん箱の上に置き、戦闘準備開始。
高峰のメンコは、彼女から見て手前の上、それぞれメンコ一枚分ぐらい残して端と、中央付近に置かれていた。対して都由のメンコは中央付近とやや離して自分から見て手前中央に配置している。
「いきま〜す」
上端に置かれたメンコを外にはじき出すことをまず考える。が、みかん箱が軽くへこんでおり、下手をすると自分が外に落ちかねない。払いならば失敗しても、またやり直しが利くといえるが、はじきはまさに一発勝負。親メンコが落ちてしまえば負けである。
まだ第一戦、無理をすることは無い。
都由は指二本でメンコの側面に添え、箱の底板ぎりぎりの線で押し出すように滑り出す。
そう。狙いは『はじき』では無く、『もぐり』であった。
「行ってください〜〜!」
少年たちの歓声とともにメンコは下にもぐ‥‥‥‥‥‥らない!
メンコの上に乗り上げてしまったのだ。この場合、高峰のメンコを元の場所に戻して、都由の親札を戻して高峰の番となる。
みかん箱の周りを黒猫がゆっくり周り、そのメンコの配置を確認するように見つめていた。
ゆっくりと上に腕を上げると、メンコに三本指を添え、空気を巻き込むように、底板近くで急激にスピードを上げて叩きつける‥‥‥と、都由のメンコがパタンと小さな音を立ててひっくり返ってしまった!!
観戦の少年たちのボルテージが一気に上がるが、都由は深呼吸をしてその場をじぃっと見つめる。
「そうですね〜よ〜〜し」
はらいをするにしても、メンコは力任せに叩き込んでも意味が無い。いかにして面と垂直に、叩き付けられるかが重要である。
そして、平らではないこの箱の上でメンコを制するには、このわずかな起伏を利用しない手は無かった。
これでとっても、次に高峰が取ってしまえば戦いは終わってしまう。
今までの戦いを見るに、高峰のはらいは非常に決定率が高いようであった。
「いっき〜ま〜す〜!!」
何と、一度失敗したあのもぐり狙い、では無かった。腕は同じように振られたが、手首にスナップをかけた上に指をすかして回転をかけたのだ。
みかん箱上で回転したメンコはその角で高峰のメンコをはじく。すると同じように回転して、箱の縁に滑っていくと、半分ほど出てとまる‥‥‥‥‥‥かと思われたが、バランスを崩してはらりと落ちていく。
その微妙な落ち方に少年たちのボルテージは最高潮!!
だが、次は高峰の番。先程まで成功していたはらいから、攻撃を変える理由も無く。
(あ〜あ〜。ひっくりかえってもうおわっちゃ‥‥‥‥‥‥え、ええっとぉ‥‥‥!?)
なんと、高峰の手から繰り出されたメンコは、都由のメンコをひっくり返したのみならず、自分もひっくり帰ってしまったのだ。
瞬間、審判の少年は高々と手を上げて。
「第一回町内メンコ王は、鷲見条都由さん。おめでとう!!」
「や〜りま〜した‥‥‥‥‥‥あ‥‥‥れ」
[覚めない夢から覚めたそれ]
「まけちゃったわね」
見ると、部屋の中。そして、来たときと同じようにテーブルを挟んで座っていた。
「あ、あれ〜?」
「鷲見条さん、強いわね。てでも、これでこのメンコに込められた思いも満足したでしょう」
「思い、ですか〜?」
何の事かわからない都由に、高峰はテーブルに置かれているメンコを三枚とって都由に差し出す。
「メンコは真剣勝負だから、この三枚はあなたの物。このメンコは子供たちのために思いを込めて作ったのに、一度も遊ばれたこと無い、かわいそうなメンコ。作られた時代で時間が止まっているようだったけれど、あなたの手でまた時間が動き出したみたいね。これからも、かわいがってくださいな」
それがまるで生きているかのように言う高峰だったが、なんとなく、都由にもわかった気がしていた。
ふと、手の中を見ると。
「これって〜もしかして〜!?」
少年たちに勝った戦利品のメンコ。高峰の言うとおりのものなら、あれは現実ではないはずなのだが。
だが、それ以上彼女は語るでもなく、都由もまた聞くこともなかった。
ともあれ真剣勝負はたしかにしたのだから。
[終幕]
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