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<バレンタイン・恋人達の物語2007>


想結花



 『花』を咲かせてください。
 【想い】で咲く、わたしの花を。
 あなたの「気持ち」で、わたしの花をどうぞ咲かせてくださいませ。



「困ったわ……」
 女は頬に手を遣って溜息をつく。
 彼女の周囲には陳列された鉢がある。だがどれも芽が出ているわけでもない。
 彼女は温室の中に居る。温室の中は植物園と見間違うほどだ。だが彼女の周りにある鉢だけは、土だけのもの。
「……誰かを招き、少しでもこの鉢を減らすしかないかしら……?」

***

「ようこそ、『華円』へ」
 広い温室の中に立つ四人を見渡し、女は言う。
 温室はパッと見た感じはジャングルのようだ。
「アナタの『想い』を必要としています。どうぞこちらへ」
 女は微笑んで奥へと歩き出した。
「一体……どういうことなんだろ。ていうか、ここドコ?」
 首を傾げる十種巴に、梧北斗も頷く。
「迷い込んだらここだった……ってことだよな、みんな」
「ええ。私もここは見たこともないわ」
 溜息混じりに言うのは静だ。そんな三人を見渡し、松本太一は後頭部を少し掻いた。自分を除けば三人ともまだ十代中頃の子供ばかりなのだ。
「とにかく皆さん、あの人について行きませんか?」
 そう言った太一を三人が見遣る。それもそうだ、と全員は頷いた。



 奥にはずらりと並べられた鉢があった。しかしどれも土だけだ。芽が出ている様子すらない。
 青いドレスを纏った女は両手を広げる。
「ささ、どうぞお好きな鉢をお取りください。それに想いを込めれば、きっと素敵なお花が咲くはずですわ」
 にっこりと微笑む彼女に太一が質問する。
「ところで……突然すぎて我々には何をしたらいいのか……それに貴方は誰なんです?」
「わたしについてはどうでもよいことです。あなたたちは心に『想い』を持っています。そんな人間をわたしはここに呼び込んでいるのです」
「い、意味わかんない……」
 巴が「うぅ」と唸りながら女を見遣る。彼女は巴に向けて微笑んだ。
「先に来てお帰りになった方たちのお話を聞いたのですけど、あなたがた人間には『バレンタイン』なるものがあるそうですね。想い人に何か贈り物をする日だとか。
 この鉢をそれに使ってはいただけないでしょうか? いえ、使わなくとも構いません。ご自分で育てるのもいいと思いますよ。
 わたしはこの鉢たちが哀れなのです。
 この鉢は『想い』が水、栄養、光なのです。育て、咲かせるには『想い』は必要不可欠。ですが多く作りすぎてしまって……この通り」
「つまり……その『鉢』をなんとかしろってことですか?」
 静の言葉に女は嬉しそうに「そうです」と応える。
「わたし一人では手に余るのです。ですから、手伝っていただけますか?」
 招かれた四人は顔を見合わせる。
 想いで咲く花など、聞いたこともない。おとぎ話や空想の中のモノとしか、思えなかった。だが目の前に存在している。女の言葉を疑わなければ……の話だが。
「お好きな鉢を手に取り……えぇっと、そこにテーブルとイスがありますから、そこでどうぞ。花を咲かせればお帰りになっても構いません」

 木製の横長のテーブルと、イスは四つ。イスも木製。ここだけがカントリー風なのが、周りと比べるとかなり異色で変だ。
 イスに腰掛けた四人は、目の前にある鉢を眺めている。
「これ、どうすれば?」
 具体的に何をすればいいのかわからず、北斗が女に尋ねた。女は「あら」と軽く笑う。
「簡単ですよ。『想い』を込めればいいんです。あなたたちの、それぞれ大切な方のことを。
 感謝でも。愛情でも。友情でも。憐憫でも。
 大切な人への気持ちをこの鉢に注ぐような感覚で……そうですね、想い人のことをたくさん思い浮かべるといいかもしれません」
 想い人、と言われてすぐさま頭に『相手』が浮かんだのは巴、静、太一だった。北斗一人が「えぅ」と妙な呟きを洩らす。
「バレンタイン用にしてもいいということですが、本当に?」
 太一に女は微笑む。
「もちろん」
「そうですか……。チョコレート以外のものが欲しいと思っていたのでちょうどいいです」
「松本さんは奥様にでもあげるんですか?」
 静の言葉に太一は無言になる。妻、ではない。彼の逢魔にあげるのだ。
「いやぁ……」
 曖昧な言葉で誤魔化す太一の向かい側に座る巴は静のほうを見遣った。
「ねぇねぇ、あなたは好きな人いるの?」
「えっ……、あ、えっと……はい。恋人は、いる……かな」
 頬を染めて俯く静は、その後上目遣いに巴を見る。
「そういうあなたは……?」
「私? 私は好きな人はいる、けど」
 巴のほうも頬を赤く染めてもじもじした。初々しい雰囲気を出す少女二人を横目で見て、北斗一人が「うー」と唸る。
(俺……好きな女の子なんていないんだけどなぁ)
 北斗以外の全員は想い人が居るようだ。北斗は嘆息した。北斗が思うのは、一人だけ。しかもそれは異性ではなく同性だ。
(ホモじゃない……! 感謝の気持ち、友情、だ!)
 女性陣は「チョコ用意した?」「まだ」などと楽しそうに話している。
「僕はホットケーキミックスの種で作ったクッキーに、湯煎したチョコレートをかけただけですが……それを用意しましたよ」
「ええっ!? 松本さんは手作りなんですかっ?」
 仰天する巴に太一は頷く。
 へぇ、と感心している少女二人は北斗のほうをチラっと見た。北斗は無言で顔を逸らす。どうも北斗には居心地の悪い場所だ。
 とりあえず全員、目の前に置いてある鉢を見つめた。
 果たして本当に花が咲くのだろうか? いや、芽が出るのだろうか……?

 それぞれ黙って「想い」を注ぎ込む。注ぎ込むというよりは、相手のことを考えて、相手のことがいかに大切かを鉢に言い聞かせているだけだ。心の中で、だが。
 巴は想い人のこと。綺麗な目をした、凄くカッコイイ彼。明るくて優しい彼。とても大変な仕事をしている。巴は彼のことをもっと知りたいと考えている。傍にいて助けたいとも。けれども、あまり踏み込めない。嫌われたくないから……嫌われるのが怖いから。
 太一は逢魔のこと。背中を守り合った仲でもないけれど、それでも太一にとっては唯一無二の存在。太一は彼女を大切にしたい。大好きだ。彼女なしの世界で生きていたいとは思わない。
 北斗は友人のこと。いつも自分の相手をしてくれていることに感謝する。自分がうるさくて、邪魔をしているかもしれないと不安になることもあるけれど……それでも彼が傍に居てくれるだけで充分だ。これからも一緒に居てくれると嬉しい。
 静は恋人のこと。自分の身体のことを知っても、他の人と違って怖がったりもしなかった。嫌な顔一つしなかった。初めて『離れたくない』と思った相手。好きで……好きすぎてたまらない彼。
 四人それぞれが己の「大切な人」を想う。想う。想い続ける。
 やがて彼らの前に置かれている鉢に異変が起こった。
 鉢に入れられている土が微かに揺れる。そして芽が出た。伸びる。伸びる。いいや……「育つ」。
「まあ、素敵」
 女の声で全員がハッと我に返った。集中し過ぎていたのだ。
 女は小さく、そして優しく拍手をする。
「皆さんとても素敵な『想い』ですね。お見事です」
 何が見事なのかと全員が思う。しかし、あっ、と思った。鉢からは植物が姿を現していたのだ。
 巴の前の鉢には桃紫の花が咲いている。あ、なんか可愛いかも、と巴が瞬きした。
「十種さんのは『さくら草』ですね。花言葉は初恋。あらま……想い人は初恋の相手ですか?」
「うえっ? あ、えーっと」
 巴は女に向けて照れ笑いをする。まったくもってその通りなのだ。
 太一の前の鉢は白い小さな花をつけた植物がある。
「松本さんは『かすみ草』ね。想い人はこの花が似合う方なのでしょう?」
「あ……そうですね」
 可憐で繊細な様はぴったりだと太一も思う。
 北斗は自分の鉢をじろじろと眺めた。なんて植物だろ、これ……と本人が悩む。植物にはそれほど詳しくないのだ。
「梧さんは『あやめ』ですね。紫色がとても綺麗」
「あ、はは……む、紫ね」
 北斗は顔が引きつる。確かに北斗の友人は『紫』が好きな色だ。
 最後の静の鉢には濃い赤紫色の花が咲いている。
「静さんは『ホトトギス』ですか。あらあら。想い人なしでは生きていけないくらいの情熱を注ぎましたね?」
 女の言葉に静が耳まで赤くして俯いた。図星だった。
「ほ、ほんとに咲くんだなー。すげーな」
「そうですねぇ」
 北斗と太一は鉢を持ち上げて見る。なんの変哲もない鉢のようだ。
 女はそれからハーブティーを全員に出してくれた。いい香りだった。
「この子たちも感謝しています。花を咲かせることがこの子たちの幸せなのですから」
 感謝して微笑む女を見遣り、太一はカップを置く。中はまだ半分くらい残っていた。
「そういえば鉢の代価はどうしましょうか? 金銭的には少々厳しい懐具合ですが」
「お金はいりません。咲かせてくださったお礼ですから」
 四人は意味がわからずにきょとんとしている。
「咲かせてくださればそれでわたしは満足。この子たちもそれで満足。お金など、ココでは役に立ちませんし、必要としておりません」
「あのぉ……」
 北斗が恐る恐る片手を挙げた。優雅なティータイムがどうも居心地が悪い。
「ところで、俺たちどうやって帰れば……?」
 もっともな質問だ。四人とも、思ってはいても訊くタイミングが今までなかったのだ。
 ここはどこで。どうやったら自分たちの『いつも』に戻れるのか?
 女はくすりと小さく笑う。
「あら? 気づいていらっしゃらないの? もう『お帰りになっています』よ?」



「でな? 目が覚めたらその鉢が机の上にあったわけだ」
 北斗の説明を聞いて、ベッドの上に座る欠月は「ふぅん」と呟く。
「で、北斗が持ってきたのがその、例の?」
「そうそう! おまえにやるよ!」
 ずいっと鉢を差し出され、欠月は思わず身を引く。
「ここって殺風景だし、これ飾っておけよ」
「い、いいよぉ。植物とか苦手っていうか……」
「え? 苦手なのか?」
「世話するのが苦手なの。ボクは自分で手一杯だからね」
 肩をすくめる欠月に、さらに強く鉢を押し付けた。
「そんなこと言ってるからココが殺風景なんだよ!」
「殺風景で悪かったね。必要最低限の物しか置かないだけだよ」
 結局欠月は押しに負けて鉢を受け取ってしまった。彼はやれやれと嘆息する。
「なんでバレンタインの日に男から花をもらわなきゃならないんだよ……」
「う。確かにそうだな」
 北斗も今さら気づいたようで、顔をしかめた。男二人のバレンタインというのも……かなり寂しいものだ。
「可愛い女の子からのチョコが良かったよ、ボクは」
「俺だって!」



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】
【w3a176maoh/松本・太一(まつもと・たいち)/男/40/魔皇】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【0063/静(しずか)/女/15/高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 欠月の病室には花が飾られたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!