|
手づくりちょ・こ・れぃと☆
「るるるん♪ ばっれんったいんっでー♪」
正月のざわめきが落ち着いた頃、ここ東京の商店街では2月のバレンタイン商戦に突入する。
「くふっ、いい匂〜い♪」
もちろんそれはどんな小さな商店街も例外ではなくて。
リリアン亭、と微妙な命名をされたこの小さなお洋菓子屋さんでも、小さな商機も見逃すまいと若き店主・東堂みさきは張り切っていた。
──のだが。
「みっ、実花ぁぁ〜〜〜」
店主である筈の東堂みさきは荒れていく厨房を前にただただ号泣していた。
いい子だ。本当にいい子なんだ。
──ただ絶望的に料理の才能がないだけで。
茶色い物体‥‥下手をすると口に出来ないものにすら見えてくるそれを見せれば、普段どんなに良好な関係を築いている東小園くん相手でも、関係の終焉を意識せざるを得ない。
──ていうか、リリアン亭の娘がこれもんなのは‥‥如何なものか。
誰か、リリアン亭の実花にチョコレート菓子作り指導を行ってはくれないだろうか?
●母からの電話
自家製アイスと氷菓子が自慢のお店。それが氷女杜・冬華の“ボノム・ド・ネージュ”だ。
冬真っ只中のこの寒い時期だというのに、お客さんは冬華の作る美味しいアイスと、穏やかな笑顔に惹かれやって来る。
今日も可愛らしい女の子達の為に人生の先輩として相談に乗っていると、電話がかかってきた。
「はい、“ボノム・ド・ネージュ”です」
『あ、冬華ちゃん? 久し振りね』
「お母さん?」
受話器を握ったまま、ぱちくりと瞬く。電話をかけてきたのは母だった。
「どうしたの? 何かあった?」
『あのね。健気な女の子にチョコ作りを教えてあげたいの』
挨拶もそこそこに突入した話に、冬華は受話器を握り締め、力一杯聞き返した。
「────はい?」
チョコ? チョコというとあのチョコだろうか? うちの店でも使う、口に出来るチョコ?
混乱のあまり脳内でチョコの追究が行われたが、電話の相手は至って本気、やる気、暢気、だった。
『それでね、冬華ちゃんにも手伝ってもらおうかなぁと思って』
「ちょっと待って! ま、まさかお母さん、自分で作るんじゃないでしょうね!?」
俄かに大きくなった冬華の声に、驚いて注目する客の目も気にならない。それだけは‥‥それだけは絶対母にやらせてはならないのだ。
『あら』
電話の向こうで少し驚いたように母が目を見張ったのがわかる。ぞくり、と冬華は普段滅多にお目にかかれない悪寒を経験した。
『もちろん♪』
──お母さん、貴女の作る料理は全て錬金術並みの危険度なのよ?
●無敵の講師と無敵の生徒
「いやぁ、天花さんにお話した時はまさか本当にお手伝い頂けるとは。ありがとうございます!」
心底ホッとしたようなリリアン亭店主の言葉に、天花が穏やかに首を振る。
「そんな。むしろ材料費全部そちら持ちなんて申し訳ないくらいです」
ほのほのほのとお辞儀を交えて話している天花とみさきに、冬華が不安な面持ちで見守っている。
──みさきは知らない筈だ。母のあの奇跡とも呼べる錬金術料理を。でなければ、こんな依頼をする筈がない。
はっきりきっぱり結論を出し、『何とかフォローしなければ』と思い巡らしていると、目の前に湯気を立てたティーカップが差し出された。
「どうぞ♪ ミルクと砂糖もありますよ」
にこにこしている実花は、小さく、可愛らしい。笑顔のとっても似合う子だ。
──そうだ、今日は実花ちゃんの恋を応援するために来たんだから。頑張らないと。
「ありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね? 実花さん」
「はいっ!」
この時は、知らなかった。知らなかったのだ──
「んっと、とりあえずチョコの本を持って来たんだけど」
がさごそと鞄から引っ張り出した本に、冬華が驚きのあまり声を失う。
──お母さんっ! 講師役で来たのに予め用意も練習もして来なかったのっ!?
「んー‥‥どれがいいのかしら」
本気で悩んでいるらしい天花に冬華は言葉もないが、何故だかそんな講師にも不安を抱かない実花は一緒になって本を覗き込んでいる。
「あっ、これ素敵だなー♪」
「あら、可愛らしい。ブッシュ・ド・ノエルね」
──それはクリスマスケーキよ、二人とも! 2月に作ってどうするの!?
呆然が愕然に変わっていく。二人は何故かデコレーションケーキをあれが可愛いこれが可愛いと選んでいる。正直無謀だ、と進言したい。
「ところで天花さんってお料理上手なんですか? お兄ちゃんが家庭料理上手そうって言ってたけど」
──一体どこからそんなデマが。
気が遠のきそうな冬華を無視し、俄か講師と生徒の会話は進んでいく。
「ん〜。実はお菓子作りってあんまり得意じゃないのよね。まぁでも、調理で大切な事ってやっぱり作る人の愛情だと思うし」
「なるほどぉ!」
「‥‥」
「でも、愛で包む‥‥あ、トリュフチョコなんて良いかも。あれって確か、生クリームを混ぜたチョコを冷やして、上から別のチョコで包むだけだから、きっと何とかなるわよ♪」
「はーいっ♪」
「‥‥‥‥」
「あ、冬華ちゃん、ちょっと手伝っ‥‥あ、早い」
冬華は全力でチョコ作りの下準備を始めていた。主導権をこの人に任せてはいけない。
●美味しい美味しい!?チョコ作り
「お母さん、チョコレートを150グラム刻んでね。実花さんは湯せん用のお湯を準備しておいて」
「「はぁい♪ 任せて♪」」
‥‥。一抹の不安が過ぎるのは何故だろうか。こんなにこんなに簡単な下準備の一つで。
──まぁ、トリュフたって材料全部ボールの中で混ぜ合わせて手で丸めるだけのものだし、そう心配もいらないだろう。
そう結論づけ、簡単トリュフを作った後自分が提案するバレンタインチョコの下準備を始める。もちろんこちらも初心者向けらしく、ただ型に流し固めるだけのもの。
実花の好みそうな型は星やハート辺りだろうか? 一応アイス中心とはいえ、自分の本業である。薄く延ばしたチョコリボンを付けてみたり、ナッツ類でアクセントを付ければ大分可愛らしくなる筈だ──
などとごくごく常識的にチョコ作りを考えていたのはこの場では自分一人だったようだ。
「お母さん、何でまな板切ってるのっ!?」
「え? 刻めって言ったわよね冬華ちゃん?」
言った!? 無機物刻んで鍋にブチ込めなんて言いました私!?
「実花さん、お湯の準備は‥‥ってカレー鍋!? 何でカレー鍋!!???」
しかも煮え滾っている。
この中に準備したボールを湯せんにかければ沈む事請け合い、ステンレス製のボールが熱くて持てない事請け合い。
「実花さんもっと小さな鍋にお湯の用意して下さい。魔女鍋にする必要もありませんから。お母さん、チョコレートは」
「準備OKよ♪」
刃渡り60センチのマグロ包丁片手に微笑む。色々追究してみたい事もあったが、そっと視線をそらした。
「では実花さん、チョコレートを入れて溶かして下さ‥‥湯の方じゃなくてボール! ボールに入れて下さい実花さん!」
「「はぁ〜い♪」」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥分かってるのだろうか、この二人?
「今回はチョコレートを溶かして混ぜて丸めるだけのトリュフなので、この段階でお酒やレーズンを入れます」
ボールの中で、冬華の入れた生クリームの白とチョコレートのブラウンと胡桃の白がくるくる混ざる。
「これってチョコクランチ?」
ゴムベラを握っていた実花が驚いた声を上げる。
「ふふ、たまには食べ応えのあるチョコもいいでしょう?」
他にはないオリジナルチョコレートですよ、と微笑む冬華に実花が花を咲かせたように笑う。
「チョコレートにはお酒も合いますね。今回はラム酒にレーズンを浸けて味をしみ込ませただけですが」
「へぇぇ」
「かと言ってお酒なら何でもいいってわけじゃありませんお母さん、何故そんな自由気ままなんですかちょっと美少年なんて辛口入れないでだからと言って何でテキーラ、入れないで下さいそんなアルコール度数の高い!」
大丈夫か、このトリュフ。
「えー‥‥後は混ぜ合わせた材料を手で丸めるだけ‥‥」
「「任せてー♪」」
「‥‥‥‥‥‥」
一から十まで失敗続きでこの自信。二人の真意が分からず、冬華は困惑して母・天花を見た。
「見て見て、実花ちゃん。トリュフのだーるまさん♪」
「きゃああ可愛いぃ!!」
トリュフで雪だるまを作ろうとする理由もわからない。
だけど。
「お母さんここに用意してあるココアや粉糖以外使わないで‥‥って何でそのトリュフ黄色いの!? 赤は鷹の爪に青は‥‥だめぇえええお母さんやめて食べ物にー!!!!!」
恐るべし、天然月下氷人。トリュフで人を殺す気か。
「次は先ほどのようにチョコレートを溶かし型に入れ、固めます」
「「はぁい♪」」
視界に入る迷彩柄のトリュフは脳内から追い出し、2作目のチョコレート作りを開始する。トリュフ作りの手伝ったお礼にと天花まで手伝う気満々だったが、型に入れるだけならさほど被害は出ない筈‥‥筈だきっと。
「はい、実花ちゃん包丁♪」
「はーい‥‥ってうわあ!」
実花が持ち上げきれずにのけぞった。だから何でマグロ包丁なんて渡すんですかお母さん!?
「じゃあこっちの刃渡り40センチのにする?」
お母さん、アナタの鞄の中身を見て娘はびっくりです。
●召し上がれ♪
リリアン亭店主みさきが様子が伺いにやって来た時、丁度厨房では俄かチョコ作り講座は授業の終了を迎えていたらしい。
非常に可愛らしいラッピングボックスのリボン選びをしている様子は、偶然にも実花が不気味な手作りチョコレートを作って駆け寄ったあの日と全く同じであった。
だが今度は違う。何せ任せて安心、講師二人が着いているのだから。
「お疲れ様です、厨房の片付けはこちらに任せて下さって結構ですよ」
ぐったりと流し台にもたれている冬華を発見し、フォローを入れる。すみません、と虚ろに笑う彼女が何に謝っているのかは分からなかったが。
──厨房は比較的キレイ‥‥だよな?
少なくとも実花が一人で暴れ倒していた頃よりマシである。
「天花さんもどうもありがとうございました。実花の指導は大変だったでしょう?」
「そんな。実花ちゃんとっても素直でしたから指導は楽でしたわ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
のんびり笑う二人の背後で何か無言の圧力を感じたが、みさきにはまだ分からない。
「お兄ちゃん、今度はきっとお兄ちゃんも凄いって思ってくれるよー☆」
えっへん、と可愛い妹が胸を張る。
「こらこら、お兄ちゃんこう見えてもパティシエだぞ? そう簡単には凄いなんて思わないんだからな」
「べえっだ。これ見たらきっと凄いって言うもん! 聞いて驚け見て驚けー、今年のバレンタインチョコはこれだっ♪」
かぱ、とチョコを詰め終えたばかりの蓋が開けられる。微笑みながら中身を覗き込んだみさきは
「──?」
中途半端な笑顔そのままに、そのチョコレートを食い入るように見つめる。
ん? ん? コレは何かな?
謎の雷パンツ色、保護色、目潰し、原色、あまつさえだんだら模様や玉虫色に輝くトリュフもある。
「‥‥‥‥?」
コレって材料は何であろうか?
天花を振り返るとニコニコ一粒、『食べてみますか?』とすすめるその手には顔色のやたら悪い雪だるまトリュフ。
「ええ、いただきま」
「すみません‥‥」
何故謝る?
冬華の反応が激しく気にはなったが、見た事もないトリュフが気になった。ぱく、と口に放り込むとそこは‥‥
「あ、父さん母さん久し振り、実花はもう好きな男の子にチョコレートあげるくらい成長したよ‥‥」
「みさきさんみさきさんっ! しっかりして下さいっ!!」
危険な独り言に冬華が慌てる。
「成功ね〜、実花ちゃん♪」
「えっ、これって成功なのかなぁ?」
兄の瞳が白目に、指先が微妙に痙攣を起している。チョコレート食べた正しい反応には見えない。
ツッコミ疲れて言葉が出てこない冬華を放置し、天花は指を振る。
「ちっちっちっ、実花ちゃん。倒れれるくらい美味しいって言葉あるでしょう?」
え? あったっけそんな言葉?
「それに最初に言ったでしょ? 調理に必要なのは作る人の愛情。ラブイズオーケーなのよ♪」
「そっかぁあ!!!」
い や 、 違 う だ ろ 。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2053 / 氷女杜・冬華 / 女 / 24歳 / フルーツパーラー店主
3167 / 氷女杜・天花 / 女 / 49歳 / 土木設計事務所勤務
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
氷女杜・冬華さま、ご依頼ありがとうございました!
ナイス・フォロー! 冬華さま。シナリオを書き終えた今それしか思い浮かびませんでした‥‥。
常識を覆す二人の行動に、最初から最後まで驚きでしたね。
何でまな板刻むの!? 何でトリュフにテキーラ入れちゃうの!? 何でそんな色になるぅううう!!???
ツッコミどころ満載で精神的にお疲れなのでは(笑)
とにもかくにも無事(食べられる)チョコレート完成! ご参加ありがとうございました♪
※謎の発色にビビられるかもしれませんが、雪だるま以外は口に出来るかと思われます。‥‥多分。
今後もOMCにて頑張って参りますので、ご縁がありましたら、またぜひよろしくお願いしますね。
ご依頼ありがとうございました。
OMCライター・べるがーより
|
|
|