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<東京怪談・PCゲームノベル>


おいでませ幽艶堂

 全員を女家に集めた紅蘭は、熱弁を振るった。

「せやからもっとお客を増やさなあかんと思うんよ!婆ちゃんや爺ちゃんらを東京まで連れて来たンやし…ただ地道に京に品卸してるだけやったら何もならんと思うんや」
「そうは言っても…師匠たちはご高齢だから、お客を呼び入れるにしてもあまり沢山の方を入れると疲れてしまいますよ」
と蒼司。
もっともな意見にグッと言葉を飲み込み、むくれる紅蘭。
ところが奥の囲炉裏ばたを囲っている三老人はかましまへん、と茶をすする。
「じゃあ!一回にとるお客制限しよ。それなら婆ちゃんたちにもそんなに負担にならないでしょ!?」
それなら、と納得する蒼司と師匠たちがいいのなら、と承諾する黄河と翡翠。

「っしゃ!んじゃ決まりやね!さぁこれから忙しくなるでーー!」


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  再びこの笹の葉ずれの音が満ちた空間へ足を運んだ。
 僅かに、あの時の出来事が緊張を呼ぶ。
 それでも自分はあの時とは変わったと思える。だからこそ、再びここへ足を運んだ。
「――久しぶりに来たなぁ…一年ぶり、かな」
 雛祭りの、流し雛の時にきてからおよそ一年。
 あの庵に入ってからも、およそ一年。
「全然変わってないや」
 風に揺れる笹の音は穏やかな心を作ってくれる。
 むき出しの土の上に広がる落ち葉や枯れ枝を踏みしめ、その緩やかな道のりをゆっくり歩いていく。
 ものの十数分歩いた所で開けた場所が見えてくる。
「お! 来はったな?静坊」
「お客さんに対して坊はないでしょうが、坊は」
 ジャージ姿でこちらを見やる女性と、その女性を注意するような素振りを控えめにするエプロン姿の男性。
 どちらもひな祭りの時に見た顔だ。
「紅蘭さん、蒼司さん。お久しぶりです」
 二人の前まできた静が丁寧にお辞儀をして、今日は宜しくお願いしますと挨拶する。
 髪付師見習い・紅蘭と頭師見習い・蒼司。
 幽艶堂を担う次代の人形師だちだ。
「こほん え〜…」
 咳払いしてみせ、紅蘭が仕切り直しといわんばかりに静に微笑む。

「ようこそ、人形工房幽艶堂へ。これより当工房を案内いたしますので、どうぞ宜しゅうお頼申しますぅ」
「こちらこそ、改めましてどうぞ宜しくお願い致します」



  「こちらが師匠方。右から頭師、辰田宗次郎師匠。髪付師、御朱雀師匠。手足師、御厨虎太郎師匠。髪付師だけうちのばっちゃんなんや」
 他の二人はそれぞれの師匠に弟子入りという形で来ている。
 着付師である翡翠の師匠がいないということは、師匠方の外見年齢からして既に他界していると見た方がいいだろう。そう思った静は突っ込んだことは聞かなかった。
「そして着付師は現在私が担当しております」
 にこやかに微笑む翡翠。
 それにつられて静も微笑み、それじゃあ翡翠さんが後継者を育てないとね、と笑う。
 静の言葉に翡翠は、自分に育てられますかねぇと苦笑交じりに答える。
「それじゃあ工房の中を案内しますね」
 蒼司の案内でまず訪れたのは日当たりの良い庭先。
 俵のような太い藁の束の一つに、幾つもの人形の頭の軸が刺さっている。
 天日干しの作業だ。
「……これだけ人形の首だけあるのって…」
 四つほどの藁束の上に数本ずつ刺さっている頭の軸。夜にこの光景を見たらきっと声を出してしまうに違いないと、静の笑顔は引きつる。
 制作の裏側などえてしてそんな物だろう。
 蒼司が天日干しをしていた藁束から頭を引き抜き、宗次郎師匠のもとへ運んでいくと、寡黙な師匠は頭の一つをとって人形の生え際になる部分に薄墨を入れ、唇に紅を入れていく。
 ぶれることなく本当に額の生え際のように整ったラインが美しい。
 白く美しい面をきりりと引き締める唇の紅が艶やかで、開眼した奥のガラス球が生きているかのような輝きを秘めている。
「次は紅蘭ですね」
 蒼司からバトンタッチした紅蘭は、祖母であり師匠である雀が作業をする部屋へ静を案内した。
「ここが髪付けする場所。髪の毛って何でできとると思う?」
 くるりと振り返って静の顔を覗き込む紅蘭。
 突然の質問に一瞬たじろぐも、質問された内容に静は首をかしげる。
「…何でってことは、人の髪の毛とか動物の毛じゃないんですよね…なんだろう?」
 見るからに髪の毛と同じ黒々とした艶やかな細い糸。
 刺繍糸の黒を思い浮かべるも、あれはやはりよりあわせて作られたただの糸にしか思えない。
 降参、と両手を軽く挙げる静。
 にぃっと笑う紅蘭。
 分からなくて当たり前でしょうと苦笑する翡翠は、後方でそのやり取りを見ている。
「答えは黒染めした生糸やの。んでもそのまんまつこてる訳と違うンよ?」
 ニコニコしたまま作業を続ける雀の前に静を呼び、その工程を説明していく。
「姫糊(ひめのり)を使って少しずつ溝に植えこんで、表から糊が見えないよう、こよりで押さえんの。左手指で髪を少し引き加減に挟みながら、柘の櫛で髪をすいていって、柘櫛ですき、コテを当て、また櫛を通す…この作業を繰り返しとるうちに最初は黒い糸にしか見えんかった髪に、だんだん人の髪の毛みたいな艶がうまれんのや」
「わぁ……」
 紅蘭が説明する傍で静は雀の手元に見入っている。
 同じ作業の繰り返しだが、確実に生糸は命を注ぎ込まれ、人の髪のような艶を得ていく。
「そんだけゆーててもあんさん、まだできゃしまへんにゃろ」
 ニコニコしながらさらりとキツイ事をのたまうのは京都人ゆえか。
 祖母に突っ込まれ、言葉に詰まる紅蘭に、静は思わず噴出してしまう。
「じゃ、じゃあ次!次いこか!」
 これ以上いたら更に何か突っ込まれかねないと思ったのだろう、紅蘭は静の手を引いて次の工程をする部屋へと向かう。
 手足師の作業部屋は他の部屋以上に湿度があるように思えた。
 開けた瞬間少しだけムッとする空間が広がるが、それもすぐに慣れた。
「乾燥するとすぐにひび割れちゃうからね。いらっしゃい。僕は手足師見習いの黄河。そしてこっちが師匠の虎太郎師匠」
 先ほど表には来ていなかった黄河だが、静への対応は丁寧な物だった。
「――この形は…踊りの動き?」
 彫りかけの小さな手の形をしたものを見て、静が黄河へ問う。
「正解。踊りの経験があるのかな? 僕が今やってるのは風俗人形の手足なんだ。これであとでもう片方の手には扇が持てるように作るんだよ」
 素材が木ゆえしなやかな曲線を描き出すのは実に難しいもの。
 軸となる木ができれば、後はその上に頭同様に水に溶いたニカワと胡粉をムラなく塗り重ねていくのである。
「どれも集中力が必要な作業ですね。すごいや」
 それまで息をするのを忘れていたように、大きく息を吐く静。
 そしていよいよ最終的な仕上げの工程である着付けの作業へ。
「担当は私、翡翠でございます」
 カラリと開けられた部屋の中には色とりどりの錦が棚一面に詰まれており、扇や冠などの小道具一式もそこにあった。
「小道具などはまた別の職人に発注して作っていただくんですがね。人形に関する工程はここが最終なのですよ」
 そういって色を合わせている途中の市松人形を見せてくれる。
「……そういえば、この間の竜田姫は…?」
 秋を染め、冬将軍へと季節の権利を譲渡した姫は今何処にいるのだろう?
 そして今もあの綾錦が美しい赤に染まっているのだろうか。
 ところが翡翠は今はいないと首を横に振る。
「その季節が近づいてこないと姫は姿を現しませんのでね。たとえ私であってもお隠れ中の姫を見つけ出すことはできないのですよ」
 季節でもないのに引っ張り出そうとすることこそ罰当たり。
 翡翠は次の秋までのお楽しみだと、静に微笑む。
「それにしても…ハギレの数もすごいけど反物の数もすごいなぁ…まるで呉服屋やわ」
 キョロキョロと翡翠の仕事部屋を散策する紅蘭。
「紅蘭、他の二人は仕事に戻ったようですが…?」
「ほらほら、静坊。これとかええやん」
 翡翠の指摘をわざとスルーして、反物の一つを手に取り静の肩にかける。
「ぇ…あ、はぁ…」
 少し対応に困った静だが、嫌というどぼのことではなかった。むしろ慣れていないので恥ずかしいという面の方が大きいだろう。
 明らかに女物の柄をした反物をいいと言われて肩にかけられて、どう反応すればいいのか悩む。
「可愛えぇなぁ。静坊顔立ちがほっそりしとるから、これで女装とかしたら完璧女の子やね」
 にたりと笑う紅蘭に嫌な予感がした静。
 まさかよもやということは…ととんでもない事態を想像したが、そこへ翡翠が助け舟を出してくれる。
「こらこら、男の子にあまりそういうことを言うものではありませんよ」
「なはははは。じょーだんやって。じょ〜〜だん!ほな、うちもちょっと仕事に戻るわぁ。またな、静坊」
 一方的に、まるで嵐のように去っていく紅蘭の背を見送り、彼女がいなくなってから急にシンと静まり返ってしまった。



 「まったく…一方的に言いたいことだけ言って去っていくのは変わりませんねぇ」
「昔から…なんですか?」
 苦笑交じりに訪ねると、同じく苦笑気味に肩をすくめる翡翠。
 蒼司や黄河が弟子入りしてきたのはまだ数年程度前の話だが、紅蘭に関しては生まれてからずっと師匠の傍にいる。
 自分が先代着付師に弟子入りした時にはもう小学生ぐらいだっただろうか。そうやって少しばかり思い出話を語って聞かせた。
「―――…私の師匠は、こちらに出てきてからすぐに亡くなりましたがね…」
 その言葉に静はハッとした。
 聞かずにいたことを見透かされていた。血の気がさぁっと引いていく感覚が全身を支配する。
 翡翠がそのことをあえて口にしたからには、恐らくこちらの本当の目的も知られているのだろう。
「奪ったのはあの庵…師匠は自らに負けてしまいました…貴方は、それでも?」
 再びあの庵へ足を運ぶのか。
 直接声に出さずとも翡翠の目はそう言っている。
「…最近色んなことがあって…確かめたいことができたんです」
 その為に再び自らと。
 気狂い屋と。
 死神と。

「…随分とお変わりになられたようですね」
「え?最初の時と雰囲気…違いますか?…多分、大切な人がいるからだと思います」
 臆面もなくそう答える静だが、その後急に赤面してはにかむ姿に、翡翠は微笑ましげな視線を向ける。
 大切な者ができたことで、静自身が安定してきている。
 それで再びあの庵へ向かう強い意志が生まれたのだろうか。
 進んで二度三度入りたがる者はかなり珍しい。
「…いいでしょう…しかし危ないと思ったらすぐに連絡して下さいよ?」
 人の恋路を妨げるような真似はしたくありませんからね、と囁くと、途端に静の顔は真っ赤になる。

「それでは、見学コースの最終…京野菜で昼食と致しましょうか」
「はい」
 見せた笑顔には何の陰りもなく、屈託のない最高の笑顔。
 これを崩すことのないよう、己に打ち勝ってほしいと心に思い、翡翠は微笑する。 


― 了 ―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5566 / 菊坂・静 / 男性 / 15歳 / 高校生、「気狂い屋」】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、鴉です。
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この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。